第66話、記憶失っても走り続けていた、受け止めてくれる場所さえわからずに


SIDE:吟也



【虹泉(トラベルゲート)】すぐ近くには、魔物の気配はなかった。


その時の僕は、そのことに安心しているばかりで。

その理由を深く考えようとはしなかった。

それよりも、闇と虹を混ぜたような、そのブラックホールめいたトラベルゲートに魅入られていて。



「すごいな。これ、本当に僕が作ったの?」

「何を今更。それよりまず、電源を切るんだ先生。そうすればおそらく、これ以上の魔物の流出は防げるはずだよ」

「電源? そっか、分かった」


僕は言われるまま、その電源とやらを探すことにする。

しかし、まるで生き物のように渦巻き振動してるそいつが、僕には人工物にはとても思えなかった。


というより、さっきから何かがひっかかっていた。

何て言えばいいのか、いつものお約束が抜けているというか、足りないものがあるというか……。



「との、いかがされた?」

「あ、うん。なんかさ、ひっかかるんだけど」


リオンに促され、それでも魚の骨が喉に刺さって取れない、みたいな違和感が気になって、さらによく考えてみて。

僕はようやく、その答えに行き着く。



「あ、そうだ。いつもの『でしっ』がないんだ。他の子がいると、分かるって……って、クリア!? 大丈夫?」


そう呟いて頭上を見ると。

息も絶え絶えで、ぐったりしているクリアの姿が目に入った。



「ご、ごしゅじん……に、にげ」


そして、クリアが弱々しくそう呟いた瞬間。

いきなりぐん、と、僕の身体は引っ張られた。

目前にある、黒い渦に向かって。



「たいちょーっ!」

「う、うわっ!?」


モトカが鋭い声を上げたけど、時すでに遅く。

僕はその渦巻く闇の中に、飲み込まれてしまっていて……。






「でしっ、でしっ!」


いきなりの状況についていけず、混乱の極みにあった僕。

そんな僕を我に返したのは、クリアのそんなしゃくりあげる声だった。

しかし、目は開いているはずなのに、辺りは真っ暗で何も見えない。


「つくもん反応っ? って、みんな無事!?」

「モトカ、無事であります!」

「はっ、リオンめはここに」


すると、すぐに返ってくる、モトカとリオンの声。


「ああ、ディアは問題ない。しかし不覚。罠、だったとは」


その後に続いて自分を責めるような、ディアの声が続いたけど、しかし。

クリアの返事がなかった。


そっと頭に手をやると、そこにクリアのいるあったかい感触がある。

携帯の明かりを自らの目の前で照らし、逆の手でそっと抱き上げて見てみると。

意識を失っているらしいのがすぐに分かった。


それでもなお、しゃくりあげる声が別のところから出ているかのように響いている。

照らし出されて見える髪はかつての熟れた赤色の面影はなく、真雪のような白銀色で。



無理をさせてしまったのかもしれない。

モトカは力を使うためには自らの生命力を行使する、と言っていた。

それはもしかしたら、他の子を見つけ出すというこの力も、含まれているのかもしれない。


「たいちょー! 左前方にベルたいいん発見、であります!」


と、そんな事を考えていると。

この暗闇の中でも目が見えるのか、モトカが身を乗り出してそう叫んだから。

一刻も早くベルを見つけて、とっとと帰ることにしようと決めて。



「よし、悪いけどモトカ、僕にはほとんど見えないから、案内頼むよ」

「了解でありますっ!」


僕は肩口に戻ったモトカの言葉に頷き、クリアをリオンに任せて、言われた通りに闇の中進んでいく。

すると、携帯の僅かな光に照らされて、地面(かどうかははっきりしないけど)に倒れ伏す、小さな……黒髪おかっぱの女の子の姿を発見した。



「大丈夫っ、しっかり!」


そっと両手で抱き上げても、ぴくりとも動かなかったから焦ったけど、何度もそう呼びかけると、その女の子は目を覚ました。


そしてすぐに滑らかな身のこなしでぱっと起き上がると。

暗闇の中でも分かる青い瞳が、僕をとらえて。



「……王子? 何故このような所におられるのです!?」


微かな一瞬だけ、その瞳が潤んだような気がしたけど、すぐに引っ込んでかわりに発せられたのは、悲鳴に近い、怒ったような声だった。



「ふむ、随分な言い草じゃないか。せっかく、こうして助けに来たというのに」

「だ、誰もそんな事を頼んではいません! ディア、貴女分かってるのですか!? あなたは! ベルたちが守るべき王子を、みすみす危険へ晒しにきたようなものなのですよ!」

