第三百十六話 災乃種子

 異世界生活百四十三日目 場所ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国、アルファス大墳墓


「まあ、とりあえずこの辺りかな?」


 【主我主義的な創造主】を発動して鋏とメイク道具を作り、ビューティコーディネーターの能力を参考に全てのテクストラーニングは糧となる・テクストを発動して【散髪技理】と【メイクアップ技理】で獲得した。


「いかがですか?」


 鏡に映ったのはオレガノやミントに勝るとも劣らない絶世の美女だ。

 その美女が鏡を見て信じられない! と目を丸くしている。


 いや、別に素材が良かったから上手くいっただけでスタ●ラー美々や郡●アスハのようなレベルの能力じゃないから詐欺みたいな変身はできないんだよね。

 まあ、そういう話は【色慾之神】を使って解決すべきなんだけど。


 ≪あ……ありがとうございました。……ところで貴方達は?≫


「そういえば名乗るのが遅れておりましたね。初めて、能因草子と申します。ミント様、オレガノ様、ウコン様と御縁がありまして、トリカブト様のことは伺っております。……なんでもあの妹狂ブラコン女神様の嫌がらせを受けたとのことで、あの方には後でお灸を据えておきますので、一度神界に戻ってはくださいませんか?」


 ≪……草子様ですね。貴方のような規格外な人間がいらっしゃるとは思いませんでした≫


 うーん、俺が規格外っていうのは神の共通認識なんだよな。みんなで示し合わせてモブキャラを甚振るってのはあんまり現実的じゃないし、やっぱり揃いも揃って勘違いしているって説が一番信憑性がありそうだな。


「……本当にトリカブト様なのですか?」


 ≪……貴女は?≫


「トリカブト教で闇枢機卿ダーク・カーディナルをしております、魔王軍幹部のクリュールエ=ファナティックでございます」


 ≪……私の信者なのですね≫


 神様と信者が対面するってのは珍しいことだからね。

 神様には信者一人一人を神界から見通すことはできないし、一部の例外(主にウコン)を除いて管轄者の立場を守り、地上に降りて干渉することはない。


 一方、信者側も神様に実際に会うことはない訳だから、本来の神様の姿とは乖離したものになってしまう。

 ミント正教会の女神ミントなんかはそうだったな。全知全能の究極神みたいに言われていたけど、実際は少し器用なだけの、普通のオフィスにいそうなOLさんって感じの優しい人だし。……脳筋なウコンと変態なオレガノのいる神界がもし仮に浮世離れした者達の巣窟なら貴重な真面要因だと思うよ。


『――姫様、お美しくなられて』


「……ナーガラージャとスフィンクスですね」


 なんか突然入ってきた金髪の執事然としたナイスミドルとエジプト風の衣装を纏った美女……誰かと思ったけど黄金龍王ナーガラージャ獅身女面スフィンクスだったんだね……ってか、人間体になれたんだ。


「そういえば、トリカブト様は何故アルファス大墳墓にいらっしゃるのですか?」


 何故、自分達の信仰する女神が地上に降臨してアルファス大墳墓に引きこもっているのか、クリュールエが疑問に思うのも仕方ないだろう。


 ≪神界に居づらくなったので地上に降りてきました。……ただ、自分の仕事をしていただけですのに、同僚に『私の義妹ミントに色目を使うな!!』と全く身に覚えのないことで因縁をつけられ、それから毎日嫌がらせをされ始めましたので……それで地上に降りましたらナーガラージャとスフィンクスに会いまして、ここで匿ってもらっていたのです≫


 ……地上には魔獣が犇めいているからね。いくら神といえど戦闘系の力を持っていなかったら戦えないし。

 いや、本当にいい魔獣達に巡り会えたんじゃないかな? ……というか、本当に魔獣だよね?


