第13話 建設開始

 地上へ出たと爽快な気持ちにさせられるが、私が今立っているのは紛れもないダンジョンのなかだ。

 先ほどまでいた世界があまりにも異質とした空間だったために、同じダンジョン内でも、明るく広い空間を見るだけで、外の世界だと錯覚してしまうのは仕方のないことだろう。


 私の城を囲う広大な土地は今後活気盛んな街へと生まれ変わる。

 私がこのダンジョンから事実上出ることができない以上、安全に衣食住を満足させるために、一から作り上げる私の街。

 来るものは拒まない。そんな精神のもと多くの種族が交流を深める、楽しい町ができればうれしい。

 私の壮大な未来予想図は着実とその目的地を明確にしている。

 ただ、そこで私は現実に戻される。


「マリさまーー!!」


 そう嬉々として叫ぶのは擬態液スライムのシエルだった。


「戻ったわ。シエルの方はどう? 順調に区画整理は進んでいる?」


「むふふ。見て驚かないで下さいよ」


 随分と子悪党な笑みを浮かべる彼女は自身の後方指示して言い放つ。


「じゃーん! 準備万端ですよ!」


 彼女の手と言葉に促されるままに彼女の後方。つまり、城の正面一帯が、既にギエルバの渡した設計図通りの区画が形成されていた。

 草が縦横無尽に生えて緑一色だった土地が、畑を耕したみたいに地面が抉れ、土色に染め上げていた。


「おうおう。随分と仕事がはえーじゃねーのルドルフ」


「ま、俺の腕じゃこの短時間でここまではできない。彼女らのおかげさ。俺たちの10倍以上は仕事をしてくれたんだぜ」


 心から助かったといわんばかりにシエルとオーリエを称賛するルドルフに、当の二人は少しばかり頬を紅潮させていた。


「流石に俺ら岩窟人でも1日で10区画整備できるかどうかだけど、見てわかる通り、ここにはその何十倍もの区画がすでに出来上がっている。これは偏に彼女たちの力がなせる業だ。だから、ここ一帯の作業なら今からでも開始できるぞ?」


「そいつはいい。なら俺たちも早速仕事に取り掛かるとするか!」


「なら、集めた資材をどこかにまとめておいた方がいいかしら? 一か所集めた資材をまとめるかそれとも、それぞれ必要な分を区画ごとに置いていった方がいい?」


「いえ、資材は一か所にまとめてもらった方が効率がいいです。資材はあくまで資材ですので、それから建物にするには何段階もの手順を経ないといけません。区画ごとに必要な資材を配置したところでそこで一から十までをするとなると膨大な時間がかかってしまいます。私たち職人はそういった無駄を省きたがります。一か所で同じ作業をまとめて行い、あとは現場へ搬入して作業を行い完成まで流す。そういった流れこそが順当な手順になります」


 ドンラのいうとおり。確かにそれぞれに資材を置いたところで、製材にする作業がある以上、分散させるのは非常に無駄が多いうえに、区画ごとに資材を運ぶ手間も相当なものだ。

 少し考えればわかるのに、なんて私は馬鹿なことを言ってしまったのか。

 ドンラの指示で、街の中央を城へと伸びる街道の真ん中に私は異空間にしまった資材をまとめて取り出した。使う分だけ出すつもりだったけれど、数えるのも調整するのも面倒になったので、全部一気に出してしまった。

 折角綺麗に整備された場所が一瞬にしてゴミ溜めに早変わり。

 こういうのってどうにかしてまとまった状態で出すことができないのかな。

 そうなればもっとこう、整頓ができるのに。これじゃあ、まるで私が整理できないみたいな扱いになってしまう。まあ、このなかでそんなことを思うものは誰もいないだろうけれど。

 そんな風に思っていると、無造作に取り出したせいでゴミ山になってしまったその資材たちを、私が何か言うでもなく、急に配下たちがその散乱した資材を整理し始めた。その光景に私は驚きを隠せない。


