第83話、今更の似非言葉に違和感があるから、ハジメテのハジマリに戻ったっていい




クリアはもともと、たくさんのわるいことをしてきた、わるい子でした。

その罪を償うために、ずっと、ずぅっと、暗いところにいました。



そんなある時。

気がついたらクリアは、サングラスになっていたのです。

あいぽっどつきの、最新式です。

なんでそんなことになったのかは、よく分かりません。

なんとなく、クリアはサングラスに生まれ変わったのだと、そう思うことにして。




それからまたしばらく時がすぎて。

クリアは、一人の女の子に買われました。

可愛い羽の生えた、天使さんです。

どうやら天使さんは、クリアを一人の男の子にあげるためのプレゼントとして、

買ったみたいで。

その男の子こそが、クリアのごしゅじん、でした。



そんなごしゅじんは、不思議な力を持っていました。

なんと昔のクリアと同じ、【妖の人】だったのです。

しゃべることも動くことも何にもできないただの『もの』であるクリアに気がついて、前世で悪いことしたからそんな姿にされたんやろって、笑います。


それは、なんだかあったかい笑顔で。

ただの『もの』であるクリアには何も答えられなかったけど。

それだけで……ごしゅじんがごしゅじんでよかったなって思ったのは事実で。




それから。

クリアとごしゅじんの生活がはじまりました。

人間が……特に女の子が大好きなごしゅじんはのまわりには。

いつもたくさんの人と、生まれたてのクリアからすれば先輩になる、たくさんの『もの』についた【妖の人】たちがいて。


不思議で、どきどきして、おもしろい。

そんな世界での生活です。



なのにその楽しい日々は、ずっとは続きませんでした。

ごしゅじんやごしゅじんのともだちみんなが……

その世界から帰らなくちゃいけなくなったからです。


楽しかった記憶を、忘れて。

ただ一人、クリアを買ってくれた天使さんを除いては。



クリアは、そんなこと嫌でした。

でも、それは言葉にはなりません。

だけど、ごしゅじんはもっと嫌だったんじゃないかと思います。

天使さんは、ごしゅじんの一番の大好きな、おともだちだったから。



だから楽しかった記憶を絶対に忘れたくないって。

ごしゅじんはクリアたちにお願いをしたのです。


『僕が僕に戻るまで……僕をよろしく頼む』って。




そのためにごしゅじんは、クリアにクリアと言う名前をくれました。

名前には、魂があるからだそうです。

すると、クリアはしゃべることも、動くこともできるようになったのです。


それがクリアがクリアになった、瞬間です。

ごしゅじんの望む。

ごしゅじんに記憶を返すまでの、かりそめの存在として。



クリアは他のみんなと違って、生まれたばかりのまだ新しい『もの』だったから、

ごしゅじんに記憶を返して役目を終えればただの『もの』に戻るのは分かっていたけれど。


それでも構いませんでした。



ずっと夢見ていたことが、かりそめでも叶うのだから……。






         ※      ※      ※





SIDE:吟也


気がついたら僕は地面に足をつけ、立っていた。


既に僕が作り出した【異世】ではない、ただの世界に戻っている。



「……今の、記憶は?」


もちろん、僕の記憶じゃない。

それは、クリアの記憶。


「あぁ……そうっす~。クリアちゃんの記憶も、一応預かっといたんすよー」


それは、独り言のつもりだったけど。

いつの間にか目を覚ましていたカチュが、そんな事を呟く。



「まさか、このまま終わるわけじゃ……ないっすよね? ボスともあろうお方が」


そして、窺うようにそう言われて。

僕は、きっと顔をあげた。


そこにはもう涙はもうなく、どっちかというと怒りが占めている。



「当たり前! やろうがっ!」


僕は叫び、駆け出す。

このまま終わらせないために、ある場所へと。


僕という人物を、クリアによ~く分からせるために。





辿り着いたのは、自宅だった。

僕は躊躇なく扉を開け、リビングへ向かう。

するとそこには、まるで全てを分かって待っていたような、かがみ姉さんがそこにいた。

僕の分のお茶まで用意して。



「僕の願いを叶えに来たで、かがみ姉さん」

「願いですか? つくもんを7人集めたら……っていう?」


この期に及んでとぼけるかがみ姉さん。

いや、もしかしたら本気なのかもしれないけど。


「そう、とも言えるけど、違う、とも言えるな。だって、つくもんっていう言葉自体僕が勝手につけたパチモンやし。7人なんてくくりだって、もともとあってないものやろ? かがみ姉さんは、そもそもつくもんやないしな」

「いつ気付いたんですか?」

「今さっきって言いたいところやけど。確信したんは、ウチに潤ちゃんが来たとき、やな。そもそもひとりだけ人の姿とっとるし、他のみんなと違うて、一人で買い物とか行っとるし、僕と一緒に行動しなかったんも、他の人に見えるってバレるの、防ぐためやろ?」

「あらまぁ。全てお見通しですか」


感心したようにかがみ姉さん。


しかし、本題はここからだった。



「でだ、そんなかがみ姉さんは、クリアが消えよった理由、知っとるか?」

「知ってる、ですか? おやかたさまが、クリアさんに『記憶が戻るまで』って言ったからじゃないんですか?」


までを強調して、かがみ姉さんは言葉を返してくる。



「戻ったから消えたってことか? 名前の通り純粋というかなんというか」

「そんな言い方ないじゃありませんか?『もの』から解き放たれ、生まれた彼女たちにとって、おやかたさまの言葉は絶対なんです。そう、信じたら、それが全てなんですよ?」


クリアのために、怒りを露わにするかがみ姉さん。

つまりクリアは、自分の中で『記憶が戻るまで』と思い込み、決めてしまったんだろう。

だったら、尚更。



「僕がそんな事、はい、そうですかって納得すると、思うか?」

「……」


返す言葉は、かがみ姉さん以上の怒りに溢れていただろう。

でもそれは、自分自身への怒りだ。


その怒りを、かがみ姉さんにぶつけてしまってるのが嫌で。

気を取り直すように、僕は言葉を続ける。



「そんなわけでやな、かがみ姉さんにお願いがあるんやけど」

「願い……なんでしょう?」

「分かってるやろ? 時を操る鏡の【妖の人】の、姉さんなら。……時を戻して欲しい。クリアの時間を」

「それがどういうことか、分かってるんですか? また、全てを忘れてしまうことになるんですよ? いえ、結局、同じことの繰り返しになるかもしれません」


僕の言葉に、さらに真剣な眼差しを向けてくるかがみ姉さん。

僕はそれに苦笑して。


「分かっとる。まぁ、みんなん前で正体晒しちゃったしな、それもありかと思うけど。せっかく戻ったんやしそんなことはせんよ?」

「え? でも、今……」


僕の言っていることがよく分からなかったんだろう。

打って変わってきょとんとするかがみ姉さんに。


「言ったやろ? クリアの時間をって。ほら、たとえばやな、こうしてサングラスに戻ってしもたクリアを、机の上に置いたとして、この部分だけ、とかでけへん? 何かそんな秘密的な道具あったやろ?」

「……あっ」

「さ~すが、ボスっすねー。よくもまあ、そんな事思いつくもんだなぁ」


しばらく呆けていたかがみ姉さんが、そんな手があったかとばかりに頷いてみせると。

ちょっと呆れたように、カチュがそれに続いて……。



            (第84話につづく)







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