EXTRA7

第1話 商業者ギルドと山羊人三姉妹 

 ウィルティナの街では新生魔王の話でもちきりだった。

 待ちゆく人が新たな魔王の話ばかりをしている状況。そうなったのも、すべては冒険者ギルドの者たちが、新たな魔王の元へと派遣されてからの話。

 ギルド役員が帰還し、事の報告を済ませると、掲示板に魔王に関しての情報が記載された。

 新生魔王が今後何を行っていくのか、それと、移住希望者を募るような張り紙がされた。それを見た街の冒険者や、依頼をしに来た商人や街の人達がそれを見て、情報は押し寄せる川の様に瞬く間に街全体に広がっていった。

 それは勿論悪評なんかじゃない。

 ウィルティナの街は闇側の領域。魔王支持者が集う大都市の1つ。

 魔王に対して悪意を持つ者はそういない。

 そんな好評を泊した魔王マリの名と共に、冒険者ギルドに籍を置く、新米冒険者の二人にもその注目は集まる。

 魔王マリの配下であり、外界での仕事を任されている鬼人と牛人の二人組の冒険者。

 その活躍はとどまることを知らない。

 彼らはランクこそまだ低いものの、登録からまだ数か月しか経っていないのに、既に2つもランクを上げている。

 並の人間なら、半年で1つ上がるかどうかのものをたった数か月で2つもランクを上げるという驚異的な活躍を見せており、同じギルドに所属する者なら、彼女らの実力を疑うものなどいないほどだ。

 既にじきSランクになるだろうと噂されている。

 当の本人たちは無論そのつもりで働いている。

 より早く昇格し、マリ様のお役に立つのだと、日々依頼に勤しんでいる。

 そんな街全体が魔王マリとその配下に絶大な注目を浴びせている中、冒険者ギルド役員と、多くの冒険者が魔王マリのダンジョンへ赴く数日前のこと。6人の変わった集団がウィルティナ商業者ギルドへと訪れた。


 ウィルティナだけでなく、大きな街には必ずと言っていいほど、ギルドと言うものが存在する。冒険者を束ねる冒険者ギルドと、商人を束ねる商業者ギルドだ。

 この街ウィルティナにもそれは存在しており、街での商いを生業とする者は皆、この商業者ギルドに所属することになっている。

 大きな都市での商いは、その者が認められた商人であるという証明の元でなければしてはいけない決まりになっており、地方だけの商売をするだけなら、わざわざ商業者ギルドに入る必要はないが、地方だけでは稼ぐのも一苦労するため、殆どの者が街の商業者ギルドに加入している。

 そんな商いをする上では切り離せない存在の商業者ギルドに、荷馬車を三台引く6人組が姿を現した。

 商業者ギルドの前は行商人たちのための荷馬車の停留場が設けられており、そこに三台の荷馬車を置いた6人はそのままギルドの門をくぐった。

 扉を開くと、タイル張りで絨毯が敷かれた広い空間がまず広がる。

 中を進んでいくと、受付が正面にある。

 通路の左手には半個室になったスペースがいくつも連なり、ギルド役員と商人が商談を交わす場所となっており、右手には商人のちょっとした休息所と、商人同士の談笑、もとい情報共有スペースが設置され、受付側にはギルドが紹介する仕事が掲示されるボードが掲げられている。

 だが、そんなものには目もくれず、6人は真っすぐ受付へとその足を進める。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」


 受付を担当するのは蛸人ポルポトというかなり珍しい種族の女性だった。上半身は人と何ら変わりないものの、下半身は海洋生物の蛸の様に多くの足をうねらせている。蛸人ポルポトは基本的に海辺近くの漁港などで働くような種族のためこうした陸地ではあまり見かけない存在だった。


