外伝:死霊術師と狂人教師❦クラス召喚されて自分だけ最底辺職業だったオタク系少年は異世界で趣味を生かしてどうにか強くなる糸口を見つけたようですがテンプレの迷宮探索で魔法陣を踏まされて現在遭難中です❦

【三人称視点】


 超帝国マハーシュバラの辺境の地――ヴァパリア黎明結社召喚部門の新部門長となった有馬英里は、その地で天河捷利と共にある者達の到着を待っていた。


 表側最強の国家超帝国マハーシュバラ――ヴァパリア黎明結社の上層部は彼の国とそこに与する裏切り者キョウヤ=スメラギを滅ぼすために最大戦力を送り込むことを決めた。


 そのメンバーは英里を含めて四人――つまり、この地で合流する予定の残る三人を待った上で簡単に打ち合わせをしてから超帝国マハーシュバラに乗り込まないといけないのである。


「全く……嫌になっちゃうよね、捷利君」


『そうだね……あの人達も人使いが荒いからな。でも、安心して。俺が必ず英里を守るから』


 心臓の鼓動は止まり、魂が歪められた愛する人捷利の言葉に微笑を浮かべ、英里は待つ。

 かつて英里はクラスを裏切り、一つの国を滅ぼした。


 白姫しらひめ花織かおり――クラスの高嶺の花だった少女にお熱を上げている捷利の姿に、英里は危機感を募らせていた。

 例え花織の想いが捷利でも、鷹爪たかのつめたけしという不良でもない――とあるオタク系男子に注がれているとしても、彼らには関係が無かった。


 宛ら赫夜姫を花織、貴公子を武、帝を捷利、とあるオタク系男子を捨丸に当てはめれば分かるだろう。ヒエラルキーの頂点にいる帝に貴公子では勝ち目はない。

 だからこそ武に共闘を求め、自分達の目的――花織と捷利を手に入れるという名目で武を利用することができたのだ。もし、武がなんちゃってではなく本物の不良でこちらを利用するくらい頭がキレるか強欲ならこれほど上手くことは運ばなかっただろう


「あら、お久しぶりです。英里さんも捷利君も来ていたんですね。ご無沙汰しています」


 背後から聞こえたそんわかとした声に英里は一瞬心臓が止まりそうになった。

 畑山はたけやま愛梨子まりこ――百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪、かつて親衛隊が結成されるほどの人気を誇り、まりちゃん先生などと呼ばれていた人物だ

 だが、その本性を一度知ってしまえば、その声を聞いただけで吐き気を催し、その顔を見ただけで動悸に襲われる。


 この女は危険だ。英里自身は自分を外道だと自覚しているが、愛梨子はその上をいく。

 かつて英里が発端となったハンリッヒ教国崩壊事件。この事件で英里は入念に準備をした上でクラスメイトのほとんどを殺した。

 愛梨子は英里に比べたら微々たる数の命しか奪っていない。しかし、その登場の時点で格の違いを示し、屍傀儡兵デス・ソルダートとなったクラスメイトも容赦なく利用して英里を殺害しようとした。


 ゴミでも掃除するかのように英里を屍傀儡兵デス・ソルダートと共に処分しようとして、英里が逃げに転じた瞬間、興味の無くなったように見向きもしなくなった女が、満面の笑みで心の底から再会を喜ぶように笑っている。


 ――これを気持ち悪いと形容せずに一体何を形容するべきなのだろうか?


「安心してください。今回はお仕事の方で暴れさせてもらいますよ。特に今回は壊しがいがありそうですし、もう優しい先生として振る舞う必要もありませんからね。あ〜、早く始められないかな? 英里さんと捷利君もそう思いますよね? 血湧き肉躍る戦い! これに勝る美酒はありません。……後の二人、早く来るといいのですが。待ちきれなくて先にバラしに行っちゃうかもしれませんよ?」


 やはり頭のネジが外れている。これほどまでに殺戮を愛し、闘争を愛し、他人の血を酒のように味わいながら死闘を繰り広げる人間が果たして地球上や異世界上にどれだけいるだろうか?