「ところで、トリカブト様はこれからどうなさいますか? オレガノ様については後でフルボッコにしておくので、今後変な難癖をつけられることはないと思いますが……。それと、俺の一存で決められる範囲の話ではありませんが、ナーガラージャ様とスフィンクス様に神界にお越し頂くというのはいかがでしょうか?」


『――! 我らも姫様について行ってもよろしいのでしょうか!!』


 ≪私の一存ではない決められませんが、掛け合ってみます≫


「俺も微力ながらお手伝いさせて頂きます」



 結論から言うと、ナーガラージャとスフィンクスはトリカブトと共に神界に行くことが認められた。

 オレガノについてはよく釘を刺しておいたし、ナーガラージャとスフィンクスが睨みを利かせてくれているので問題ない筈だ……流石にあの二体と敵対する覚悟はオレガノにはないよな。


 地上に召喚したミントとウコンに後のことはお願いして、俺達は魔王領アクゼリュスに戻ろうとした訳だが、トリカブトに使ったメイク道具とスキルに興味を持った白崎達にメイク道具一式と【散髪技理】と【メイクアップ技理】を渡すことになった。


 さて、気を取り直して魔王領アクゼリュスへ。


 謁見の間でクリュールエと正対した。


「書状の件は了解しました。……草子様、トリカブト様をお救いくださったことには感謝しています。しかし、それとこれとは話は別――魔王城の結界を守るために全力で戦わせて頂きます」


「手加減は不要ですよ。殺すつもりで来てください」


【――システム起動。《神代空間魔法・夢世結界》の発動、完了しました。耐性及び無効スキルの無効化、超越者デスペラードの優位性無効化、HPゲージの表示完了しました】


 中空に画面が生まれ、エンリの姿が映し出される。


「能因草子、推して参る!!」


「魔王軍幹部クリュールエ=ファナティック、全力を尽くして迎え撃ちます!」


 クリュールエは闇枢機卿ダーク・カーディナル――どう考えても戦闘向きではないが、果たしてどんな攻撃を仕掛けてくるのか。


「【傀儡之王】!!」


 ちっ、いきなりか!! 老害タブレットにあったチートスキルの中で唯一会得も代用スキルの獲得もしていない【傀儡】の上位互換!!


(〝聖祈之祝福セイクリッド・ブレイクスペル〟)


 心の中での詠唱も簡略した【神聖魔法】の無詠唱発動で【傀儡之王】を無効化する。


「……ならば、これならどうでしょう!! 【傀儡之王】」


 今度は俺を対象に、ではなく隠し持っていた無数のナイフに【傀儡之王】を掛けてきたか。

 【傀儡之王】で物理法則を無視して攻撃を仕掛ける……軌道を読みづらい上に的が小さいから止めるのは難しそうだ。


「七星流絶剣技 破ノ型 輔星――究極挙動」


 だが、俺にも打てる手はある。神威を込めた三十五連撃の嵐――抜けられるか!!


「そんな……あれだけのナイフを全て落とすなんて!」


「これで終わりですか? なら、次はこちらから参りますよ!!」


「〝漆黒の闇よ、弾丸の雨を形作れ〟――〝常闇の弾嵐ダークネス・マシンガン〟」


 闇属性中級魔法――無数の弾丸を作り出して敵を攻撃する〝闇の弾丸ダークバレッド〟の強化版か。


「〝全ての魔法を粉砕せよ〟――〝マジカル・デモリッション〟」


「――ッ!! 魔法を無効化する魔法――そんなの聞いたことない!!」


 あっ、久々に聞いたな、その台詞。そういえばないんだっけ? 実はこれの強化版もあるんだよね。〝三叉分解-Trident-〟っていう名前の。


 さて、今回は接近戦で勝ちに行きますか。

 エルダーワンドを皮の袋に戻し――。


 ――息を吸う。


 普通の呼吸ではない。途方もなく長いと錯覚させるような摩訶不思議な深呼吸。


 ――息を吐く。


 吸った時と同じくらいの長さで、肺にある全ての空気を押し出すのをイメージして。


「【転移ノ王】、からの――【浸透気術】」


 プラーナを掌に収束して、そこから掌底でクリュールエにプラーナを打ち込む。

 HPゲージが一瞬で吹き飛んだ。


 ――クリュールエ撃破。



「約束通り、魔王城の結界を解除致します。……やっぱり魔法主体の私では他の魔王軍幹部の皆様のように戦えませんよね……」


 クリュールエは自嘲めいた表情を浮かべながら城の奥へと向かっていく。

 ……う〜ん、俺はクリュールエが弱いとは思わないけどな。ステータスを見て対処法を考える余裕と、状態異常を回復できる【神聖魔法】があったからこそ勝つことができたのであって、そのどれが掛けても一発目で完全敗北していた。


