第19話 魔王オバロンとの会談
どれくらいぶりだろうか。
日にちの感覚なんて全然わかんないからな。
二週間くらい?
いや、もっとかな?
「貴様のところの配下がヒーセントに会いに行くためにビランを借りに来たのが先日のことだったが、貴様と会うのはあの日以来だな」
「はい。私からお会いできないのが申し訳ないです。今回もわざわざ来ていただいてありがとうございます」
「気にするな。このダンジョンと俺の根城まではそう距離はない。それよりも、話は聞いたぞ。あのヒーセントがここに来るそうだな」
「はい。もう間もなく来られるそうです。そういえば、本日はそちらの2名だけですか?」
魔王オバロンの後ろに立つのは以前顔見たことのある配下が2人。確か、側近の者と四騎士のうちの一人だった気がする。
身体を炎に身を包む
大男、
あの日、なかなかの戦いをした者たちだ。きっと、オバロンの右腕たちなのだろう。
「ああ。ぞろぞろと来ては邪魔だろう。ま、護衛なんていらんが、どうしてもというのでな。二人だけ連れてきた。貴様こそ、例の配下たちはどうした? あんなに貴様を護衛していたのに」
「彼女たちは魔王ヒーセント様をもてなす準備をしております。ですので、オバロン様をお迎えしたのは私だけとなってしまいました。すみません何もおもてなしができず」
「構わん。それより、話があるんじゃないのか?」
「お分かりになりますか?」
「推察だがな」
「では、ここで立ち話はなんですので、どうぞこちらへ」
そして私は魔王オバロンを来賓室へ案内した。
大きなテーブルが用意され、私たちは相対するように座った。
「で、どんな相談だ?」
「実は、ヒーセント様に同盟を持ち掛ける予定なのですが――」
「ああ、俺と貴様が結んだやつか?」
「その交渉の際に、私はヒーセント様にこのダンジョンにある資源をお渡ししようと思うのです。もちろん、今建設中の街が完成して生産物を生むことができればそちらも融通するおつもりです」
「別にいいじゃないか」
「ただ、ヒーセント様がそれを受けてくれるかどうかはわかりません。私はヒーセント様について何も知りません。長命の少女という話しか知らないのです」
「なるほどな。だが問題はないだろう。あの女は大して見返りなんて求めやしないと思うぞ。自分が楽しければそれでいいような、自由極まりない奴だからな」
「そうなのですか?」
「長生きとはいえ、あいつは見た目通りガキなんだよ。ちなみに俺はガキが嫌いだ」
「嫌いな割には結構ヒーセント様のことをご存じなのですね?」
悪態をつきながら、オバロンは言葉を吐く。
「腐れ縁でな。いくら嫌いでもあいつのことは忘れられん。実に忌々しい」
そういう彼は、存外心境は穏やかな気がした。
だって、さんざん文句を言いながら笑っているだもん。
「そうなんですか。では、オバロン様が立ち会っていただければ非常に心強いですね。これで私の交渉も順調に進むこと間違いなし」
「おいおい随分と余裕が出てきたな。これで交渉決裂になっても俺を責めるなよ」
「しませんよ。――それで、まあ問題はそのあとなんですけれど。交渉がうまくいったとして、私はヒーセント様に物資を融通する代わりに、いったい何を頂けばいいのかという件で少し悩んでいたのです」
「なんだ、悩みはそこか。で、貴様はいったい何をもらおうとしているんだ? もう考えているんだろ?」
「ヒーセント様が所有する国民を少々」
「国民? なぜだ?」
「街として成立させるにはまず人がいなければいけませんよね? ですが、見ての通り、私のダンジョンには配下以外の人員がいません。現在、ドルンド王国から職人を派遣してもらって、建物の建設を行ってもらっているのですが、建物ができても使う人がいなければ無駄になってしまいます。ですので、一国を治めるヒーセント様に少しでも人員を分けて頂くことができれば、街の発展の足掛かりになるのではないかと思いまして、頼んでみようかなと」
私のそんな回答に、オバロンは呆れ顔も通り越して、憐憫なまなざしを送ってくる。
「貴様は阿呆なのか?」
「うぇっ!?」
慮外な言葉に、私はみっともない声を漏らしてしまった。
「なぜ人もいないのに建物など立てている? 人口が増える見込みがあるならまだしも、全くない状況で先に建物を建てるなど失策だ。国を持たない俺でさえ理解できるものだぞ。しかも、一番の問題は別にある。なぜ、他国に住む住人を強制的に移そうとするのか」
エルロデアもさっき同じことを言っていた。
「何がダメなんですか? 移住なんてよくある話じではないですか?」
「確かに移住なら少ないくない。だが、それはあくまで、そこに意思がある場合だ。だが、強制的に移住させるとなれば、それはもう追放だ。この時世、本人の意思を顧みず住む場所を変えさせるのは奴隷扱いに等しい。実に悪魔的な行為だな」
薄気味悪く彼は笑う。