 英里は残る二人を待ちながら、ふと自らが異世界カオスに召喚された頃に想いを馳せたくなった。悍ましい愛梨子に会ったからだろうか? あり得ない話だが、この狂人の中にかつての懐かしいクラスの匂いを感じたのかもしれない……まあ、愛梨子はクラスの担任ではなく授業に来ていた三組担任の現代文教師なのだが……。


 まだ愛梨子の本性を知らず、クラスも一定の形を保っていた時代――英里達の運命を変えたその日に時は巻き戻る。



 尾藤びとう為家ためいえという人間を端的に表そうとした時、突き詰めれば三文字の片仮名で表すことができる。


 いつものように始業ギリギリに登校し、席に着いたところで「そういえば、今日は新刊出る日だったっけ?」と登校した瞬間から下校した後に想いを馳せる。


 当然のように、男女問わず掛けられる舌打ちやら睨み、侮蔑の表情は柳のように往なし、ある意味図太くならざるを得なかった為家は、いつも通り夢の世界に旅立った。


 尾藤為家――尾張の藤原氏を意味する尾藤を名乗っているように、系図を辿っていけば藤原氏に到達する、ただそれだけの一般庶民である。

 だが、この尾藤という家は藤原氏に連なることに価値を見出し、よく言えば今でも誇りにしている、悪く言えば縋り付いており、その中でも何故か祖父俊成は繋がりが明らかに遠い御子左流を神聖視していたようで、息子に定家、孫に為家と付けていることからもその入れ込み具合がよく分かる。


 思えば、好きなものにのめり込むのは家系の性質だったのかもしれない。

 父定家はそんな祖父に反発して漫画家となり、アニメーターをしている母と結婚した。


 その定家の息子である為家だが、父定家と母珠理のオタク精神を受け継ぎつつも、祖父俊成の影響も受け、藤原定家・為家親子に対する尊敬の念を持つようになっていた……まあ、肝心の和歌の腕前は祖父の才能を受け継がなかったからかからっきしだったが。


 そもそも為家は歌道の大家としてではなく、現代まで『源氏物語』や『枕草子』などの古典作品を残すきっかけとなった家系として御子左家を尊敬しているのであって、和歌の天才として尊敬している訳ではないので、自身の和歌の腕は問題にならないのである。


「おはよう、結局お昼まで寝ていたんだね。睡眠時間足りてないの?」


 午前の授業を丸々睡眠学習に費やし、昼食のチャイムに合わせていつも通り目を開けようとすると、頭上から玉を転がすような声が降ってきた。

 白姫しらひめ花織かおり――絵に描いたような途轍もない美少女で、非常に面倒見がよく責任感も強く、成績も優秀という為家自身創作の世界にしか存在しない伝説の存在だと思っていた人物である。


 その完璧超人が何故かよく為家を構うのだ。結果的にただでさえ風当たりが悪い(これでも二つのオタク趣味の一つがバレているだけである)、為家の立場が白姫と親しくしているということで風当たりが限界突破しているのだが、白姫はそこまで計算尽くでやっているのだろうか? この完璧超人に限って、自分の行いの結果を予測できない筈がないのだろう。案外女神様も腹黒いんだな……と思いつつ。


(……これ、返してもアウトだし、返さなかったら返さなかったでヘイトが高まるっている理不尽選択肢だよね!? どうすればいいの? 逃げればいいの!!)


 何故かリュックサックの中から刃物をクロスするような金属音が聞こえ、教室の温度が下がったような気がしたが、どっちを切っても結局爆発する、切らなくても爆発する爆弾を女神から渡された為家にとっては心底どうでもいいことで、耳朶すら打たなかった。


「おはようございます、白姫さん。それでは昼食を食べに行くので」


 野生のラスボスを前にスライム一匹で勝ち目はあるまい。

 リュックサックを持って全力ダッシュの準備を整える……あれ? こんなに重かったっけ? そして授業の用意が入っていないんだけど!! それとなんで教科書の代わりにリュックサックに入っているの、西洋人形さん!! と内心突っ込みを入れながら、いざ行かん我が安息の地多目的室へ!! と昼食で読む本の算段を立てながら教室地獄から逃走を図ろうとして……。


「たまには私と一緒に弁当でもどうかな?」


 予定外の爆弾に為家は顔を引きつらせ、クラスメイトのヘイトはうなぎ登り、白姫と幼馴染の関係で容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人というそれはもうお似合いな天河捷利は露骨に不快感を表し、「また、白姫さんに迷惑をかけて。いつまでも白姫さんに甘えるのはどうかと思うよ」と見当違いなことを言い始め、突然白姫の机の方から着信音が鳴り響いた。


「な、なんで!! ちゃんと電源を切った筈なのに!!」


 チャンス到来と、白姫が机に戻る瞬間に逃走計画を再開。そういえば、リュックサックの中から濃厚な殺気を感じるのだが、気のせいかな? きっとそうだよな。


 授業後に残って生徒と談笑していた畑山はたけやま愛梨子まりこが、「な、何事ですか!?」と通常運転でオドオドし始め、それをまりちゃん先生親衛隊を名乗る生徒達が微笑ましそうに眺めている光景を尻目に、扉まで後三メートル。

