第2話 戦争の開幕
移動に長けた四足獣の魔物と人間の上半身を持つ
昼間から暇をつぶして飲んだくれている輩に、刺殺の牡牛のビランはダンジョンについて何か知っている事は無いか聞いて回った。彼が魔王オバロンの配下であることはここら一体の者なら周知している。だから、彼の姿を見るなり少し緊張が酒場に走ったが、それを無視して、ビランは訊き込む。
酒が入ってあまり呂律が回っていない者ばかりで、役に立たない奴らだと悪態をついていたが、まだ酔いに汚染されていない者が非常に有益な情報を零した。
「ダンジョン……? あ、ああ! そう云えば昨日だったか、えらく別嬪さんがこの酒場に来てな、住みやすいダンジョンがあるから移住がどうかとか、そんな感じの事を云っていたな」
「それは本当か?」
「ああ。おいお前らもあの日ここで飲んでただろ?」
男は木樽ジョッキを片手に振り向き、後方のテーブルで酔っぱらって談笑を広げる男たちに話を振った。
「確かにダンジョンの話をしていた気がする。何でも森の中に新しいダンジョンが生まれたとかで、そのダンジョンが非常に暮らしやすい変わったダンジョンだとか」
「そうそう! 牛人の嬢ちゃんがそんなこと言ってたな」
顔全体を濃い髭に覆われた大男が髭に白い泡を浮かばせて相槌を入れた。
「なんでも、ダンジョン内に街を造るらしくてな。それで人手とそこに住み続けてくれる人を探してるんだとか。でもよ、そんな得体の知れねぇところに住めって云われてもおっかなくて無理だわな。頼みに来てくれた彼女には悪いが、断らせてもらったよ」
男たちは申し訳なさそうにそう云うと、手にもつ木樽ジョッキの中身を一気に喉へ流した。
「そのダンジョンの事に関して他に何か情報はないのか?」
「さあ……。俺たちも結構飲んでたし、
木樽ジョッキが空いたため新しいものを注文して、テーブルにドカッと泡をはみ出せた新しい木樽ジョッキを手に取り、口元へ運んでから少し止まって、男は云う。
「そう云えば、彼女には主がいるらしいぞ。主様がどうとかって零してた気がする」
そして木樽ジョッキの中身を再び一気に流し込むと歓喜の声を漏らす。
有益な情報を得たビランは男たちに礼を云うと酒場を後にした。
魔王オバロンの命により街で件のダンジョンに関する情報を得たビランは早急に情報を持ち帰るために四足で森を駆け抜けた。
森を抜けヒズバイア山脈の入口。魔王オバロンが配下の知らせを待ち望んでいた。
緊張が蔓延る空間に配下たちは早く解放されたい気持ちでいっぱいだった。そんなとき、漸くその引き金が舞い降りた。
魔王勅命を受けた
ビランは魔王の元へ赴き、膝を折って腰を下げると、街で知り得た情報を全て報告した。
「――以上が街で得た情報になります」
オバロンは目を閉じたまま応える。
「……そうか」
配下が手も足も出なかった相手があのダンジョンの主ではないというのなら、警戒しなくてはいけない。送り込んだ配下も上位の存在だったはずなのに、それを容易くあしらえるほどの相手以上が存在する以上、蹂躙という考えは少しばかり改めなくてはいけない。それほどの戦力差があるのなら、下手をすればこちらの軍が全滅することだって考えられる。
だが――。
無言のまま数分の時が流れた。
異様に静かな空気に配下は物音一つ立てないように、つばを飲み込む音すら起こさないように気を張って、王が立ち上がるのを待った。
そしてゆっくりと、紅い眼光が開くと、オバロンは腰を上げ告げる。
「機は熟した。貴様ら! ――戦争だ」
その言葉に異形の配下たちは森を響かせるほどの喊声を上げた。
「「「「「うおおおおおお!!!!!!!!」」」」」
喊声と共に張り詰めた緊張が解けて、気持ちは一気に頂点へと達した。抑え込んだ戦いへの欲求を開放した者共は武器を取り地面を鳴らした。活気が森を侵食する中、王が進軍の狼煙を上げ、突如として現れた謎のダンジョンへ侵攻した。
森には無数の足音が響くだけで、他の音は一切しない。
件のダンジョンへはそれほど時間はかからなかった。