「魔王である俺らからすれば、弱いものなどすべてが奴隷と同じだ。だが、世の中そんな簡単な話ではなくてな。甘く見れば毒針がいつの間にか刺さっていたなんてこともある時世だ。貴様も知っての通り、この世界は光側と闇側で抗争が続いている。だからこそ勢力というのが存外必要になってくるのだ。だが、さっき言ったような追放じみたことをしてしまえば、信頼に大きな傷を負うことになる。そうなれば民は国を自ら逃げていくだろう。そして勢力は著しく低下する。そんな状態で光側に攻められればまず勝てないだろうな。いくら魔王である俺らが強くても、数というのは決定打になる」
「そういうものなのですね。なら、ヒーセント様から人員を分けてもらうことは難しいですね」
「一つ、捕捉させていただいても?」
私の隣に立つエルロデアがそっと手を挙げた。
「なに?」
「もし仮に相手の意思を無視してこのダンジョンに招いた場合、マリ様に対しての信頼は皆無。いずれ反乱がおこり、マリ様が思い描く街はきっと崩壊してしまうことでしょう」
「うー。そういうことになるのね……」
「まあ、あくまでこの世界の常識的考えの話だがな。街の発展に何が欲しいのかなんて、俺は正直全然わからん。ただ、強制移住はやめておいたほうがいい」
「だとしたら、どうやってここの人口を増やしていけばいいのでしょう……」
現状、カレイドやアカギリに冒険者として活動してもらい、私のことを風潮してもらっているけれど、その影響はきっとまだ当分先の話になるだろうし、早期に人員を増やすとなると、やっぱり他国から少し分けてもらうほうが手っ取り早かったんだけれど、それはダメとなると打つ手がないな。
「だが、ヒーセントにその話を持ち掛けるのは悪くないだろう」
「どういうことですか?」
「強制はいけないが、ヒーセントが自国の民に貴様の話をして、自ら移住しても構わないというものを集めてもらうことくらいなら可能だろう。それなら別段問題にはならない。ま、他国のやつを自国に入れるというのはなかなか用心が必要なものだがな」
「確かに。大国として名を連ねる国は、大概諜報員が存在します。他国の内情を監視するためにわざと遣わせるといった風なこともあるのです」
「諜報員か」
ま、別にいたところで、私の不利益になることがこの街にあるわけでも無いし、別に構わないだろう。もし仮にダンジョンの秘密を知ったところで、そう簡単に最深部には到達できない。私の自慢の配下たちがいる上に、配置している魔物も強い。
暴かられても幾らでも対処は可能な気がする。
「そこはあまり気にしないわ」
「随分と余裕だな。ま、あのレベルの配下がいるんだから当然か。それよりも、さっき、貴様がなかなか興味をそそる話をしていたが――」
オバロンが興味をしめす話?
そんな話したっけ?
「なぜ、ドルンド王国が貴様に職人を提供しているんだ? あそこは融通の利かない頑固な連中の集まりと噂の国だ。中立国だからと、こちらの要望を払い除ける奴らだ。なのにどうしてそんな国から財産である貴重な職人を借りられている。実に面白そうな話じゃないか、聞かせろ」
それか。
私は彼にドルンド王国から職人を借りるまでの経緯を話した。
話の途中。話の軸となる龍種の話で彼は眉根を寄せた。
「貴様、龍種を殺したのか?」
「は、はい。どうかされたのですか?」
ま、私が殺したわけではないけれど。
「随分と不味いことをしたな」
「えっ!? やばいですか!?」
「貴様は自ら火種をまき散らしているぞ。龍種など、
うそでしょ!
そんな厄介なことになっているの?
ドルンド王国から職人を借りられてすこし浮かれていたわ。
「でも、特定されなければいいわけですよね? 幸運にも退治した龍種は死にましたし、それを目撃したものはドルンド王国の者だけです。そこからほかの龍種に知れ渡ることはないでしょう。なら安全です!」
「だといいがな。龍種については俺はあまり知らん。だが、そう簡単にはいかないだろうな。ま、せいぜい頑張れよ」
「助けてくれないのですか?」
「助けが欲しければ力を貸す。だが俺の配下が貴様らの配下と並んで戦えるものなどそういない。遺憾だがな。だからその時は貴様自身の力でどうにかしろ」
「そうですか……」
なんか、配下を外に出してから、私の身に降りかかる火の粉が増えた気がするのは気のせいだろうか?
光側最大勢力の聖王騎士団に龍種の報復。
なかなかどうして安寧が遠ざかってしまう。
でも、外に出てもらわないと私の理想郷は実現しないし、仕方のないことだけれど。
なんとも、大変なことなんだろう。
『マリ様!』
レイからメッセージが届いた。
『魔王ヒーセント様が到着されました』
いよいよね。
新たらしい同盟相手。
果たしてうまくいくかな?
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