斯くていとも容易く踏み躙られる。

【三人称視点】


 異世界生活百二十八日目 場所聖都、新神殿宮


「〝破滅の光の激流よ〟――〝ディエスイレストーム・デミニッシュ〟」


 草子の杖から光が放射され、瞬く間に白崎達全員に命中した。

 猛烈な痛みと高温、そして一桁風前の灯となったHPが白崎達を襲う。


diminishディミニッシュ……減らす・少なくする・軽んじる等の意味を持つ英単語ですわね。もしくは、ルート音と短3度、減5度、減7度で構成されるディミニッシュ・コードでしょうか?」


「薗部美華さんは博識だね。それに肝も座っている。普通、HPがレッドゾーンに突入したら怯えるよね? ちなみに、〝ディエスイレストーム・デミニッシュ〟は軽んじるの方のディミニッシュなんで」


 ロゼッタが平然とした表情を浮かべていられるのは、白崎が【回復魔法】を掛けてくれると確信しているからであろう。


「〝嗚呼、惨き戦場よ! 戦に身を投じ、生命を散らした殉教者達よ! 戦火に焼かれ焦土とかした大地よ! せめて、せめてこの私が祈りましょう! いつまでも、いつまでも、祈り続けましょう〟――〝極光之治癒オーロラ・ヒール〟」


 オーロラのような淡い光が広がり、傷を負った者達を癒していく。


「……今の攻撃は私を試したんだよね?」


「まあ、この程度のダメージ、全回復させられなければ話になんねえからな。とりあえず、合格? まあ、これがデミニッシュじゃなければ全員不合格になってた訳だけど」


 草子は一度目の攻撃で白崎の実力を試した。


「んじゃ、約束通り参加者全員に一撃分のチャンスはあげるんで」


「では、遠慮なく行かせてもらおう。――勝たせてもらうぞ、草子君!!」


「私にチャンスをくれたこと、後悔させてあげるわぁ」


 朝倉は万物斬り伏せアメノハバキリを構えて【爆縮地】を発動――そのまま草子に【袈裟斬り】を放つ。

 北岡はそれに合わせて背後から万端斬り裂けメルヴェイユ・シャムシールで斬りつけた。


 当事者の朝倉、北岡を含め、この場にいる全員が勝利を確信した。

 万物を両断する性質を兼ね備えた史上最強の武器――朝倉達は草子からプレゼントされたものに絶対の自信を持っていたのである。


 草子は二人の攻撃を受けて三つに割れた。普通の人間であれば致死のダメージだ。


「【自己修復】発動完了。……ん? 何かしたか?」


 だが、草子は無傷で立ち上がった。三つに斬られたのが嘘のように立ち上がり、杖を構える。


「……草子君、死んだんじゃないのか? あれだけの攻撃を受けて何故生きていられる?」


「HPが吹き飛んだ訳じゃないから死亡判定にはならない。ダメージはそこそこ受けたけどそれだけだ。【自己修復】で簡単に癒せる。――んじゃ、今度はこっちから攻めさせてもらうよ。〝破滅の光の断片よ〟――〝ディエスイレ・フラグメント〟」


 朝倉の足元から光が溢れ返る。朝倉は回避するまもなく99999999ダメージを受けて戦闘不能になった。

 続いて北岡にも光が襲い掛かる。こちらも同様の結果になった。


「朝倉さん、北岡さんッ!!」


「思いっきりは良かったよ。……えっと、二人合わせて992587ダメージか。なかなか効いたよ。でも、それだけだ。朝倉さんと北岡さんが消え、残り二十一人。こりゃ、ヌルゲーだな」