「私たち、今後行商人として働きたいので、商人登録をお願いできますか?」


 山羊人の一人が受付嬢に訊く。


「6名様の登録ということでしょうか? はい。こちらで登録ができます」


「いえ、登録を行いたいのは私を含めた三人だけです。あとの者は皆、私たちを護衛してくださる方たちですので」


 山羊人は自身を含めた他の二人をさしていう。


「護衛の方ですか?」


 驚きを見せる受付嬢は改めて商人希望の三人の後ろに立つ者たちを見る。

 確かに服装からして商人のそれとは異なるもので、如何にも冒険者や、どこかの騎士団にでも所属しているのかと思うような服装だった。


「かしこまりました。では、三名の商業者登録を行っていきます」


 商業者ギルドで商業者として登録を行う場合、冒険者ギルドとはちがい、その者がどういった商いをするのか調べ登録情報を記入する必要があるので、手続きに少しばかり時間がかかる。


「ではまず、こちらの紙に必要事項の記入をお願いいたします」


 そこには名前や、種族、扱う物、商業の仕方を記載する項目が書かれていた。

 三人はその場で渡された紙に必要事項を記入して受付嬢へ渡した。


「ありがとうございます」


 受付嬢は三人から書類を受け取ると、内容を確認して幾つか確認を取る。


「もしかして、3姉妹ですか?」


 その見た目から受付嬢はうすうす思っていたが、そこに記載されている彼女らの名前を見ると、三人の家名がウェストーラと書かれていたため確信へと変わった。


「はい。私が長女でこっちが次女でこっちが三女です」


「3姉妹で商業者になられるというのはなかなか珍しいですね。代々商業者の家系なのですか?」


 兄弟や親子でギルドに訪れて商業者登録をするのはたまにあるが、そのほとんどが代々商業者として働いていた家系のためと登録をしに来る者ばかりだったのだ。だから、受付嬢もまた彼女らを見てきっとそうなのだろうと自分の推測が当たっているのかの確認を取ったのだ。


「いえ、私たちは特にそういった家系というわけではありません。強いていうのであれば、私たちから始まるといういうのでしょうか」


 家系でもないのに、姉妹で商業者としてその道を歩むというのはさらに稀有なものだった。


「な、なるほど。かしこまりました。それで、商業内容としてはダンジョンで採れた素材の売買ということですが、それを行商で行うということでしょうか? ダンジョン素材の売買を行うのであれば店舗を持つことをおすすめいたします。ですが、店舗を持つというのもなかなか簡単なものではありませんが」


「店舗は構えません。私たちは行商を生業としてこれから先生きて行くつもりです。店舗を構えるというのは私たちのには沿いませんので」


「目的ですか?」


「私的事項です。お構いなく」


 受付嬢の言葉にピシャリと返す。


「これは失礼いたしました。では今後、行商を行うということですが、ダンジョンで採れる素材、もとい扱う商品はどのようにして調達するのですか?」


 ダンジョンで採れる素材を扱うものは多くある。しかし、そのどれもが街に店舗を構えている。

 冒険者がギルドで依頼を受けて狩った魔物の素材を持ち帰った場合、基本的に素材は換金屋に出し、素材と金銭を交換する。素材を扱う店というのは基本的にこの素材換金屋がメインとなる。

 持ち込まれた素材を換金屋は別の店に売りに出す。

 例えばそれは魔物や鉱石なんかを用いて武具を創る武器屋や工房だったり、ダンジョンで採れた植物によって生成される薬などを造る薬屋だったり。取引相手は多岐にわたる。

 そのため、基本的には素材を扱うのであれば、そういった店舗を構えたほうが、安定して収入を手に入れることができる。

 それに、商人自体がダンジョンに潜るというのは基本的にない。そもそも商人だけでダンジョンに潜れて素材調達もできれば、調達した分だけ利益となる。しかしながら商人でありダンジョンを踏破できるほどの実力を有するものなどそうはいない。そのため、必ず誰かを雇う必要が生まれる。そうなると、人件費もかかりその分の利益が減ってしまう。

