第37話、戦うアイドルの初戦闘はぬいぐるみ?
しゃにむに走って走って。
はっと我に返った時には、いつの間にやら寮棟のほうまで逃げ込んでいた。
ここまでくれば一安心だろう。
鉄をも砕く真希先輩の拳ももちろん脅威ではあるけれど。
それによる異世の余波は、階下にいる付属の生徒たちにとって、阿鼻叫喚どころじゃないだろうってことをよくよく分かっていたからだ。
下手すれば冗談でなく死人が出る。
まぁ、真希先輩としても、本気で拳を繰り出してくるつもりじゃあなかったんだろうけど……たぶん。
それからと言うもの、さっきのこととか色々聞こうとしても、カチュは言語化できない寝言を返してくるばかりだった。
言葉通り安心しきって眠っているのを見ると、カチュの憂いは解消されたようだからまあいいんだけど。
それでも、気にならないことがないわけじゃない。
なんだか私のよく分からないフレーズがカチュとそのディアって名前のお友達との会話にあったし、何よりあの場に残してきたのも心配だった。
「でもまぁ、今は戻れないし……」
少なくとも歓迎会が終わるまでは顔を出すべきじゃないだろう。
気にかかることはあったけど今は仕方がない。
私はそう自己完結し……その足を寮棟にある一室へと向けることにした。
そこは、付属の校舎と繋がるもう一つの渡り廊下のある八階。
私やキクちゃんみたいに、相部屋で過ごすことが、様々な理由があってできない子たちが過ごす場所だ。
その中の一つに、この春先からずっと、眠り続けたままの棗ちゃんの部屋がある。曲法の暴走か、あるいは他に理由があるのか。
棗ちゃん自身の能力が、魔物を生み出す虹泉そのもの力と似通っているところもあって。
今までの偽者……スケープゴートでない、本物の魔物を生み出した張本人かもしれないと、上から特に目をつけられている一人だ。
ちなみに、本物かそうでないかを判断するのは簡単だ。
虹泉を破壊し、卒業させられても外界に居座り続ける魔物たち。
彼らがもしいなくなるようなことがあれば、破壊した虹泉は本物だったということになる。
もっとも、今の今までいくら虹泉を壊そうとも魔物が完全にいなくなることはなかったわけだから、本当にその本物とやらがいるのかどうかも怪しいもんだけど。
実の所、夏になっても彼女が眠ったままであるならば。
怪しきものは罰せよじゃないけれど、強制的に卒業させられてしまうという話もあがっていて。
棗ちゃんの動向は、今私が、突然出現した新たな虹泉以上に気になっていることでもあった。
「棗ちゃん、失礼するよ……?」
私は、棗ちゃんの部屋までやってくると、軽くノック。
返事がないだろう事は半ば予想できてはいたけど、マナーとして一拍置いてから私はその扉を開け放つ。
普段ならば同郷の馴染み友達だというキクちゃんや、同じ副会長の命ちゃんと一緒に様子を見に来ていたわけだけど。
そう言えば一人でここに来るのって(正確にはカチュがいるから一人じゃないけど)初めてだったなって、今更ながら思い出して。
「相変わらず……凄い異世」
広がるのは、ここに来て毎度の抜けるような空と薫り立つような色とりどりの庭園。
扉を開ければそこは別世界だった。
感嘆の呟きが未だに出てしまうくらい、寮の一室とは思えない場所。
何がおかしいって、まずはその広さだ。
一体、どこの御殿のお庭だろうかと言うくらいの広さ。
下手すれば、本校の敷地に匹敵するんじゃないってくらい。
だけど、実際はそうじゃないんだろう。
これが、異世の本域。
本来、現れた魔物たちと戦うための領域だ。
今現在、本校を覆うように展開されているものが生徒みんなの世界であるなら、ここは棗ちゃんのプライベートスペースとでも言うべきだろうか。
ただ、どちらも基本、魔物に抗う一般人を拒絶し、【生徒】の力持つものには、その潜在能力を高める効果がある。
