能因草子の優雅?な日常①

 異世界生活百四十五日目 場所自由諸侯同盟ヴルヴォタット 首都ファルオンド エリシェラ学園


「久々だな、エリシェラ学園」


 久々に門から入ったら守衛から幽霊でも見たような風に驚かれたんだが……泣いちゃうよ? 普通に生きてて悪かったな!!


「草子客員教授がお戻りになられた! 速やかにこのことを校内放送で伝えるのだ!!」


 あ〜、騒がしいな。いや、今って授業中だし学業の迷惑になるだろう?

 それに、こんなモブキャラが帰ってきたことを知っても誰も喜ばないから報告しなくてよろしい。


 しかし、なんか視線を感じるんだが……と思って上に視線を向けたら校舎の至る所から教師や貴族子女達が顔を覗かせていた……なんなんだろう? この状況。


「ようやく帰ってきたか。放浪教師」


「か、帰ってくるのならちゃんと連絡しなさいよ!!」


「……もう、帰っていいかな?」


 反射的に〝移動門ゲート〟を開きかけたんだが、こっちにやってくるジルフォンド達を見て気が変わった。


「お久しぶりです、草子先生」


「久方ぶりです、皆様。お元気そうで何よりです」


「……どうやらロゼッタは上手く草子殿を繋ぎ止めることができたようですね」


「ん? 覚悟を聞きましたからね。とりあえず、地球に帰還するまでは行動を共にすることが決まりました」


「……やっぱりロゼッタも簡単に草子先生を落とすことはできないか」


「ロゼッタ様のことだからゆっくり外堀を埋めて草子先生を撃沈させると思いますわ……多分」


 ヴァングレイとノエリアも相変わらず仲が良さそうだな。……そして、二人揃って勘違い。


「草子先生はまたエリシェラ学園にお勤めになられるのですか?」


「まあ、白崎さん達に捕まってしまいましたし。皆様がよろしければまた勤めるつもりでいますよ。……旅を続けつつ【時空魔法】で集中講義的なノリで講義をしに来ようと思います」


「……草子先生は本当に凄いですね」


「いや、シャード様。それほどでもないですよ? 魔王領で図書館を丸ごと捕食したので、文学系の講義は割と充実すると思いますよ」


「……魔王領の旅で何をなされたのですか? 草子様」


 プリムラ……俺はただ普通に魔王領巡りをしていただけだぞ? ……多分。


「フィード様、魔王領の旅で判明したことについては後ほど二人で情報交換を致しましょう。……一応、元上司のことに関しては知りたいですよね?」


「よろしくお願い致します」


 まあ、もう関係ない話だけどさ。【永劫回帰】でフィードがヴァパリア黎明結社だったという事実は消されているけど、知りたいかもしれないからね。いらぬ老婆心ってやつだよ。


「それと、文芸同好会にお土産。俺がジューリアさんとその他愉快な仲間達と行った異世界ガイアの旅を纏めた日記的なもの。後は海洋国家ポセイドンで孤児院に持っていくように作った特製紙芝居の複写。……あっ、ソースせんべい、水飴、ポン菓子米はぜ、カタヌキ……屋台は屋敷においてきたからプレゼントできないけど……」


「……草子様、そのソースせんべいや水飴やポン菓子米はぜやカタヌキってなんですか?」


 てっきり「いらん!」「いるかい!」「いりません!」って言われると思ったんだけど、興味を持たれると調子狂うな。


「後でエリシェラ学園の食堂にレシピを渡してきますよ……庶民的なものを貴族子女が通う学園で出したからって後でクレームが出ないかな?」


「……草子殿に文句を言える貴族がこの世界にいるとは思えませんが」


 ジルフォンド、お前は俺のことをなんだと思っているんだ?


