悲報? 今回から海編が始まるけど海の中には魔獣がいるのでご褒美回な水着回は無くなったようです。

 異世界生活七十五日目 場所エリシェラ学園


 エリシェラ学園の廊下を歩き、向かった先は野外活動部の部室。

 用があるのは、漫画『きゃんぴんぐ部』の作者Kâkêrûこと、エリシェラ学園野外活動科目担当准教授の穂高翔琉だ。


 現在は、野外活動部と漫画部の担当をしている。

 漫画部はあのBL好き令嬢達が所属しているから、実質BL研究会になっているんだよね。

 Kâkêrû先生、かなり居づらい雰囲気だって言ってたっけ?


 俺も正直腐女子令嬢の群れに遭遇したくないから、野外活動部に行くのを選んだんだけど……やっぱり漫画部に行くのが正解だった?


 野外活動部が活動しているグラウンドに向かう……おっ、居た居た。こっちが正解で本当に良かったよ。


「お久しぶりです、Kâkêrû先生。最近どうですか?」


「おかげさまで、また自分の描きたい漫画を描かせてもらっているよ。今は、魔法のある世界を舞台にしたキャンプ漫画を描いているんだ」


 要するに、野外活動部をモデルに漫画を描いているってことか。


「それで、能因先生は僕に何か用があったのかな?」


「察しがいいですね。実はKâkêrû先生に会わせたい人がいるんです」


 Kâkêrû先生は、キョトンとした顔のまま固まった。……予想外だったかな?


「……それが誰か全く予想がつかないんだけど。まあ、それは会ってからのお楽しみということで。ええっと、この部活の監督が後一時間ほどで終わるから、それまで待ってくれないかな」


 ということで、一時間待ちが決定。さて、次はどうしよう?

 今回の用事って文芸同好会に顔を出すことと、Kâkêrû先生への用事の二つだけなんだよね。


 暇だし、研究室に戻って溜まっている書類を終わらせるか。


 そのまま俺の研究室に向かう。……机の上に積まれている書類の山を見てげっそり。

 まあ、【叡慧ヲ窮メシ者】のおかげで常に仕事が最適化されるから問題ないんだけどね。


 仕事をやっていたら【高速筆記】のスキルを獲得した。……なんで手に入らなかったんだろう? 誤写がないように丁寧に【筆写】していたからかな?

 一時間で積み上がっていた書類を片付け、それぞれの書類の提出先に提出してからKâkêrû先生の待つグラウンドに移動。


「ところで、どこに行くのかな?」


「行けば分かりますよ」


 こういうのは、サプライズの方が楽しいからね。

 〝移動門ゲート〟を開く。向かう先はサイフィドルの町だ。


 目的の店は、裏路地を入ったところにある。知る人ぞ知るこじんまりとした名店だ。

 といっても、そこまで繁盛してはいない。まあ、一部の人しか用事がない店だからね。


「いらっしゃいませ……あっ」


 店員の女性は、俺達……というか、Kâkêrû先生を見るなり固まった。


澄村すみむらさん。お久しぶりです」


 澄村凍子すみむらとうこ――サイフィドルの町を拠点に活動している漫画用品専門店経営の女性のことは、志島達から聞いて知った。

 志島達は俺の世界の『きゃんぴんぐ部』の関係者だと思ったようだが、実際に会ってみて確かめたら、俺達とは別の『きゃんぴんぐ部』――つまり、Kâkêrû先生の『きゃんぴんぐ部』の関係者……というか、Kâkêrû先生の担当編集その人であることが判明した。


「生きて、いらしたんですね」


「おかげさまで。今は能因先生のお誘いで教師をしながら漫画を描かせてもらっているよ」


 ……なんだろう。片想いっぽい? 凍子が一方的に好意を寄せているけど、Kâkêrû先生はそれに気づいていないって感じかな?

