【一ノ瀬梓視点】今回のトロル大襲撃には間違いなく『FANTASY CARDs』の関係者が関わっている。

 ミンティス歴2030年 5月15日 場所ミンティス教国


【三人称視点】


 無数の蹄が大地を揺らす。

 統率の取れた無数の馬に騎乗した騎士達が草原を走っていた。


 彼らを率いるのは毛艶のいい白い馬に跨った見目麗しい女騎士――ミンティス教国で最強の戦乙女ヴァルキューレと言われるネメシス=ダルクである。


 そこから離れた地点を走るのは、トライコーンと呼ばれる三つの角を持つ黒い馬に跨る髭面の野性味溢れる男――ピエール=ドランクル率いる獣法騎士修道会だった。


 彼らは遠きミンティス教国神殿宮から辺境であるウィランテ大山脈の麓まで最速力で走ってきたのである。


 獣法騎士修道会の騎士達が呼び出した召喚獣は種類こそ様々だが、神聖騎士修道会の馬達に匹敵する速度を維持している。

 流石はミント正教会が誇る軍事と召喚を司る部署というべきか――その水準は高いものだった。


 ネメシスとピエールは、シャドウレイの森に向かう途中、ウィランテ=ミルの街に立ち寄り、最後の休息をとることにした。


「……おかしいな。冒険者ギルドから人の気配が感じられない」


 最初に違和感に気づいたのはネメシスだった。


「そういや、そうだな。……んじゃ、ちょっと聞いてくるぜ」


「すまんな」


 ピエールは街の住民に話を聞くと、すぐに戻ってきた。


「どうやら、トロルの進軍についてどこかで情報を得たらしい。その話を聞いた冒険者ギルドが緊急クエストを発令して、全冒険者にウィランテ大山脈の防衛を求めたようだ」


「なるほど、そういうことか。なら、我々も急がなければな。冒険者ギルドが情報を得たということは、既にトロルどもがかなりのところまで侵攻していることを示している。――皆の者! 休憩は終わりだ!!」


 ネメシスの声を聞いた騎士達は素早く食事を終わらせ、再びシャドウレイの森への行軍を再開した。



 異世界生活十五日目 場所ウィランテ大山脈、ゼスティージェの村


 ボク達はあの後ゼスティージェの村、フィジリィルの村、リュフォラの町に向かい、トロルの軍勢の襲来が近づいていることを伝えた……けど、あんまりいい返答は帰ってこなかった。


 彼らのほとんどはその話を聞いても、それぞれの町や村を出る選択をしなかった。

 生活の拠点である町や村を簡単に捨てられないということなんだと思う。……まあ、いきなり逃げろって言われたって無理だよね。出て行った後の生活を維持できるものがなければ、結局死んでしまう。その準備ができていないのに、逃げるという選択ができる筈ない。


 もう一つ、この地域が昔から幾度となく魔王軍や魔獣の侵攻の最前線であったことも彼らの多くが留まる選択をした理由になっていた。

 彼らは長年、この危険な地に住み続ける中でこの地と心中する覚悟を決めてしまっていた。


 勿論、そのまま村人達を心中させるつもりはない。

 ボク達は最後まで抗い、そしてトロル達を殲滅するつもりだ。


 コンスタンスさんと別れてから六日後、コンスタンスさん達はウィランテ=ミルの街の冒険者を連れて戻ってきてくれた。


 これで、百人力だ。ボク達だけでは無理でも、みんなの力があれば、トロル達に勝つことができるかもしれない。


「来ましたわ! トロル達……数、三百!!」


 汐見君の言葉を聞き、全員が臨戦態勢を取る。

 次の瞬間、大量のトロルが流れ込むように襲い掛かってきた。


死出の案内仕りヴァルハラまで送りましょう!」


 【死纏】の効果である黒い靄を身体全体に纏わせ、【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用してトロルの腹を薙ぎ払う。

