あとがき&カクヨムオリジナル短編

このお話の続きは『同じ 鍵を 持っている2』に続きます。以前、エブリスタさんでも全編&短編などを公開していたのですが、現在はカクヨムさんのみで読める設定にしています。



以下、カクヨム完結記念のオリジナル短編を公開します。

卒業式と「さくら咲く」の間にある挿話です。


***


『誓約書』



「ん? なにそれ、玲?」


 さくらは、居間の壁に掲示した一枚の紙をじっと見つめた。

 A4サイズの白い紙。


「……これにはな、深いふかーい事情があって」


 引っ越し早々、玲は腕を組んで難しい顔のまま、うつむいた。



 三月下旬。

 京都で、一足先に暮らしはじめている玲のもとに、一通の封書が届いた。軽い。裏返してみると『柴崎涼一』の署名があった。


「涼一さんからか」


 ふだんのやりとりは、電話かメールなのに。レトロに手紙とは、いったい……?

 不審に思いながらも、玲が中身を空けて確認してみると、墨書きされた一通の書状(!)が二枚、それと返信用の封筒が同封されていた。


「なんなんだ」


 あやしがりながらも、書状を開いてみる。


「せいやくしょお?」


 タイトルは『誓約書』。同じものが二枚、入っていた。一枚は玲のもの、もう一枚は涼一に送り返せという意味らしい。


 内容はというと。


『さくらに手を出すな。きょうだいとして、節度ある行動を取るように』


 玲に釘を差すものだった。


「信用、ないんだなー」


 しかし、異論はない。本音はともかくとして、玲も、無理やりさくらに関係を迫るようなことはしないつもりでいる。

 心は結ばれたとはいえ、さくらはまだまだ子ども。あれこれいたすには早すぎる。まあ、ほんとうはいたしたいけれど、さくらを大切にしたい気持ちのほうがまさっている。急ぐことではない。


 こんな紙切れで涼一が安心するならば、何枚でもサインを書こうと思った。


 が。


 涼一が要求しているのは、血判だった。


「痛そうだな、おい」


 玲の署名はサインペンでよさそうだが、誠意を示すためにはおのれの血で拇印を捺す必要があった。それを二枚分。

 大切なひとり娘が、兄とはいえ男と同居するのだ。心配だろう。

 玲は、引き出しからナイフを持ち出した。ちくっと指先を傷つけてぽんぽんっと二枚、指紋をつければいいだけだ。


 しかし……。

 自分で傷をつけるとなると、どうしてもためらってしまう。ましてや、玲の指は仕事の糸染で使う、繊細な触感覚でもある。ちょっとした湯の温度、染料の量を知る、大切な指先。


 いやいや、これで涼一が納得するんだ。玲は思い直した。

 あらためて、同居の重みを知る。相手は、血のつながらない妹。女。


「さくらは、俺の彼女? 恋人?」


 ん。んん?

 待て。待てよ! 想いは確かめ合った。何度も。将来も、うっすら約束した。だけど、付き合ってとか、特定の関係になろうとは、提案しなかった……!

 それってまさか、大失態なのではないか? でも、今さらどうやって言えばいい? 玲は悩んだ。

 いやいや、あれだけ告白し合ったんだ。さくらもその気でいるはずだ。


「ただの『きょうだい』じゃ、ないよな……」


 玲は、無心で静かにサインをした。

 そして、指をぴっと切り、鋭い痛みに耐えながら、そっと血判を捺した。


***


「玲? どうしたの? 遠い顔しちゃって」


 無邪気なさくらの顔が、意外にもすぐ近くにあった。その無防備さに、玲はイラっと来た。

 こいつ、ここで今、畳の上に押し倒したら、どんな顔するんだろうか。まあ、それをやって、類は振られたんだけど……てか、あの『北澤ルイ』を振るって、こいつほんとに変人。


「……お前にとって、俺はなんなの? どんな存在?」


 突然の質問に、さくらは目を丸くした。数回、まばたきを繰り返す。

 まずい、ついイラ立ちがことばに出てしまった。玲はあわててフォローしようとしたが……。


「玲? 玲は私の、だーいすきな兄だよ!」


 めいっぱいの笑顔で、さくらは答えてくれた。百点満点、優等生な返答。玲は苦笑したまま、反論できなかった。


 や、やばいかも……この同居……!


                            (おしまい)





『同じ 鍵で 待っている2』に続きます。新年度4月。さくら大学一年生。玲は糸染め職人を目指し、京都で暮らします。

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同じ 鍵を 持っている fujimiya(藤宮彩貴) @fujimiya

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