第5章 

第1話 変化していくダンジョン街

 私は暇を見つけ、街の様子を伺うため城下へ降りた。

 街の様子はもう大分それらしくなってきている。

 魔王オバロン様と魔王ヒーセント様の助力のお陰で、建設に携わる人数が大分多くなり、街の進捗は大幅に進んだ。

 ウィルティナの冒険者ギルドや商業者ギルドからの物資の融通が少しずつだけどでき初め、街は街としての機能を漸く果たし始めた。

 まだ城の周りで見れば、城の正面にしか街はできていないけれど、それでも、メインストリートは店が幾つも建ち並び、商いを始めている。

 とはいえ、ダンジョン内で暮らす者たちとウィルティナとの交易しかなっていないのが現状。まだまだ寂しいものだけれど、確かに発展しているこの街。

 魔王オバロン様の派遣員は街が基盤に乗り始めた頃には彼の元へと戻っていった。けれど、魔王ヒーセント様から派遣されてきた者たちは今もなおこの街で働いている。

 日々目まぐるしく変化していくこの街。


 街をふらつきながら様子を伺っていると、待ちゆく人が私に挨拶をくれる。

 まるでお偉い役員にでもなった気分になる。――まあ、実際そうなんだけれど。

 現在、街の人口は100近い。人間と亜人デミレント異形なる存在ゲシュペンストが半々といった具合だ。

 ウィルティナからの派遣と魔王ヒーセント様からの派遣が亜人。光国に属する小さな村からの移民が人間。そして、最近このダンジョン街に移住してきた者たち。


「これは魔王様、何か心配事ですか?」


 眼前で木材を積んだ荷台を自ら出した強靭な糸で引き歩く蜘蛛人アラクネの姿があった。


「いえ、そういうわけじゃないわ。ただ気晴らしに散歩をしていたところよ」


 先日、といっても、1か月以上も前だけれど。

 外界で冒険者をしているアカギリとカレイド、それから行商人のアメスらが北東の地で遭遇した蜘蛛人という種族。問題を抱え悩んでいたところに彼女らが遭遇し、なかなか危険な事件に巻き込まれてしまった。けれど、どうにかその場の危機を退けることに成功した彼女らは、その危機に日々怯える蜘蛛人たちにこの街への移住を提案し、無事それが成された。それから、蜘蛛人たちが全員この街へ移住してきて、この街の人口は大幅に増えたのだ。蜘蛛人は女性だけの種族であり、その見た目は亜人よりも人の姿を逸脱させた蜘蛛と人間が混じった種族で、強靭な糸や肉体を有しているので、眼前で働く彼女のように、物資の運搬などに非常に貢献してもらっている。

 このメインストリートが完成してからはオバロン様の助力は終わってしまったので、その穴埋めとなっている彼女らは非常に助かる。

 当初は町はずれの小屋群での生活をしてもらっていたけど、このメインストリートが完成してからは他の居住区の建設に注力していき、彼女らの住む場所もすぐに確保できた。

 商業区と居住区はある程度確保できたけれど工業区は未だ手付かずのまま。

 今はまだこの街で生成する品は殆どないので困ってはいないけれど、これからこのダンジョン街での生産物が生まれれば工房などの工業区が必要になる。建築に関わる資材の製造工場は町はずれの岩窟人ドワーフたちが暮らす小屋周りのものだけで今はまわっている。メインストリートが完成し、他の居住区なども、今このダンジョンに暮らす者分は建て終わったので、それほど工事を急ぐ必要はなくなり、建設ペースも大分落ち着き始めた。

 人口が増え、より必要な者が増えていけば自ずと工業区の建設が始まっていくだろう。

 街の建設には岩窟人の彼らにすべてを任せているので、私が口を出すところではない。


「どう? ここの暮らしは?」


「非常に満足しております。村に居た頃よりも物は揃っていますし、不自由は感じておりません」


 彼女ら蜘蛛人は基本的に他の街へはあまり行かないようにしていたようで、村での生活は基本的に自給自足を強いられていたそうだ。色々と種族的問題を抱えているようで、部外者の私があまり口出しのできるものではないから、今は軽く事情を聴いてここに住まわせている。


「それはよかった。もし何かあれば言ってちょうだい」


「ありがとうございます」


 最後に挨拶を交わして、彼女はそのまま荷を引いて街の奥へと向かった。

 蜘蛛人たちの仕事は基本的に荷運びが多くなっているみたいだけど、他にも糸の扱いに長けていることから裁縫関係、服飾にも携わっている。

 特に彼女たちを受け入れて気づいたことがあり、どうやら、蜘蛛人が出す糸には種類があるらしく、相手を捕縛するような粘着性のある【粘糸】に、粘着性はないけど強度を持たせた【鋼糸】。それから、粘着性はなく、ある程度の強度を誇り、弾性力が強い【弾糸】。この三つの糸を蜘蛛人は使い分けることができするそうだ。

