第64話 神獣フェンリル

 

 真っ白な狼に睨まれている。


 だが、不思議と危ない感じはしない。


「えっと、俺が起こしてしまったんですよね。すみません」


 とりあえず謝っておいた。


「……お前、ヒトか?」


 さっきはシルフが使う念話のように、脳内に直接語りかけられたが、今度は普通に声で話しかけられた。


「ひ、ヒトですけど」


 それ以外の何に見えると言うんだ。


「ふむ、まるで魔王のような魔力だったのでな。魔王が我を叩き起こして戦にでも連れ出そうとしておるのかと思ったのだ」


「魔王!? いえ、俺は普通の人族です!」


「くくく、この地に眠る我を起こすほどの魔力を持ちながら、ただの人族だと申すか」


 ずいっと、狼が顔を近づけてくる。


「あまり我を愚弄するなよ? その頭、喰いちぎってやろうか?」


 なんなんだ?


 よく分からないけど、脅されたのでそれなりの対処をしよう。


 周囲に放出した魔力を集めて、風の属性を与える。


 そして、その風を超高密度に圧縮し、俺を脅す狼の上に落とした。


「ぐはっ!?」


 狼の首の後、そして、四肢を高密度の風の柱で押さえ付けた。


 狼は俺の前で、伏せの体勢になった。


「なんだ? 動けぬ! こ、これは貴様の仕業かぁ!?」


「急に脅してくるから、お前が悪いんだぞ?」


「ふざけるな! 我を誰だと思っておる、こんなもの!!」


 狼が身体に力を入れると、風の柱が押し返され始めた。


 んー、これじゃダメか。


「じゃ、これも追加で。サンダーランス!」


 狼を拘束する風の柱に高電圧を纏わせる。


「──っ!? うがががが、や、やめよ。やめてくれぇええ」


 少し立ち上がりかけた狼は、身体が痺れて、再び伏せの体勢に戻る。


 そして、震える声で懇願してきたので、風の拘束は残したまま、電撃だけ消してやった。


 Bランクの魔物であるオークキング程度なら消し炭にできるくらいの電撃なのだが、それを受けても身体が痺れる程度のようなので、この狼はかなり上位の魔物だと思われた。


「お、お前はなんなのだ!? 神獣である我をいとも容易く拘束するなど、魔王すらできるわけが無い。も、もしや神族であるか?」


「いや、だからさっきも言ったけど、ただの人族だって……神獣?」


 えっ、神獣なの?


 神獣とは神の使いの獣で、この世界に五体居ると言われていた。


 白い狼の姿をした神獣と言えば──


「神獣、フェンリル?」


「何だ、我のことを知っておるのか」


 本物のようだ。


 俺への抵抗が無駄だと分かったみたいで、何だか大人しくなっていた。


「噛まない、よな? 噛むなよ。噛もうとしたらもっかいビリビリさせるからな」


「わ、わかった」


 少し脅して、俺はフェンリルを拘束していた風の柱を消した。


「ぬぅ、まさか我が人族に捕まるなど……お前、本当に魔王ではないのか?」


「くどいぞ」


 そう言って指先に帯電させた雷を見せる。


「ひ、ひぃ!」


 フェンリルが後ずさった。


「わ、わかった。お前はただの人族なのだな!? だからもうビリビリはやめてくれ!」


 余程、さっきの電撃が効いたようだ。


 全く、人を魔王呼ばわりするなんて酷い奴だ。


「ところで、寝てたんだろ? 起こして悪かったな。俺は用があるわけじゃないから、また眠りについてもいいぞ?」


 実家の側に神獣が眠っていたのには驚いたが、特に用はないので再び大人しく眠っておいて欲しかった。


 触らぬ神に祟りなし、だ。


 触っちゃったけど。


「そ、それがの……本来、我は神の呼びかけにのみ反応して起きるのだ。そして、神の用事が終われば自然と眠りにつく。だが、此度はお前の膨大な魔力に反応して起きてしまったので、どうすればいいかわからんのだ」


 そう言ってフェンリルが、俺を見てくる。


 何故か尻尾が大きく左右に振れていた。



 フェンリルは仲間になりたそうにこちらを見ている。


 仲間にしますか?


 ▶︎イエス

 ▷ノー


 まるでそんな表示が見えるようだった。



「えっと、やることないなら俺と一緒に来るか?」


「いいのか!?」


 おおぅ、予想外の食いつき。


「いや正直、神の呼び出し以外で起きたことなど無くて不安だったのだ。神の指令が無くては世の情勢も分からんしな」


「……ほんとについてくる気か?」


「えっ、ダメ、なのか?」


 フェンリルの尻尾がしゅんとなる。


 ちょっと可哀想になる。


 まぁ、起こしてしまったのは俺なので、責任があるのだろう。


「ついてきてもいいけど、その大きさ何とかならない?」


「身体のことか? 小さくすればいいのか?」


「うん。さすがにその大きさだと、街に入る時、大騒ぎになる」


 どう見ても高位の魔物だからな。


 下手したら街に近づくだけで、攻撃されてしまうかもしれない。


「よし、わかった」


 フェンリルの身体から白い煙が立ち昇り、どんどんその身体が小さくなっていった。


「こんなもんか?」


「おぉ」


 俺の両手に乗るほどのサイズに収まった。


 そっと抱き上げて肩に乗せてやる。


 ちょっとワタワタしていたけど、安定する姿勢を見つけたようだ。


「ふむ、人族の肩に乗るなど初めてだが、なかなか、悪くはないな」


「そうか。じゃあ、俺の通ってる魔法学園に戻るけど、皆を脅したりするなよ」


「分かっておる。我はそうだな、お前の使い魔という立ち位置で良いかの」


「神獣なのに、それでいいのか?」


「大丈夫だ。それより、美味い飯を喰わせてくれ。昔、人族の作ったカレーというものを食ったことがあるが、あれは美味かった」


 カレー、好きなんだ。


 もっとこう、血が滴る生肉とかがいいのかと。


 まぁ、ティナの作るカレーは俺も大好きだから今日の晩御飯はカレーにしてもらおう。


 フェンリルの歓迎会をしなくては。



「あ、名乗ってなかったな。俺はハルト=エルノール。よろしくな」


「我は神獣フェンリルだ。だが、フェンリルは種族名であって名ではない。ハルト、我に名を与えることを許そう」


 なんか上から目線だな。


 まぁ、神獣だから仕方ないか。


 んー、名前か。どうしようかな。


 白いから──


「シロでいいか」


「……ハルト、犬と一緒にしておらんか? もっとこう、シュバルツとか、シュナイダーとかカッコイイ名前を」


「よし、シロ! 帰るぞー」


「むぅ、変える気は無さそうだのぉ」


 フェンリル改め、シロと俺は転移魔法で魔法学園へ移動した。

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