第8話 亡鳴の魔樹-討伐競争
第20階層での収穫は魔素密度の高い超レアな木材。
管理ボードによって異空間魔法に収納した木を確認したところ、そう表記されていた。それと、私の能力の巻添えになった魔物の素材の数々。そんな中に【
どうやらあの凶悪の魔物も私の一撃に伏したらしい。
ギエルバがそんな伐採した木の1本を図りはじめ云う。
「ここに生えている木はその太さも長さも桁違いだ。こいつ1本で3棟は立つぞ」
「それはすごいんですか?」
知識のない私は純粋な疑問を投げる。
「そうですね。大体1本当たり0.7棟がこの世界では平均ですが、この木ではそれが4倍もあるんです。大したもんですよ」
「そう聞くとなかなか凄いんですね」
てことは、今回採った木は全部で249本。ここに生えている木は見た感じ殆ど誤差が少ないサイズ。だとしたら、単純計算すれば、249×3=747棟は立つことができるということになるのか……。普通にすごくない?
これで取敢えずの木材は確保できたと思うんだけれど、どうなんだろう。
そう思い、ちらりと木材を品定めしているギエルバのほうを見ると、なにやら満足げに頷きを見せていた。
「これなら十分に足りるな」
そんな独白をこぼしていた。
ふと視線を上げれば一帯を無に帰した光景が広がり、やってしまった感が否めない。
今度、時間を作って伐採してしまった木を戻しておかないとね。
まあ、このままにしておいて不易なことになるわけではないから別段気にしなくてもいいんだけれど。
「先ほど手に入れた中に
「ええっ!? それってさっき見たバカでかい魔物ですか? え、倒したんですか? あの一撃で?」
疑いを隠せない面持ちでギエルバは云う。
「そうみたいです。それで、どうですか? あれも行ってしまえば木材として見れそうなんですが」
「そうですね。確かにあれほどの高品質な木材は他にないでしょう。建築物として使うのは可能ですが、そうなると……いや、でも……」
ぶつぶつとこぼす彼に私は訊いてみる。
「何か問題がありますか?」
「いや、これは俺たち岩窟人の矜持というか、勝手な都合の話なんですが、あの品で建物を造るのなら、すべてをその素材で揃えたいと思いまして。ですが、そうなると魔樹の素材が足りないので、あの化け物をまた倒していただかなければいけないことになります……。でも、そんな危険があることを頼むのも……」
「それなら別に気にしなくていいですよ。彼女たちの中にまだ
「3体もいれば十分足ります」
私は管理ボードを開いて20階層のマップを表示した。そこで魔樹の位置と数の確認をとる。
「この階層にいるのはのこり5体か……」
「じゃあ、早い者勝ちだね!」
口元を釣り上げて今にも駆けだしていきそうなモルトレを隣に立つハルメナがそれを制した。
「待ちなさい。まだマリ様の指示を受けていないでしょう。勝手な行動は慎みなさい」
さっさと終わらせるに越したことはないし、こういった競争のほうが彼女たちも楽しいんじゃないかな。だったら――。
「モルトレの意見採用!」
そんな私の指示に守護者一同が吃驚に顔を寄せてきた。
「「「「「「えっ!?」」」」」」
「それじゃ、みんな準備はいい?」
「い、いきなり始まるんですか?」
メフィニアの戸惑いの声も空しく他の守護者は随分とやる気満々だった。
「準備はできております」
「勿論、僕もいつでもいけるよ」
「やれやれ、どうしてこうも血気盛んな奴らばかりなんだろうな。まあ、吾はマリ様の命ならば何事でも全力で試みますが。無論、一番で」
「結局あなたが一番やる気なのよね」
「適当なことをいうなハルメナ。吾は命のために行うのであって、沸き立つ情動によって行動しているわけではない。勘違いするなよ」
「本当に勘違いかしらね?」
「ふんっ! どうやら貴様に負けたくない気持ちは、今沸き上がったようだ」
「貴方が敏捷性に長けているのは十二分に理解しているけれど、速さだけじゃ勝負には勝てないわよ?」
交差する視線に火花が散る絵でも描かれそうなくらいに二人は一触即発の空気だった。
各々、かなりの気合が入っているようで、戦闘態勢が完全に整ったところで、私は合図を放った。
「それじゃー、はじめっ!」
次の瞬間、地響きと共に暴風が巻き起こり、木々が一斉に騒ぎ出した。
私が瞬きをしてみれば、次の視界にはもう守護者の姿はなかった。
唖然として立ち尽くすのは岩窟人と私だけ。
そして物の数秒後には各方面で轟音と魔樹の絶叫が往来し、阿鼻叫喚を極めていた。魔樹の叫びは人の苦痛に悶え叫ぶ断末魔のような、恐怖心を植え付けるレベルのものだった。
魔樹の叫び、聞いた者の命を亡くす鳴き声。つまり亡鳴の効果範囲外であっても、耐性のない者であれば、この距離でも恐怖に身を震えさせるには十分だったようで、岩窟人が耳を抑えて苦痛に顔を歪めていた。
「ひ、ひでぇー声だ。身が裂けちまいそうだ」
ギエルバが手に持っていた工具を地面に落として、ごつごつとした両の手で耳を覆った。
「確かに少し聞いていて不快な感じはありますね」
正直に言うと、私にはそれほど不快には感じていなかったわけで。ただの風鳴の様なものにしか聞こえなかった。これも魔王の能力に他ならないのだろうか。魔樹の叫びによって行動を不能にする所謂、状態異常にも似た効果なんかは、どうやら私には効かないらしい。
そんな考察を広げていると、森の中で響き渡る絶叫は次第に途絶ええて行き、静寂が訪れたかと思いきやまた地響きが届いた。