 ……一撃で仕留められなかった。


 振りかぶったトロルの拳がボクに向かって勢いよく振り下ろされる。

 ボクは間一髪のところで後ろに下がって攻撃を躱したら。


 トロルの腹は今の攻撃で完全に壊死している。

 大丈夫、ちゃんとダメージを与えられている。


「ライトニング・ダブルですわ!!」


「〝凍てつく氷よ。槍の形持つ無数の氷塊へと姿を変え、汝の敵の身体を貫け〟――〝無数氷塊大槍アイシクルフルランス〟」


 汐見君とゼラさんも確実にダメージを与えられているみたいだ。


「〝癒しを〟――〝治癒ヒール〟」


 ジュリアナさんは傷ついた女性冒険者・・・・・・・・・を回復させることに徹しているみたいだ。

 男性冒険者については別の治癒師が【回復魔法】を施しているから問題ない。


「――行くぞ、てめえらァ!!」


「「「「「――オオォォ!!」」」」」


 戦士風の冒険者の男達が、武器を持ってトロルの軍勢に突っ込んでいく。

 守るよりも攻め込んだ方がいいと思ったんだろう。


「ボクも攻め込みに行ってくる」


「それなら、私も――」


「メーアさんには、回復の方を手伝ってもらいたい。これからもっと怪我人が増えると思うからね」


「……畏まりましたわ。大聖女ダルクをセットですわ!!」


  その瞬間、汐見君の身体を光が包み込み、神官のような衣装を纏った銀髪の少女が現れた。


「……メーアさんですよね? どういうことですか?」


 汐見君が変身能力を持っていることを知らないジュリアナさんが驚いているが、そのことを説明している暇はない。


「……ゼラさん」


「分かっているわ。できることは限られているけど、私のできることを総動員して、ここにいるみんなを守るわ。――だから、安心して暴れてきなさい!」


「――よろしくお願いします」


 ボクは聖槍ロンゴミアントを強く握ると、単身トロルの軍勢に突っ込んだ。


 そこからは乱戦だ。【無拍子】を常に意識しながら【刺突】と【薙ぎ払い】を組み合わせ、【死纏】の効果で着実にトロルを殺していく。

 少し視線を動かすと、コンスタンスさんがミスリルソードを片手にトロルを相手取っているのが目に映った。流石は凄腕の冒険者――隙がない。


 【螺旋槍撃】と【閃光槍撃】を併用してトロル達を倒していく……が、数は減らない。

 その後も突撃とダメージを負ったら撤退を繰り返し、ボク達はトロル達との乱戦を続けた。



 ミンティス歴2030年 5月20日 場所ウィランテ大山脈


【ネメシス視点】


 私達が到着した頃、戦闘は既に始まっていた。

 どうやら、ウィランテ=ミルの街の冒険者共が防壁となってトロル共の侵攻を食い止めているようだ。


「全隊、私に続け!!」


 雑兵の処理は冒険者共に任せ、我々神聖騎士修道会はシャドウレイの森に向かうことにした。

 ピエールもここを冒険者に任せることにしたようで、私達の後ろを追随した。


 勇者アズール一行とは結局連絡が取れなかった。

 どうやら、すれ違いになってしまったらしい。勇者の力がないのは心細いが、私達にはミント様の加護がある。必ずやオログ=ハイを斥け、我々が勝利を手にすることができるだろう。


 【螺旋槍撃】と【閃光槍撃】を併用してトロルを駆逐する。

 トロルを一体倒す度に私の鎧が血に濡れる。その度に、私はより強くなっていっていることを実感する。


 私のユニーク戦乙女ヴァルキューレスキル――【血ノ喝采】は、血を浴びる度に強くなるというスキルだ。

 そこに、ユニーク戦乙女ヴァルキューレスキル――【ヴァルキューレの騎行】のステータス強化が加わる。


 それが、私の全力――血濡れた戦乙女の騎行ブラッド・ヴァルキューレだ。


「……相変わらず飛ばしているな、ネメシス」


 トライコーンに跨ったピエールが私の隣にやってきた。


「これくらい飛ばさなければ速やかに戦いを終結させることはできんさ」


「……まあ、お前からすれば問題ないかもだけどよ。お前の部下はヘトヘトだぜ? あんまり無茶すると後々に響いちまう」


「私と部下は軟弱ではない。それに、限界を越えた先に飛躍がある――これは、ミント様のお与えになった試練だ。我々はそのお気持ちを受け取り、新たな飛躍を目指すべきだろう?」


