第7話 強化されたマリのスキル
森の中には私の云った通り、恐ろしい魔物が跋扈していた。右を向いても左を向いても、そのどこにでも魔物の影はある。
幸運なのか、私がいるからか、そのすべてが一度に襲ってくるわけではなかったことが幸いだった。こちらをじっと見つめるも攻撃をしてこないものもいる。その気配だけは異常なほどに感じられるのに、まるで順番でもあるのかと疑うほどに順々に魔物は姿を現してきた。
このダンジョンでは階層ごとに通常よりも強力な魔物が配置してあり、遭遇すればなかなかに倒すのが困難なものばかりだ。この階層では先ほどの
通常の魔物と戦いでその階層の味を占めたところに突如として別格に凶悪な魔物が現れればそうそう攻略などできないだろう。
私のこうした小さな防衛線はきっと効果を表すに違いない。
まあ、あくまで私の希望的観測の域を出ないわけなんだけれど。
だってまだこのダンジョンを攻めてきた相手がいないから何とも言えないのが現状なんだよね。
魔王オバロンも10階層までしか来てないし、全然実戦経験が足りなさすぎる気がする……。
別に来てほしいわけじゃないけど。なにかやっぱり防衛の設定をするにあたってある程度の経験と知識をつけておきたいのもまた本音。光側のトップクラスの人たちがいきなり攻めて来た時がもし万が一あったら現状の防衛でどうにかなるとは思えないし。怖いんだよね。
けれど一応、彼女ら守護者たちが防衛してくれていればそもそも下層にはたどり着けはしないだろうけれど。
第一、レファエナがなかなかに強いから、彼女を倒しうる存在なんてそうはいないと思うんだよね。彼女が倒されればその時は緊急事態だ。だって、あのオバロンすら降参する相手なんだから。……いや、でもあれは作戦勝ちというか、実質、数で押し切ってしまったから正当な勝ち負けはついていないのか。
だとしても彼女らがいればこのダンジョンは当面安全圏内にいるわけになる。だったら、急ぐ必要もないのかな。
ダンジョンを進む中で魔物を簡単に蹴散らす彼女らを見て、私はそんな安心感を確認した。
「やはり、上層の魔物は弱いものばかりだな」
そう零すのはアルトリアスだった。
彼女の立派な竜の尻尾がその気持ちを示す様に力なく垂れている。
「
「僕も全然戦えなくてつまんない!」
「まあ、ほとんどアルトリアスとハルメナが倒してしまうからね。私たちの出番はほとんどないもの」
「先頭を歩く特権とでもいうのかしら? 別に誰が倒すとかは決まっていないから早い者がちだけれど」
「うー。速さでハルメナとアルトリアスに勝てるのなんてここにはいないよ。少しは分けてくれてもいいじゃんか!」
「遠距離ノ攻撃ナラ、ワタシの武器ハトテモ有効でス」
彼女の攻撃手段は殆どが砲撃型。彼女の云う通り、遠距離からの攻撃なら彼女の右に出るものはいないほどに、その威力共に優秀だ。
「くだらないな。吾はそんな競い合いなど興味はない」
一蹴の言葉をなげるアルトリアスにハルメナがにやけた顔つきで彼女の顔を覗く。
「とかいいつつ、この前は私と競走したじゃないの」
「あ、あれは、できるだけ早くマリ様に資材を届けるために致し方なくやったことだ。勘違いするな」
彼女の少しとがった耳が赤くなるのを私は見逃さなかった。
「そろそろ下層に入りそうだし、ここらへんで何本か確保しておこうかな――」
そんな私の言葉に守護者が一斉に武器をとったと思うと、次の瞬間には凄絶な轟音が森中に響き渡った。土埃が舞い上がり砂塵幕を形成する中で、見えるのは嬉々として巨木を傍らに収める守護者たちだった。
「私が一番だったんじゃない?」
「いいや、僕だね。見てなかったの? 僕の悪魔が先読みで誰よりも速く刈ってたよ」
「騎士として、これは譲れませんね」
「ワタシノ一撃ガ、速イ」
「競争など下らんが、誤りを正しておく必要があるようだな」
「先輩方には申し訳ありませんが、私の氷結速度は光と同速。つまり、私が一番だということです」
「私は一番ではありませんが、他の人よりも高濃度の木をとってきたと思います」
「さ、さすがみんな。仕事が早くて助かるわ。ドンラさん、木材はあとどれくらいほしいですか?」
すでに巨木が7本横たわっている。
「ギエルバの構想によればまだまだ足りない気はしますね。どう?」
「確かに1本あたりから抽出できる木材は通常より2倍以上はこの木からは取れると思うが、まだ全然足らんな。木材は多くて困らない。木材に含まれる水分をある程度飛ばすためにも先にあらかじめ大量に確保しておいて使うまでは乾燥させて保管しておかないと建物の強度に少し不安が残る」
「だそうです」
「それらなここ一帯の木を一通り刈ってしまえばいいかな?」
「そんなことして大丈夫なのですか?」
「どうして?」
「これほどの木です。育つまでに相当の時間を有するはずです。ですので、木々の伐採の際は次の種をまき伐採箇所を変える必要があるんですがそれでも、一か所で伐採する量もある程度抑える必要があるんですよ」
「そういうことでしたら問題はありません。ダンジョン内にあるありとあらゆるものは私の管理のもとにあります。たとえ木や鉱石をとったところで、いくらでも再配置することができます」
「つ、つまりなんですか。このダンジョンでは高価な資材が無限にとれるというわけですか?」
「そういうわけですね」
それが私の築く街の価値であり、他国との優位性になるのだ。
「ではマリ様、引き続き木々を調達していきますか?」
「あーそれなんだけどね……」
私も少しばかり働きたい。
