第4話 訪問者
オーレリア山脈に構える商業国ドルンド王国。
世界一の大陸を誇るグラシリア大陸の中央に位置するドルンド王国は、西側と東側を繋ぐ唯一の安全路として、多くの者が訪れていた。
商業国として、ドルンドを訪れる者がほとんどとなっている今では、ただ通り抜けるだけの者は減り、商人や冒険者が多く集まる国として世界にその名を届かせている。
そんなドルンド王国の西門には変わりなく商人の列が並んでいた。
荷馬車を扱う商人たちが門兵による検問をうけている中で、その最後尾に新たに並ぶ者たちがいた。
その者の登場に、すぐ前に並んでいた者が小さな悲鳴を上げて道を譲った。
黒く堅牢な角を側頭から生やし、鋭い眼光を向けるその者は、重厚感のある純白の鎧に身を纏い、2mを超える体躯に相応する大剣を背中に下げていた。跨る騎馬も派手な装飾に彩られており、その気品は前に並ぶ商人のものとは比較にならなかった。
そして、その者と同じ装いの者たちがその後ろを規律的に並んでいる。
云うまでもない。
聖王騎士団だ。
先頭の男がその歩みを進め、地面が鳴る。
彼の前にいる者たちは皆等しく道を譲り、委縮してしまう。
鋭く突き刺さる眼光は人を殺せるほどに恐ろしく、目を合わせようものならその場で気絶してしまうほど。
そして彼の放つ恐ろしいほどの殺気が周囲の者を恐怖させていた。
そうして、気づけば彼らは列の先頭にまで来ていた。
門兵が男の姿を見るなり、慌てて身を正した。
「こ、これは! グロッソ様。この度はどのようなご用向きでしょうか? 騎士団の装備の補充ですか? それとも――」
「無駄話をする気はない」
騎士団長のグロッソは門兵の男を見ることなく、眼前の解放された門の先を見据えて憮然に言い放つ。
「ひぃっ! は、はい! 申し訳ございません! どうぞ、お通りください!」
門兵が道をあけ、彼らが通る道を造った。
威風堂々と門兵の横を過ぎ去り、岩窟の奥へ進む騎士団一行。
彼らに道を譲った商人連中からの批難などは一切起きなかった。
なぜなら、皆理解しているからだ。
聖王騎士団の中でも随一の武闘派で知られるガルロ騎士団。その騎士団長であるグロッソ・ベローラの武勇を知らぬものはいないほど。
そんな彼を恐れる者は至って正常であると言える。むしろ、無知による恐れ知らず者は、その寿命を削ることになるだろう。
そうして、ドルンド王国内へ聖王騎士団一行は進行していく。
岩窟内の街とは言え、大規模と云えるほどに大きな空洞を築き上げているドルンド王国ではあるものの、広いとはいえ、岩窟内であることには変わりなく、街へと続く道の奥からは街の喧騒が届いてくる。
常に人の往来が盛んなドルンド王国では街の喧騒は鳴りやまない。
そんな街へ姿を見せた聖王騎士団は、街の入り口で馬を降りた。
これはドルンド王国の決まりであり、街の中での騎乗は禁止とされている。
ただし、馬を引き歩くことや、馬車を引くことは可能ではあるが、彼らは入り口にある預小屋という場所にすべての馬を預け、街の中へと入っていく。
こうした一時的に預けることが必然的に多くなるため、預小屋の規模は次第に大きくなり、聖王騎士団一団分の馬の受け入れなら余裕で可能なほどになっている。
街の中は商人の姿が多く、店から荷を運び入れたり、納品したりと云った光景が散見される。
待ちゆく人々は横目に騎士団を見ては自身の作業へと意識を向ける。
他の騎士団ならこのような反応はないが、かのガルロ騎士団ともなれば、自ずとそういった反応になってしまう。
威嚇ある堂々な歩みで街を横断する騎士団だったが、目的にしていたドルンド王国王城の入り口でその歩みは止められた。
城の入り口に構える兵が無言で城内へ入ろうとするグロッソの前に槍を交差させ道を塞いだ。
「失礼、聖王騎士団長。断のない者を通すわけには行けません」
「只今、重要な会議が行われております故、城内には誰も立ち入ることはできません。ご理解ください」
兵の顔色は頭に被るバイザーで判別できないが、グロッソ相手に平常心を保っていられるほど、肝が据わっている兵はこのドルンド王国にはいないだろう。
その証拠に槍を持つ出が小さく震えている。
そんな様子を見ながら、自身の歩みを妨げた兵士二人に対して、殺気を込めた眼光を飛ばす。
少しひるむのを感じながら、グロッソは「どけっ」と一喝して、その場を過ぎようとするも、兵士は王からの命を守るために、必死にそれを阻止していく。
「これ以上先は立ち入り不可と云っているのが理解できないのですか!」
「ぁあっ!?」
兵士の言葉に憤慨を露わにするグロッソは今にも背に携える大剣を抜こうとしたところで、直ぐ後ろについている清涼な男が彼と兵の間に割って入った。
「少し落ち着きましょう。こんなところで事を起こしてしまえば、帰国したときに、聖王様にどれ程の失望を与えてしまうかよく考えてください」
「……」
「私どもの目的は事実の確認。ただそれだけです。一分一秒を争うわけではございません。会議とやらが終わるまで待つことにしましょう」
「ダーズリー。それが最適解か?」
「はい」
「ならいい」
グロッソは体に密着するやりから体を離してから、兵士に訊く。
「その会議とやらはいつ終わるんだっ」
