第八章「魔王軍と魔法少女〜二つの〝魔〟編〜」
集う者達
【相模春彦視点】
異世界生活百五十日目 場所超帝国マハーシュバラ、冒険者ギルド本部
あの人生を大きく変える一日から百五十日目――俺達は特別な日を迎えていた。
場所は超帝国マハーシュバラの冒険者ギルド本部――全ての冒険者を管轄する組織の最重要施設に、あの日バラバラになった者達の約半数が集結したのだ。
本当は白崎さん達とも合流したかったけど、彼女達の消息は冒険者ギルドのネットワークや噂話を通じて知っている。
あの日、俺達は異世界に召喚された。
昼食の時にあの場にいた者が全て、この異世界カオスという世界に召喚されたのだ。
あの時は俺の頭の中もめちゃくちゃで、意味が分からなくて、結局白崎さんの必死の求めに応じることなく
……何故、俺はあの場に残らなかったのだろう。
その後悔が今も俺の心の中に渦巻いている。
天使様ファンクラブ会員ナンバー五十番の俺は白崎さんの近くにいて、彼女を支えるべきだったんだ……そういう時くらいしか雲の上の存在な白崎さんと関わることができないしね。
クラスはバラバラになった。きっと白崎さんはあの場から一人、また一人と消えていく度に胸を痛めていたんだと思う。
心の中ではクラスを再興できないと、僕達と同じ答えに行き着いていた筈なのに……やっぱり、流石は“天使様”だな。
だけど、白崎さんは諦めなかった。クラス再興の気持ちを捨てなかったんだ。
そこから副委員長の朝倉さんと北岡さんと共に、柴田さん達と和解して、そこから次々とクラスメイトを探し当てて纏め上げてた。
今や冒険者界でも知らぬ人はいない期待の
白崎さんがリーダーを務める、この世界で出会ったという女子中学生の
そして、なんと言っても凄いのは、あの得体の知れない、何を考えているか分からない能因草子をパーティに所属させる懐の広さ……それなのに、ミンティス教国で恩を仇で返してパーティを離脱するなんて……本当に許せない奴だ。
もし、会う機会があったら半殺しにしないと気が済まないよ……白崎さんの折角の好意を無にするなんて正気の沙汰じゃない。絶対に許されない行為だ。
◆
【宍戸烈視点】
相模は昔から頭が良くて、運動神経抜群で、その上ルックスもいいという天から二物どころか三物も与えられたイケメン神童として扱われていた。
あの博学才穎、容姿端麗、文武両道の三拍子揃った白崎さんに釣り合う人間は、あのクラスを見渡しても相模の他に片手で数えられる数しかいないというのが親友贔屓無しの俺の見解だった……クラスの女子にとにかくモテまくるのに、それを振ってまで白崎さんのファンでい続ける相模には苛立ちを感じるし、少々嫉妬してしまっているが……。そして、何よりも腹立たしいのは、僕が好きな雫さんが君に惚れているってこと。
……この話し合いの最中にも、相模は白崎さんのことを考えているんだろうな。
そんな白崎さんに一途な親友だからこそ、その恋が決して実らないものだと理解してしまった時には心の中でガッツポーズを……冗談だよ。ちょっとだけ可哀想だと思ってしまった。
正直沢山の女子を泣かせてきたこの男も一回挫折を味わうべきだと思う。
だけどな……コイツは挫折の一つも味わうことなくここまで生きてきた本物の天才だし、きっと受け入れられなだろうな……しかも、その挫折の一発目が初恋の相手に恋人がいるなんて……いや、絶対に信じずに意固地になって白崎さんを振り向かせようとするだろうな。
それで結ばれる可能性もないことはないけど、白崎さんの心を大きく傷つけることになるだろうし、失敗すれば今のような女神とファンの関係ではいられなくなる。
いや……そもそも相模は本当に白崎さんと結ばれようとしているのか。
ずっと自分達の女神でいて欲しい、誰かのものにならないで欲しいと願っているのか? ……それならそれで厄介だな。特に白崎さんが誰かと結ばれたいと思った時――これまでファンだった者達は全て自分の足枷になる訳だし。
……まあ、俺は白崎さんのファンじゃないし……いや、美しい人だとは思うけど雲の上の存在だから。
同じ学校にいたって高嶺の花が住むのはいつだって別世界。そういう世界で対等になれるのは相模のような選ばれし者であって、僕や
『今回の期末テスト。一位は能因らしいぜ』