 とはいえ、換金屋などの店舗型となると、絶対的に儲かるかといわれれば一律に皆首を横に振るだろう。

 場合によっては異なるが、基本的に冒険者を雇った分の人件費を差し引きして得た利益よりも低くなることが多い。換金屋の換金率というのは店によって違うが、信頼を得て多くの者が利用する場所であれば換金率80~90といった風になる。利益ばかりを求めて、換金率を50やそれ以下にすれば、店としての利益は格段に良くなるが、信頼は下がり、その店を利用するものはいなくなる。となれば利益を考えるよりも先に経営が持たないだろう。

 店舗型で言えば、その土地に住む者たちの信頼を築けるかでその後の経営が変わる。

 利益は小さくても、利用者が増えれば安定した収入が手に入る。街に店がある以上、収入が絶えることはない。

 その反面、ダンジョンに直接素材を取りに行く場合は、命の危険もあるうえに、想定していたよりも獲得できた素材が少なかったりした場合は赤字となる危険があるため、殆ど博打のようなものだ。だが、博打なやり方だけに、雇った人件費よりもダンジョンで見つけた素材などが多く、高額に取引できるようなものが見つかれば、店舗型の一月の、下手をすれば半年分の利益をたたき出すことができる。

 とはいったものの、命尽きれば元も子もないと思う者がほとんどだ。

 現在、世界中どこ探しても数万人いる商人の内、自ら素材調達を行う商人など両手で数えるほどしかいないだろう。

 商人として、商業者として生きて行くのであれば、そのような不安定なものを求めるよりも確実に得られる収益を気にするのが、この世界の商人像だ。

 そういった常識を知っているからこそ、受付嬢は彼女らに忠告もかねて訊いたのだ。


「あら、先ほども言いましたが、彼女たちは私たちの護衛です。私たちはペアで行商を行います。ですので、素材調達に関しては何ら問題はありません」


「6人でダンジョンに潜るのですか?」


 意志は固いようだと、少し呆れを覚える受付嬢。


「いえ、私たちは3人、それぞれ行商人としてやっていきます。ですので、ダンジョンへ潜るのであれば、基本的に2人です」


「ふ、2人でダンジョンに潜られるのですか? それはいくら何でも危険です!」


 受付嬢は彼女らの後ろに立っている護衛と呼ばれている者たちを確認して言う。


「その方たちがどれほど強いか存じ上げませんが、素材の商いを行うのであればある程度の難易度があるダンジョンに潜らなければ利益は出ないでしょう。そうなれば、たった2人で潜るのは非常に危険です。高ランクのダンジョンになれば魔物の数も多くなります。そうなれば、一人では捌ききれないでしょう。これは経験からの忠告です。せめてあと二人は雇って潜られるのがおすすめか、6人での行商を行うことをお勧めいたします」


 何処かの貴族なのか、お抱えの護衛までもいるのだ。そうに違いない。

 世間知らずの箱入り娘たちだろう。

 悪いことは言わない。素直に私の云うことを聞いてくれれば貴方たちは安全に商人として今後とも活躍することができる。

 だから、たったこれだけの忠告は受け取ってほしい。

 受付嬢はそう思いながら彼女の返事をじっと待つ。


「忠告ありがとうございます」


 その言葉に受付嬢は安堵に胸を撫で下ろした。


「よかったわ」


「今後、ダンジョンに入るときは必ず他の者を雇い入れるようにします」


「ありがとうございます。それでは話の続きですが、行商を行う上で必須となる荷馬車などはお持ちですか? なければ、登録祝いに、ギルドより荷馬車を提供させていただきますがどうされますか?」