「正確な時間は分かりませんが、まだかかるかと思います」
「チッ! つかえねぇーな! ぁあ!?」
「ここで憤っても仕方ありません。すこし下町で時間を潰しましょう」
グロッソは殺人的な目で兵を見てから憮然に踵を返した。
グロッソが去った後、兵士に向け礼儀正しく挨拶を済ませるダーズリー。
ガルロ騎士団の副団長を務め、騎士団唯一、狂犬であるグロッソを宥められる存在である。グロッソの信頼を得ているからこそ、理性的な彼の意見はグロッソを納得させているのだ。
「ではまた、時間をおいて伺います」
ダーズリーに続き残りの団員も後を行く。
街の歩きながら不機嫌を露わにするグロッソ。
「クソほど無駄な時間だな」
「そういわず。折角です。名匠の品を覗いてはいかがです?」
聖王騎士団の武具は基本的にここドルンド王国へ依頼をかけている。そのため、ドルンド産の武具が今では基盤となっている。
勿論、団長であるグロッソの武具も例外ではない。
「……確かにな。新しい武器でも頼んでおくか。ダーズリーついてこい」
「はい」
ドルンド王国の市場の中でも高額取引がされる上流市場の一角。
国一番の性能を有した武具を造るという名称がいる店に騎士団は揃った。
しかし、店の前に着いたグロッソはその険しい表情を一層増すこととなる。
「これはどういうことだっ! ぁあ!?」
店の扉には『休業中』の看板が下げられていた。
グロッソはそんな看板を無視して、扉をけたたましく殴る。
「ドンラっ! いないのかっ! おいっ!」
「どうやら留守のようですね。このタイミングで留守にしているということは、もしかしたら例の会議に参加されているのかもしれません」
「一介の職人が、王が参加する会議に加わるのか?」
「ここは商業大国です。世界に名を連ねる名匠が国を支えているのです。職人であろうとも、国の重要な会議であれば参加することもあるのでしょう」
「クソッ!」
「まあこればかりは仕方ありません。他の店を見てみましょう。ドンラ様の店以外にも良品を揃えている店は沢山ありますよ」
「……確かに。騎士団の装備を仕上げているのはこの店以外にもあるしな。……チッ!」
「では私のお勧めの店を見に行きませんか? この上流市場にある店なのですが、なかなかにいい店なのですよ」
「貴様が云うならそうなのだろう。――案内しろ」
「はい」
ダーズリーに案内され、彼の勧める店に向かうグロッソ。
ドルンドの上流市場の店だけあって、団員たちの賛辞は非常に多く、新しく武器を新調しようと目を輝かせる者もいたが、皆等しく諦念に武器を戻すこととなる。
聖王騎士団の規律というのはなかなかどうして厄介なもので、騎士団で支給される武器は基本的に騎士団本部が管理したもののみ使用許可が下される。
このドルンドで武器を新調しても、直ぐにはそれを携えることはできないということだ。新たに仕入れた武器は一度すべて騎士団本部に預けられ、検査を行われてから、騎士団のエンブレムを与えられ、手に入れた者の元へと送られる。
だから、購入してからその者がそれを身に着けるまでには数日間は要することとなる。そのため、あまり個別での買い物は騎士団内では勧められていない。
それでも買いたいのであればそれを承知の上で購入する。
とはいっても、騎士団の装備に関しては基本的にドルンドへ依頼をして作らせているため、ここに並ぶ商品と性能面では変わらない。
だからこそ、一時的には欲に手を出してしまうが、最後にはそれが鎮まる。
ただ、この規律には例外もある。
騎士団長は特別にその場で手に入れた武器を身に着けることが赦されている。
だから、騎士団長の所有している武器の中には騎士団のエンブレムがないものが幾つもあるのだ。
「そろそろいいだろう」
グロッソがダーズリーに云う。
「どうでしょう。まだ少し早すぎる気もしますが……」
「もうこれ以上待っていられるかっ!」
「かしこまりました。では城へ戻りますか」
そうして、一行は城へと戻ることにした。
城の入り口を護る兵は先ほどと同様に彼らの進行を妨げる。
「ぁあ!? どんだけ待たせるつもりだぁ!」
「まだ会議が終わっておりません! いましばらく――」
兵士の言葉を掻き消すように、グロッソは右手に立つ兵士を太い右腕で吹き飛ばした。
城壁に叩きつけられ気を失う兵士。
「何をするっ! これは同盟違反だぞっ! このことは王へ報告させてもらう! 然る制裁をうけてもらうぞ!」
「ぁあ!? ごちゃごちゃうるせぇーな。こっちは重要な任でわざわざこんな所まで来てんだよ。こっちの時間を無駄に使わせんじゃねぇーよっ!!」
グロッソはもう一人の兵士の頭を鷲掴みにしてそのまま反対の城壁へと投げ飛ばした。
「……やれやれ。後始末が大変ではないですか」
「……」
溜息を零しつつ、ダーズリーは団員に指示を出した。
「いつも通り、破損した箇所の修繕と、損傷した者の治癒。そして、情報の隠蔽」
彼の指示のもと、団員たちは素早く行動を開始した。
「あまりこういうことはしないでいただきたいです」
「過ぎたことだ。行くぞ」
グロッソの重い足音が静かな城内に響き始めた。
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