『二位の“天使様”とは六点差……あの博学才穎、容姿端麗、文武両道の三拍子揃った白崎さんでも最近の能因には勝てていないからな。……一体何があったんだろうな、あの変態に。って、元々よく分からない奴だけど』
『……おいおい、大きな声で言っていると変態さんに聞こえちゃうぜ』
あの異世界召喚された日、僕と相模が嘲笑った得体の知れない男。
本好きを拗らせた変態の異名で呼ばれていたアイツは、誰にでも手を差し伸べる白崎さんすらも匙を投げる本物の底辺だった。
それが何故、白崎さん達のパーティにいるのか。
相模はいつもの御都合主義の認識操作で忘れているんだろう……だが、僕はその事情の一端を知っている。
全て順序が逆――パーティのリーダーは白崎さんではなくあの能因草子という男で、その力は異世界転移してから十日後の時点で冒険者の最高位に匹敵、更にそこから強くなっているという。
あくまで噂だ。冒険者ギルドとの関係は険悪で情報を得ることは難しい状況らしく、情報源といえば草子から教えを受けたという弟子達とごく少数の冒険者ギルドの人間、後は外部の人間くらいしかいない。
ミンティス教国で起きた草子のパーティ離脱だって、元々白崎さん達が無理を言って同行していたにも拘らず、その草子の好意を無碍にする発言をあの一ノ瀬さんが吐いたのが直接的な原因だったと実しやかに言われている。
つまり、能因草子が白崎さんの慈悲に縋っていた訳じゃない。信じ難いけど、白崎さん達が能因草子に縋り……愛想を尽かされて放り出された。
それでも白崎さん達は諦めずにジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国に行って能因草子を説得したらしいけど……。
とにかく、白崎さん達の気持ちは本物で、それを邪魔しようとすればどうなるか分からないってことだ。
それに、あの【たった一人で殲滅大隊】には冗談が通じないみたいだし、下手な行動をすればクラスメイトだからって関係なしに殺される。
そもそも能因草子にとって、この場にいる俺達はクラスメイトなのか? 散々嘲笑って、馬鹿にしてきたあの本好きを拗らせた変態が果たして僕達のことを許してくれるのか……。
もし、敵対するようなことになったら僕達ら生きていられるのかな……少なくともあの変態は相模以上に冗談が通じなさそうだ。
……厄介ごとだけは起こしてくれるなよ、相模。
そして、雫の気持ちにも気づいてやってくれ。お前の近くにはこんなにもお前のことを大切に想っている女の子がいるんだから。
◆
【葦屋浦雫視点】
相模が葦屋浦流に入門したのは小学生の頃だ。
私は当主の娘、相模は門下生――道場の中ではそんな関係だったが、一度道場を出れば私と相模の関係は幼馴染に戻った。
私、相模、宍戸、天宮の四人は家も近いということで幼馴染の関係にあった。
それが、変化したのは相模が入門してから……といってもそれは私の中でだけで、あいつの中では今も昔もただの幼馴染で通っている道場の一人娘のままなのだろう。
……分かっている。今の相模には白崎さんのことしか見えていない。例え、近くに相模のことを好きな女の子がいたとしても、そのことに気づくことはないのだろう。
本当は神聖な武芸の場に色恋沙汰を持ち込んではいけないのだけど、私は相模と一緒にいる時間が長くなって、沢山の顔を見る機会ができた。
真剣に武芸に打ち込んでいる顔――あの凛々しい表情に、いっそ清々しいまでの愚直で真っ直ぐ性格のお前を私は好きになったのだ。
……分かっている。私は白崎さんのように美しくない。女っぽさなんて皆無、化粧っ気の欠片もなくてお洒落でもない、堅物でどうしようもない女だ。
そんな私に相模が興味を持ってくれるとは思えない。
異世界に召喚された時、私は心細かった。……でも、きっと相模は私が心細かったことに気づいていない。
白崎さんなら全力を賭して守っただろうけど、私ならきっとそんなことはしないだろう。
「雫さんは強いから大丈夫だよね」って本気で思っていそうだ。……私だって心細いんだよ。いくら武芸を継承してきた家の娘だからって鋼鉄のような心臓を持っている訳じゃない。
私はここまで
本当は誰かに守って欲しいけど、それはきっと無理な話よね。
いい加減、夢を見るのはやめた方がいいかしら? 誰かに護られるなんてキャラじゃないことをするなっていう、運命の思し召しなのかもしれないからね。
◆
【天宮日奈子視点】
――私は、宍戸君が好き!!