 まあ、俺の勘なんだけど。実際は、ただの仕事仲間でそれ以上のことがないかもしれないし。


「能因さん、ありがとうございます」


「いえいえ。凍子さんがこの世界で漫画用品店を経営していたから起きた奇跡……つまり、巡り巡って凍子さんの功績ですよ。俺はただ、〝移動門ゲート〟を使って二つの国を繋げただけですから。積もる話もあると思いますし、ゲートミラーを一枚ずつプレゼントしますので、どうぞご利用ください」


 折角の二人の時間を奪ってはいけないからね。邪魔者は退散しましょう。

 〝移動門ゲート〟を開いて屋敷に戻る。みんなには好きなところで食べてくるように伝えてある。まあ、モブキャラの俺なんかより遥かにしっかりしているし、各々好きなところで好きなように食事を摂るだろうから、問題ない。


 さて、三日後か……講義もないし、今のうちに台本を仕上げてしまおう。

 まずは、構想から……。



 異世界生活七十八日目 場所獣人小国ビースト、表門


 え〜、まず端的に申しますと。台本は完成しませんでした。

 いや、書き始めたら楽しくてついつい超大作構想になっちゃったんだよね。一応、二冊は書き上げたんだけど、まだ後二冊……リヒャルト・ワーグナーの『Der Ring des Nibelungen』って感じの長い奴だよ。……本当に一回につき四時間半の公演とかになりそうで怖い。


 男装女性騎士とお姫様の恋を中心に、激動する時代を史実に基づいて描いた史実と創作が交錯する歴史小説って感じかな? そこに王宮での騒動とか事件とか、まあ色々出てくるんだよね。しかも、ファンタジーな世界だから魔法まであるという、もう詰め込みまくりのヤバイ劇になりそうです……こりゃ、演出係さん、過労死するな。


 そして、現在。獣人小国ビーストの表門に来ております。


「能因草子御一行様ですね。お話は伺っております。私はレオーネ様の近侍を務めております、狼牙族のマーナ=ガルムと申します」


 応対してくれたのはマーナと名乗った狼牙族の女性だった。つまり、これは謁見が許されたってことなのか?


「それでは、百獣宮廷にお連れ致します」


 マーナと共に百獣宮廷を目指す。獣人達が俺達を奇異なものを見る目で見ていた。

 まあ、獣人にとって人間は仇敵のようなものだからね。それを自ら招くって「女王はトチ狂ったのか!」と言いたくなるもの致し方なしだよ。


「…………申し訳ございません。ご不快になられましたよね?」


「いえいえ、こんなのいつものことですから。何故かいつも敵愾心ヘイトを集めるんですよね。まず一番多いのが嫉妬と羨望? 別に白崎さん達は俺のハーレムメンバーという訳ではないし、そんなの畏れ多すぎるし、みんな勘違いしているんですよ。それから、恐怖? ドワーフの皇帝ヴァエルドフ様もなんか恐れていたしな。全く、こんな清廉潔白人畜無害なモブキャラの俺を捕まえて厄災とか、なんでこの世には見る目がない人が溢れているんだろう?」


「…………返答を拒否します」


 返答を拒否されてしまった。初対面で嫌われてしまったのかな? なんか、気に障ること言った?


 しばらく歩くと、巨大な宮殿が現れた。かなり豪華な作りだな。しかし、かといってゴテゴテの金一色のような悪趣味さはない。

 自然と調和している、趣きある大理石っぽいものを基調とした建物だ。


「こちらが、百獣宮廷です。……我々、獣人族は建前よりも本音を重んじます。前置きは結構ですので、謁見が始まりましたら早速交渉に入ってください。書状から大体の状況は理解していますので、後は細かい打ち合わせになります。奴隷の受け入れについては、こちらも了承していると考えていただいて構いません」


 つまり、謁見では細かい部分の擦り合わせってことになるのか。


 そのまま全員で謁見の間に移動する。事前打ち合わせも何もあったものじゃないか。まあ、ドワーフの時も同じだったけど。


 謁見の間の最奥には玉座が置かれ、そこに女王と思われる獅子人族の女性が座っている。

 左右の壁には、近侍であろう獣人達が一列で並んでいた。


「はじめまして、私が獣人小国ビーストの女王を務めております、レオーネ=バステトです」


「ご丁寧にありがとうございます。名乗るほどの肩書きはありませんので、ただの・・・能因草子と名乗らせて頂きます」


 俺には、女王とか勇者ブレイヴとか聖女ラ・ピュセルとかみたいなカッコいい肩書きがないからね。


「書簡を読ませて頂きました。我々の同胞をお救いくださり、ありがとうございます。……その上で、疑問がありますので、まずはそれにお答え頂けないでしょうか? 具体的には……何故、人間である貴方が獣人の奴隷を解放するに至ったのか、その経緯です」