「……相変わらずスパルタだな。ミント様は、信者一人一人を心から愛していらっしゃる。その信者が欠けぬように戦うのも軍の一角を任せられているお前の仕事だ」


 確かに……私達は皆等しくミント様の子。誰か一人でも欠けることをミント様はお喜びにならないだろう。


「それもそうだな。少し速度を落とそう」


 ここで、私達は行軍の速度を落とした。

 と言ってもトロル達との戦闘が続くことには変わらない。

 私達はミンティス教国へと攻め込まんとする悪の軍勢トロル共と戦いながら、少しずつ魔王領へと軍を進めていった。



 異世界生活十五日目 場所ウィランテ大山脈


【汐見海視点】


 僕達の戦うトロルの軍勢の中に、氷の身体を持つ狼のような魔獣が混ざっているのに気づいたのはつい今しがただ。

 彼らは前衛の冒険者達を擦り抜け、脇目も振らず僕に向かって一目散に襲い掛かってきた。


「〝真紅の炎よ。無数の槍となりて、我が敵を貫き焼き尽くせ〟――〝無数灼熱炎槍ファイアジャベリン〟」


 ゼラさんの中級魔法が命中するも、大したダメージを刻むことはできなかった。

 明らかにトロルよりも頭二つほど抜きん出て強い。


「〝落ちろ落ちろ、速度よ落ちろ。鈍間な蝸牛の速さまで〟――〝鈍足化スロウ〟」


 氷狼達を一斉に青い光が包み込んだ。

 どうやら、コンスタンスさんが速度低下の付与魔法エンチャートを掛けてくれたようだ。


 よし、今のうちに……『鑑定マスタリー』。


-----------------------------------------------

NAME:氷狼ヴァナルガンド

LEVEL:399

RANK:SSRダブルスーパーレア

HP:18000/20000

MP:0/0

STR:40000

DEX:40000

INT:0

CON:40000

APP:100

POW:40000

LUCK:50000


ABILITY

『フリーズクロー・ラッシュ』

→通常攻撃。氷属性付加。物理攻撃。

『フリーズバイト・クラッシュ』

→通常攻撃。氷属性付加。物理攻撃。

『アイシクル・チャージ』

→冷気を纏って突進する物理系スキル。使用後30秒のクールタイム。

『アイシクル・ショット』

→大量の氷塊を敵に飛ばす魔法系スキル。使用後40秒のクールタイム。

『ニヴルヘイム』

→周囲一帯を極寒の地にする広範囲魔法系スキル。使用後180秒のクールタイム』


ITEM

-----------------------------------------------


 こんな魔獣、見たことがない。明らかにステータスがこの世界の魔獣とは違う。

 ……それに、ABILITY? もしかして、これは僕のと同じ?


 じゃあ、この魔獣は『FANTASY CARDs』の……いや、違う。僕が知っている『FANTASY CARDs』にこんな魔獣は出てこなかった。

 そもそも『FANTASY CARDs』は美少女ゲームで、敵の師団長も含めて全て人間に近い見た目をした女性だった。こんな異形の魔獣なんかは登場しない。


「皆さん! この魔獣、何かおかしいですわ!!」


「……そうね。こんな魔獣見たことがないわ」


「この魔獣はスキルを持っていませんわ! 魔導技アビリティと呼ばれる魔力を消費しない特殊攻撃を持っています。名前からして引っ掻き攻撃、噛み付き攻撃、突進攻撃、大量の氷塊を敵に飛ばす魔法攻撃、周囲一帯を極寒の地にする広範囲魔法攻撃の五つを持っていますわ!」


「「もしかして、『FANTASY CARDs』!!」


 梓さんとゼラさんは気づいたみたいだ。二人には、僕の転移した時のことを伝えるために魔導技アビリティについても説明していたから、きっとそれが効果的に働いたんだね。


「ボクもそっちに向かう。トロルのこと、お願いするね♡」


「「「「「おう! 任せておけ! 梓ちゃん!!」」」」」


 ……梓さん、完全に男性冒険者を手玉に取っているよ。


「魔法騎士クリステラをセットですわ!」


 僕の方も戦闘態勢を整え、氷狼ヴァナルガンド達と対峙する。

 理由は分からないけど、コイツらは僕に引きつけられているみたいだからね。


「――インシネレーション・スピア!!」


 序盤から出し惜しみ無しだ。炎の槍を飛ばす魔法系スキルを発動し、氷狼ヴァナルガンド達に満遍なく放つ。


「――ライトニング・ダブルですわ!!」


 雷を纏わせた剣で氷狼ヴァナルガンド一体を切り裂いた。


「ランク:SSRダブルスーパーレア 属性:火 『焔操魔導モルジアナ』……『仲間を助けるために炎の精霊と契約を交わし、その力を得た少女は、その強大過ぎる力から恐れられるようになった。次第に少女の周りからは人が消えていき、残ったのは強大過ぎる力だけだった』」