あっ、言っちゃった。……でも、その宍戸君は雫さんが好きで、雫さんは相模君が好きで、その相模君は白崎さんが好きで……私達って全員見ている方向が違うのよね。
私が宍戸君のことを好きになったのは中学生の頃。イジメられた私を励ましてくれてから、私は宍戸君を見ると胸の鼓動が早まるようになって……それが恋だと気づいたのは卒業の数週間前だった。
分かっている……宍戸君には宍戸君の大切な人がいる。
きっとこの想いは決して成就しない。それに、もしこのことを明かしてしまったら今までの関係が崩壊して幼馴染で居られなくなってしまいそうで怖い。
異世界に来てタブレットから選んだのはチアガール――剣士とか魔法使いとか言われてもどうすればいいか分からないから、所属していたチア部と関係するチアガールを選んだんだけど、全く戦えない完全な補助系の職業だった。
そんな私でもこの世界で戦って来られたのは相模君と宍戸君と雫さんのおかげ。
私は子供の頃から一緒にいる三人が大好き。
雫さんのことだって恋敵という以上に大切な友達だと思っているし、もし宍戸君が本当に雫さんと結ばれたいのなら、それはもう仕方ないと諦めるつもりでいる。
私達は異世界に召喚されて、四人で冒険者になって、協力してここまで生きてきた。
この世界で生きて骨を埋めることを覚悟して、超帝国マハーシュバラを拠点に活動してきた。
そんな四人の日常は織田君達と合流したことで終わってしまった。
勿論、それが悪かったとは思っていない。私達四人の関係が崩壊してしまった訳ではないし、クラスメイトに再会できたのは嬉しいし、織田君達が私達に求めていることも納得ができる話。
……私達が危惧しているのはもっと別のこと。
この調子でクラスが一つに戻ってしまって、相模君が白崎さんに告白して、そのまま結ばれてしまうこと。
そうなれば、もう私達は幼馴染に戻れなくなる。四人の幼馴染から一人欠ければ、それはもう私達じゃない。
私の願いは幼馴染の関係が崩壊しないこと。
宍戸君が本気で雫さんのことが好きなら必ずそのまま身を引くしかない。……私にとっては今の関係が大切だから。宍戸君達もそう思っているのかな?
