第6章
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第1話 穏やかな商談
絢爛でありながら静かな雰囲気を纏う応接室にて、緊張の面持ちで私と対面しているのは、この世界で一番の交易国を築いているドルンド王国、その国王と側近だった。
ロローナに遣いを頼み、ドルンド王国へ交易交渉の話を持ち掛けたところ、ほぼ二つ返事で受けてくれたと言う。
ドルンド王国は
明らかに岩窟人とは言えないほどに高身長の男がそこにはいた。
私が応接室へ来るよりも先に、ロローナとメイド長のカテラによりドルンド王国の三人は応接室に案内されていた。
部屋に入る前に、新調した
「この度はお招きいただき、誠に感謝いたします」
三人の岩窟人の中央に立つ者が顔をあげ挨拶をする。
三人の中では一番瀟洒な恰好をしている。
きっと、この人がドルンド王国の王だろう。
「それはこちらも同じです。私も、世界最大の貿易国家であるドルンド王国の国王自らお越しいただけるなんて思っても居ませんでした。遠路はるばる、こんな辺境の地へお越しいただき感謝します」
私が手を差し出すと彼もまた手を差し出した。
握手を終え私たちは腰を下ろした。
「私はドルンド王国を治めます、ロンダ・ギヌ・ドルンドと申します。私の左隣にいる男は私の秘書を務めております」
「ボルノアと申します」
「そして右隣の男が、ドルンド王国で交易管理官を務めております」
「オズンと申します」
ひとしきりの紹介を終えたロンダ王は、そのまま言葉をつづけた。
「改めまして、この度は――」
「前置きは無しにしましょう。こうして来ていただけているということは、私たちと交易を結んでいただけるということで間違いないでしょうか?」
回りくどい話は嫌いなので、単刀直入に切り出してみたけどどうだろうか?
すこし戸惑いを見せてはいるけれど、向こうもあまり無駄話をしたくはないだろう。
「それは勿論。こちらとしても、資源が豊富なこちらと交易を結べることに異論などありません」
「それはよかったわ。ここも、最近ようやく商いが廻り始めたところだったので、大きな国と交易を結べることは非常に助けになるわ」
「それは、もったいない言葉ですね。私どもも、例の件で国を救っていただいた恩人に恩を返さねばいけないと常々思っておりましたので、非常に助かります」
「あの件のお礼なら既に頂いているので、全然気にしなくてもいいわ。それよりも、交易に関してなのだけれど、すこし突っ込んだ話をしてもいいかしら?」
交易に関して、先にこちらの商人と話をしていたのである程度は理解している。
ただ、専門的な商談に関しては私はできないだろう。
ある程度の商品理解を深める程度にしかできない。そもそも、こういった専門的な問題は専門家にやってもらうのが一番手っ取り早いし間違いはない。
「現在、私たちがドルンド王国へ出せるのはこのダンジョンで採れた素材のみです。それに対して、そちらはどのようなものをこちらへ流していただけるのでしょうか?」
「それに関しては私の方からよろしいでしょうか?」
そういったのは、交易官と紹介されたオズンと言う者だった。
「現在、我が国が他国との交易に際して流通させているのはオーレリア山脈で採れる純度の高い鉱石類と、自国で生産している武具や装飾品などの工業品になります。ただ、こちらでは我が国よりも品質のいい鉱石を採取することができると聞きます。ですので、交易対象になるのはドルンド製の武具や装飾品類になるかと思います」
「そう」
まあ、ドルンド王国は技術者が多い国であり、高品質の武具などを扱っているのは知っていたから、交易品が工業品になるのは知れていたけれど、正直、このダンジョン街には他国のブランド品を取り入れる必要は今のところないのよね。
態々この国に来て、ドルンド王国の製品を買う者なんていないだろうし、このダンジョン街より少し進めばドルンド王国があるのだから、有用性なんて皆無だ。
だから、私が求めるのは工業品よりも、他の生産品が欲しい。
「残念だけれど、ドルンド王国で造られるそれらの品々は、ここでは特段必要としていませんので別の品をお願いいたします」
私の言葉に、交易官のオズンは喉を上下させた。
「他の物ですか……。我が国で取り扱える交易品といえば……他国から輸入している生産品類ぐらいしかありませんが……」
「それで構いません。寧ろ、そういったものを流していただきたいわ」
「しかし、至極ありふれたものばかりです。作物類や、衣類、各国の特産物や海で採れる海産物になります」
「問題ないわ。頼めるかしら?」
オズンは隣に座る王目を向ける。
明らかに等価ではないからだろう。
こちらは希少性の高い資源をドルンド王国に流し、ドルンド王国はありふれた商品をこちらに流すのだ。
不釣り合いであるのは火を見るよりも明らかだ。
しかし、このダンジョン街においてこちらが出せるものはここの資源しかないうえに、それ以外の魅力は何もないのだ。そして、外界の物というのは、ウィルティナとの交易が動き始めた今でも非常に価値のあるモノになっている。なぜならここでは手に入れることができないからだ。
そもそも交易というのは相互に利を齎すことが前提の商売。
このダンジョンで採れる資源移管しては、私にとって希少価値は無いに等しいもの。でも、相手にとってはそれが逆。外界の商品も同じこと。
ただ、問題になるのはこの後。
「では、そのように計らいます」
ドルンド王がそういうと、オズンが続けて話す。
「そうしましたら、次に取引の詳細に入りましょう。商品の量と価格について」