 レオーネは柔和な笑みを浮かべているが……この人、相当食えない人だな。

 まともにやりあったら、確実に丸め込まれる。……だから、政治家は苦手なんだよ。


 というか、獣人は駆け引きをしないんじゃないの!? 思いっきり駆け引きできそうな女王様なんだけど。

 まあ、正直に話すよ。


「えっと、経緯を話せばいいんですよね。……どっから話せばいっかな? まあ、ドワーフの時と同じで。驚かないでくださいね。いちいち反応されると面倒なんで。驚くにしても、まずは最後まで聞いてからにしてください。Est-ce que tout va bien?」


「……えっと、今なんていいました?」


「またいつものフランス語だよね。あたし達も分からないから」


 まあ、聖達も分からないよね。ここに【言語理解】を持っているレーゲンはいないし。


「Are you okay? ……これなら分かる?」


「勿論分かるよ。……中学生だからって、あたしの英語力舐めてない? 小学校の頃から英語の授業を受けているから分かるわよ!!」


「……あの、分かりません」


 なるほど、わざと英語になるように意識して発音すると、変換されないようだ。

 地球の言語はウラル語族だろうとアルタイ諸語だろうとインド・ヨーロッパ語族だろうとアフロ・アジア語族だろうと、変換できるスキルが存在しないから、必然的に個々の持つ純粋な語彙力や知識量がどれほどあるかが問題になってくる。


「大丈夫ですかって、こと。最初から【獣人第一共通語】を使えって? まあまあ、そんな硬いことは仰らずに。ただの趣味なんで。……えっと。まず、俺達はアルドヴァンデ共和国で旅をしておりました。目的は、共和政府のトップ、アレク=アルドヴァンデの排除です。そのアレクを倒そうとアルドヴァンデ共和国の首都を目指していたんですが、その途中でアレクの使者を名乗るピエロと会いまして、アレクから直々の依頼を受けたんです。水の街アクアレーティアを拠点に活動する犯罪組織――ヴィッツィーニファミリーの壊滅依頼を。それで、渡りに船だったので依頼を受け、ヴィッツィーニファミリーを一晩で壊滅させたという訳です。その犯罪組織の主な仕事は奴隷売買でした。内訳は獣人が千百人、人間が三百五十人、ドワーフが二百六十人、エルフが二百人、海棲族が九十人……このうち、エルフとドワーフについてはエルフの里と武装中立小国ドワゴフル帝国と交渉をして、引き受けて頂いております。人間は水の街アクアレーティアが協力してくれるらしいので、残るは獣人と海棲族ということになります。そのうち、獣人小国ビーストには獣人の元奴隷を引き取って欲しいという訳です。対価としては、こちらが提示した額になります」


 ……あれ? 女王様が石化した? ついでに近侍達も石化した? おいおい、大丈夫かい?


「……そういえば、獣人小国ビーストは共和政府に多大な献上金を納めているんですよね? アレクをぶっ潰した暁にはその意味不明な風習もぶっ壊してしまいましょう。そもそも、他種族だから差別するって考え方自体意味不明ですからね。まあ、その辺り水の街アクアレーティアの領主もきっちりやるでしょう。エルフ、ドワーフ、獣人、海棲族……今まで迫害してきた相手が反撃を開始した時、どれほどの被害が出るか、あの聡明は領主殿は理解している筈ですからね。まあ、とにかく勢力図が大幅に変わるのでその辺りは留意しておいてください」


「あの……話が突拍子過ぎてついていけないのですが。つまり、アルドヴァンデ共和国の首相を殺害すると、そういうことですか?」


 レオーネ、絶句。……いや、別に普通だよね? 悪徳宰相はいずれ誰かに殺される……どっかのラノベの題名みたいだな。


「……先に言っておきますけど、理由は苦しんでいる人達を助けたいとか、そんな聖人君主の模範解答ではありません。……俺は俺の目的のためだけに最善手を打っている……その中でたまたま奴隷を解放することになったというだけです。全ては、初めて俺のことを認めてくれた方々と再会するために……そのためなら他人の夢を、命を踏み潰して進む覚悟と、その過程で命を踏み躙られても致し方なしという覚悟を持って生きています。利己的だと言うのであれば、非難するのであれば別に構いません。それが、白崎さんのような選ばれし者ではない、背景群衆モブキャラである俺の語られぬ生き様ですから」


 俺は英雄にも主人公にもなれない。


 バグらなければ、名前すら与えられないクラスメイトNとして、特に描写されることなく勇者ブレイヴである白崎達が超えていく死者になっていただろうから。


 容姿も優れていない、友人といえる人もいない、致命的な変態性を抱えている……主人公にはなれない性質を抱えているから。


 そして、何より。俺の旅の動機が英雄向きではない……とても利己的なものだから。


「分かりました。……貴方は本当に捻くれているんですね。どうでもいいなら、見て見ぬ振りをするという選択肢も選べる。でも、貴方は見捨てずに助け、私財を投げ打っている。奴隷商人と同じ人間だから、非難の目を向けられるのは分かりきったことなのに」