◆
【新田瑞希視点】
私は
幼馴染の莉乃さんは昔から可愛くて輝いていて、こんな地味な醜女の私とも仲良くしてくださいました。
莉乃さんは凄いです。子供の頃に思い描いたアイドルになる夢を諦めずに努力を続けて、中学生の頃にアイドルとしてデビュー。
そこからも努力を続けて今や〝人気アイドル〟の一人です。……確かに高校には白崎さんのような別格がいますが、彼女は本当に稀にしかいない選ばれし人間なので、比較するのは間違っていると私は思っています。……莉乃さんは嫉妬しているようですけどね。
今の自分に満足せず際限なく自分を磨いていく――そんな莉乃さんが私の誇りです。
そうやって莉乃さんが築いていった〝人気アイドル〟の地位ですが、百五十日前に唐突に崩壊してしまいました。
最初は状況を理解していませんでしたが、ヲタクの織田君曰く「異世界転移」のようです……なんでそんな意味不明なことをしたのでしょうか? なんの目的で? とあの神様を問い詰めたいところですが、当時は本当に混乱していてそんな余裕はありませんでした。
転移のシステムの欠陥で、同じクラスにいたみんなはバラバラになってしまいました。
そもそも、あの場には他のクラスの初対面の人もいましたし、白崎さんの言うような協力体制を整えることは不可能だったと思います。
そもそも織田君達自体、情報共有はしてくれたもののとっとと必要なものを選んで異世界に行ってしまうような人達ですし、それを追いかけた不良達ともとても仲良くなれるとは思えません。
しかし、あの状況もまだマシだったのかもしれません。能因草子――あのクラスでも一番何を考えているか分からない男は転移直後に窓を割って逃走を図りました。きっと今も地球で一人のうのうと生活をしているのでしょう。羨ましい限りです。
あんな男が地球に残るくらいなら莉乃さんが地球に残った方がきっと世間のためになったと思いますし、莉乃さんも幸せだったと思います。……ちょっと愚痴になってしまいましたね。
私達は学内の莉乃のファンクラブ会員ナンバー一番の
私一人で二人と転移したのなら協力体制を築けただけで御の字だったでしょうが、莉乃さんのためなら全てを捧げる二人は莉乃さんに忠誠を誓って無条件に身を粉にして力を尽くしました。
……勿論、私もただお零れに預かっていたという訳ではありませんよ? 私も結界師と魔法師として危険な前線こそ押し付けましたが後ろにいて何もしなかった訳ではありません。
私は莉乃さんのマネージャー……つまり、おまけですからね。
そんな私が一人何もしないなんてあり得ませんよ。
◆
【瀧野瀬芽依視点】
この場に集まったパーティは色々と問題を抱えていそうだけど、その点私達は心配ないわ。
私は二年生で図書委員会委員長の
一緒に転移したメンバーは同じ図書委員会の所属で親友の
多人数よりも気心に知れた相手と少数での転移の方が相対的に見ると安全だったりするというのは割と常識で、人数が増えれば異世界転移を利用したクラス支配などの企てを立てるものが出始める。
特に、特殊能力が存在しない地球出身の私達にとって、スキルの持つ魅力は甘美な
その点、私達はきっちり情報を交換しているし、互いに信頼できる人達に恵まれた。ライトノベルによくある展開はそういう信頼していた人達に裏切られるような展開だけど、それが起きる可能性は限りなくゼロに近いし、そういう風に猜疑心を抱くのはパーティの崩壊を招くしお互い考えないことを約束している。
それに、私達はメンバーにも恵まれている。
前にこのメンバーで「うちの高校で異世界召喚されたら誰が生き残りそう?」という話になった。
異世界召喚後の強さには確かに剣術や武術といった特殊技能を地球で体得している人達の方がアドバンテージがあるように思えるが、実際に異世界もののライトノベルで強大な強さを持つ主人公になるのは地球では目立たなかった、特殊技能を持たないヲタク達だ。
ヲタク達の優位性は、ライトノベルや漫画やアニメによって得られた異世界の知識にある。
一般人には到底受け入れられない異質な世界を受け入れるハードルが低くなり、知識を活かしたり応用することも容易くなる。
ライトノベルで得られた異世界を生き抜く知恵を活かせば、その異世界でも優位に立てる可能性がある。
その点を踏まえた結果、麻衣子は最も生き残る確率が高いのは能因草子――「何を考えているか分からないけど、とりあえずあの人はヲタク達に頼られるほどの知識モンスターで、最早ヲタクの領域にすらいない。【知識のブラックホール】みたいな存在よ。それに、あの人なら異世界でも普通に一人で生きていきそう……というより、死ぬ姿を想像できないわね。ラスボスとかになっていそうだわ」という評価だった……確かに当たっていたわね。実際、冒険者ギルドの危険度では魔王を超える災害指定――ただし、それを本人の前で言うと確実に冒険者が皆殺しにされるから公然の秘密らしいけど。それに、万が一草子さんと敵対するとなれば国家同盟に所属する全ての国が敵になる可能性も十分に考えられるらしいからね。
次点で織田君達のパーティ……確かに生き残っているし、実質的には私達のリーダーになっている。
ヲタク知識があるという理由で、志島さん達腐女子グループと、一ノ瀬さん……この二人グループも生き残っている……ただ、一ノ瀬さんは野生のラスボス、というか裏ボスに喧嘩を売ったみたいだから皆殺しにされていてもおかしくないらしいけど。
白崎さんも割と高めだったけど、それはヒロイン補正らしい……誰のヒロインなんだろうね?