そう、ここからが交易の本題だ。
しかし、相場なんてものはわからない。こういった細かい取引は私にはできない。だからこそ、ここでは別の者に担当を変わってもらおうと思う。
「細かい商談については、その道の専門家に頼むわ。私の信頼を寄せる配下の一人にね」
そして、私は行商係のアメスをここへ呼んだ。私の声に返事をして静かに扉を開け中へ入ってくる。
私よりも高身長の彼女。側頭部から生やす立派な双角。
ゆっくりと会釈をしてから静かに私の隣に立つ。
「彼女は外界で行商を生業としている子で、名をアメスと云います。私の配下の中で商いに関しては彼女に勝る者はいないほど。ですので、ここからの話はこの子にすべて任せようと思います」
「初めまして。マリ様よりご紹介いただきました、アメス・ウェストーラと申します。ここからはマリ様に変わりまして、交易内容の詳細を決めていきたいと思いますまた、最終決定権はマリ様にあります。――では始めて行きましょう」
アメスはその後、淡々と話を始めていき、ドルンド王国の交易官と恙無く交易交渉を終えた。
私はそんな彼女たちのやり取りを横で聞きながら関心しつつもそれが表に出ないように毅然と構えていた。
「いやはや。これほどまでに話が円滑に進むとは思ってもおりませんでした。優秀な配下をお持ちで、実に羨ましい限りです」
「ありがとうございます。そちらの交易官も、やはり交易大国を支えるだけのことはありますね。こちらも見習わなければいけないことばかりです」
と言いつつも、二人の内容には正直ついていけていないし、ここで呆けた言葉を吐くわけにもいかないので、頑張って見栄を張ってみた。
こんな私の虚勢はロンダ王には意外と見破られず、軽快に笑いを返してくれた。
「どうでしょう? 遠路はるばるお越しいただいたわけですし、このダンジョン街でも案内しましょうか? これから懇意にしていただくわけですし。いかかでしょう?」
そんな私の提案にロンダ王は快く返事を返してくれた。
「ではお願いしていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。ではこちらに」
アメスは私の傍から少し離れた位置に立ち、小さく頭を下げている。
ロローナが応接室の扉を開き、道を開けてくれた。
そうして、私の先導のもと、ロンダ王率いるドルンド王国の使者たちを案内しようとした時だった。後方、ロンダ王のすぐ後ろを歩くボルノアという漆黒の燕尾服を着た男がロンダ王に耳打ちをした。
非常に小さな声のはずなのに、私にはどうも綺麗に聞こえてしまう。これも何か魔王特有の力なのか。
『ロンダ王、急ぎ城へお戻りになったほうが良いかと』
『なぜだ?』
『聖王騎士団が城へ乗り込んできたとの知らせがありました』
『っ! 厄介だな……』
『事情を話せば、魔王様もお許しになると思われます』
『うむ。私の執務室まで乗り込まれてしまうのが今は一番危惧すべきことだ』
「マリ様。申し訳ございません。折角ダンジョン街を案内していただけるというのに、少し外せぬ用事が今しがた国で起きてしまったようです」
「そうですか。それは残念です。では案内はまた次の機会に致しましょう。私の方は問題ありませんので、急ぎ国の方へお戻りになってください」
「ご厚意、感謝いたします」
「ロローナ。お願いできるかしら?」
「かしこまりました」
そう云うと、彼女は三人を転移盤まで案内した。
ロンダ王が転移盤へ乗り込む前に、私に向き直りいう。
「この転移盤ですが、常時転移可能なのでしょうか?」
「そういう設定にすることもできますし、一時的に閉じることもできます」
「それでしたら、私どもが転移した後はこちらの転移盤の機能を一時閉鎖していただきたく思います」
「かしこまりました。何かそうしなければいけない事情があるのですね。では、次回、使われる希望がある場合はこちらを御鳴らし下さい」
私はアイテムポーチから宝石が嵌め込まれた小さな銀製のベルを取り出しロンダ王に渡した。
「こちらは?」
私は同じものをもう一つ取り出すと、このベルの説明をした。
「これは、『共鳴ベル』と云いまして、離れた場所でも、どちらかのベルを鳴らすと対になるベルが一緒になるという魔道具です」
そういって、私は手に持つベルを軽くならしてみせると、ロンダ王の手にあるベルも同時に鳴った。
「これはすごい」
「御用の際に、こちらを鳴らしていただければ、転移装置を起動いたしますので、どうぞご活用ください」
「是非に。――それでは失礼いたします」
そうして、三人はドルンド王国へと転移していった。
三人が転移した後に私はロローナについていくように伝え、彼女も向こうへ転移させた。
どうやら、ドルンド王国の方で問題が発生しているみたいだから少しでも恩を着せるために彼女にはいってもらった。
図々しいかもしれないけれど、こういう積み重ねが大事なのだと私は知っている。
ロローナもいなくなってから直ぐに装置の機能を管理ボードで停止させると、1つメッセージを飛ばした。そして、速やかにアメスを連れて
私たちが会議室に着いた時には既に皆が揃っていた。
私が中へ入るなり、一同が立ち上がり私を迎え入れてくれた。
面々たる配下たちが一堂に会する中で、私は部屋の奥へと足を進め上座の椅子へと腰を下ろす。
私の隣にはいつもの如くエルロデアが毅然と立ち、私の言葉を待っている。
「急遽呼び出してしまってごめんなさい。それじゃあ、始めましょうか――」
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