「とりあえず、まずはセリスティア学園長に顔を見せに行くとするよ。それから、フィード様と近況報告、文芸同好会に顔見せ、Kâkêrû先生にご挨拶して、演劇部に寄っていくって感じで動くからそのつもりで」


「分かりました。イミリアーナ先生とヴィクティーヌ様に文芸同好会の部室に集まるように伝えておきますわ。それと、穂高先生、澄村様、シャンテル様、マイアーレ様にも……皆様お喜びになると思いますわ」


「……こんなモブキャラが戻ってきても喜ばないと思うけどねぇ」


 なんで全員で首を横に振っているんだ? 首ふり人形になったのか?


 プリムラ達とは一旦別れ、セリスティアがいる学園長室に向かう。

 何故か令嬢達が「カタリナ様♡」と黄色い声を上げていたがきっと気のせいだろう……気のせいの筈だ。


 ってか、もしかしてお前らが噂の大聖女教カタリナファンクラブか。

 この辺り、ミンティス教国に行った時に確認しないといけないな。


「失礼致します」


「久しぶりだな。草子殿」


 セリスティア学園長はセリスティア学園長だった。

 前会った時と全く変わっていないな……辞めてからそんなに時間が経っている訳じゃないけど。


「その様子だと白崎さん達は上手くやったようだ」


「ええ、まあ。ということで、恥ずかしながら帰って参りました」


「恥ずかしがる必要はない。いつでも帰ってこいと言った筈だ……よく帰ってきてくれた。ここ最近は落ち着いたが、草子殿がいなくなった直後には割と大きな暴動があって鎮圧するのが大変だったのだぞ」


 ……ここって本当に貴族の学園なんだよね? 養豚場じゃないことは分かっていたけど、猛獣園の可能性が浮上してきたよ!!


「また、客員教授として勤めてくれるのか?」


「まあ、地球に帰還するまでは勤めるつもりですよ」


「そうか……これで全て元通りだな。これで、国家同盟の議長を辞めることができる」


「いや、なんでそんな話に? セリスティア学園長にお譲りしましたじゃないですか! それに、あの議長の立場は俺よりも人望のあるセリスティア学園長の方が相応しいじゃないですか!!」


「……ならば百歩譲って私が議長でもいいだろう。これまで敵対していた国家の方向を調整し、蟠りを減らし、圧倒的速度で一つに纏めた貴方ほど議長に相応しい人はいないと思うのだが……」


 そうですかね? 別にモブキャラにできたんだから誰にだってできると思うけどさ。

 それに、やり方が強引過ぎる気がするんだよね? 俺はただ自分の正義に従って行動してきたけど、それと共に他人の正義を数多く踏み躙ってきた。きっと、もっと平和的にやる方法が、犠牲を出さずにやる方法があったんだと思うんだよ。

 結局俺のやったことは勢いに任せた子供騙しだ。


「ならば、相談役として国家同盟に戻ってきてくれ。……まあ、私の一存では決められないし、議会を開催して決める必要はあるが」


「じゃあ、無理ですね。こんなモブキャラを欲している物好きなんていませんよ」


「とりあえず、今から各国に要請をかけてみる……今回は国家同盟の今後を左右する案件だからきっと三時間ほどで招集できる筈だ。今回はミンティス教国で開催することになるので、三時間後にミンティス教国の新神殿宮に来てくれ」


 ……マジですか。いや、みんな忙しいでしょう? 三時間で集まるのは流石に……あれ? なんか既視感があるな……。


「そういえば、冒険者のイオンさんがセリスティア学園長の弟子になったと聞いておりますが、今どこにいるか聞いていますか?」


「ああ、草子殿の弟子という白金ランクの冒険者か。……今は水の街アクアレーティアにいる筈だが……どうかしたか?」


「いえ……実は俺の弟子? が会いたがっていまして。魔族の勇者ブレイヴなんですが……」


「ほうほう……それはまた。しかし、魔族とも交流を持ったか。やはり、草子殿は人間にも亜人種にも魔族にも分け隔てなく同じように接するようだな。しかし、勇者か……私も興味があるな」