 ブラジャー風のトップスにサーキュラー・スカートを合わせた扇情的な衣装を纏った浅黒い肌の少女が全身に炎を宿らせて戦っている姿が描かれている。


「『焔操魔導モルジアナ』をセットですわ!!」


  その瞬間、僕の身体を光が包み込み、衣装が変わった。


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焔操魔導モルジアナ

◆通常攻撃・灼熱ノ剣

 斬撃攻撃。火属性付加。物理系・魔法系スキル。クールタイム無し。

煉獄ノ宴パーガトリー紅炎プロミネンス

 紅炎を生み出して敵を攻撃する追尾効果を備えた魔法系スキル。使用後60秒のクールタイム。

煉獄ノ宴パーガトリー爆裂フレア

 爆発を引き起こす炎の球を任意の位置に設置する魔法系スキル。10秒後に爆発。使用後40秒のクールタイム。

煉獄ノ宴パーガトリー炎域サークル

 自分を中心に周囲一帯を焼き尽くす魔法系スキル。使用後200秒のクールタイム。

-----------------------------------------------


煉獄ノ宴パーガトリー紅炎プロミネンスですわ!!」


 五体の氷狼ヴァナルガンド達に向けて紅炎を放つ。……よし、一体は倒せたみたいだ。

 何かキラキラとした欠片を残しているけど……まさか、想片ハート・フラグメント


 それを調べるためにも、まずは残りの氷狼ヴァナルガンドを倒し切らないと。

 範囲的に 煉獄ノ宴パーガトリー炎域サークルは使えない。……となると――。


煉獄ノ宴パーガトリー爆裂フレア


 四体の氷狼ヴァナルガンドの近くで炎の球を爆発させた。

 残るHPはごく僅か。これなら、通常攻撃で十分に倒せる。


「〝真紅の炎よ。無数の槍となりて、我が敵を貫き焼き尽くせ〟――〝無数灼熱炎槍ファイアジャベリン〟」


 と思っていたらゼラさんと梓さんが倒しちゃった。


「梓さん、ゼラさん。ありがとうございます」


「私はトドメを刺しただけ。ここまで追い詰めたメーアさんの手柄だわ」


「ボクもそう思うよ……しかし、なんだったんだろうね? この魔獣は?」


 試しにキラキラとした欠片に触れたら想片ハート・フラグメントが増えた。……やっぱり。


「これは、多分『FANTASY CARDs』の魔獣だったのだと思いますわ。ただ、私の知っている『FANTASY CARDs』にはこのような魔獣は出てきませんでしたわ」


「なるほど……つまり、パラレルワールドの『FANTASY CARDs』ってことか?」


「そういうことだと思いますわ」


 ……今のところそうとしか考えられないな。


 それに、僕がメーアになったあの日、『同名称ノ違ウシステム体系ヲ確認シマシタ。システムデータヲ統一化シタノチ、新バージョンニアップデート改変ヲ行イマス。統合後モスキルニヨリ作成サレタカード並ビニ、ソレヲモトニ再現サレタカードハ消滅シマセン』……って言っていた。

 あれは、つまりパラレルワールドの『FANTASY CARDs』を示していたんじゃないか? そして、そのシステムが僕の持っていた似て非なる『FANTASY CARDs』と共鳴して、スキルを作り上げた。


 あの説明だと統合後にはそれまでに作成されたカードとそれを元に再現されたカードは消滅しない……ここも一致する。

 この魔獣が旧『FANTASY CARDs』に関係するスキルによって作られたものなのか、元にして作られたものなのかは分からない。


 だけど、これだけは言える。今回のトロル襲撃には『FANTASY CARDs』の関係者が関わっている。

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