ただ、高嶺の花は高確率でヒロインになるから生き残る可能性が高いのだとか……でも、予想外なのは彼女が最高位の冒険者になってパーティを率いているってこと。草子さんと一時期行動していたみたいだけど、パーティのリーダーは草子さんが退パーティ届けを出すまで白崎さんだったみたいだし……【野生の裏ボス】を飼うって、本当にヒロインなのかしら?
とにかく、あの白い部屋を混乱させた柴田さん達を含めて全員が生き残っている確認が取れた……ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国に行ってからの消息は不明だけど。
でも、こっちは織田君達を中心に纏まったし……あれだけ巫山戯た序盤だったのによく生き残れたものよね。
とりあえず、私達三人の冒険はここでおしまい。名残惜しいけど、三人で話し合って合流することを決めたんだから、気持ちを切り替えないとね。
さて……生き残っているのが嬉しくない人達についての対策を話し合おうかしら?
◆
【平城山泉都視点】
ああ、ほんまに最悪の旅やった。……こんなことなら、一人で旅をするべきやった。
少林寺拳法を齧った俺なら、例え異世界の魔獣が相手でもスキルアシスト無しで実際に戦えたからな……まあ、後の祭りや。
俺、
せやから不登校になったとか、引っ越したとかやないで? こっちに来た理由は転勤の都合や。
そんな俺の不運は
美形で人気が出そうな二人やけど、相思相愛で二人の仲に割って入るのは不可能だっちゅうことでファンクラブは存在しぃひん……まあ、どうでもええことやな。
まあ、そんなお二人さんとどうして一緒に旅をしとったのかと聞かれると……なんでやろう? 二人では危険だと判断してソロでいた俺を使い潰すつもりでパーティに入れたんやろう。……わりかしこの二人は互い以外はどうでもいいっちゅうか、寧ろ嬉々としてクラスメイトでもなんでも生贄に捧げそうやからな。能因草子はあのクラスでも一番何を考えとるか分からなくて明らかに危険な奴やったけど、こいつらはそれに劣るが割と危険な奴やと思うぞ?