 ところで、白姫の着信音が『幼女じゃ! 嫉妬深い幼女じゃ! 嫉妬深い幼女が出たぞ〜!!』という声とともに法螺貝と銅鐸が鳴り響くなかなか個性的なものなのだが、趣味なのだろうか? 意外だな……と一瞬頭を過ぎったが心底どうでもいいので教室の扉まで残り一メートル、今日は例の錬成師が主役の異世界ものの最新刊を読もうと、心に決め、そういえばなんとなく配置が似ているな、と思いつつ教室を飛び出し――。


 飛び出そうとした瞬間に教室の床に魔法陣が現れ、「皆! 教室から出て!」と叫ぶ間も無く、為家達は教室から姿を消した。

 その後この事件は眩い光を目撃したという目撃談と直前に聞こえた『幼女じゃ! 嫉妬深い幼女じゃ! 嫉妬深い幼女が出たぞ〜!!』という謎の声から白昼の高校で起きた一風変わった集団神隠し? 謎の失踪事件として世間を騒がせ、ワイドショーに取り沙汰され、インターネットでは様々な憶測が飛び交って、最終的に何冊もの書籍が発売されるのだが、それはまた別の話。

 その中には漫画家尾藤定家の名前があったとか、無かったとか……。



 まあ、ここから先はいつもの召喚される→どこぞの権力者に状況を説明される→教師役がキレて帰還要求をする→魔族を倒せば帰れる筈と適当なこと(嘘)を言われる→それでも戦いに反対する教師を押し切って結局戦いに身を投じるというお約束のパターンなので飛ばすとしよう。


 ハンリッヒ王国という現在は存在しない異世界カオスの宗教国家召喚されたのは、以下の通り。


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◆天河パーティ

・勇者の天河捷利

守護戦士ガーディアン山王寺さんのうじ小三治こさんじ

・陰陽師の高御堂たかみどう雪村ゆきむら

・盗剣士の小柴こしばとおる

・治癒師で紅一点の二ツ杁ふたついり深雪みゆき


◆倉敷パーティ

・双剣士の倉敷くらしきむらじ

・妖術師の神々廻ししば伶奈れな

・槍使いの諏訪すわ和毅かずき

・暗殺者の三輪みわ裕奈ゆうな


◆なんちゃって不良

・魔法剣士の鷹爪たかのつめたけし

・弓使いの藤宮ふじみや智也ともや

・槍使いの栗栖くるす羅刹らせつ

・槌使いの赤城あかぎ南斗なんと


◆まりちゃん先生親衛隊

・まりちゃん先生親衛隊リーダー格で召喚士の名倉なくら静江しずえ

・まりちゃん先生親衛隊メンバーで格闘家の嵯峨さがたつみ

・まりちゃん先生親衛隊メンバーで吟遊詩人の鳥羽とば晶司しょうじ

・まりちゃん先生親衛隊メンバーで付与術師の菅沼すがぬま美影みかげ

・まりちゃん先生親衛隊メンバーで戦乙女ヴァフキューレ宮崎みやざき史緒里しおり

・まりちゃん先生親衛隊メンバーで結界師の四葉よつば心優みゆう


◆その他

死霊術師ネクロマンサーの有馬英里。

聖女ラ・ピュセルの白姫花織。

・耕作師の畑山愛梨子。

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 まあ、他にもいるのだがこれくらいにしておこう。

 さて、問題の為家だが……。


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NAME:尾藤為家 AGE:16歳

LEVEL:1 NEXT:10EXP

HP:8/8

MP:8/8

STR:19

DEX:29

INT:62

CON:13

APP:13

POW:16

LUCK:10


JOB:錬成師


SKILL

【練成】LEVEL:1

【言語理解】LEVEL:1


ITEM

・学生服

・スマートフォン

・ソーラー充電器

・リュックサック

・西洋人形

・ライトノベル×10冊


NOTICE

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 とまあ、これもテンプレなのか明らかに常人にすら遠く及ばない低過ぎるステータスを確認した為家は、雑魚ステータスだと笑い者にするなんちゃって不良達を尻目に清々しい顔で魔族討伐に向けた特別特訓への参加を拒否。

