第11話 意志ある魔物

「意思を持つ魔物?」


 そんな私の言葉に、レファエナが答える。


「体内に魔石を有している個体とでもいうべきでしょうか? とは言いましても、魔石を有しいる魔物はこのダンジョンではそう珍しいものではありません。Sランクの魔物の中でも階層主と称される魔物は皆等しく魔石を体内に宿しています。ですが、それらが意思を持つかと言われれば、一律に否定できます。つまりは、魔物で意思を持つ個体というのは――」


と言えるでしょう」


 レファエナの言葉に被せるように突如現れたエルロデアが言葉をつづける。


「ダンジョンに生み出される魔物。今現在、私が認識している中では例がありません。前例がないというのは非常に危惧されるべき案件かと思います。ただ、前例はないだけで可能性はあるかと思います」


「そうなの?」


「ダンジョンで生み出される魔物レナトゥスはダンジョンの主の存在により変化します。管理者の能力が高ければ、必然と魔物の強さも変化しますし、管理者となったものの魔力を得ることで、管理者の魔力による変化が生じていても可笑しくはありません」


 こんな異常が起こったというのに、エルロデアの声音はいつものように平坦なものだった。


「意思が存在する魔物については、前例がないため呼称も存在しません。ですが、あえて呼ぶのであれば【意志ある魔物ヴィレトゥス】となるでしょう」


意志ある魔物ヴィレトゥス……。その意思ある魔物ヴィレトゥスはどこで発見されたの?」


「第53階層です」


 ゼレスティアが答える。


「53階層……砂漠地帯だったわね。そんなところで……。どんな魔物の姿をしているのかしら?」


「砂漠地帯に生息している一角蛇ホーンセルペントに酷似した特徴を有している人型の魔物です」


「人型の魔物?」


 人型の魔物は別にいないわけではないけど非常に珍しい存在と認識している。


「はい。一角蛇の特徴的な角と長い尾。肌を覆う蛇の鱗以外は人の姿をした魔物です。見た目は歳幼きもので、モルトレほどの背丈になります」


「おい! 僕はあんな子供じゃないぞ! こう見えて立派な――」


「性格も非常におとなしく、発見した当初は酷くおびえた様子でした。一見しただけでわかるほどのケガも負っておりました。多分、同じ階層の魔物に襲われたのだと思います」


「おい無視するな!」


「その子、今どこに居るの? まさか、その階層にまだ居るわけじゃないわよね?」


「ま、マリ様まで……」


ガクりと首をたらすモルトレには申し訳ないと思いつつも、ゼレスティアの言葉に耳を傾ける。


「勿論です。その身はただいまメアリーの元で治療を受けております」


「そう。それはよかったわ。じゃあ、今すぐメアリーの元へ行きましょう。詳しい話はそれから聞かせてもらうわ」


 私は配下の返事を待たずに治療室へ転移した。

 私が治療室へ転移して一秒も経たずに他の守護者たちも転移してきた。

 勿論、ハルメナはいない。


 治療室へ入ると、そこでは階層に広がる砂漠と同じ金色の髪を伸ばす幼き少女がメアリーの治療を受けているところだった。

 確かに報告に合った通り、肌を覆うように生えている蛇のような鱗が、首から上腕まで広がり、額からは一角が小さくも凛々しく生えている。そしてだらりと垂れる尾は少女の体以上に長く、まさに蛇といった様相だった。

 私たちが治療室へ姿を見せると、すぐさまこちらに反応してじっと私の方を見つめる。

 その縦に伸びる瞳孔でじっと見られると、まさに蛇だと思う。不思議と恐れはないし、嫌悪感など一切湧かない。

 美しく彩られるガーネットの瞳は魅力的だ。

 そんな風に私も少女をじっと見返していると、少女はメアリーの治療を払い除けて、さっと立ち上がると躊躇うことなく真っすぐ私の元までかけてくる。

 相手は魔物。

 ダンジョンの管理者である私には絶対に危害を加えることはできないけれど、守護者たちはそんなこと関係ないと瞬時に身構えて少女を抑えようと動く。

 けれど、私はそれを制して、少女にその身を任せた。


 なぜかはわからない。


 少女がダンジョンの魔物であるから、絶対に私には攻撃しないから。

 だから、少女がこちらに駆け寄るのをよしとするのか。


 ――違う。


 そういうわけじゃない。

 もっと別の何か。

 分からないけれど、そういった機械的な考えじゃない。

 別の、感情……違う。


 ――特別な、何か。


 そんな不明慮な何かによって、私は少女に心を赦したのだ。


 そして、私の元までたどり着いた時、少女は私の胸に飛び込んで強く抱きしめてくる。小さな腕と、長い尻尾で私に絡みつき離さない。

 角をよけながら頬を私の胸に摺り寄せる眼前の少女の可愛さに悶え死にしてしまいそうになる。


 ――な、なんなんだこの可愛い生き物は!

 ――食べちゃいたいわ!


 そして満足した少女はふと顔をあげ、私の方を見上げ、満面の笑みでこう告げた。


「ママっ!」








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