まあ、そんなわいは一人前衛でイチャついとる二人を横目に魔獣とボコし、ボコされ戦ってきよった。
いや、二人が戦ってへんかったらは別に言えへんよ? ただ、容赦なく肉壁に使われたり、二人だけの世界を作っとるってころで一人ぼっちで飯を食べるってのはな……可哀想に思ったのか別のパーティに誘われて一緒に食事したこともあったけど、それって一緒にパーティを組む意味があるかって話やからな。
まあ、それももう終わりや……って友達おらへんから結局ぼっちになりせやけど、太郎とかぼっちもいるだろうし、傷を舐めあえばそれで仲間や……言ってて悲しくなってくるな。
◆
【山田太郎視点】
見た目は普通、中身も普通、名前も普通の三拍子揃って普通な人物。クラス内でも目立ったことはなく、空気と化している……自分を客観視したら僕はそういう人物像ということになる。……悲しくなるけどね。
要するに、何かに突き抜けたところがないんだ。
相沢君のような賢さもなければ、進藤君達のような運動神経も、相模君のようなルックスの良さもない。
織田君達のようにヲタク方面に突き抜けている訳でもなく、草子君のような得体の知れなさもない……確かに後半二人はマイナスイメージだけど、何もないよりはマシだと思う。
そんな僕が異世界に行ったからってすぐに強くなれる……という訳でもない。
普段目立たない、クラスで爪弾きにされているヲタク達や引きこもりのにーとが主人公になって、新しい出会いをしたり力に目覚めたりしながら強くなる……でも、それも結局元の世界でなんらかの下地がある訳で、本当に何も無かった僕に創作の世界のようなご都合主義が起きる訳でもなく。
基礎ポイントが低かった僕はタブレットからまともなスキルを得られずに召喚され、辿り着いたのはこれといって普通の街。
そこで不法侵入者扱いをされて暫く街を逃げ回る羽目になって、なんとか事情を説明したら冒険者ギルドに案内されて……でも、街を警備する魔法兵の人は「そのステータスじゃ、冒険者になれても出世は無理だろう」と可哀想な目で見られてしまった。
異世界に来たからって急に人は変われるとは思っていない。
実際に僕は自分が英雄の器じゃないことを理解していた。
しかし、だからといってこのまま何もしない訳にはいかない。
戦えるようにならなければ日銭を稼げない……そうなった先に待つのは飢え死にか、盗賊になるか。……まさに、芥川龍之介の『羅生門』のような二択だった。
――死にたくない。そう思った僕はひたすら努力した。昔からコツコツと努力することだけが取り柄だった僕は、恥も外聞も捨てて様々な冒険者に頼み込み、時には土下座し、
まあ、そんな訳で何故か冒険者ギルド本部直属の高ランク冒険者なんて似合わない仕事をしている訳だけど……本当に僕で良かったのかな?
そして現在、僕はクラスの半分と合流して織田君達から話を聞いている。
ここにいる少なくとも僕より優れた人達は、みんな努力をしてここまで生き残ってきたみたいだ……まあ、僕以外の人は努力なんてしないってことはない訳だし、みんな僕より強くなっているんだよな、と。
問題はここから……一番成長してはならない人達――彼らをどう対処するのか、或いは殺すのか。
場合によっては、僕がようやく手にした冒険者ライフを棒に振ることになる……さて、どうしたものかな?
◆
【白鷺織姫視点】
この場にいるのは誰も彼も強者揃いね……本当に異世界に召喚されて右も左も分からなかった者達がよくここまで成長することができたと思うわ。
まあ、中には成長なんて次元を超えて、冒険者ギルドから【たった一人で殲滅大隊】や【
私の場合は多分運が良かったのよね。くノ一オタクが転じてパルクールに嵌まった経験と体術、そして
そのおかげで【紫紺の影姫】なんて異名で呼ばれて、冒険者界で可なりの信頼を勝ち取ることができているけど、それは他のみんなも同じこと……特にクラスで全く目立っていなかった山田太郎君が【器用万能】なんて異名で呼ばれて冒険者ギルド本部直属の高ランク冒険者になっていたのはびっくりだったわ。
まあ、一番のびっくりはあのクラスでぼっちの何を考えているか分からない本好きを拗らせた変態が、今や国家同盟の元議長でエリシェラ学園の元客員教授で、冒険者ギルドが恐れる厄災になっていること……一体、この百五十日間で何があったのかしら?