ものすごい勢いで何かが近づく音とが迫り、討伐を終えた守護者たちが清々しい顔で私の前に集まった。
私の合図からここまで、3分もかかっていなかった。
インスタント食品が完成るよりも早く彼女らはSランクの魔樹を倒して、その遺骸を回収し戻ってきたのだ。
そんな光景に驚きを隠せない岩窟人は尤もな反応をしていた。
「さて、誰が一番だったのか、結果をお聞きしてもよろしいですか?」
ハルメナが自信満々にそう切り出す。
討伐に向かった階層守護者たちがそろう中、ハルメナだけが期待の眼差しをこちらに向けていた。
魔樹を討伐できなかった守護者は明らか落胆を現していた。
でも、誰が一番かどうかは正直なところよくわからない。
管理ボードで階層の地図を見ていれば、魔樹の位置や彼女らの位置を判断することができたけれど、残念ながら私がそれを確認するよりも早く彼女らが討伐し戻ってきたため誰がどこでどの個体を倒してきたのかがわからなかった。
さーて、どうこたえるのが正しいのか。
みんなが一番なんて返せば反感を買ってしまうのは目に見えている。
かといって適当に誰かを選んでしまえんばそれもまた反感を買う気がする。
どうするのがこの場合最良なのか……。
「くだらん。勝負などどうでもいいといっているだろうが。そもそも、これは勝負ではない。真の意味を貴様は理解していないのか?」
「残り少ない魔樹を誰がマリ様に献上できるかというものでしょ? つまりは競争、勝負じゃない? それに、あなた先ほど私には負けられないとか言ってなかったかしら?」
「そうだな。確かに吾は云ったが、そのことに関しては無論吾の方が勝っているに決まっているだろうが」
「僕として競争はどうでもよかったから、アルトリアスの意見と同じだな。目的の魔樹も倒せて、マリ様に素材を届けられただけで十分だし」
アルトリアスやモルトレの意見に他の守護者も素材を集められただけで十分に満足していたようで、私が難しい英断をする必要はなくなってくれた。
ありがとうみんな。
「そ、そんなぁ……」
ハルメナの落胆の声が漏れる中、私はみんなが回収した素材の確認を行った。
【
この階層にいるSランクの
言ってみれば、この階層の魔物はもうすでに半数以下になっていた。
そもそも階層自体にそれほど多くの魔物がいるわけではないけれど、ここまでくる道中と、私の一撃のせいでその数が大きく削られてしまった。
でも、魔物は一定時間が過ぎれば自動で再生されるから問題はない。
問題は破壊してしまった環境の方だけ。
これは後のデスクワークでちゃんと処理します。
「これだけの木材があれば俺が描いた街の構想は実現可能な域に達したも同然だ。マリ様。次は鉱石をお願いできますか?」
「わかりました。鉱石が手に入る鉱山洞窟の階層までは次の階層から転移できるようになっていますので、ひとまず下へ降りましょうか?」
ハルメナの遣る瀬無さの吐露が後方で聞こえるのをそっとスルーさせてもらい、私は彼女たちに声をかけた。
下の階層はここと同じ森林地帯で、棲息する魔物もさほど変わらない。少し種類の違う魔物が増えてはいるけれど、さほど変化はない。
ただ、その次に降りる第58階層は階層としてはかなり下層へ降りてしまうため、魔物も数段強力になってくる上に、鉱山洞窟のフロアは見晴らしも悪く、狭い坑道のような作りの場所も多くあるため、大規模な戦闘を行うものにとっては非常に不向きな場所になる。つまりは私みたいな広域攻撃を使おうものなら岩盤の天蓋が崩落したりする。
とどのつまり、私はほとんど何もできない空間というわけなのです。
狭域攻撃を駆使して戦闘を行える者にとっては特段不便な場所というわけではない。
だけど、鉱山洞窟である58階層の真の怖さは他にある。
狭域攻撃でしか進めない狭窄階層内にもかかわらず棲息する魔物の数はこの階層の倍以上いる。並大抵のものでは捌ききれないほどの魔物が襲ってくることが一番厄介なことだと思う。
広域攻撃が使えれば特段問題はないんだけれど、きっと相当に大変な階層だと思う。
まだ足を踏み入れたことがないからどれほどの脅威があるのかは全然わからないけれど、管理ボード上の情報を見る限りだとそうなる。
「マリ様。次に降りるのは確か……」
「58階層だよ」
「つまり、私の管轄内ということですね」
「あ、そうか。ゼレスティアは51階層から64階層の管轄だったわね」
「はい」
「じゃあ道案内はゼレスティアに任せても大丈夫?」
「はい」
「頼りにしてるわ」
「か、かしこまりました!」
彼女の首から再び黒煙が沸き立った。
そんな私たちのやり取りを他の階層守護者たちは不服な面持ちで見ていた。
「また随分と下層に行くんですね。やっぱりこのダンジョンも下層に行くにつれて棲息する魔物も強くなるんですか?」
ドンラの質問に私は応える。
「そうですね。どれくらい強さが増しているかは正直のところあまりわかってはいないんですけれど、ここの魔物より少しだけ強いってだってだけじゃないですかね。まあ、戦ってみればわかると思いますよ」
「ははは、私たちが束になっても絶対に勝てはしないでしょうね」
「情けねぇーな。俺たち職人ってのは」
そんな悪態を岩窟人たちが零すなか、私たちは次なる階層へと降りていく。
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