「それはお構いなく。荷馬車なら既に3台ありますので」


「か、かしこまりました。ではこちらの内容で登録を行いたいと思います」


 そういって、受付嬢は器用に足を使って三人の登録を同時に行った。

 登録を行い、商業者ギルドが登録された商人に送る身分証の譲渡まで、ものの一分で済んだ。

 彼女らは受付嬢から、商業者証明書、通称ギルドカードを受け取ると最後に受付嬢が自己紹介と、商業者ギルドの概要を説明した。


「ご案内させていただきました、私はウィルティナ商業者ギルドの受付担当、レフィンと申します。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。行商を行うことなので、あまり同じ街に滞在しないとは思いますが、もしまたこちらに戻るようなことがありました、是非顔をお見せください。また、商業者ギルドでは様々な仕事の斡旋を行っていますの、もし興味がございましたら、ギルドに掲げられている掲示板をご覧ください。基本的にはギルドは商業者への経営の手伝いや、アドバイスなんかをご提供させていただきます。より街の景気をよくするための場所として、商業者へお力添えをいたします。今後、皆さまの行商の旅に繁栄がありますように、心から願っております」


 彼女たちは受付嬢のレフィンにお礼を言うと、直ぐにギルドを出た。

 彼女たちがギルドに入ってまだ十分もたっていない。

 商業者として登録するのは非常に簡単で早いものだ。

 冒険者ギルドと違って、商業者はあまりギルドに顔を見せないのがほとんど。行商人ともなればその頻度は年に数えるほど。だから、ギルド側もそれほど商人一人一人に付き添う時間は必要がない。

 あくまでも商業者ギルド。

 どこまで行っても商人と商人の関係でしかない。

 商業の話になれば真摯に対応するのがギルドである。


 荷馬車の停留所に戻り一息入れると、三姉妹の内の長女が云う。


「これから私たちは別々の道を進み、広域にわたり、主様の命を遂行させていくわ。何かあれば随時連絡をするように。気になる情報がつかめた時も、同様に連絡をするように」


「登録ってのは随分とあっさり終わるもんだな」


 護衛の一人、漆黒の服を纏う女性が話す。


「早いに越したことはありません。ではベネクは私と一緒にお願いします」


「了解した。アメスには怪我1つさせないよう、確りと任を果たさせてもらう」


「ベベロアにはクロウトを。ネウロにはピュレオアについてもらいます。今後、私たちは各街へ渡り、主様の命により、ダンジョンで採れた素材を売り捌いていきます。ただし、1つ条件があります」


「条件とはなんでしょうか?」


 三女のネウロが訊く。


「ダンジョン素材を売るのは一つの街に一度だけとします」


「それはマリ様から頂いた条件でしょうか、お姉様?」


「ええ。理由は簡単です。価値の維持のため。それから、ダンジョンへ商人を招くためです」


 それを聞いて、2人はすぐに納得した。


「流石はマリ様です。かしこまりました、お姉様」


「また、同じ街を訪れないように、街に着いたら、それぞれ連絡を行い手持ちの地図に印をつけていくこと」


「かしこまりました」


 貴族の令嬢のようなたたずまいで、2人は長女の言葉に返事をする。


「とりあえず、必要なことはこれですすべて話したわ」


「なら、行くか?」


「ええ」


 6人はそれぞれの馬車に登場すると、最後に軽く挨拶をかわしそれぞれ違う方向へと馬車を走らせた。





 街を東に進み、魔王ヒーセントが国を築くギーザス寒冷地へと向かう三姉妹の長女アメスとその護衛ベネクは、街の門下を過ぎようとしたところで、謎の二人組にその進みを妨げられた。


「あら? もしかして伝達であった二人じゃない?」


 2人組の一人が少し艶がかった声音で話す。


「確かに。美形の山羊人カプラト妖人ニンファの2人なんてそうそういないだろうしな。間違いないだろう」


 その言葉に確認を返す一人。


 そんな2人に只ならない雰囲気を感じて腰に下げていた刀に手を伸ばして、瞬時に臨戦態勢に入ろうとしたところで、手綱を握るアメスがそれを制した。


「待って。こちらの方たちは――」




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