 草子相手にバラバラで戦っては勝てない。【自己修復】があるが故に一撃で仕留める以外に勝利する方法はない。

 白崎はその結論に至った。しかし、それを学ぶために白崎は強力な攻撃手を二人失ってしまった。


「まどろっこしいのは無しだ! いくぞ、草子!!」


「進藤君、久嶋君、大門君!!」


 進藤達脳筋に作戦などというまどろっこしいものは必要無かった。

 進藤は五条突き通せブリューナクを、久嶋は万物斬り断てアメノオハバリを、大門は武神剣に宿れアマノムラクモを持ち、突撃していく。


 一度で倒せないなら連続で攻撃をすればいい、そう言いたげな怒濤の戦いだった。


「……嘘、でしょ」


 聖の口から絶望の言葉が溢れた。

 草子のHPが全く減っていない。一撃を喰らう度に【自己修復】を発動し、その攻撃を全て無かったことにしているのだ。

 それを、怒濤の戦闘の中でやっている。つまり、【自己修復】を持つ草子は完全に同時の攻撃でしか倒せないということ。


「五月蠅い羽虫だな。〝破滅の光の奔流よ〟――〝ディエスイレ・ストーム〟」


 集ってくる蚊を払い除けるように必殺の光線を放つ。

 それだけで、進藤、久嶋、大門の三人がゲームオーバーになった。


 残り、二十人。開始早々、五人が戦闘不能になった。


「あっ、一系統って話だったけどイセルガに〝ディエスイレ〟シリーズは通用しないから別の攻撃も使わせてもらうよ。それと、回復役は攻撃できないだろうからチャンスとか関係なしに攻撃するんで、よろしく」


 攻撃手段を持ち得ない者に攻撃のチャンスを与えたところで無駄――草子は回復魔法の使い手である高津とジュリアナを優先的に狙うことを表明し、杖を持ち直した。


「まあ、すぐに吹き飛ばしてもあれだしもう少し待ってやるよ。んじゃ、次はどいつだ?」


 その姿は正しく魔王――圧倒的な風格で挑む勇者を圧倒する闇陣営の王を彷彿とさせた草子に、白崎達ですら竦み上がったのは言うまでもない。


「ジュリアナはボクが守る! ボクの仲間に手は出させない!!」


「素晴らしい仲間愛だねぇ。いいと思うよ、俺は。ただ、ここでイチャつくのはやめてくれないかな。リア充を目にするとつい殺したくなるんだよね……非モテの性? まあ、別にモテたいとかそう言う願望はないんデスケド」


「一ノ瀬さん! 一人で戦いを挑んだって勝ち目がないよ!!」


 梓は白崎の忠告を無視して前に出た。ジュリアナを攻撃される前に草子を倒さなければならない――その考えが梓の頭の中を支配してしまったのだ。

 勿論、梓は何の勝算もなく攻撃を仕掛けた訳ではない。梓はかつて、【無限再生】を持つグランド・テンタクルを殺したことがある。その力があれば、草子も倒せると考えていたのだ。


死出の案内仕りヴァルハラまで送りましょう!」


 【死纏】を発動して闇を纏わせ、【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用して草子を薙ぎ払う。


 草子の身体は上半身と下半身で真っ二つになった。【死纏】の効果で接合部分が殺されているので、【自己修復】は発動しない。


「これで勝ったとか、舐めすぎだろ?」


 草子は上半身の死んだ部分を引きちぎり、そのまま【自己修復】を発動する。


「〝破滅の光の断片よ〟――〝ディエスイレ・フラグメント〟」


 そして、残った下半身と壊死した上半身の一部を消滅させた。


「……そんな、体の一部からでも復活できるなんて」


「いや、これくらい常識だろう? 再生持ちを相手にするなら、身体の一部も残さずに消し飛ばす……大層自信があったようだな? 前に再生持ちを相手に勝ったことでもあるのか? そいつはどうせ本能で動く魔獣とかなんだろう? 何故、知的生命体は強力無比な魔獣相手にこれまで生き残れたか知っているか? 策を弄して応用法を見出すからだ。俺を魔獣と同程度に見ていたって評価はありがたく受け取っとくよ。じゃあ、邪魔だから消えな。〝破滅の光の断片よ〟――〝ディエスイレ・フラグメント〟」