 ハンリッヒ王国騎士団団長のメルド=アーガスと、副団長ホルドーア=ロッペイドスの説得を無視して、一人部屋を後にした。


 何故か為家の後を追って部屋を後にしようとしていた白姫だが、直後『幼女じゃ! 嫉妬深い幼女じゃ! 嫉妬深い幼女が出たぞ〜!!』というけたたましい着信音が響き渡り、クラスメイトとメルド、ホルドーアは騒然、白姫が「な、なんで異世界なのに電話が掛かってくるのよ!!」と叫んでいたが、またもその声が為家の耳朶を打つことは無かった。


 さて、為家だが別に魔族と戦わないと決めた訳でも、地球への帰還を諦めた訳でもない。

 ただ、あのなんちゃって不良達に絡まれるのが面倒だった。そもそも職業からして普通の訓練では到底強くなれない。


 ということで向かったのは工房。そこで、工房長に弟子入りしてただひたすら【錬成】の強化に明け暮れた。

 その姿は工房に勤める新人錬成師、ノットー=ライエル(16)によると鬼気迫るものがあったという。


 といっても作るものは見たこともない金属の塊ばかりで、ロングソードに比べたら明らかに使い勝手の悪そうなものばかりだった。



「全くなんでいつもいつも邪魔をするのよ! なんか恨みでもあるの!! 私はただ為家君と……」


 夕暮れの中庭を白姫はブツブツ言いながら歩いていた。


 白姫と為家の出会いは小学校の頃にまで遡る。……と言っても為家本人は覚えていないだろうが。

 小学生の頃に一度、為家と同じクラスになったことがあった。その後尾藤が転校したことで離れ離れになったが高校入学で再び一緒の学校になれたのは嬉しかった。

 白姫が為家に好意を寄せるようになったのは、友人がイジメられていたところを尾藤に助けてもらった時だ。といっても武力で解決したのではなく、それはもう素晴らしい土下座で相手の敵愾心を徹底的に削ぎ、羞恥の色に顔を染めさせて撤退させるという方法でである。

 当人にとっては些細なことだろう。昔から為家は誰にでも優しく、穏やかな性格で、そのようなことも一度や二度は経験している筈だ。


 だが、白姫にとってはそれが特別なことだったのだ。

 それ以来、白姫は密かに転校後の尾藤の情報も把握していた。まさか、女神とも称される人物がストーカー行為を日課としているとは誰も思わないだろう。


 あの忌まわしい電話が掛かるようになったのもそれからのことだ。


『あたしメリーさん。いい加減にしなさいよ、この雌犬! 為家さんに迷惑を掛けていることが分からないのかしら!?』


 メリーさんと名乗る幼女? から毎日のように電話が掛かってくるようになった。

 まるで監視でもしているのか、為家に近づく度に、あのけたたましい着信音(当然設定していない)と共にメリーさんと名乗る幼女? からの嫉妬と殺意が混じった脅迫が白姫に襲い掛かる。

 だが、白姫もそこで折れるような女ではない。恋とはそこに障害があればあるほど燃えるものだ。愛の炎に身を焦がした白姫はその後も為家に関わろうとしたが、上手く躱されてしまう。そもそも、周囲の邪魔もおり、真面に関わることすら困難に近い状況だ。


 それが異世界に来て変わるとかと思ったが、弱過ぎるステータスを見た為家はそれはもう清々しい笑顔で部屋から逃走した。

 噂によると工房に入り浸って何かをやっているようだが、白姫自身が忙しかったのと、向こうが狙ってすれ違いになるように仕組んでいるからなのか、全くこれまで会う機会が無かった。



「――それッ!」


 棒手裏剣を打ち、予め作っておいた的に投げる。

 的を簡単に貫通した棒手裏剣はその裏の木の幹も貫通し、更に先の木の幹に命中して止まった。


「……やべえな、この威力」


 実は体術だけで戦えるんじゃないかと、【錬成】で風車手裏剣やら棒手裏剣やらを自作しては投げていたのだが、いつの間にか【投擲】スキルを獲得し、その調子で「いけるんじゃね!?」と習得していた忍者オタクが高じて忍者の隠密の技と体術を寝静まった頃を見計らって実践していたらいつの間にか忍者シノビの職を獲得していた。