その経歴を伝聞で聞く度に目眩がしたわ……私には無理よ。そんな濃厚な旅を全く知らない世界で送るなんてこと。
まあ、そんなことはどうでもいいわ。今考えなければならないのはこれからのこと。
今回の織田君達の依頼は明らかに危険……冒険者として培った勘が、今回の件から手を引けといっている。
確かに同郷の人間――私達が対処するべき問題だろうけど、だからって私が参加しなければならない理由にはならないと思うのよね。
関係する織田君達が刺し違えればそれで済む話だし、それこそ冒険者ギルド全体で討伐対象にして討伐させればいい。人死は出るだろうけど、民間人の死者が出ないことが最優先だから致し方ないわ。
とにかく、私はこの一件に関わりたくない。
薄情だって言われたっていいわ……だって、私にとって一番大切なのは私の命だから。
この世界で生きていくとしても、
◆
【不知火陽炎視点】
果たしてこの場に、私――
生まれつきに得たものなのか、初対面の状態でも
客観的に見れば誰とでもすぐに仲良くなれるコミュ力の化け物と思われているかもしれないけど、実際は名前を覚えてもらえないし、誰にも私という人間を理解してもらえないのよね。
空気キャラなんて言葉はあるけど、私はまさに色付き空気キャラ――本当は居ても居なくても関係ない、記憶にすら残らない存在。
私はこれまで私を見る人達が幻視する
そんな私の唯一の救いは、『……お前、誰?』と言ってくれた
彼は世界一影の薄さを持つ究極の空気で、自動ドアすらも彼の存在に気づかないという私の対極に位置する存在。
見られる力をゼロにする才能を持って生まれてきて、異世界カオスではその性質を逆手に取り、一方的に魔獣を狩って実績を積み重ねてきたという。
私はそんな彼に恋をした。私のことを誤認せず、『……お前、誰?』と言ってくれたのは世界で度会君だけだからね。……ただ、たまに度会君がどこにいるのか分からなくなってしまうけど。
もう少し、注意力を磨かないといけないわね……。
◆
【度会影介視点】
何故よりにもよってあの女の隣になってしまっているのか?
まあ、他の連中は僕がいることに気づいていないみたいだし、抜け出そうと思えば抜け出せるだろうけど。というか、余裕だろう。
僕は極端に影が薄い。より正確には陰が薄いという訳ではなく、見られる力をゼロにする才能を無意識のうちに使っているだけらしいんだけど。
ただ、未だに制御が効かないし、なんでそんな暗殺者向きの技能を僕なんて一般人が持っているのかは分からない。明らかに宝の持ち腐れだと思っていたよ……この世界に来るまでは。
その性質のおかげで今、僕は風操槍士としていい位置に居られる訳だけど。
魔獣は僕に気づかない。好きなだけ狩っても魔獣は目の前の僕に気づかない。……つまり、好きなだけ一方的に蹂躙できるってことだからね。
今の僕はクラスメイト全員を相手にしても一方的に蹂躙できると思っている。今回の織田君達の依頼だってそうだ……まあ、流石にどうでもいいと言っても人の命を奪うのには抵抗があるけどさ。
そんな僕にとって、最も許せない存在が不知火陽炎という女だ。
まさに僕の対極――どんな人とも初対面にも拘らず普通に接することができて、すぐ輪の中に溶け込める。
その癖、僕が見えていて同情でもしているのか、事あるごとに絡んでくる……本当に最低の気分だよ。
一体コイツは何を考えているのだろう。
得体の知れない、それこそ深淵のように果てしなくて思考が全く読めない能因草子とは別の意味で何を考えているのか分からない存在だ。
さて、どうしよう? 今回の依頼も別に参加する必要はないものだし、僕を認識できないのなら即死させられる心配はない。
同じクラスだったからって赤の他人だ。勝手死んだって悲しいとは思わない。
僕はクラスでずっも孤独だった。同じ場所にいる筈なのに、いないように扱われていた。
だからあの教室の中で、僕の周りには誰もいなかったも同然なんだ。
クラスメイトが僕以外全滅したところで、僕はぼっちからぼっちになるだけ……何も変わらない。
ここはやはり席を立つべきだろう。お茶菓子は勝手に頂いたが、そのお茶菓子分の働きをするなんて言っていない。
僕を認識しているのは陽炎ただ一人――こいつ一人ならどうにでもなる。
◆
【相沢秀吉視点】
不服だ。何故、天才のこの僕がこんな連中のために力を貸さねばならないのだ!