「とりあえず、明日にその村にチームトライアードを連れて行くつもりなので、その時に一緒に行きますか?」


 まあ、議長だし、学園長だし、そんな急には無理だと思ったんだけど……。


「分かった。明日か……わくわくするな。私も魔王領に入ったことはない。これは貴重な経験ができそうだ」


 あれ? もしかして暇なのかな? エリシェラ学園の学園長って。



「なるほど……これは転生者リンカーネーターとも転移者トラベラーとも呼べない……憑依者とでも呼ぶべき存在ですか」


 伊藤元宣の日記を読みながら、フィードは顔を顰めつつ呟いた。


「まさか、開発部門の部門長が異世界人とは思いませんでした」


「いや、高槻さんといい紅葉といい、なんで異世界……というか地球人が部門長になっているのか。地球人しか部門長になれない風習でもあるのかね?」


「いや、そういう話を聞いたことはありませんが」


 だろうな。というか、そもそもどんだけ確率が低いんだよ。

 確かにどっかの老害のせいで日本からの転移者は矢鱈にいるし、転生者も割といるみたいだけど、それでも異世界カオス全体だと一パーセントにも及ばない……条件を満たすのは割と大変そうだ。


「しかし、魔法少女ですか……俺の知っている開発部門からはかなりかけ離れたものになっているみたいですね」


「もしかしたら、開闢の魔法少女クレアシオンの援助を受けているのかもな。どっかの部門長をやっているのか、七賢者になっているのか……ヴァパリア黎明結社の基準はよく分からないけど、間違いなく超越者デスペラードには至っているだろうな……」


「七賢者は俺達末端からしてみれば雲の上の存在ですからね。部門長クラスなら七賢者の情報を掴むことができるかもしれませんが……」


「まあ、戦う時になったら分かるからいいけどな。それに、結局ヴァパリア黎明結社の首魁を倒して【永劫回帰】を奪うつもりでいるから結局どこかで激突するだろう」


「【永劫回帰】……俺が利用しようと企んだ時は止めに来たのに、結局貴方も【永劫回帰】を欲するのですか」


「まあ、使い方は違うけどね。地球に帰るためにはどうしても必要なんだ。辻褄合わせの【永劫回帰】がね」


「……いずれにしても俺の構想していた使い方とは違うのでしょう。スキルをどう使うも草子様次第――俺は負け組ですが、草子様とロゼッタがどこに行き着くのかを見届ける権利くらいはあると思うので、見届けさせてもらいますよ。――では、そろそろ行きましょうか? 文芸同好会の皆様が草子様を待っていますよ」


 フィードと共に空き教室を出て、廊下を歩く。

 文芸同好会の扉を開けると。


「「「「お久しぶりです、草子さん」」」」


 さっき顔を合わせたメンバー以外だとヴィクティーヌ、イミリアーナ、Kâkêrû先生、澄村の姿があった……ってか、なんで文芸同好会のメンバーじゃない二人がいるの?


「お久しぶりです、能因先生。実はノエリア様に誘われまして、ここで能因先生をお出迎えしようという話になりまして……しかし、凄いですね。この紙芝居。まるで映画じゃないですか」


「魔法少女の固有魔法を使ったものなので、同じようなものを作るのは難しいと思いますよ。まあ遊びで作ったものなので、Kâkêrû先生ならこれよりもいいものを作れると思いますよ……ところで」


 Kâkêrû先生と澄村の薬指に結婚指輪マリッジリングが……やったね! どっちが告ったか分からないけど。


「Kâkêrû先生、澄村さん。結婚おめでとうございます」


「ありがとうございます。……本当は草子様に真っ先にご報告しなければならないと思っていましたが……」


「大丈夫ですよ? 俺はただお二人を合わせただけですので。ところでどちらから告白したのですか?」


「それは僕からだよ」


「それは…………おめでとうございます、澄村さん。片思いが両思いになりましたね」


「「――えっ!?」」


 あっ、もしかして気づいていなかった? 澄村は俺が気づいていたってことに、Kâkêrû先生はそもそも澄村に片思いされていたってことに。

 ………………本当に鈍いな。一目瞭然だろ?