 梓が光に飲まれ、残り十九人。


「……酷い」


「ジュリアナさんだっけ? そりゃねえよ。同意して戦っているんだから負けるのも覚悟の上だろう? 言葉を弄して敵を揺さぶるのも重要な戦術だ。嫌なら聞き流して戦えばいい。それができないってのは、俺が正しいことを言っているって分かっているからじゃねえのか? 正論ほど人を苛立たせるからな。こっちは一ノ瀬の思い通りにパーティを抜けてやった。なのに文句を言われる筋合いはないと思うがね? 〝破滅の光の断片よ〟――〝ディエスイレ・フラグメント〟」


 予告通りジュリアナを消し飛ばし、残るは十八人。


「白崎さん……これ、勝てますか?」


 絶望の表情で、リーファはチームのブレインである白崎に尋ねた。


「……【完全掌握 極】を使って可能性が高い方法は二つあった。一つは全員で同時攻撃を仕掛けること……でも、それはもう無理。残る方法はアイリスさんの力に頼る……でも、【完全掌握 極】に匹敵する【叡慧ヲ窮メシ者】を持つ草子君がこの程度の作戦を読めない筈がない。……勝ち目はほとんどないと思う」


 そもそも、敵の動きを読むスキルという点では【完全掌握 極】も【叡慧ヲ窮メシ者】もそれほどの差はない。

 つまり、白崎が見ている可能性の未来には草子も間違いなく気づいているのだ。


 そして、その手を使えば草子は必ず上回ってくる。

 軍師として、白崎は草子には遠く及ばない。


「その作戦ってのはアイリスさんの〝水晶のRewind遡行time〟で時間を巻き戻して俺に自分の攻撃を命中させて自滅させるって奴だろ?」


「……やっぱり、読まれていた」


「じゃあ、その目論見に乗ってやろうか? 頼みのアイリスさんがやられれば諦めるだろうし」


 草子はアイリスに杖を向けた。


「〝破滅の光の奔流よ〟――〝ディエスイレ・ストーム〟」


 光の奔流がアイリスへと放たれる。


「〝時間巻き戻し魔法〟――〝水晶のRewind遡行time〟」


 アイリスは〝水晶のRewind遡行time〟を発動して〝ディエスイレ・ストーム〟を巻き戻す。その先には草子が。


「――勝った!!」


 この時、白崎以外の生き残り達は勝利を確信した。

 しかし、白崎は聖達のように喜ぶことはできなかった。


 【完全掌握 極】はアイリスが消し飛ばされる未来を映し出していたのだ。


「アイリスさん、逃げて!!」


「――えっ?」


 白崎の指示は曖昧過ぎた。それに、そもそも勝利を確信していたアイリスは自分がやられてしまうことはあり得ないと考えていた。


 白崎は肝心なことを失念していた。草子が【瞬間移動】のスキルを持っていることを。


「〝破滅の光の断片よ〟――〝ディエスイレ・フラグメント〟」


 アイリスは自身がやられたことに気づけないまま、光に包まれて消え失せた。

 残り十七人――しかし、人数以上のものを白崎達は失ってしまった。


「白崎さん、“精霊王”と十二天将、十二月将の力を借りられれば……」


「聖さん、ありがとう。それなら……まだ望みはある」


 白崎は“精霊王”、十二天将、十二月将のことを計算に入れずに今いるメンバーだけで【完全掌握 極】を使っていた。

 つまり、彼らの力を借りればまた違った結果を出せるかもしれない。

 ――白崎はそれに全てを賭けた。


「――来て、“精霊王”達!!」


「〝前一騰虵火神家在巳主驚恐怖畏凶将〟――急急如律令」


「〝前二朱雀火神家在午主口舌懸官凶将〟――急急如律令」


「〝前三六合木神家在卯主陰私和合吉将〟――急急如律令」


「〝前四勾陳土神家在辰主戦闘諍訟凶将〟――急急如律令」


「〝前五青竜木神家在寅主銭財慶賀吉将〟――急急如律令」


「〝天一貴人上神家在丑主福徳之神吉将大无成〟――急急如律令」


「〝後一天后水神家在亥主後宮婦女吉将〟――急急如律令」


「〝後二大陰金神家在酉主弊匿隠蔵吉将〟――急急如律令」


「〝後三玄武水神家在子主亡遺盗賊凶将〟――急急如律令」


「〝後四大裳土神家在未主冠帯衣服吉将〟――急急如律令」