木々が未収している中で、ぽつねんと古びた石造りの門が構えていた。
大きさは4mはある巨大な門で、門の先にはダンジョンへ誘う石階段が覗いている。
「……?」
何かを感じた魔王オバロンは辺りを見回した。
「どうかされましたか?」
刺殺の牡牛のビランが訊く。
「何者かに見られているな。もしかしたら、このダンジョンの主というやつが、魔法でこちらの様子でも窺っているんだろう」
「問題ないですよ。我ら四騎士がいれば魔王様の手を煩わせる事など在りません」
腕から腰のあたりまでを水かきのような膜が張り、腕を広げると大きな翼となる
「奢り高ぶるのは弱者の象徴だぞ。だが、四騎士の中ではお前が最弱だから問題はないか」
「うるせぇっ! お前だってそんな変わらねーじゃん。てか、なんで俺が一番下なんだよ。誰が決めたんだそれ」
「決めるも何もない。周知の事実だ」
「確かに四騎士の中では順位として最下位なのはギルシュドだな。その観点で見れば四騎士最弱と云うのも強ち間違っていないかも」
「そんな分析いれねーんだよ! それに順位っつっても、随分前の奴じゃねーか。今の俺はあん時とはちげーぞ!」
「なら今ここでそれを証明してみるか?」
赤い目でギロリと睨み付け喧嘩腰にそう尋ねたのは
「貴様ら辞めろ! 魔王様の御前だぞ! 四騎士として恥ずかしい」
四騎士の1人、順位上、四人の中で一番上位である
「申し訳ございません!」
「大変お見苦しいものをお見せしてしまいました!」
咄嗟に魔王への謝罪をすると、魔王は彼らに鋭い眼光を向けて一言。
「構わん。ギルシュド、力を誇示したいなら、この先それを証明してみせろ」
「はっ! 進化した我が力、必ずやおみせいたします」
「吾ら四騎士にお任せください! 魔王様に敵意を向く存在は必ずや吾らが滅ぼして見せましょう」
ギルシュドが魔王の前で膝をつき、隣りでゾーンも同じように忠義の姿勢をとる。
他の騎士も彼らに伴い姿勢を正す。
四騎士の力をもってすればダンジョン攻略も問題はないだろう。彼らの強さを知る他の者はそう確信していた。
魔王オバロン配下の中での戦力序列は魔王の側近である
このダンジョンで叩きのめされた鬼人と狼人は上位者とは言っても、四騎士との戦力差は大きなものだった。だからこそ、配下たちは四騎士、そして側近のオルクレウスがいれば自分らが負けるなどありえないと云う確信が持てるのだ。
いくらダンジョンの相手が強いと云う噂だろうと、彼らにかかれば余裕だろう。
疑いもなく、彼らはそう信じていた。そして、オルクレウス自身もまた自分の力に自負を持っていた。長年側近という立場を守ってきたのも伊達ではないと云う自信が彼にはあるのだ。
確かに、魔王オバロン軍は実力至上主義のため、側近の立場は一番力のあるものになる。誰がという固定的存在は存在しないのだ。力が強ければ誰だって魔王の側近となり得るのだ。四騎士のメンバーだって力を示せばだれだってなれるのだ。
そのため、魔王オバロン軍は上に登ろうと云う配下の気概が他の魔王軍よりも上なのだ。その影響も相まって彼らの戦力は、数は少ないが着実に上がってきていた。
そんな中で登りつめ、その座を長年守り続けたのだ。実力は疑いようもない。それが彼の自信につながっているのだ。
「俺がぜってぇ一番活躍してやるぜ! 四騎士の内部序列も変えてみせる! 見てろよてめーら」
「おうおう、頑張れがんばれ」
「やれれやれ。そんなままでは序列は停滞だな」
「貴様らはなにも学ばないのか。魔王様の御前だというのに。だが、吾もまたこの戦いでは負ける気はない。きっと、相手もこちらをなめてかかっているだろう。送り込んだ者があの程度なのだから、こちらの戦力を軽視しているはず。それをこの吾が覆して見せよう」
各々の意気込みを傍で耳にしていたオバロンは少しばかり硬い頬を釣り上げた。
そして、魔王オバロン・リベル・エラ・ジルファニスは軍を率いて、眼前に広がる道のダンジョンへとその足を踏み入れた。
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