第7話 異世界最強の種族 ドラゴン

 情報収集係のディアータから受けた相談は救援要請の受諾に関してだった。

 光側に情報を集めに行っていた彼女らだったけれど、その道中に光側との境界近くにある岩窟人ドワーフの国がドラゴンに襲われているのを目撃して、傷を負った岩窟人が、通りがかった彼女らに助けを求めてきたと云うのだ。

 とりあえず、私はその岩窟人の事は正直どうでもよかった。ドラゴンと云えば世界最強の種族と云われている存在だと、以前聞いたことがあった。だから、彼女らに危険があるなら、直ぐにその場を離れてほしかったけれど、そもそもそのことを私に相談してきた時点で、ディアータの気持ちは決まっていたのだろう。だから私は彼我の戦力差を確認した。


『勝機はあるの?』


『私とコーネリア殿なら余裕かと思われます』


『なら、許可するわ。でも、気を付けてね。無理はしないこと。危なくなったら直ぐに撤退すること』


『かしこまりました』


 ディアータからの連絡はそこで終わった。

 短く話は済ませたけれど、非常に心配だった。以前、エルロデアから種族の話を聞いたときに、龍種が埒外に強いと云う話を聞いたために私は心配をぬぐえない。私の配下にも竜の血を引く種族が入ってはいるけれど、純血の種族にはかなわないだろう。

 広間で口論が繰り広げられる中、それに混ざらない燕尾服を着こなすエルロデアが私の傍に寄り訊く。


「何か問題が起きましたか?」


「情報収集に向かったディアータから連絡があって。岩窟人がドラゴンに襲われてるらしくて」


「ドラゴンとは厄介な相手ですね。それが古の大龍エンシェントドラゴンでないことを祈るばかりです」


「それなんだけど。以前に聞いた龍種についてもっと詳しく聞いてもいいかな? 少し不安要素があってね。強力な存在に関しては、やっぱり情報が欲しくてね」


 情報があまりにも欠如している私には、世界の常識を身につける必要がある。特に、この龍種という、明らかに別格的存在でありそうな情報は是非にも。

 だから、世界常識の基本なら完璧なダンジョンの化身である彼女に聞くのは尤もなのだ。


「ご回復されたばかりで、立ち話もあれですので、場所を移しましょう」


 エルロデアの提案により、会議室カンファレンスルームに移動することになったが、口論を続けている他の配下は置いておいた。別に問題はないだろう。

 ダンジョン内であれば、私がどこにいようが、配下たちには筒抜け状態になっているし、問題があればメッセージも送れる。だから問題はない。

 口論に興味のない配下が私の後をついてくる。オフェスにモルトレ、レイ、そして口論の議題ともなっている問題の行事を済ませたレファエナとアカギリだ。


 会議室に着き、円卓の上座に座ると、エルロデアが私の隣に立ち、いかにも執事の様相で龍種の情報を載せたボードを具現させた。


「こちらがこの世界に現存する龍種の情報となります」


「ドラゴンって一口に云ってもこんなに種類があるんだ」


「龍種の中でも一般的なものがよく云うドラゴンと云うものになります。戦力は他の種族の追随を許さない絶対位階アプソリエンスです。多く繁栄されているのはこの種ですが、それを基準に上位種と下位種が存在します。下位種は妖精龍フェアリードラゴンという極めて小さなドラゴンで、上位種は地龍アースドラゴンという飛べない大型の龍種を始め、最上位種、古の大龍エンシェントドラゴンがいます。龍種は世界に散らばり殆どがその身を隠しています。種によって生活基盤が異なり。例えば地龍ですと大洞窟に生息しているのですが、今回岩窟人ドワーフが襲われていることから、岩窟に国を構える小人である岩窟人と遭遇しやすい龍種だと地龍の可能性が高いでしょうか」


「その地龍は強さ的にはどれ程のものなの?」


「上位種の中でも少し強いと云ったほどでしょうか。私の知る情報内ではその程度しかお答えできません。申し訳ございません。ただ、私が説明できる中で、この龍種の脅威を語ることは可能だと云えます」


「それはどういうこと?」


「歴史です。私が知りえるのは種族に関する常識のみです。以前にもお話ししましたが、ダンジョン外の事は私にはわかりません。ですが、この管理ボード内に記載されているものの詳細なら私はお伝え出来ます」