 あのステータスチェックの職業の優劣はなんだったのか? と遠い目をした為家。

 その後、為家はこの力を切り札として隠しつつ、表向きは錬成師として振る舞っていたのである。


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NAME:尾藤為家 AGE:16歳

LEVEL:1 NEXT:10EXP

HP:8/8

MP:8/8

STR:19

DEX:29

INT:62

CON:13

APP:13

POW:16

LUCK:10


JOB:錬成師、忍者シノビ


SKILL

【片手剣理】LEVEL:1

【暗殺剣理】LEVEL:1

【練成】LEVEL:10000000

【言語理解】LEVEL:10

【投擲】LEVEL:10000000

【無拍子】LEVEL:100

【躱避】LEVEL:100

【忍術】LEVEL:100

【密偵】LEVEL:100

【暗躍】LEVEL:100

【潜伏】LEVEL:100

【隠形】LEVEL:100

【無音移動】LEVEL:100

【尾行】LEVEL:100


ITEM

・風車手裏剣×1000

・棒手裏剣×1000

・スリーピーススーツ

・学生服

・スマートフォン

・ソーラー充電器

・リュックサック

・西洋人形

・ライトノベル×10冊


NOTICE

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「おっ……もう、これ【投擲】だけで十分戦えるんじゃないかな?」


「あれ? 為家君、久しぶりだね。って、凄い! これ為家君がやったの?」


「白姫さん、お久しぶりです。別に気を遣って『さしすせそ』使わなくてもいいんですよ? 後、明らかに白姫さんのイメージに傷がつくのであんまり俺に構わない方がいいですよ?」


 ちなみにさしすせそとは「さすがですね!」、「知らなかった!」、「すごい!」、「センスいい!」、「そうなんですか!」の無限ループのことである。

 上手く使えば効果的だが、上手く使えなければ違和感しか生まないので、案外上級者向けな聞き流し術と言えるだろう……えっ、違うって?


「違うよ……あんなに絶望的なステータスなのに、それでも頑張って……凄いなって」


「うん、それ絶対褒めてないよね。俺もこの世界に留まる気はないからね。クラスの連中もはっきり言って信用ならないし、やっぱり自分でできることをしていくのが一番だと思うんだよ。……まあ、魔王は捷利君や白姫さん辺りが倒してくれると思うけどさ。俺には俺にできることがあるだろうし、だったらそういうところで努力をした方がいいからさ」


 幹から棒手裏剣を引き抜き、徐にリュックサックに戻す。


「それじゃあ、俺はそろそろいくよ」


「待って! ……迷宮には挑戦するつもりなの?」


「あっ、アーガス氏が言っていた迷宮挑戦の話か。勿論だよ、実戦経験を積んでいた方がいいだろうからね」


「そうだよね。……会う前はもし挑戦するつもりならここで待っていてって言おうと思っていたけど、これなら大丈夫そうだね。頼りにしているよ、為家君」


「あはは……」


 また面倒な人にもう一つのオタク趣味の片鱗がバレてしまったな、次はバレないようにもっと時間帯を考えてやらないとな、と思いつつ、部屋へと戻った為家。


 根本的にすれ違う為家と白姫。この二人の関係に一度終止符が打たれるのは、それからすぐのことだった。



「いってて……しかし、また面倒なことになったな」


 迷宮挑戦に参加した為家だったが、二十四層で鷹爪の策略によって為家が魔法陣に落とされ、パーティから逸れてしまった。

 とりあえず、リュックサックの中身を確認しようとしたその時、触ってもいないのにリュックサックが開き――。


『あたしメリーさん。為家さん、無事でよかったの』


 昔から何故か家にあって大切にしていた、最近荷物の中に紛れ込む、あの西洋人形が宙に浮き、一人に少女を形作った。


「…………えっ、えっ!? 西洋人形が女の子に!! メリーさん、って、ええっ〜〜〜〜〜〜!? あのメリーさんの電話の!!」


『そうなの。あたし、そのメリーさんなの。……昔からずっと捨てられてきたけど、為家さんだけは捨てなかったの。だから、貴方を悪い虫から守るためにいつも荷物に紛れ込んでいたの』


 どうやら、荷物に紛れ込んでいたのはメリーさん自身の意思でやっていたからのようだ。

 しかし、ここまで懐かれるとは。存在そのものを忘れていて結果的に捨てなかったと知られたらきっと八つ裂きにされるな、と確信して余計なことは言わないようにすると固く決心する為家だった。


「さて……ここを抜けないとな」


『あたしメリーさん。任せて、あたしがここから為家さんを出してあげるの!!』


「えっ……戦えるの?」


『当たり前なの!! 今まで数多のあたしを捨てた不届き者を屠ってきた血に飢えた三徳包丁が火を噴くの!!』


 やっぱり血生臭い危険な人形だった! と内心叫びつつ、それでも一人より二人、ええい、なるようになれと覚悟を決めた為家は人形娘のメリーとともに迷宮脱出のために行動を開始した。

 ところで、包丁が火を噴くって一体どういうことなのだろうか?

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