第6話 ダンジョンの魅力と恐怖

 転移門を抜けるとそこは鬱蒼とした森の中だった。人が通るような広い道があるわけもなく、道と呼ぶにはあまりにもお粗末な場所に私たちは立っていた。


「ここが、Sランクダンジョン……」


 ドンラが独白をこぼした。

 私は眼前に広がる光景に既視感を覚える。

 それは私がこのダンジョンで初めてコーネリアと出会った場所に。でも、彼女と出会ったのはもっと下層のところで、ほとんど最終階層付近だったはずだ。だから、ここがあの場所でないことは理解できる。

 あたりには豊富に聳え立つ木々たちが視界を埋めていたけれど、こんな近場で資材の一つである木材を手に入れるのはつまらないので、私はさらに奥へ行くことを彼らに進めた。


「こいつはなかなかに上物の木じぇねーか。こんなレベルの木が見渡す限りにあるなんて……こいつはやべえ場所だな」


「俺たちには宝の山だ」


「そうなんですか?」


「魔素密度が見たことないくらいに高いですよ。ものこの大陸じゃお身に掛かれない代物です」


「魔素密度?」


 その言葉に岩窟人たち顔を見合わせる。

 おっと、常識の反中だったようです。


「魔素というのはこの世界にある性質と呼べばいいのでしょうか。物質を構成するものの一つとして魔素というものがあります」


「魔力とは違うんですか?」


「魔力は、いうなればエネルギーなんですよ。それに比べ魔素はエネルギーになりえませんし、魔素があっても魔法は使えません。魔法などを行使する際に魔力は使われ、魔力が切れれば魔法も、行動することさえできなくなります。魔力というのはそういった生命を持つ者にとっては非常に重要な役目を持っておりますが、魔素というのはそれほどの役目もありませんし、あるのはそのものの品質の有無だけです。魔素の含有量だったり密度だったり、濃度だったり。そういったものなのですよ。俺たち職人にとってはかなり重要な要素ではあるんですが、一般的にはそれほど注目されないものなんですよ」


 そう説明をおえると、ギエルバは再度当たりの木々を見ながら感嘆を漏らす。


「外界でここと同じくらいの木はないんですか?」


 先ほどこの大陸といっていたので、少し気になっていた。

 この世界の構図は私はまだ全然知らない。どういった地形があるのか、どんな国があるのか? どういった種族がいるのか。そういったもろもろを知らなすぎる。

 もっといろんな知識を蓄えなければいけない。だから、少しずつ、外界のことについていろんな人に話を聞いて記憶に留めておく必要があった。


「この大陸ではまずありません。この地より南のビュリュフェン大渦海だいかかいを超えた先にある【樹峰じゅほうの大地】と呼ばれる大陸にならあると聞きますが、ドルンドでもこれほどの品が運ばれたことはないと思います」


 世界でもトップクラスの貿易国を誇るドルンド王国でさえも扱ったことがない代物らしいけれど、眼前の木々をみても、私はただのそこらへんに生えている木と何ら変わらないように思えてしまう。