「うーん。うちも何かマリ様に情報の助力ができればいいんですが……」


 レイがしょんぼりと顔を下げる。


「大丈夫よ。レイには助かってるから安心して。オバロンの時や、物資調達の時にね。またこれからも物資調達に行ってもらうから、そのときは頼むね」


「ドラゴンって僕の悪魔より強いのかな? もし強いなら、ぜひ戦ってみたいな」


 モルトレがワクワクさせながら云う。

 そして、エルロデアがボードをさわり画面を切り替えた。


「こちらが過去に龍種が起こした災厄です」


 そこに記載されているのは1000年以上も前の話だった。


「太古から存在する古の大龍が数匹の龍種を引き連れ、大陸の国々を蹂躙していきました。たった一晩で大陸に存在する8つの国が滅び、2つの地が焦土と化しました。闇側も光側も関係なく、それぞれに大きな傷跡を残したそのドラゴンを討つべく勇者と魔王は姿を隠したとされた場所へと向かうも、双方の力を合わせても2匹のドラゴンを倒すことしかできずに敗退したとされています。また、古の大龍は健在とされております。このことから、龍種と云うのがいかに驚異的な存在であるかがお分かりだと思います」


 一晩でいくつも国を亡ぼすなんて。

 しかも、最強である勇者ですら倒せられない存在なんて……関わりたくないな。

 エルロデアの説明のおかげでドラゴンの強さは相当なものだって事は十分に理解できた。

 龍種の情報が載ったボードを見ていると先ほど説明されたことが詳細に記載されている。

 下位種の妖精龍は小型のドラゴンで、希少な種族である龍種の中でも希少な存在らしい。能力はさほど高くはないけれど、知性的で良心的な稀有な存在だと云う。利己のため、己の力をふるいたがる上位種の龍種とは違い、多くの種族と友好的な関係を求めるそうだ。

 ドラゴンと云う事で、下位種ではあるものの、Sランクの魔物よりは強いとされている。

 上位種のドラゴンもそれぞれ災厄を引き起こすレベルに危険な存在らしい。

 数多存在する龍種の名前が記載されているボードを順にみていく中でふとあるものが目に入り、思わず動揺してしまった。


 ……これは。


 私はボードの中で、種名が他とは違い赤く表示されているものに気が付く。


「ねえ、エルロデア。この赤い表示ってもしかして――」


 それは見覚えのあるものだった。

 私はこのダンジョンの管理者となって今に至るまで、多くの種族を生み出してきた。

 だから、ボードの扱いにも慣れてきたし、そこにある表記の意味などはある程度理解できている。もし、エルロデアが出したこのボードが私の持つ管理ボードと同じなら、その表記する意味は同じになる。だとしたら、もしかしてこの龍種は――そう云う事になるの?


「【形態変化】の表記になります」


 やっぱりか。


 つまり、この龍種最強最悪の存在である古の大龍はその姿を変化させることができると云うのか。

 この世界に来て、このダンジョンの開拓に携わって培った知識で云うと、この【形態変化】というある種、特殊能力とでもいうものは高位の存在である種でしか持ちえないものであり、云うまでもないけれど、私の配下もこのスキルを持ち合わせている者は何人かいる。彼女らは種族的特性でもあるので一概には評価し辛いけれど。本来持ち合わせない種族でこのスキルを持っているのは非常に強力であり、脅威な存在なのだ。

 形態変化――つまりは自身の体の形を自由自在に変化させると云うもので、大きな巨体であるドラゴンが人種や亜人種、異形なる存在へと化けることができると云う事を意味している。

 その強さは体の大小に関係ない。その者の戦力は人間の姿になっても健在である。だからこそ、ドラゴンの姿より動きやすい体となった龍種の存在は非常に危険なものだと云う事になる。

 これは龍種に限った話じゃない。この世界に存在するだろう強者にも言える事だから、私は【形態変化】をもつ存在を少しばかり警戒していた。


 だって、姿を変えられていたら一見して判断できないじゃない?