 ……ところで。


「そういえば、いつもならこの辺りで魔法少女が仕掛けてくると思うんだけど」


「今回は未だ見たらず」


『……いつもこのタイミングで来るのかい? というか、よく強力な魔法少女と戦うのに平然としているリプね?』


「いや、まあなんとかなるでしょう? もう四回も撃破しているからね。……しかし、このまま同じパターンで攻めてくるのかな? いい加減強化してきてもいいと思うんだけど」


「草子さん……普通は敵の弱体化を願いますよね? なんで強化を願うんですか? やっぱり戦闘狂なんですか!?」


 アイリスがジト目を向けてくる……いや、俺が戦闘狂な訳がないだろう! 本好きを拗らせた変態の上に戦闘狂とか、もうイセルガ以上の変態じゃないか!!


『だ、誰ですか! まさか、書状にあった魔法少女!!』


「……噂をすれば。ちっ、クリュールエさんを狙いに行きやがったか。……超越者デスペラードじゃない聖さん達は完全に足手纏いだからみんなはここで待っていてくれ」


 白崎達が何か言いたげだったが、今は一刻を争う事態だ。

 【疾走ノ王】を発動してクリュールエの声が聞こえた方へと走る。


 ……ここは……魔王城の結界の制御を行う区画か。


 クリュールエと正対する少女はエルフのような見た目……衣装もエルフだけど、こんなところにリーファ以外のエルフがいる確率は限りなく低いし、やっぱり魔法少女だな。


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NAME:魔法少女シンフォニア

LEVEL:999

HP:999999/999999

MP:999999/999999

STR:999999

DEX:999999

INT:999

CON:999999

APP:999

POW:999999

LUCK:999


JOB:魔法少女


SKILL

【音響聖女】LEVEL:9999

→音を使って敵と戦うよ!

【ジュドヴァ=ノーヴェ語】LEVEL:10

→ジュドヴァ=ノーヴェ語を習得するよ!


BATTLE SONG

→Ver.1.61.81.03.39。絶唱ファイナルソング搭載。


ITEM

-----------------------------------------------


 ……うーん。フラグが回収されたってことかな?

 待ってましたとばかりに強化してきているんだが……てか、BATTLE SONGって何!? 絶唱的な奴なの!! ……というかあれって魔法少女じゃないと思うし、名前的には戦詩バト●ソングの方だよね……でも、戦詩バト●ソングのようなスキル追加ではないみたいだけど。


「初めまして、シンフォニアと申します。――能因草子殿、貴方を消すために参りました」


「素敵なLOVE CALLをどうも。ですが、丁重にお断りさせて頂きます。……森●音楽家みたいな魔法少女ですね。使用するのは音ですか……魔法少女カリカチュアの【色彩聖女】と組み合わせれば視覚と聴覚を封じることができそうだ。貴女を倒して、その力――奪わせて頂きましょう!!」


 胸元につけられた音符のように見える形の石――プリンセスジュエルが眩い緑の光を放つ。

 瞬間、俺は悪堕ち魔法少女の結界に引きずり込まれた。



【三人称視点】


「お疲れ様です、紅葉さん」


 魔王領の一角――四天王が所有する城郭都市の一つの城で、ブルーメモリア――ユークリッド=フォゲタルは城を保有する魔王軍四天王――橋姫紅葉の魂を持つ存在に労いの言葉を掛けた。


 紅葉は魂を交換した相手――つまりこの身体を持つ存在の名前で呼ばれる。

 そもそも自身の中身が異世界人であることは親しい間柄にあるブルーメモリア以外には明かしていない。

 普段は体の所有者――██████の名を名乗っており、紅葉の名で呼ばれるのはブルーメモリアと近況報告と銘打った女子会(と呼ぶには些か物騒且つブルーメモリアを女子と呼べるから微妙だが)をしている時だけである。

 紅葉はそれだけブルーメモリアを信頼していた。


 ブルーメモリア――ユークリッドの出自はクライヴァルト王国の男爵家だ。

 しかし、フォゲタル男爵家は父親の代で没落。圧政により領民から怒りを買っていたフォゲタル男爵家は領民の反乱により当主と長男が死亡、妻、長女、次女、三女は娼婦落ち、次男は肉体奴隷落ち、そして可愛らしい見た目だった三男のユークリッドは男娼落ちする筈だった。