「へくしょん!」


 あれ? なんで俺がくしゃみをしたんだろう? 急に鼻がむず痒くなって……誰か噂しているのかな? こんなモブキャラの??


「草子さん、ところで魔王領で掻き集めた本って今もお持ちですか?」


「あっ、やっぱりイミリアーナ様は興味がありますよね? 文学研究者ですからね。……えっと、ここにはないですね。魔王領エーイーリーにある魔界中央図書館に今までに旅で集めた本を置いてあるので、今度行きましょうか?」


 あっ、魔界中央図書館で思い出したけど、異世界ガイアで手に入れた本の複製とかも追加しておいた方がいいかな?

 更についでに思い出したけど、異世界ガイアと異世界カオスを繋ぐ扉が機能しているか確認に行かないとな……大変だ。割とやることが多い!!


「……あの……大丈夫なんでしょうか? 魔王領って危険なんじゃ」


「割と危険ですよ? 敵意を向けてくる魔族もいますし。まあ、今までこちら側がした行いのせいもあるんですけどね。ただ、魔王領エーイーリーに関しては管轄している魔王軍幹部様と知り合いなのでなんとかなると思いますよ。図書館の増築に貢献してくれたバイト君達もいい人ばかりでしたし」


 なんか、イミリアーナ達が「お前、魔王領に行って何をしていたんだ!!」って視線を向けてくるが……いや、大したことは何もして……いないよ? ただ、魔王領を巡って魔王軍幹部と戦うだけの予定が、いつしか色々なイベントが肉付けされて結果的に「色々やったんだねー」状態になっているだけで。


「とりあえず、まずは演劇を観に行ってからにしましょうか?」


「あの……草子様。この記録を元に小説を書いてもいいでしょうか?」


「あっ、どうぞどうぞ。ヴィクティーヌ様なら面白みもない平坦な俺の旅もきっと面白い旅に書き換えられると信じていますよ?」


「「「「「「「――これのどこが面白みもない平坦な旅なんですか!!」」」」」」」


 ……あれ? 俺、なんか変なこと言ったかな??



 会場全体から割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 劇が終わり、カーテンが閉まり……閉まり? あれ? 閉まらない? というか、役者がぞろぞろ降りてきたんだが、ついでに観客達の視線が一斉にこっちに向いたんだが……マナーが悪い客じゃないよ!! ない筈だよ!!


「お久しぶりです、草子様。いかがでしたか? 草子様の用意した台本を忠実に再現したつもりですが」


「マイアーレ様、シャンテル様、演劇部の皆様。お久しぶりです。いや、いっそぶっ壊しちゃった方がいいんじゃないですか? どうせモブキャラが作った台本ですし」


 ……あれ? コイツ何言っているんだ的な視線を向けられているんだが……。


「草子様って以前から自分の価値に無頓着ですよね? 謙遜が過ぎるのは美徳とは言えませんわよ?」


「いや、謙遜なんてしていませんよ。ありのままを言っているだけです」


「……これは本当に重症ですね。本当に分かっていないのか、分かっているのに分かっていないふりをしているのか……これほど役者に向いている人はなかなかいないでしょう」


 政治家に向いているとか役者に向いているとか、モブキャラに何を求めているんだよ!

 俺は静かに文学研究をしたいだけだ。


「とりあえず、またエリシェラ学園で講義をすることになったので、その時はまたよろしくお願い致します。それと、ヴィクティーヌ様にプレゼントをお渡ししてきましたので、もしかしたら新作の台本が書き上がるかも? 俺のと違っていいのが出来上がると思いますので、よろしくお願い致します。それじゃあ、顔見せも終わりましたし、魔界中央図書館に参りますよ? イミリアーナ様」


「あっ、はい! 分かりました」


 何やら喧喧囂囂けんけんごうごう言っている令嬢達を無視して〝移動門ゲート〟を開いた。

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