 私にはどうやら審美眼は備わっていないらしい。……残念。


「マリ様、どこまで行かれるおつもりですか?」


 ハルメナがそっと聞いてくる。


「全然決めてないけど、もう少し奥まで行ってみようかなって思ってるわ」


 私が先導して道を切り開いていこうとしたけれど、守護者たちがそれを良しとしなかった。私の進行方向を見定めて安全を確保するために先んじて歩くようにしていた。

 でも、だからと云って私をとり囲むような形ではなく、あくまでも自然な感じだった。

 確りと自分の役割を見極めて動く彼女らは非常に優秀だ。

 私のOL時代よりよっぽど優れている。

 彼女らのそういった姿を時々目にするたびに、私は過去の私と比べて酷く虚しさを感じてしまう。

 できる部下を持つのはこういう気持ちなのかと理解してしまうのだ。

 ただ、彼女らの振る舞いすべてがそれをどうでもいいものとさせてしまうほどに無垢で美しく、かわいい笑顔を私に向けてくれる。

 それだけで私の心は非常に満たされてしまう。


「僕には全然わかんないなー。触媒になりえないものに価値を見出せないわー」


「でも確かに魔素を濃く感じるな。けど、私もあまり魔素に対しては特段興味はないですね。ただ、シエルがいれば喜ぶかもしれませんよマリ様」


「そう?」


「彼女にとっては魔素はすこしだけ美味しいもののはずですから。喜んで食べる姿が容易に想像できます」


 両手で抱える彼女の顔はとても幸せそうに緩んでいた。


「まあ、それはそうでしょう。普段から魔素のことを気にする人なんて、俺たちみたいな変人くらいですからね」


「職人ならみんな飛びつきますがね」


「ははは、間違いないな」


 私たちと岩窟人との間には明確な価値観の相違があるようだった。



 森を歩いていると、次第に開けた場所に出た。

 とはいっても、云うほど広いわけではない。先ほどと比べると開けているといったレベルでの広さでしかない。

 まあ、こういった場所をみると、なにか魔物が出てきてもおかしくなさそうな雰囲気の場所だった。

 そして残念なことに、私の危惧は当たってしまった。

 私たちが広場に足を踏み入れた途端、森の奥から地響きを伝える足音、いや、足音というにはどこか異質さを感じる音な気がする。何かを引き摺るような、そんな音だ。


「ま、魔物ですか?」


 ダランの声が震えていた。


「まちがいねえーな。しかも、かなりでけえー」


 でも確かこの階層で出る魔物はそれほど凶悪な魔物ではなかったはずだけれど……。

 一応、階層ごとにどういった魔物が出現するのかは前もって把握はしているつもりだし、管理ボードを出せば種類も名前もすぐにわかる。

 地響きは次第に私たちのほうへと近づき、木々の向こう側が影りはじめ、そしてその正体を現した。

 ただ私は、その姿を見たとき、一瞬認識が遅れてしまった。どれが魔物なのかと。


亡鳴の魔樹トーフェントバーム


 その全長は20mをこえる大樹の魔物だった。

 見た目は周りに生えている木々と全く変わらないけれど、その明らかに異質な大きさは見たものを恐怖させるほど。

 攻撃性は非常に低く、森の中を徘徊するだけの魔物だけれど、ひとたび攻撃を当てようものなら、聞いたものを昏倒させる絶叫を放つ。魔力が少なければ聞いただけで死ぬこともあるあるらしい。見た目に反して相当に恐ろしい魔物だけど、攻撃さえしなければ向こうも何もしないのだ。それを知っているからこそ、私はすぐに配下や岩窟人たちに話した。


「聞いたことのない魔物です。でもあの魔物自身も相当のお宝ですよ、遠くで感じるだけでも、ここに生えている樹よりもいっそうに魔素含有量や密度があります」


 恐怖を感じながらも、興味のほうが一歩前に出てしまっている岩窟人ドワーフたちの目は非常に輝いていた。

 そうこうしていると、魔樹は私たちの眼前を横切って森の奥へと消えて行ってしまった。

 ダンジョンに生息している魔物は殆ど共通しているらしいけれど、高難易度のダンジョンになってくると、そこに生息している魔物の情報は非常に少なくなり、世間に出回らなくなる。情報がない相手には慎重になるのが熟練冒険者や戦士だけれど、その慎重さを欠いて亡鳴の魔樹トーフェントバームに攻撃をしたが最後、対策を講じていなければその場でその者の命は尽きるだろう。

 それは魔樹の叫びではなく、それによって昏倒し、動けなくなった後に、攻撃性の高い魔物によって襲われてしまうからだ。

 高難易度のダンジョンの怖いところはそういったところにある。

 私からしてみればこれほど防衛に適した場所はないだろう。

 こんな厄介な魔物が跋扈しているダンジョン。侵略者がいても、私のところまでは殆どが来れないだろうな。

 私たちはうまく亡鳴の魔樹トーフェントバームをやり過ごすことができ、魔樹が通った道は少しだけ広くなっていた。

 巨大な魔樹により力ずくで木が押しのけられるため、すでに立派な巨木であろうと、魔樹の力に負けその体を歪ませるのだ。


「あんな化け物がまだたくさんいるんですよね?」


「はい。数えきれないくらいにいますよ。なので、絶対に単独行動は控えてくださいね。じゃないと命の保証はできかねますので」


「約束します。仕事もなさずに死ぬなんて職人としての大恥ですから」


「ご安心を。必ず私たち守護者がお守りしますよ。岩窟人ドワーフさんたちは資材収集にだけ意識をお願いいたします」


 メフィニアが涼しい顔でそう告げる。


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