「これで少しは作業がしやすくなったのではないか?」


 アルトリアスが岩窟人に向かって言う。


「すごく助かるぜ。これで思う存分やれる!」


 腕をたくし上げるギエルバが嬉しそうに返す。そして、大木のように太い腕を上げて仲間を鼓舞するように声を張り上げる。


「やるぞお前らっ!」


「「「「おおーー!!!」」」」


 岩窟人の雄叫びがその場の空気を一瞬にして入れ替えた。

 それからは声をかけるのも憚られる雰囲気となってしまったので、私は配下を連れて城へと戻ることにした。


 岩窟人という種族だからか、それとも職人魂がそうさせるのか、私にはよくわからないけれど、彼らはここへ戻ってきてからというもの、休憩も取らずに淡々と作業を続けていた。

 いったいどれほどの時間が流れたのか。

 感覚的には4時間は優に過ぎている気がする。

 このダンジョンでは日の満ち欠けなど一切存在しない閉鎖空間なだけに時間感覚がとことん麻痺してしまう。だから、きっとこの私の感覚も見当違いなのかもしれないけれど、相当長い時間彼らは仕事をし続けているのは確かだった。

 とはいえ、私もOL時代はよく昼休憩も取らずに仕事を続けていたことがあったから、彼らを特別視することもできないのだけれど……。

 そんな私と違って彼らと私には明らかな違いがあった。

 それは進捗具合だ。

 私が行う1時間の仕事量の2倍以上の仕事量を彼らは熟して見せているのだ。

 城の窓から見下ろせばすでに家の骨組みが何棟かできている。

 この短時間であそこまでできるものなのかと少し疑問を呈してしまうほどに時間に見合わない過大成果を彼らはやってのけてしまうのだ。


「なかなかの腕ですね。さすがは世界最高峰の職人が集うドルンド王国。これなら、マリ様が思い描くこの街の姿も立派な形となるでしょう」


「本当にね。そうなってくれると嬉しいわ。――そうだ、ハルメナ。貴方に少しを頼みたいことがあるのだけれど構わない?」


「はい。なんなりと」


「先ほどレイからメッセージで魔王との謁見がかなったと報告があったわ」


「例の魔王ですか?」


「そう。その魔王だけど、どうやらこちらに来るそうよ」


「確かドワーフの話ですと、女性の魔王だとか。なら話はしやすいのではないのでしょうか?」


「そうかもしれないね。でも、オバロンもいっていたけれど魔王は皆、融通の利かない利己的なものばかりだというから慎重に話を進めていかなければいけないわ。そのためにも小さなことからコツコツと積み重なを行う必要があるの」


「それを私が?」


「ええ。魔王の到着がいつになるかわからないけれど、おもてなしの準備を守護者の皆で行ってもらえるかしら? 来賓室に案内するつもりだからそのつもりで準備してもらえると助かる。料理長のエネマには私から話をしておくから、ハルメナには守護者の指揮と到着次第、魔王をエスコートしてほしいわ」


「かしこまりました。魔王ヒーセントに満足いただけるもてなしを守護者一同してみせます」


「お願いね」


 ハルメナが私のもとへと離れ、他の守護者のもとへ行くのを見てから、私はもう一つのお願い事を配下に頼むことにした。

 でもこれはだれに頼もうかな。

 守護者には来訪する魔王の対応をしてもらうから、今このダンジョン内で暇をしているのは、アカギリ、カレイド、キーナ、ロローナ。


 ……そういえば、エルロデアがいないけれど、どこへ行ったのだろう。


「私ならこちらに」


 ふと背後からエルロデアの声がして振り返るとそこには執事姿の美女が立っていた。


「び、びっくりした。いったいどこにいたの?」


「私はダンジョンの化身です。本来は実態を持たないものですので、用のないとき、つまり、マリ様が私のもとを離れるときは普段この姿はとっていません」


「そうだったの? 全然知らなかったわ。それっていったいどんな感覚なの? 体がなくなるなんて全然想像できない」


「特に何かが変わるというわけではありません。私はこの体で活動しているときも、そうでないときも、見ているもの、感じているものは同じなのです。私はダンジョンすべての状況を把握することができます。それは感覚的なものではありますが、たとえばこの写す視界にも様々なものが幾重にも重なって私には映るのです。常に多くの情報が私の中にながれこんできています。それは勿論、実態を持たないときも同様にです。むしろ、実態がないほうが私としては把握しやすいでしょう」