「ただ、無責任なことをしたくないだけですよ。俺の意思で破壊したなら、迷惑が掛からないように埋め合わせをするのは至極当然のことでしょう?」


 俺の旅って基本暴れた分の埋め合わせなんだよね。

 まあ、それだけ色々なものを巻き込んでいる訳だけど……いや、巻き込まれている?


 その後レオーネと交渉を行い、元奴隷達の食費、居住費、衣類費などの生活費として虹金貨二枚を進呈することが決定した。

 まあ、俺の予定通りに進行したって訳です。


 その後、レオーネから武術大会への参加を提案されたんだけど、海洋国家ポセイドンの姫――ミュナ=トリアイナを預かっていることを理由に却下した。


 〝移動門ゲート〟を開き、まずはギルドへ。チームトライアードに労いの言葉を掛け、そのまま俺達は屋敷に戻る。

 ……さてと、これで残るは一国……一番厄介な海洋国家ポセイドンか。


「ところで、海洋国家ポセイドンってどこにあるんだい?」


「海の中だよ! ポセイドン宮殿って大きな宮殿に住んでいるの♪」


 ……だ、そうだ。海の中か。どうやっていくの?


「過去に人間が来たことは?」


「……う〜ん。分かんない」


 海棲族は海の中でも普通に生きられるんだっけ?

 まあ、その細かい理由は別に置いておくとして……なんかいい方法はないか?


「【風操作】を常時使用して風のバリアを展開するのが一番手っ取り早いか? これなら、シャボンみたいに割れる心配もないし」


「お兄ちゃん。外は海だけど、ポセイドン宮殿の中には空気があったよ♪」


 これは耳寄り情報。ポセイドン宮殿の中まで入れれば後は問題ないってことか。


 海洋国家ポセイドンの領土? 領海? は全て海の中に収まっている。

 つまり、普通に考えれば奴隷商人に捕まる訳がないのだが、海洋国家ポセイドンに住む海棲族には外の世界に憧れがあることが多いらしく、特に若い海棲族が地上に上がってくるそうなので、そこで捕まることが多いらしい。


 かくいうミュナも外の世界に憧れて出てきたところを奴隷商人に見つかって捕まってしまったらしい……うん、なんで学習しないんだろう? よっぽど地上世界への憧れが強いのか、若さに流されているだけなのか?


「とりあえず、行きますか? 確か、水の街アクアレーティからまっすぐ行った海中だったよな」


 遂に、冒険の舞台は海中へ……か。普通は潜水艇を使って潜るんだけどな。

 俺達は、古典的に海の中を歩くっす。


 装備を整えて水の街アクアレーティへ移動。

 ほう、海か……ラノベだと水着回とかになるんだよな。まあ、今回はなさそうだけど。

 結界があるとはいえ、一方入れば魔獣に襲われる海で海水浴する莫迦は流石にいねえよ。


 【風操作】を使用して、ミュナを除く面々に風の膜を張った。


「案内は任せてね、お兄ちゃん」


 だ、そうだ。案内はミュナに任せることにしよう。

 【風操作】のおかげで温度は地上とさほど変わらない。……海中バルーンを使っている感じだな。幻想的な世界だ。


「あっ、草子君、草子君、魚が泳いでいるよ」


「聖さん、そりゃ海の中だから魚の一匹や二匹泳いでいるでしょ?」


「まあ、そうなんだけどね。見てよ、あれ、魚がトルネードを作っているよ!」


「真鰯トルネードだね。異世界にもあったんだ」


「見てよ、あっちから魚が槍を持ってこっちに来るよ」


「…………待てい、それはどう考えても魔獣だ。全員臨戦態勢を取って。……多分雑魚だけど」


 聖が双翼広げ斬れアーティキュルス・ノアを、リーファが六合穿ち抜けピアス・レイピアを、白崎が混沌祓い尽せエドゥラホーン・ダブルを、北岡が万端斬り裂けメルヴェイユ・シャムシールを、ロゼッタが優雅なる令嬢の傘ソーンセク・ドーンジュリを、それぞれ構える。


 さて、俺もエルダーワンドを変形させておくか。

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