 彼女らの纏う衣服はすべて彼女らの糸を使ったものが多いとされていて、その生地質は非常に多彩であり、滑らかな肌ざわりなものや少しざらつきを見せるものなど、器用にその生地質を変化させることができるらしい。

 とはいえ、蜘蛛人全員がそれを成せるわけではないようで、ある程経験を積んだものにしかできないようだった。

 村で警備を任されていた者たちと、それを生業としていた者たちとでは天と地ほどの開きがあるそうだ。

 だから、この街で今まさに荷台を引いて資材運搬を担っている者たちは、村の警備を行っていた者がほとんど。そのほかの蜘蛛人は家事や服飾業で働いている。


 道を行けば暮らしを感じる風景が絶え間なく流れていく。


 軒先に並べられた商品を売買する商人と客たち。街というより、まだまだ村と云った方がいいその光景は、しかし確かに確りと機能している。

 そんな店たちの中、ある看板が目に入る。

 宙吊り姿の蜘蛛が簡易的に描かれ、前足によって抱かれる毛糸玉から延びる糸が店の名前を綴るその看板は、この街唯一の服屋だった。

 店舗事態が大きく、移住してきた蜘蛛人たちがそこで仕事を始めたため、彼女らが使いやすいように店の入り口などを少しだけ手直しをして、大開口を持つ、少しお洒落なお店として、この街を飾る一件となっている。


 特に今は用がなかったため、店の前を通り過ぎながら、ショーウィンドウをちらりと見てやるつもりだったけれど、なかなかどうしてそうはいかなかった。

 私が店の前を通るや否や、店の扉が開き、軽快な鈴の音が響く。


「マリ様! 丁度良かったです」


 中から出てきたのはここに暮らす蜘蛛人の中でも一際その身を大きくする者だった。


「フローリアさん。何か困りごとでも?」


「いえ、そういうわけではございません。以前マリ様が頼まれていた品が完成いたしましたので、ご報告をと思い店の前まで出てきた次第です」


「ああ、例の……。随分と早いですね」


「いま、お時間よろしいですか? 是非とも確認していただきたく」


「勿論」


 私は彼女の案内のもと店内へと入った。

 このダンジョンで採れた木材を利用した家具類に丁寧に折り畳まれた服たちが並べられ、一際お勧めしたい品は表立って見せるように作られているようだ。

 私の知る服屋よりも店内のデザインは簡素ではあるものの、確りと客の気を引くようなマーチャンダイジングは成されているようだった。

 店内を少し進むとカウンターが置かれ、そこで品物の会計をするようになっている。

 少し長めのカウンターで、服をその場で広げて確認できるようになっているみたいだ。品物が目的のものか。サイズはあっているかの確認のために。

 そんな店内は彼女ら蜘蛛人が行き来できるようにかなり広く通路が設けられており、窮屈という概念が一切取り払われた空間となっている。

 しかし、広く通路を確保したことで、店の広さに対して、陳列されている商品の数はそう多くない。

 まあ、仕方のないことだけれど。


「ここで少しお待ちいただけますか?」


 フローリアがカウンター前でそういうと、彼女はそのまま奥の部屋へと姿を消した。


 フローリア・アラクネス。

 彼女はこのダンジョンの北東に位置する大森林の中に構える、ヴォルムエントという蜘蛛人の村の長を務めていた者だ。ある一件からここへ村ごと移り住むことになり、今ではこうして自らの働き口を見つけて一生懸命に仕事をしている。ここへ移住してからは彼女は一人の蜘蛛人として生活を送るようになったものの、村の長という肩書は村がなくなってもなお取り払うことはできないようで、他の蜘蛛人からは何ら変わらない対応されているとのことだった。

 確かに、彼女らよりも前にここに来た村人たちも、村長であるクロウェツさんのことを今でも村長と呼ぶ人が多いように思う。やっぱり染みついた習慣や、その人の立ち位置、信頼というのはそう簡単に変化するものではないということだろう。


「お待たせしました」


 そういって少し瀟洒に着飾った木箱を両手に抱えながら、フローリアが戻て来た。

 木箱をそっとカウンターに置くと、静かにその蓋を開ける。

 そこには漆黒のクッション材によって守られるワインレッドの商人の貴服アフェールが佇んでいた。


「触ってもいいかしら?」


「勿論です」


 私はその綺麗に畳まれた商人の貴服アフェールに手を触れてみる。

 きめ細やかな肌触り。

 引っ掛かりなく、すーと指が流れていくその生地は、言わずもがな、蜘蛛人の紡ぐ糸から作られたものだ。色は染色材料を別に用意しているみたいだけれど、糸を染色したところでその質に変化はない。