 そんな化け物が知らぬ間に懐に入ってきたりしたら、このダンジョンが滅ぼされちゃう。何より、さっきエルロデアが龍種について説明してくれた中にあった過去の歴史からして、その古の大龍は確実にヤバイ。そんなチート的な存在が人なんかに化けていたら、恐ろしすぎる。

 けれど、そんな私の警戒の網に、残念ながら引っかかってしまった。

 願わくは、経年により件の古の大龍エンシェントドラゴンが穏やかになって頂ければと願うばかり。


「エルロデア様。さきほどの説明ですと、ドラゴンは集団ではいないと云う風にとらえられるのですが、集団で生活をしていると云う可能性はないのですか?」


「生活の基盤が違いますので、自分の住みやすい地でしか生活しないのが龍種となりますので、集団での生活というのは可能性としては少ないと思います。あくまで情報からの推察にはなりますが」


 レファエナはまだ何か気になる事があるようだった。


「もし、その件の龍種が多くの仲間と生活をしていたとしたら、今回、ディアータが戦っているドラゴンとその件の龍種がつながりを持っていた場合、そのドラゴンが倒されたことで、報復される可能性はないのでしょうか?」


 その可能性はある。

 やっぱり安易に許可なんて出さない方がよかったかな。

 そもそも彼女らで本当に倒せるか不安だ。


 情報収集係であるディアータは、外の世界に出て問題に巻き込まれても大丈夫の様に階層守護者並みに強く設定しているからちょっとは安心だけど、コーネリアに関してはこの世界の住人だし、強さの指標はSランクのグレゴールを倒すくらいしか私は知らないから、とても厳しい状況だと思わざるを得ない。

 最悪、状況を都度訊いて、無理そうなら撤退を指示しよう。

 岩窟人ドワーフには申し訳ないけれど、滅んでもらうしかない。赤の他人の命より、自分の大切な子の命の方が大事だもん。


 ……ん?


 あれ? もしかしたら撤退せずに済むかもしれない?


 私はある希望を抱いた。

 直ぐに管理ボードを出してキャラクターメイキングの画面を開く。配下を創造するとき同様に種族選択画面を開くと、そこに羅列されている多くの種族を確認していく。


「どうかされました?」


「やっぱりないか」


「何がないんです?」


「いや、こっちにも龍種を創造すれば、岩窟人を襲っているドラゴンなら倒せるかなって思ったんだけれど。残念」


 私の淡い希望は消えてなくなった。


 まあ、そんな都合のいい話はないよね。

 でも、こんなにいろんな種族がいるのに、どうして龍種だけいないのかな? いてもおかしくないほどにここには沢山いるのに、どうしてだろう。


「申し訳ございません。ダンジョンの管理者権限で創造できる種族は高域位階フォーリエンスまでとなっており、それを超える絶対位階アプソリエンスである龍種は創造できないのです」


 そう云えば、先ほどもしれっと出ていた言葉だけど、位階とは何だろう?


「これは強さの指標の一つです。種族の強さを分けるためのものです。その指標は全部で3つ。低域位階フェブリエンス高域位階フォーリエンス絶対位階アプソリエンス。因みに、階層守護者は高域位階の種族となります」


 そんな指標が存在したんだ……。

 てか、そんなの全然気にせず配下を創っちゃったけれど、大丈夫かな?

 まあ、現状みんな強いから問題はないか。


「マリ様、どうしますか?」


 レファエナが訊く。


「何が?」


「もし、ディアータから危険という報告を受けた場合です。そのまま撤退でよろしいのですか?」


 華麗な笑顔が訴えてくる。


 そのときは私を行かせてください! と。


 もし本当に彼女が敗れるような状況になれば、私としては直ぐにでもこちらに戻ってメアリーの治癒を受けてほしいけれど、眼前のレファエナの表情を見ると――。


「そのときは……みんなに助力をしてもらおうかな。ドラゴン討伐という任務をね」


 その私の言葉に、会議室にいた配下全員が満面の笑みを浮かべた。


 え? 

 なに?

 みんなそんなに戦いたいの?


 配下のやる気満々な態度とは裏腹に、私一人、眉根を寄せていた。


 私、こんな戦闘狂に設定した覚えないんだけれどな……。


 そして、いよいよ選択の時が来た。


『マリ様』


 ディアータからのメッセージだ。


 戦況は?

 そう、訊こうとするよりも先に、向こうが答えを返した。


『ドラゴン、討伐完了いたしました』


 ……へ?

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