「仮に気付いてたとしても、止められないさ」


激昂するベルに、ディアはひどく冷静に、しかし深い懊悩の含んだ呟きを発する。

その場に、一瞬だけ静寂が包んだけど。


「ベルはん。そんな、おこらんといて。テレビにな、ベルはんピンチなん、うつっとるのみて、ここまできたんクリアのせいやねん。……ごめんな、ごしゅじん」


ベルの声に目が覚めたのか、途切れ途切れにそう言って、謝る仕草を見せるクリア。



「クリア……そうですか。貴女自身がそう決断しベルの元へ来たのなら、何も言いません。ディア、すみませんでした。少々取り乱しました」

「いや、それくらい言ってくれたほうがせいせいするよ。こんな初歩のトラップに、気付かなかったのだからね」


まっすぐに非礼を詫びるベルに、苦笑して言葉を返すディア。



「罠、でござりまするか。して、この異世はやはり『ジャスポース』の手のものだと?」

「いえ、違います。民間人をも巻き込もうとし、ベルの姿を借り、王子を誘い込むこの手口、そこに正義などありません」

「となると、敵は『7つの災厄』にくみする奴ら、でありますか」


辺りを油断なく警戒し、問いかけるリオン。

それを一言のもとに否定するベルに、モトカがそう結論付ける。

それにベルは、相手の顔を見てしっかりと頷いて。


「そう見て、間違いないと思います。しかし、敵も随分と慎重というか、不可解なのです。ベルを捕らえ、こうして王子を誘い込んだのに、いまだに姿を見せない。ですが、これは好都合かもしれません。……王子! ひとまずベルの力を使い、一旦この異世を離れましょう!」

「え、ええっ? そこで僕にふるの!?」


今まで別に仲間外れにしてたわけじゃないんだろうけど。

みんなで僕を置き去りにして、ちんぷんかんぷんな話をしてるし、まっくらで何も見えないしで。

たとえるなら、目を閉じて床に就きつつラジオでも聞いてるような感覚に陥ってた僕は、急に話を振られて現実に引き戻されたような気がして、慌ててしまった。



「王子? どうしました? さぁ、早く脱出を」

「いや、うん。ごめん。どうやって?」

「……」


全く違う意味で、再び辺りを包む沈黙。

だって、モトカのスパナの力にしろ、クリアの翼の力にしろ、僕が何かしたって感じじゃなかったし、そんな事言われてもどうすりゃいいんだって感じです。



「一つ、お伺いいたしますが……ベルが最後、ですよね?」

「ああ。そうだよ。だが、この通りさ。先生自身が記憶を拒否しているのか、信じていないのか、まだかつての先生と比べて不完全な部分が多いようだね」

「だからちゃんとつくもんバトルせなあかんて、いうたやん……」


そして、そんなベルの問いに答えたのは。

二人して呆れた様子の、ディアとクリアだった。

また、僕に分からない話してるって、言いたいところだけど。


自分なりにまとめてみると、僕は何らかの原因で記憶を失っていて。

その記憶を彼女たちが持っていた、ってことなんだろうか。

まぁ、それは今までの体験も含めて、かろうじて理解できるけれど。


何でわざわざそんな事をしたんだろう? って思ってしまうんだ。

そもそも何故、僕は記憶を失っている?

最初にクリアに会って色々説明を受けたとき、そんな事は一言も聞かされてなかったはずだ。

ただ、つくもんを7人集めれば願いが叶う、としか……。



「あ、そうだよ! 僕そんな事聞いてないよ? クリア、みんな集まったら願いが叶うとか言ってたじゃん」

「うん、言ったな。クリア、みんな集めたらごしゅじんの願い、叶うって」


一体どういうこと? って聞いたつもりだったんだけど。

当のクリアは全くそれを否定せず、頷いている。

……ええと、つまり?



「記憶の補完が、先生の『願い』。つまりはそういうことだよ」


僕が首をかしげていると、ちょっと意地悪そうにディアが答えてくれる。


「……えぇ。そうなの?」

「うぅ、クリアはひとこともうそなんかついてへんもん」


思わず漏れ出た言葉に、不満そうなクリア。

ま、元々願いが叶う、なんてそんなに期待してなかったっていうか、もう願いはとっくに叶っちゃってるというか、現在進行形で実行中だから、別に構いやしないんだけれど。



「分かりました。今からベルの預かった記憶をお返しします。そうすれば、王子の願いが何であるのか、お分かりになると思います」


どうやって? ってまたしても僕が尋ねる前に、手のひらの上に立っていたベルが跪く気配があって。


何かが触れたその瞬間。

僕の頭の中に、今までも何度か体験したのと同じように。

映像、記憶が流れ込んでくる……。



             (第67話につづく)







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