 そんな絶体絶命の状況の中、奇跡のような出来事がユークリッドを救うことになる。

 コピーのフリズスキャールヴを討伐した開闢の魔法少女クレアシオンが、偶然ユークリッド達を乗せた馬車の近くを通りかかったのだ。


 そんなバカなという御都合主義にすら思えてしまう話だが、その偶然が実際に起きた。

 クレアシオンは気まぐれで馬車を破壊し、囚われていた奴隷達を救った。そして、助けた奴隷達に願いを尋ねたのだ。


『――私は、私を奴隷落ちさせた全ての人達に復讐したいです』


 大半の者達が異口同音で同じ様なことを口にした。しかし――。


『復讐なんてどうでもいいです。僕はそんなちっぽけなことのために生きたくはありません。僕は、紅麗亜紫苑さんのような力が欲しい。――この世に存在するありとあらゆるものは研究されるために存在している!! そして、僕はその全てを研究し、解き明かしたいのです!! 例え、如何なる犠牲を払おうともそれは大いなる知の探求のための尊き犠牲――この世界は僕の実験場、僕はこの世界の全てを解き明かすために生まれたのですから!!』


 ユークリッドは生まれた時から頭のネジが外れていた。

 屋敷に引きこもり、魔獣を解剖するなどの様々な実験をしていたため、以前から変わり者と思われていた。

 だが、ユークリッドは変わり者などという言葉で片付けてはならない危険な存在だったのである。


 そんなユークリッドにクレアシオンは惹かれてしまった。

 気づいた時にはその少女のような美しい少年から目が離せなくなっていた。


 クレアシオンはユークリッドを魔法少女に変え、その技術を伝えた。

 紅葉とユークリッドが出会ったのはそれから数年後――クレアシオンの紹介で魔王領を訪れた時だ。


 紅葉とユークリッドは会った瞬間――自分達が同族であることを理解した。

 それからずっと紅葉とユークリッドは自分達の知識欲を満たすために共に行動を続けている。


 その関係は友達などという距離が遠いものではなく、親友であっても明らかに足りず、恋人より深い――一心同体のような無くてはならない存在である。

 もし、ユークリッドが死ねば、紅葉が死ねば、残された方は激しい喪失感に囚われるだろう。


 常に魔王軍四天王の██████を演じている紅葉――そんな彼女にとって、親友と楽しくお茶を飲みながら本音で話せる時間が何よりも楽しいものだった。


「魔法少女に関してですが、能因草子と相対した個体はいずれもロストしました。魔法少女マルミットに関しては生存しているようですが、既に超越技の対象からは外れています」