「〝後五白虎金神家在申主疾病喪凶将〟――急急如律令」


「〝後六天空土神家在戌主欺殆不信凶将〟――急急如律令」


「〝開門せよ、白羊宮アリエス〟」


「〝開門せよ、金牛宮タウラス〟」


「〝開門せよ、双児宮ジェミニ〟」


「〝開門せよ、巨蟹宮キャンサー〟」


「〝開門せよ、獅子宮レオ〟」


「〝開門せよ、処女宮バルゴ〟」


「〝開門せよ、天秤宮ライブラ〟」


「〝開門せよ、天蝎宮スコーピオン〟」


「〝開門せよ、人馬宮サジタリアス〟」


「〝開門せよ、磨羯宮カプリコーン〟」


「〝開門せよ、宝瓶宮アクエリアス〟」


「〝開門せよ、双魚宮ピスケス〟」


 “水の精霊王”ファンテーヌ=シュトレームング、“火の精霊王”アオスブルフ=フィアンマ、“風の精霊王”シュタイフェ=ブリーゼ、“土の精霊王”エールデ=スオーロ、そして“光の精霊王”リヒト=ルーチェ――五体の“精霊王”。


 十二天将と、十二月将。


 ――精霊使いが呼び出すことができる最高戦力と、陰陽師が呼び出すことができる最高戦力が、この場に集結した。


「いや、圧巻だな。召喚することは読んでいたけど、実際にこの目で見てみると圧倒されるな」


『……リーファ様、これはどういうことですか? 何故、草子様と戦っておられるのですか?』


 ファンテーヌがこの状況を見て抱いたのは恐怖だった。

 “精霊王”――精霊を統べる王の一人であるファンテーヌが尻尾を巻いて逃げようとした化け物。

 それと敵対することの意味を理解しているファンテーヌは、主人の正気を疑った。


「勝てるとは思っていない。でも、勝たないとダメなの。もし勝てなかったら、私達は草子君に会えなくなってしまうから」


『……分かりました。リーファ様、私は貴女の剣――最後までお付き合い致します』


 ファンテーヌは主人とともに心中する覚悟を決めた。


「いや、大袈裟だな。ただ、負けたら眠るってだけっすよ。一日くらい? だから、別に心中するみたいな覚悟は決める必要はない。安心して眠るがいいさ」


『それを我が主人は望んでいない。――草子殿、私では貴方に勝つことは絶対に無理だ。だが、ここにいる全員の力を結集すれば、貴方を討ち取ることも可能だと思う』


「ああ、俺の【叡慧ヲ窮メシ者】もそう言っているよ。寸分違わず完璧に攻撃のタイミングを合わせられたら、もしかしたら負けるかもってな。――これで決着だ。この攻撃で俺を討ち取れなければ、全員にトドメを刺す――キリがないからな」


 柴田、岸田、八房、高津、常盤、十二天将、十二月将、志島、一、柊、ミュラ、ゼラニウム、メーア、コンスタンス、イセルガ、ロゼッタ、白崎、リーファ、ファンテーヌ、アオスブルフ、シュタイフェ、エールデ=スオーロ、リヒト、聖――残る全員が自分の持てる全力を発揮し、草子に一斉攻撃を仕掛ける。


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HP:1/99999999

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 だが、その全力を以ってしてなお、草子を倒すことはできなかった。

 あと一人、あと一人誰かが生き残っていれば勝つことができた。

 白崎はこの瞬間、全てが草子の手の中であったということに気づく。


「……ああ、すまん、言い忘れてたけど、ここまで全て計算通りなんだわ」


 草子が杖を天へと向ける。これで終わりだということをこの場にいる全ての者が認識した。


「〝破滅の禱りで世界を救え〟――〝ディエスイレワールド・ジエンド〟。じゃあな、クラスメイトと面白可笑しく異世界を生きろよ」






















































 ――斯くて、ある少年と共に旅を続けた少女達の想いはいとも容易く踏み躙られた。

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