「ここは少しだけ私にやらせてくれない? 試したいことがあるの」
「かしこまりました」
私もただのうのうと胡坐をかいて過ごしていたわけじゃないんだから。誇れはしないけれど、魔王の名に恥じないように努力はしてきたつもり。
それを彼女たちに見てもらわないとね。
まあ、成功するかはわからないけれど。
私の保有する
私は適当な方を向いて歩くと一本の木の袂に立った。
そして、私がこの世界で初めて使った戦闘
ただ、使い方はいたって変わらない。
眼前の木を捉え、私は腕を構える。その構えはまるで腰にささる剣を抜く騎士の如く。そしてそのまま勢いよく腕を左から右へと前方で振り払う。
「【
腕を薙ぎ払う様に振ると、私の腕が空中で弧の軌跡を描き、その前方へと風の刃が勢いよく解き放たれた。しかし、その豪快さは守護者たちの技と比べると非常に慎ましいもので、何か放ったのか? と疑問を呈してしまうほどだけれど、その威力はその場にいた全員の言葉を奪うものだった。
私の能力の範囲は使用者の魔力に依存するらしく、私の一振りで20階層の5分の1の木が一瞬にして切り倒されたのだ。そりゃ言葉も失われるだろう。かくいう私も同様の反応を見せている現状だ。
これほどまでとは思っていなかった。
一気に視界が晴れた森? と呼べるのだろうか? そんな木々が一様に倒れる眼前の景色には木々と混じって魔物も何匹か遺骸となって横たわっていた。
「こ、これが魔王の力……」
「えげつねぇーな。こりゃ下手に戦いなんて挑んだ日には一瞬にして屍の山が築くぜ」
「絶対に敵に回してはいけない相手だ……」
そんな岩窟人の畏敬の声が聞こえる反面、毎度お馴染みといえばいいのか、羨望の眼差しが守護者の方から降り注いでいた。
「す、素晴らしい……」
「あらためて敬服いたします。マリ様!」
「吾らには決して届くことができぬ絶対的頂き……マリ様こそ世界を統べる者であります」
「そ、そんな大げさよ。てか、こんなに切ってしまったけれど、これ回収するのけっこう大変じゃない?」
「ご心配なく。迅速に行動いたします。では皆、行動を!」
ハルメナがそういうと、ゼレスティア以外の守護者が一斉に切り倒された木々を回収に向かった。
ゼレスティアは岩窟人の警護を続行した。
「マリ様はこれほどの力を有しておりながら、なぜその力を他国に誇示しないのですか?」
「どうしてですか? そんなことしたって私には一切の益を生まないでしょ? やるだけ不毛なことに誰も力を注がないと思いますが?」
「その力があれば、他国を手中に収めれば簡単に安全を確保できるのではないのですか? 敵国を減らせば、降りかかる火の粉もなくなるはず。それに大概の有力者はそうして今の立場を獲得しているのです」
ドンラの疑問に私は疑問を抱いてしまう。
「嫌ですよ。それをは結局力を誇示するために無駄に争って獲得するものじゃないですか。そんなことしたら敵は増える一方。その時平和を獲得できたとしてもそれは一時的なものであって、ずっとじゃない。私が欲しいのは永遠の平穏なんです。こちらからわざわざ敵を作るようなことは絶対にしません。できれば無駄な死を生みたくはありませんから。死というのは拭い切れない傷なんですよ。そんなもの、私は与えたくはない――」
魔王の言葉とは思えないかもしれないけれど、私はそもそも魔王なんかじゃないし、転生してきたただの人間でしかないのよ。誰かを嬉々として殺すようなことできるわけない。それに一般のOLがそんなことを思うのなら、そのOLはきっと相当の闇を抱えているのね。そう考えるなら、日本の社会が生んだ魔王の種なら、意外と多いのかもしれないわね。……ははは。
「「……」」
「マリ様」
ゼレスティアが首をもとの位置に戻しながら、私のところへと歩み寄ってきた。
甲冑のカシャカシャという音が妙に響く。
「どうしたの?」
「いえ、マリ様がなんだかつらそうなお顔をされていたので……」
「ごめん。そんな顔してた? 私なら大丈夫よ。ありがとう、心配してくれて」
「マリ様にはそんなお顔似合いません。貴方様はいつでも笑っていてほしいのです。それを害する要因があるのならば、遠慮せず私たち配下に行ってください。微力ながらお力いたします。ですので、どうか――」
私が見上げる形となっていたけれど、彼女はそっとその膝を折ると私の左手をとり、自分の額へ手の甲をつける。
「私たちを、どうか頼ってくださいませ」
そっと顔を上げるゼレスティアに私は応える。
「本当にありがとう。私はあなた達の主であり、魔王だもんね。これからは心配をかけないようにするわ。ごめんね。だから、私を傍で支えてくれる?」
そんな私の言葉に、眼前で膝をつく騎士の首から黒煙が勢いよく吹き上がった。
それはさながら蒸気機関車の汽笛が聞こえるのではと思うほどに、立派なほどだった。
何事!?
そんな私の心配を拭う様に、彼女は顔(があるのだろうけれど吹き上がる黒煙で見えない)のまえで両手を忙しなくふる。
「だ、大丈夫です! こ、これは
そういう彼女の顔は噴き上げる黒煙のなかで微かに紅潮を見せていた。
なるほど……。
私はたじろぎを見せるゼレスティアに微笑みをこぼすと、木々の回収に勤しむ配下の方を見つめる。
私の描く夢物語も彼女たちがいれば叶いそうな気がしてきた。
誰もあらそわない、もっと言えば、光側も闇側もない。平等な世界になればいいとさえ思っている。
だからこそ、私の築く街がそんなきっかけになればいいな。
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