「つまり、第一世代は全滅したってことかな?」


「そうなりますね。まあ、予想通りですが」


 紅葉もブルーメモリアも第一世代の魔法少女で草子を止められるとは考えていなかった。

 相手は直接・間接問わずヴァパリア黎明結社に大きな打撃を与えてきた能因草子――彼と相対したヴァパリア黎明結社の部門長クラスは例外なく死を迎えている。


「そろそろ第二世代――闘歌バトルソングを組み込んだ個体を投入してみましょうか?」


 闘歌バトルソングとはヴァパリア黎明結社異世界カオス外調査部門連が持ち帰ったとある異世界で確認されたシステム群だ。バージョンは1.61.81.03.39。

 御尊主と呼ばれる存在によって広められたもので、広められてから結構な時間が経過しているようなのでアップデートされている可能性が高い。

 絶唱ファイナルソングと呼ばれる出力を最大にする代わりに命を削る状態が存在する。


 ブルーメモリアが掴んでいる大まかな闘歌バトルソングの情報はその程度だ。


 ブルーメモリアはこのシステムを異世界の様々な魔法少女の要素を組み込んだ第一世代にインストールし、第二世代とした。

 現在は別の世界の魔法少女が持つステッキを解析して作り出したオリジナルのステッキを持った第三世代までが作られている。


「ところで、《惡の種子ヘレティック・シード》の研究はどうなっているのかな?」


 《惡の種子ヘレティック・シード》とは魔法少女研究の集大成として生み出された物質だ。

 ソウルハゥトやプリンセスジュエルのような魂を抜き取って加工する技術を拡張し、魂を元に強大な力を持つ存在を作り出すことが可能となった。


 そして、この技術こそが紅葉達が目指していた魔法少女に成らずとも闇堕ちの状態を作り出す技術なのである。


「既に拉致した平民の魔族で実験を行いましたが大した成果は挙げられませんでした。強くてもせいぜい悪堕ち魔法少女と同等程度……ただ図体がでかいだけの木偶の坊です」


「えっと……なんだっけ? あの人間の勇者とその仲間、後傭兵の魔族にはまだ試してないの?」


「下手に暴走されても厄介ですからね。とりあえず、まずは勇者の仲間を使って実験を繰り返して安全性を確認してから、勇者と魔族の傭兵で試してみようと思います。……まあ、今までの実験で強い妄執を持つ強者である場合、より強い個体が生まれるようなので、野心家のサウロンや腐っても人間の勇者であるアズール辺りからは強力なものが作れると思いますよ。他の被験体も記憶操作でドーピングすればそこそこの成果は挙げられると思います。……しかし、なかなか上手くいかないものですね。理論上、解脱も可能だと考えてはおりましたが、 なかなか思い通りにはいきませんね」


 解脱――本来は【調息】などの内丹術を極めた末に仙人に至ることを指す。

 当初はお伽話の産物かと思われていたが、ユェンが【調息】と人知を超えた修行の果てに至ったことでその存在が証明された。


 本来、解脱を成功させるためには何十年もの修行して肉体を捨てる必要がある。

 ユェンは五万年もの時間をかけて【調息】を使って肉体を少しずつ変えていったため、最短距離で修行をしていない遅咲きではあるが、存在するかすら定かではなかった解脱の証明をしたということで功績は十分。


 部門長の中でも筆頭クラスの領域に至ったユェンはもし今、七賢者のいずれかの席が空席になればすぐにでも座ることができると結社内では噂になっている。


 ちなみに、お伽話には真っ当な修行を経て仙人となった真仙と、死後死体を屍解して肉体を消滅させ仙人になる尸解仙の種類が存在し、真仙のうち天に昇った存在を天仙、名山で修行し天仙を目指す地仙の二種類が存在すると言われているが、ユェンはそのどちらにも属さない。


「まあ、ユェンが何万年も掛けた行程をショートカットにショートカットを重ねてインスタント解脱をしようって考えだからね。ボクもそんな簡単に上手くいかないとは思っていたよ。それに――」


「「――そんなに上手くいったら面白くない!」」


 紅葉とブルーメモリアは全く一緒の考えに至った互いを見てくすくすと笑った――やはり、ボク達の相棒は橋姫紅葉ブルーメモリアでなくてはならない。


「それじゃあ、ブルーメモリア。後のことは頼むよ。――ボクは姫様のところに行ってくるよ」


「……また、子守ですか。大変ですね」


「まあね。本当に世間知らずのお姫様だよ……全くこれが次期魔王とはね。まあ、彼女が魔王に即位することはないだろうけど」


「今代の魔王は割と切れ者ですからね。他の頭の悪いトップと違って僕達も動き辛い……早急にトップを挿げ替えた方がいいかもしれませんね」


「まあ、もうしばらくは道化を演じていてもらおう。……挿げ替えはいつでもできるからね」


 飲み干したカップを持ち、紅葉は席を立った。


「……紅葉さん、少しいいですか?」


 ブルーメモリアに呼び止められ、紅葉は不思議そうにブルーメモリアの方に視線を向けた。


「もし、僕が死んでも紅葉さんは己の研究の道を進んでください」


「……どうしたんだい? そんな縁起でもない話」


「……相手はグラン=ギ・ニョールとジェスター=カンパネラを殺し、ダニッシュの死にも間接的に関与した相手です。万が一ということがあります。……紅葉さんは、もし僕が死んだら仇を打とうとしますよね?」


 ブルーメモリアは確信していた。何故なら、ブルーメモリアは紅葉が殺されたとしたら頭に血が上って仇を討つために戦うからだ。

 ブルーメモリアと紅葉は互いになくてはならない存在――比翼の鳥や連理の枝のような一心同体の関係にある。

 半身を喪う辛さは、自身が死ぬ恐怖に勝る。


「……そうだね。ボクも君が殺されたとなれば絶対に敵を許さないだろう。……でも、君はボクに君の敵討ちをさせてくれないんだね……なら、それは逆のパターンでも同じだ。ブルーメモリア――もし、ボクが殺されても君は足を止めてはならない――ボクを見捨て、研究の道を突き進んでいってくれ。ボクと君は一心同体――ボクは常に君と共にその道を歩み続ける」


 紅葉はブルーメモリアに優しく微笑みかけ、その場を後にした。



 冷たい――異世界カオスには地球という異世界の文化を取り込んだ超帝国マハーシュバラを含む一部の場所にしか存在しないコンクリートで作られた牢獄。


 その牢獄に、勇者アズール一行――アズール=アージェント、ナナディア=ギュールズ、リューズ=ヴァート、ジェームズ=アーミン、メイヴィス=オーアとサウロン=ゴルサウアが隣同士で別々の牢に放り込まれていた。


 最初こそ、アズールは隣にいる勇者と敵対する存在――魔族に対して強烈な敵意を向けていた。

 しかし、すぐにそれも失せた。


 アズール達は囚われの身だ。最早、勇者として魔族と戦うことはできない。

 それに、勇者や魔族という次元では語れない――そんな異次元の存在にアズール達は拘束されてしまった。


 自分達は今まで何をやってきたのか。そんな無力さに苛まれる。


「…………おい、魔族」


「魔族って呼ぶな。俺にはサウロンっていう立派な名前があるんだよ、勇者サマ」


「勇者サマじゃない! アズール=アージェントだ!! おい、魔族――脱獄は無理なのか?」


「魔族じゃね……もういいよ、魔族で。どうせお前らニンゲンサマには魔族がどれも同じに見えているんだろ? それに、ニンゲンサマのちんけな脳みそおつむじゃ、名前も覚えられねえよな。……脱獄ってならお前ら勇者サマ御一行様の方が得意なんじゃねえの? 俺は一介のフリーランスだ。魔王軍幹部のような大きな力は持ってねえよ。まあ、手柄を立てて将来は幹部や四天王にもなれるはずだったんだけどよ……あのお方の力ならな」


「……野蛮な魔族の方こそ記憶力がないんじゃないのか? で、誰なんだよ、あのお方ってのは? お前を出世させてくれるはずだったんだろ?」


「てめえ、あのお方ってのは……あのお方ってのは……ああ、誰なんだよ!! ちっ、記憶が曖昧だ。俺はアイツらに依頼されて【猛獣使い】を使ってオログ=ハイを支配してミンティス教国に攻撃を仕掛けて……失敗して……ああ、依頼してきた奴が誰だったかも覚えてねぇ!! もう、なんだよ、一体! 俺は一体何を間違えたんだよ!!」


 ただ、出世したかった。誰よりも優れた自分が一兵卒からスタートするなんてあり得ない、だから幹部に取り立ててくれるという者達の話に乗った。

 そして、その結果が牢獄の中だ……記憶の曖昧さも相まって、サウロンの感情は乱れに乱れまくっていた。


「……なあ、アズール。もし、コンスタンスがいたらこの状況を打開できたかもしれないな」


 極度の負けず嫌いで、誰よりも頭が回るコンスタンスならば、この状況の打破の方法を思いつくことができたかもしれない。

 だが、そのコンスタンスはこの場にはいない。他ならぬアズール達が追い出した。


「……経理やギルド相手の事務仕事、味方の強化バフ弱体化デバフに、MPの管理――全部コンスタンスさんがやってくれたから僕達は楽に戦えていた。……失って初めて気づいても、もう仕方ないな」


 囚われの身になった今、コンスタンスを呼び戻すことはできない。

 まあ、囚われていなくてもアズールとメイヴィスはコンスタンスの再加入を認めないだろうが。


(あ〜ぁ、これならあの時にコンスタンスさんと一緒に脱退しておけば良かったな。こんな泥舟なら乗っていても意味がないし)


 ジェームズはアズール達に賛同したかつてのジェームズを一発ぶん殴りたい衝動に駆られたが無理な話。


「〝真紅の炎よ、火球となって焼き尽くせ〟――〝劫火球ファイアボール〟」


 なけなしの魔力で弱々しい火球を作り出して放つも、コンクリートには焼け跡すら付かなかった。

 最早、コンクリートですらないのかもしれない。


「……ねぇ、アズール。わたし達、死んじゃうの?」


「大丈夫だよ、メイヴィス。必ず俺が助けるから」


 この期に及んでまだ自分の無力を理解せずに二人だけの世界を構築しているバカップル(真の意味で)にナナディア、リューズ、ジェームズ、サウロンの四人は揃ってジト目を向けた。


「いやぁ、そう簡単に脱獄とかされても困るんですけどね。取らぬ狸のなんとやら――脱獄してからイチャラブしてもらいたい……正直見ていて腹立つし。いや、別に彼女が欲しいと思ったことはないよ? 僕にとっては研究が彼女だからね」


 巨大なハサミを持ったフリルを大量にあしらい、中央の大粒の青い宝が印象的なトップスとミニスカートを纏った少女が、いつのまにか牢獄の中に立っていた。


「……あの、彼氏の間違いじゃないのですか? ちなみに、僕でよければ……勿論、お友達からで」


「いや、生憎と男と付き合う趣味はないんだよね。見た目はおにゃのこでも、中身はオトコノコのつもりなんで」


 リューズの軽いジョークに少女――ブルーメモリアも軽く返答する。

 ナンパが趣味で女癖が悪く軽薄な盗賊シーフ(NTLの意味で)のリューズだが、今回ばかりは自慢のポーカーフェイスにヒビが入り、冷や汗がダラダラ流れていた。


「別に緊張する必要はないよ? 僕は別に怪しいものじゃないし。強いて言うなら正義の魔法少女――貴方達が恨んでいるコンスタンスだっけ? 元の仲間に復讐する機会をプレゼントしてあげるし」


「……いや、俺達は別にコンスタンスを恨んでなんか」


「ナナディア君だっけ? 貰えるものは貰っておいた方がいいと思うよ。――君達勇者パーティは追放した付与術師エンチャンターのコンスタンスさんに復讐され、命からがら逃げてきた――そういう設定なんだからね。……お前らの意見なんて聞いてねえんだよ。どこの実験器具が研究者に口答えするんだぁ? まあ、心底どうでもいいけど。で、用事があるのはそこのお花畑な勇者様と治癒師、フリーランスの三人ではないのは確実だね。……う〜ん、とりあえずジェームズ君、君に決めた! ――上映Screening開始started


 記憶がフィルムのように取り出され、切り貼りされ、ジェームズの記憶が書き換えられていく。

 ブルーメモリアが描いたシナリオに合わせて。


「そして、これで完成」


 気を失いかけたジェームズの腹に思いっきり鉄拳をお見舞いし、口が開いたところで黒い種子を放り込んだ。


 ――ドクゥン、ドクゥン。


 奇妙な脈動と共に口から黒いの煙が飛び出す。

 その煙はやがて一つの形を作り上げ――。


『――コンスタンスッッ!! 僕は僕達の平穏にちじょうを壊したお前を絶対に許さねえェェェェ!!』


 耳をつんざくテレパシーの嵐に、アズール達は衝撃を受けた。あの大人しく思慮深いジェームズがこれほど激情を見せることなど一度も無かったのだから。


「う〜ん、ここまで自我を保っているのは初めてだね。魂の強度が高いのかな? 腐っても勇者パーティだし。とりあえず、《災神級ディザスト・ゴッデス》とでもしておこうか」


 《下級レッサー》、《中級インタミーディアト》、《上級シニア》、《弩級ドレッドノート》、《要塞級フォートレス》、《災禍級ディザスター》――ただ巨大化していた今までの被験体とは異なり、今回の個体は小さいながらもこれまで以上の力を持っていた。

 更に明瞭な自我を持っている。


 ブルーメモリアは実験の成功を確信するとジェームズをお姫様抱っこで抱え――。


「この人は貰っていくよ。どうも本体と《魂化者スピリタス・メタフィジカル》は一定距離以上離れられないみたいだからね」


 ブルーメモリアは不敵に笑うと、その場を後にした。

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