 私が持っている商人の貴服アフェールのどれよりも、私好みの質感だ。


「お気に召しましたか?」


「ええ、もちろん。大満足よ」


「私たち蜘蛛人が紡ぐ糸でできた服。しかも、マリ様が着用されるということで、特別な仕様でつくらせていただきました」


「特別な仕様?」


「はい」


 そういってフローリアはカウンター下からごそごそと何かをあさり取り出した。


「そんなものを取り出して何をするつもり?」


 彼女が取り出したのは姿が反射するほどに磨かれた手のひらサイズの短剣だった。


「少し失礼いたします」


 彼女は取り出した短剣を徐に見せてくれた商人の貴服に突き刺した。


「ちょっと! なにしてるの!?」


「ご安心ください」


 にこりとした表情のまま、彼女は短剣の切先が刺さっている服のところを指さす。


「この通り、この程度の攻撃にも確り耐えることができます。そうそう傷がつくことはないほどに特別に強度を調整した糸で編ませてもらいました。マリ様が着衣されるもの。少しでもその身を護れるようにと思い作りました。いかがでしょうか?」


 彼女が短剣で突き刺したところは一切の傷を見せることなく、変わらないままの姿で箱に佇んでいる。

 私はそっと服を手に持ち、広げて確認する。

 質感といえば、この強度だ。ある程度堅く重いのだろうと思っていたけれど、慮外にも非常に柔らかく軽かった。


「この丈夫さで、この軽さ……。すごいわね、蜘蛛人の作る服は」


「いえ、今回のようなものはそう多く扱っておりません。この服のような身軽で強度をもたせるというのはなかなかに至難の業で、量産が難しいのです。あくまでマリ様専用の特別仕様ということですの、私どもの作る服が全ていいというわけではございません」


「なにをいっているの。こういう服が作れるだけですごいわよ。こんな服、他の誰もできないわ」


 褒め慣れていないのだろう。すこし顔を紅めらせるフローリア。


「これ、着ていいかしら?」


「勿論です。試着室がございますのでご案内いたします」


 彼女は木箱を抱え私の前を歩く。


「こちらになります」


 試着室というには少しばかり広く、確りとした個室として、扉まで設けられているそこに私は案内され、中で彼女が渡してくれた商人の貴服に着替える。

 服を置くためのカウンターがあり、正面には大きな鏡が存在して、服のチェックができるようになっている。そういった所は前の世界のものと変わらないのね。

 私は今着ている服を脱ぎ、新しい商人の貴服に身を包む。さらりと肌を流れる生地の感触が心地よく、着る時ですら気持ちのいいものだった。前のボタンを留めれば体の括れが浮き出て、体のラインが美しく飾られる。

 ある種、詐欺のようなに感じるのは気のせいだろうか……。

 私は鏡越しの自分を眺めてみる。


 ……なかなかいいわね!


 今までのものとは少し毛色の変わったそれを、私は非常に満足していた。

 扉を開けて専門職のフローリアに意見を求めてみるも、あまり参考にならない絶賛の嵐だった。

 私の配下と同じようなことしか言わないのね。

 もっと別の目線での意見を聞きたかったのだけれど……まあいいわ。

 特に問題がないのならそれでいい。


「これ、着て行ってもいいかしら?」


「勿論構いません! では先ほど着ていた服はこちらで一度お預かりして、後日マリ様の元にお返しいたします」


「ありがとう」


 フローリアは試着室に置かれた私の服を大事に抱え、木箱と共にカウンターまで持っていくと、カウンターに置かれている卓上ベルを鳴らした。すると、奥から規則正しい複数の足音が聞こえる。


「フローリア様、お呼びでしょうか?」


 奥から顔を出したのはまだ幼さを残す可愛らしい蜘蛛人だった。

 私を見るなり、目をぱちくりさせながら狼狽する姿はまさに愛らしい。

 緊張でしどろもどろになりながらも挨拶をする彼女に私は笑顔でそれにこたえる。


「こちらのクリーニングをお願い」


「こ、これは魔王様のお召し物でしょうか?」


 フローリアが肯定すると、服と私を交互に見てから慌てて奥へと消えてしまった。


「すみません。あの子、まだ仕事に慣れていなくて。村から出たこともなければ、他の人と話したことすらないので、極度に緊張してしまうのです。けれど、腕はたしかですので、ご安心ください」


「随分かわいいわね。別に何も心配なんてしていないわ」


「そういっていただけて幸いです。マリ様はこれからどちらに行かれるのでしょうか?」


「そうね。もう少し街の様子を見て回ろうかと思うわ」


「そうですか。今回作らせていただいたそちらの商人の貴服ですが、仕様や色を変えたものをまた何着かご用意いたしましょうか?」


「それはうれしい。これすごく気に入ったからもっと欲しかったところよ。でも、あまり無理しなくていいわ。そこまでの数はいらないし……そうね、3着あれば十分よ。納期も気にしなくていいから」


「お気遣いありがとうございます。では数着の作成を承ります。また出来次第、こちらからマリ様の元へお届けに上がります」


「おねがいね」


 私は新しい商人の貴服に身を包みながら、店の外へと向かう。

 フローリアが入り口の扉を開け、店の外まで見送ってくれると、私は町はずれまでゆっくりと歩き始めた。

 すると、居住区がある方角の空から大翼を羽たかせながら、私の名前を叫ぶ者がいた。






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