「相当疲れそうね。大丈夫?」


「問題ありません。これが私の普通ですので、一切の苦は感じません。それより、マリ様。何かお探しだったのではないのでしょうか?」


 そうだったわ。

 彼女の突如とした登場に話がすごく脱線してしまったけれど、話を戻しましょう。


「そうね。実は、魔王ヒーセントがこちらに来るらしいんだけど、魔王との対談に私ひとりよりも魔王オバロンも同席した方が話がスムーズに進むんじゃないかって思ってね。だから、魔王オバロンに再びこちらに来てもらおうと思うんだけど、その遣いを誰にしようか悩んでいたのよ」


「そういうことでしたか。ですと、今手の空いているものなら誰でもよろしいのではないのではないのでしょうか? さほど気を遣うようなものではありませんので誰でも適任かと」


「今、空いているものはカレイド、アカギリ、キーナ、ロローナの4人」


 アカギリとカレイドは冒険者として、依頼をこなしてきてまた冒険者活動をしてもらうつもりだし、あの二人はダメだよね。

 なら、キーナとロローナだけど、ロローナに関しては岩窟人たちを迎えに行ってもらうという大役をやってもらったばかりだしな。

 だとしたらやっぱりキーナになるか。


「この4人の中だと、今動けるものはキーナしかいないわね。ただ、彼女たちには今後とも重要な役割を与えるつもりだから、あまり無理はさせたくないのも正直なところ。私が赴ければいいのだけれどね」


「マリ様が直接赴くのは厳しいですからね。なにせこのダンジョンと一心同体のみですから。危険を冒しに行くようなものです」


 それが一番厄介なことなのよ。

 別に私はこのダンジョンの外に出られないわけではない。物理的に出ることはかなうのだけれど、もしこのダンジョンの要である私だ留守の間に敵がダンジョンを襲撃してきたとき、あるいは潜伏や密行に優れた者に侵入でもされてしまえば、いくら階層守護者やダンジョンの魔物が強かろうと、すり抜けられてしまえば無意味だし、そのまま最奥の契約版に触れられてしまえば私もろとも、生み出した私の大事な配下たちが死んでしまう。そんな悲劇など絶対に起こさせないためにも、私は常にこのダンジョンで警戒を怠らないようにしなければいけないのだ。

 だから、外には出たくても出られないために、魔王の謁見も他のものに任せるしかない。

 取敢えず、今回はキーナにオバロンもとへ行ってもらうことにした。

 適任かどうかはさておこう。


『キーナ。私のもとまでこれるかしら?』


 メッセージで彼女を呼び出すと、彼女は転移の魔法ですぐにその姿を私の前に現した。

 雪のような鱗粉を纏う美しい銀翼に身を包む白蛾ファーレナのキーナは、その漆黒の双眸を輝かせて、陽気な口調で訪ねてくる。


「うちを御呼びですか? もしかして、うちに頼みたいことでもあるんですか!

 是非是非!」


「貴方は相変わらず元気ね。その通り。貴方に頼みたいことがあるの」


「うっし! どんなことでも構わんで。うちはマリ様の頼みなら何でも嬉しーでドンドン言ってください」


「魔王オバロンのもとへ行って、会談に参加してほしいと伝えてくれる? ここへ魔王ヒーセントが来るのよ。その席に魔王オバロンにも参加してほしくてね。ここへ連れてきてほしいの。頼めるかしら?」


「お安い御用やでマリ様! ほなすぐにでもいった方がいいですか?」


「そうね」


「了解です! では早速いってきます!」


 そして彼女は霧のように姿を消した。

 驚くほど短いやり取りだったな。

 さて、これでひとまずの準備は終えた気がする。

 あとやることはエネマへの協力要請かな。

 客人をもてなすための豪勢な食事。それと、ドンラさんたちへの食事も用意してもらわないと。やることは非常に多い。たった1人で熟すにはなかなか無理がある気がする。まあ、それに関しては私なりの対策があるから問題はない。

 それに、そうまでしないと彼らに申しわけが立たない。

 長時間の重労働をさせている以上、なるだけ彼らの体調管理をしなければいけない。だから、メアリーにも少しばかりの協力をお願いした方がいいかな。

 私は厨房に在住するエネマのもとへと訪れた。


 

 

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