『曲法』と共に生まれ、私たち【生徒】がその力に目覚めた時から、密接に関わってきているもの。
それが何故あるのかって考えると、正直あまりよく分かってないわけだけど。
本校を覆うそれが、真希先輩の異世を中心に、みんなのものが少しずつ交じり合ってできているのに対して。
ここは棗ちゃん専用の異世だった。
故にこの世界は棗ちゃんの心象風景なのだろうというのが科学班の弁。
それが、こんな広い世界に取って代わる意味になるかどうかは、やっぱり良く分からなかったけれど。
私は現在進行で、現実的に足下の草葉を踏みしめ、背の高い植樹帯の左右を囲まれた道を歩いていた。
左右とも、植樹帯の向こうは多種多様な庭園が広がっている。
どうやら、その植樹帯に囲まれた区画ごとに、それぞれコンセプトがあるらしい。
あまりお花に詳しくない私にとって見れば、自然を使った迷路にようにしか見えなかったけど。
「……出た」
ふいに、がさがさと、植樹帯の隙間から飛び出してくるのは。
その丸々のお腹にビニールの羽根を生やし、危険色を配置させたぬいぐるみ。
某有名映画のキャラ……スズメバチか何かだと思ったけれど。
いっちょ前にスペード型の先端のついた槍みたいなものを持ったフェルトのもこもこは、そのボタンでつくられた瞳でじっと私のほうを見つめてくる。
カチュのことを棚に上げて、本来動くはずのないぬいぐるみが動いていて、尚且つ飛んでいる様に思わず身構える私。
それは……それこそが棗ちゃんの【生徒】としての能力【幻想吹魂】だった。
今思えば、私の力とかなり似通っているといってもいいかもしれない。
その力は見ての通り、もの……棗ちゃんの場合手持ちのぬいぐるみに限るけど、それに意思を持たせ操る力だ。
そう、ただ動かし命令させるのではなく、彼らは彼らの思考を元に行動する。
今も、眠ったままの棗ちゃんを、守るように彼らはこの異世を巡回している。
棗ちゃんを害するような輩が現れようものならば、彼らはその手に持つ以外に物騒な得物を使うことを躊躇わないのだろう。
まぁ、実際使っている場面を見たことがないから、ほんとのところはどうだか分からないんだけど……。
「ご、ごくろうさま」
そんなフラグを立ててしまったのがまずかったのか。
ぎこちなく挨拶をし、そのままどこかへ飛んでいくのを待ってたわけなんだけど。
「……!」
スズメバチのぬいぐるみは、さも不審者と突然ばったり会っちゃったみたいな反応をしたかと思ったら、その槍を天高く突き上げた。
するとどうだろう。
いきなり世界に鳴り響く、ファンファーレめいた音。
「な、何……?」
私は非常にいやな予感を抑えきれないままに挙動不審に辺りを見回していると。
そのファンファーレの音が止むとともに聞こえてきたのは、さりさりと独特の響きの連なり。
不意に空見上げてみれば、そこにいるのは危険色目立つぬいぐるみたちの大群で。今まさに彼らは、こちらに迫ってくるところだった。
「な、何でっ!」
キクちゃんや命ちゃんと来たときはこんなこと一度もなかったのに!
もしかして私は棗ちゃんに害する敵だと認識されているのでしょうか?
私としてはう結構大事な同胞というか、友達の友達は友達だよねって気でいたんだけど……。
ぬいぐるみさん達の持つその鋭利な刃は、間違いなくこちらに向けられていて。
私はひどく悲しい気分に陥りつつも、そのまま踵を返して逃げ出す。
「……!」
案の定、そんな私を逃す気はないのか、隊列まで組んで追いかけてくるぬいぐるみさんたち。
これは、一旦部屋の外に出たほうがいいのかもしれない。
できれば自分の力を使うようなことにならなければいいなと願いつつ。
元来た道を辿ったんだけど……。
(第38話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます