【三人称視点】魔族の勇者

【高野聖視点】


 異世界生活百三十九日目 場所ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国、ポテムの村


「まさか、人間の勇者一行に料理を出す日がくるなんてねぇ」


 魔族にとっては不倶戴天の敵である筈の人間――そんなあたし達に料理を出すというのは、魔族からすれば非常識な行動。


 でも、シュノアさんは敵である筈のあたし達を少しも邪険に扱わずに美味しい料理を振舞ってくれたし、ポテムの村の村人からも敵意を向けられることは無かった。


「……いいんですか? 魔族にとって人間やエルフは憎い相手なんじゃ……」


「本当に嬢ちゃん達は草子さんの仲間なのか? あの人は『種族の違いは見た目だけ。その程度の違いを理由に争いたいなら好きなだけ争ってろ』って言ったんだ。……草子さんは女将さんの息子さんと娘さんを厄災から守り抜いて、この村まで連れてきてくれた。俺達魔族が人間を憎んでいることを知りながら、それでも二人を守ってこの宿まで送り届けた。……石を投げられても決して反撃せず、自分達ではなく二人を傷つけられたことに憤りを覚えていた。あんな優しい人は魔族にも人間にもそうはいねえよ。だから、俺達は草子さんの友人だというアンタ達を敵視することはない。……まあ、ある意味恩返しって奴だな。草子さんに、人間と魔族の争いがどんだけ不毛なことか教えてもらったことに対するお礼みたいなもんよ」


 困惑する白崎さんに、店にいた魔族のお兄さんはそう嬉しそうに答えてくれた。

 やっぱり草子君は草子君だな。


 困っている人がいたら絶対に見捨てたりしないし、関わりを持った人間が攻撃されるような事態になれば、誰よりも一番に怒ってくれる。

 まあ、認めないと思うけどね。草子君はツンデレさんだから。


「……しかし、草子さんの仲間だというのに草子さんと一緒に旅をしていないんですね?」


 キールは悪気があって質問した訳ではないと思うけど、あたし達にとってかなりのダメージなのよね、その話題……。


 あたしはキールさん達に事情を話した。……あの、草子君に敗北した日のことを。


「…………いくらなんでも、お姉ちゃん達が可哀想だよ!! いくら草子さんでも許せない!!」


 シュオンさんが我が事ように怒ってくれた。……嬉しい、嬉しいんだけどね。あれは、決して草子君が悪い訳じゃないのよ。


「草子さんってやっぱり優しい人ですね」


「キール君、なんでそういう話になるんだ? 草子さんは想いを寄せている白崎さん達をボコボコにして捨てたってことだろ? 飽きたら捨てるヤリ捨て野郎ってことじゃないか?」


「お母さん、ヤリ捨てって?」


「シュオン、まだ知らなくていいことよ」


 ……う〜ん。草子君との関係って身体の関係まで進展するどころか、全く進んでないし、そもそもガードが固すぎて攻略できるかすら不明なんだよね。


「……好きだから、大切だと思うからこそ完膚なきまで叩きのめすことで自分のことを最低の人間だと認識してもらいたかった。もう、これ以上関わらないで欲しいと思った……草子さんは草子さんの大切に思う仲間を巻き込みたくなかったから、あえて敵として振る舞ったんじゃないですか?」


「キールさん、あたし達もそう思ったわ。草子君が私達に敵として、圧倒的強者として対峙したのはミンティス教国を巻き込んだ戦争終了後……あたし達を守りながら戦うのが無理だときっと草子君は判断したんだと思う。……悔しいよ。草子君の力になりたいって思って頑張ってきたのに、追いかけても追いかけても草子君は先に行ってしまう」


「……それに、草子君と私の目的――目指す場所が違った。私達は元の世界に帰らなくてもクラスメイトを再興できるのなら、この世界で一生を終えてもいいと思っていた。この温度差が決定的な溝を作ったんだと思う。……高校の頃、草子君は本当の意味でクラスメイトでは無かった。この世界に来て、私達は本当の意味で互いを理解し、知り合えた。……クラスと草子君……あの戦いで敗れるまでは二つを天秤にかけられなかった。でも、今は違う。私はもう、クラスの委員長ではない。私は草子君の隣にいたいし、どこまでもついて行きたい。この気持ちを正直に伝えてもう一度、草子君からチャンスをもらいたい」


 やっぱり白崎さんは強いな。本当に強敵だ。

 あたしは草子君と最も一緒にいたから、草子君のことを一番理解していると思っているけど、白崎さんもリーファさんもロゼッタさんもあたしなんかより断然美人さんだし、沢山魅力があるし……。



【三人称視点】


「青春ね。……こんなにも沢山の女の子達に慕われるなんて、草子さんも罪な男よね。まあ、慕われる気持ちも何と無く分かるけど」


「……う〜ん、ボクは草子君が白崎さん達のことをそんな風に考えているとは思わないけどな」


「一ノ瀬さん、またそんなこと言って。……私達だけでは不満なのかしら? 私、一ノ瀬さんのことを優しくて素敵な人だと思っていたけど、そんな風に草子さんを貶めてばかりの最近の貴方は少し……いえ、相当嫌いだわ」


「…………えっ」


 ゼラニウムの突然の告白に、元一ノ瀬パーティに激震。

 白崎達を手に入れることに一生懸命になるあまり前が見えなくなっていた一ノ瀬は、自分の中でゼラニウム達が好きでいてくれることが最早当たり前になっていることにようやく気づいた。


 ゼラニウム達は一ノ瀬の優しさに触れ、好意を寄せるようになった。

 だが、今の一ノ瀬は果たして彼女達が好意を寄せる一ノ瀬梓なのだろうか?


「……ところで、キールさん。その滅却を齎す聖魔剣カレトヴルッフという聖剣は草子さんから貰ったんですよね?」


 一方、レーゲンはキールの持つ滅却を齎す聖魔剣カレトヴルッフに興味を示していた。


「……レーゲンさんは本当は僕が草子さんの知り合いじゃないのかと疑っているのですか?」


「翠雨君、どこに疑う余地があるの? キールさんが草子君と知り合いじゃなかったら、僕達がポテムの村でここまでの厚遇を受けることは無かった筈だよ?」


「いや、キール君が本当は草子君の知り合いじゃないかって疑っている訳じゃないんだ。ただ、もしかしたら僕が存在意義を失う可能性があるから、聞いておきたくてね。……草子君は沢山のスキルを持っていたけど、複数の剣を組み合わせて武器を作る時は僕の【創剣】というスキルで一旦剣の形にしてから草子君が【錬成】で武器の形を変えていた。……でも、僕がいなくても剣を作れるということは……」


「翠雨、別に草子さんはお前に頼まなくても武器を作れたんじゃねえか?」


「……照次郎君、翠雨君がボディーブロー喰らって打ちひしがれちゃっているよ?」


 レーゲンは密かに草子に武器を作る際に協力できる唯一の存在であることに強いアイデンティティを持っていた。

 そのアイデンティティを破壊する可能性があったのが、キールの持つ滅却を齎す聖魔剣カレトヴルッフだったのである。


「レーゲンさん! 他にもレーゲンさんにしかできないことがきっとある筈です!」


「…………キールさん、ありがとう。……多分、僕にしかできないことがある……よね? ある、のかな? きっと……あ……る? あはは……」


「おい! 翠雨、戻ってこい!!」


 レーゲンを必死で揺する照次郎だったが、レーゲンの目に生気は戻らない。相当なダメージだったようだ。


「それで? 白崎さん達はこれからどうするんだい?」


「草子君を追いかけるつもりですが……日にちが経っているのでこのまま追いかけても追いつけそうにないですね。せめて、草子君の動きが分かれば」


「それなら分かりますよ? 草子さんは魔王領バチカルに向かいました。この一帯を治める魔王軍幹部ヘズティス様と戦った筈なので、そのヘズティス様に聞けば情報を掴めると思います」


「……草子君なら魔王城に直接攻め入ることもできるんじゃないかしら?」


「柴田さん、その可能性は限りなくゼロに近いと思います。草子さんは例え不必要だと思っても手順を踏んで行動するタイプです。魔王軍幹部を倒すことで結界が解除されるのなら、正面から魔王軍幹部と戦う……草子さんはそういう人です。……となると、草子さんが魔王領バチカルの次に向かうとすれば……」


「レーゲンさん、ここからだと魔王領エーイーリーか魔王領キムラヌートかな?」


「「――!!」」


 シュオンの言葉を聞き、ロゼッタとレーゲンの脳裏に電流が走った。


「……なるほど、草子君からそう動くわよね」


「ロゼッタさんも気づいたんですね。流石ですね」


「たまたまよ。千佳さんは魔術にも興味を示していたから、色々と教えてもらったことがあった。それがたまたま今回の鍵になっていたってことだよ」


「……ロゼッタさんもレーゲン君も分かったんだね」


 白崎には二人がどのような法則で草子の動きを予測したのかさっぱり分からない。

 白崎は地球にいた頃からそれほど漫画やアニメ、ライトノベルなどに触れていなかった。


 地球なら無駄知識と片付けられてしまう知識。しかし、この異世界カオスにおいては無駄だと考えられていた知識が役立つことが多いにある。


 異世界カオスはメタ的な視点で世界を解析するのであれば、オタク知識と呼ばれるものを極めている必要があった。

 その最たるものが能因草子という知識の化け物であり、彼の強さの根幹には読み込んできた多くの作品の知識が存在している。


「……あっ、あたしも分かったわ。קליפותクリフォトね」


「「「「「あっーー!!!!」」」」


 聖の出したヒントでようやく志島、一、眞由美、一ノ瀬、メーアのオタク組が正解にたどり着いた。

 白崎達残りメンバーは時間切れとなった。


「魔王領の外郭は魔王領バチカル、魔王領エーイーリー、魔王領シェリダー、魔王領アディシェス、魔王領アクゼリュス、魔王領カイツール、魔王領ツァーカブ、魔王領ケムダー、魔王領アィーアツブス、魔王領キムラヌートの十個の魔王領で構成されているのよね? これって、ユダヤの神秘主義カバラにおける悪の勢力もしくは不均衡な諸力を表す概念――邪悪の樹の球体と同じ名前じゃないかしら? と思ったのよ。場所の配置は違うけど番号通りに動けるような配置になっているし、草子君ならそういうの気にすると思って」


「……まさか、聖さんに先に答えられてしまうとはね」


「えへへ。実はあたし、怪談から発展して魔術とかも調べていたのよね。呪いとかも一緒に。幽霊になって脅かしてみたいなって思っていたし。……まあ、期せずして幽霊になっちゃったし、しかもダイナミテーまで使ってダブルで驚かせようとしたのに、草子君には効果無かったし、【威圧】使われて正座させられちゃって……それから英語とフランス語で職質されて……どう見ても大和撫子よね、あたし?」


「……失礼ながら聖様、使徒天使の身体に憑依していては大和撫子であると証明できないと思われます」


「そっ、そうね……『これでどうかしら?』


「す、素晴らしい!! 女性に必要なのは美しさでは断じてない!! 可愛さ、ただそれだけなのでございますよ!! 嗚呼、身体が無いのが残念でなりません。その美しい濡羽色の黒髪! 白磁のような滑らかな白肌! 可愛らしく見開かれた双眸! 小ぶりの鼻! 若々しい潤いを含んだ薄桃色の唇! そう、美少女こそが正義!! 私の求める幼女ではありませんが、許容範囲内!! 嗚呼、本当に残念でなりません!!!!」


 幼女好き変態執事イセルガの爆弾発言で店内は衝撃の嵐となった。

 

 恐怖に震えるシュオン、シュオンを守るようにイセルガと対峙するキール、お店の奥へとシュオンを連れて行こうとするシュノア、生理的嫌悪感を感じる聖と男性恐怖症が更に悪化したジュリアナ、そして…………。


「イセルガ…………勿論、分かっているわよね」


「お嬢様? 今日という今日は、私の趣味の崇高さを理解して頂きますよ! 幼女 is 正義ジャステイス! 幼女 is 正義ジャステイス! 幼女 is 正義ジャステイス!!!」


「…………〝汝の精神に、今こそ刻みつけよ、拭い去れぬ恐怖を〟――〝恐怖幻影テラービジョン〟」


 狂気の叫びを上げるイセルガは突如くずおれた。


「…………皆様、私のダメ執事がご迷惑をおかけしました」


「……イセルガさんのことは、ロゼッタさんが謝ることじゃないと思うわよ?」


「いえ……私の責任ですわ。こんな危険な男だと気づかずに拾ってしまった子供の頃の私が悪いのです……責任を持って私が見張るべきでしたが、こんなことになってしまって」


「聖さんの言う通り、ロゼッタさんのせいではありませんよ。……えっと、草子さんが既に魔王領エーイーリーに行っている可能性が高いとして、このまま魔王領エーイーリーに向かうよりも先に魔王領バチカルに向かわれたらいかがでしょうか? 魔王領バチカルには各都市とを繋ぐ乗合馬車があります。純黒馬ダークホースという足の速い魔獣を調教師がしっかりと調教しているので、人間や魔族の足の速度よりも速い速度を出すことができます」


「ありがとう、キールさん」


「実は僕も魔王領バチカルに行く用事がありますので、もし皆様がよろしければお供させてください……と、その前にお母さんとシュオンに伝えなければなりませんが……」


 キールは懐から手紙を取り出してシュノアとシュオンに手渡した。


「えっと…………『草子殿の弟子にして、魔族で初めて勇者ブレイヴとなったキール=デスサルズ様に魔王領バチカル騎士団特別教官としてお越し頂きたい』?」


「「「「「「――えっ!!」」」」」」


「…………えっと、どこから驚けばいいのかしら? まず、キール、勇者になったのかい?」


「お兄ちゃん、勇者になったの?」


 実は心配を掛けまいと勇者になったことを家族に内緒にしていたキール。


 魔族にとって勇者とは仇敵だ。その仇敵になった魔族の少年に対して困惑や恐怖を抱くのは至極当然である。


「……恥ずかしいし心配をかけることになるから知られたくなかったんだけどね。……僕はシュオンとお母さんを《深淵の大罪アビス・シン》のような理不尽から守りたい……そのための力を求めたら草子さんが与えてくれたのは勇者の力とこの滅却を齎す聖魔剣カレトヴルッフ、そして二丁の拳銃だった。……草子さんは教えてくれた。大切なのは、その力の出所じゃない。その力で何をしたいかだって」


「……まさか、草子さんにそんなお願いをしていたなんてね。……確かにキールの気持ちは嬉しいわ。でも、私にとってキールとシュオンが無事でいてくれることが一番なのよ」


「お兄ちゃん……どこにも行かないよね?」


「どこにも行かないよ。僕が草子さんに力を求めたのは二人を守るためなんだから。……それに、手紙にも書いてあるでしょう? 『追伸、家族と一緒にお越しください』って」


「そうね……しばらくこの宿、休業しようかしら?」


「「「「「――えっ!!」」」」」


 突然の休業宣言に困惑する客達。


「……流石にそれは申し訳ないよ。すぐに戻ってくるからシュオンと二人で待っていてくれないかな?」


「シュノアさん、シュオンさん。草子さんが残したゲートミラーがあるので、すぐに戻って来られますよ」


 ゲートミラーを使えば一瞬でポテムの村に戻ってくることができる。

 距離という隔たりがほとんど意味をなさなくなるのであれば、三人の寂しさを少しでも和らげることができるだろう。


「……白崎さん、皆さん。キールのこと、よろしくお願い致します」


 その後話し合いが行われ、白崎達がキールと共に次の日に出発することが決定した。



 「魔王を倒すため」ではなく「家族を守るため」に初めて勇者になった魔族の少年――キール。


 当初勇者になったことを打ち明けた時、家族や同じ村の仲間達から困惑や恐怖を抱かれた少年が、後に魔族の誰からも認められる最強の勇者となり、そしてその妹が勇者キールの右腕としてその名を刻む大賢者アーク・パンディットとなるのだが、それはまた別の話。

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