当初の計画なら今頃僕はクラスを支配して王になっていた筈だ。
それなのに……。
「相沢さん、ダメだよ? クラスメイトに酷いことをしようって考えていたでしょ」
「そ、そんなことはない! この天才の僕が完璧に依頼を達成する方法を検討していたのだ!!」
「そうだよね? 相沢さんが悪いことをする訳ないよね?」
くぅ〜可愛い♡ なんでこんなに可愛いんだ! 天使なのか! 天使なのか!!
こんな可愛いエリーゼに嫌われたくない。と、なれば致し方ない。
僕の王国を築くのはエリーゼにはバレないように慎重に、水面下でことを運ぶのだ。絶対に、絶対にエリーゼに気づかれてはいけない! そうなれば、僕は絶対に愛想を尽かされる。
恋心や女の勘などというものは計算では予測できない――理数系の天才のこの僕には苦手な話だ。
だが、苦手だからといって考えることを疎かにすればエリーゼに嫌われる。そんなことは絶対にあってはならない。
「本当にあの相沢君が力を貸してくれるのか? てっきり、どこかの理数系天才さんみたいにスキルで強奪を奪って、そこからスキルを回収して最強になるとか、ハーレムを作るとか考えていそうだと思っていたけど……とんだ勘違いだったな」
図星だ……オタクめ。なかなか侮れないな。
「織田さんだっけ? 相沢さんがそんなことをする訳ないでしょ! 相沢さんは奴隷だった私をなんの見返りもなしに救ってくれたのよ!!」
やめろ、やめてくれ、エリーゼ!! これ以上言われると立ち上がれなくなる……。
「そうだよな……その、疑って悪かったな」
やめてくれ〜!!!!!!!!!!!!
◆
【織田一樹視点】
犬吠埼君が戻ってきた……あの地獄のような場所からなんとか生き残り、チャンスを窺って逃げ出して帰ってきてくれた。
ずっと死の恐怖に怯えて暮らしていた犬吠埼君は木村君を見ただけで顔面蒼白になっていたけど、その後になんとか和解してくれた。
犬吠埼君が持ち帰ったのは、あの佐伯が【即死】を持っていること。
ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国の魔王や魔王軍幹部が持っているならともかく、こんな沢山の人間がいる国で、傲慢な不良の親玉が持っているのは厄介だ。
だからこうして連絡を取れるクラスメイトを集めるだけ集めた訳だけど、話し合いの状況は芳しくない。
木村君は佐伯君打倒に協力してくれることを決めてくれたし、犬吠埼君もあれと対峙する覚悟を決めた。
だから最悪の場合はこの五人で佐伯を倒す。
同じ地球から召喚された者が厄災になる……それを止めないで見て見ぬ振りをするなんて、そんなこと絶対に許されない。
◆
「やあやあ、皆様お揃いで。一体何の相談ですか?」
短髪の黒髪の特徴のない青年が、唐突に姿を現した。
初めて見たが、間違いない。白い学ラン風衣装に、銀の翼の襟章……
「しかし、丁度良かった。皆様お揃いで。もうすぐ受付嬢辺りから通達があると思いますが、皆様に指名依頼です。依頼者は国家同盟で名前は議長のセリスティア=アードレイク
予想以上に忙しい人だったな。用件だけ伝えて行っちゃったよ。
しかし、国家同盟からの依頼か――断ると他の国で仕事が受け辛くなるし、受ける以外の選択肢は無さそうだな。
「とりあえず、今回の話については超帝国マハーシュバラに戻ってきたから意見を聞かせてもらいたい。……ということで、もう一度集まってくれるかな?」
今の僕達に佐伯達を止める力はないかもしれない。
だが、あれを放置しておくのが危険なのも事実だ。
とりあえず今は保留にしているが、いつかは向き合う必要がある。
地球から引きずってきた因縁に、僕達自身で終止符を打たなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます