【一ノ瀬梓視点】無限に再生するスキルにはその部分の死を確定させるスキルが効果バツグンだ。

 異世界生活五日目 場所ウィランテ大山脈、フィジリィルの村


 フィジリィルの村に来てから五日が経過した。


 町までの旅費ももうすぐ貯まる。山を降りてミンティス教国の町に出発するのもそう遠くない未来のことだと思う。


「もうすぐ、フィジリィルの村を出発するのよね?」


「はい。旅費が溜まり次第出発したいと思います」


「……そうよね」


 ゼラさんの顔に影が差したように見えた。


「ゼラさんはフィジリィルの村を出るつもりはないんですか?」


「……私がこの村を出る訳にはいけないわ。この村を出たらフィジリィルの村を守る人が誰もいなくなってしまうからね」


 冒険者の方が断然稼ぎがいい。だから、みんな独り立ちしたら村を出て冒険者になる。


 魔獣はフィジリィルの村の家畜を襲う。強力な魔獣だと人間すらも喰らってしまう。

 誰かがフィジリィルの村を守る者として残らなければならない。ゼラさんはそのことを理解しているから、一人前になってもずっとこの村に残って守り続けているんだと思う。


 確かにゼラさんは凄い人だ。村を想い、村のためにたった一人でずっと頑張ってきた。

 でも、それは本当にゼラさんはそんな人生に満足しているのかな?


 ゼラさんを突き動かしているのは多分義務感。

 「私がフィジリィルの村を離れたら村が滅んでしまう」という責任。

 そこに、ゼラさんがどうしたいかという感情は――彼女の想いは含まれていない。


 ボクは余所者だから、何かを言える立場じゃないことは理解している。

 例えゼラさんが心の中では村を出て冒険者になりたいと思っていても、無理矢理連れ出す権利がある訳がない。


「さて、今日の仕事に行きましょうか?」


 ボクが今するべきことは旅費を貯めて山を降りることだ。

 具体的な目的地が決まっている訳でもないけど、いつまでもウィランテ大山脈にいる訳にはいかない。


 ゼラさんと一緒にフィジリィルの村を出発し、ウィランテ大山脈を歩く。

 いつも通り、山にはスミロドンやエステンメノスクス、イェスハウンドなどの魔獣の姿があった。


「〝降り注げ、光の剣〟――〝光斬雨ライトソードレイン〟」


 呪文を唱えると、空中に無数の光の剣が生まれ、一斉に降り注いだ。

 【光魔法】のスキルレベルが上がり、この一帯の魔獣は一撃で仕留められるようになった。

 【鑑定】スキルがないので実際にこの目で確認することはできないけど、ゼラさんによればこの辺りの魔獣のレベルは60〜70程度……つまり、そのレベルの魔獣とは戦える程度に強くなっているということになる。


「〝真紅の炎よ、槍となって貫け〟――〝火炎槍フレイムランス〟」


 ゼラさんの方も片づいたようだ。ゼラさんの魔法の使い手としての腕はこのまま冒険者になっても活躍できるレベル。

 この一帯の魔獣に遅れを取る筈がないし、ボクよりもずっと戦闘経験豊富なゼラさんを心配するのは失礼なことか。


「梓さん。この辺りの魔獣はもうあらかた片付いたし、そろそろ依頼のあった場所に行こうかしら?」


 昨日、農家のおじ様――ウィムさんから一つの依頼が舞い込んだ。

 最近、畑を荒らす魔獣が数多く目撃されているらしい。


 ゼラさんによると名前はクルイーサ――太ったネズミのような外観の魔獣だという。

 人間を襲うという訳ではないが、作った農作物を荒らしたりするので農家にとっては仇敵のような存在なのである。

 農耕と畜産に支えられたフィジリィルの村には大打撃だ。いくら人間に害がないとは言っても見過ごすことはできない。


「クルイーサは洞窟の中に棲みつく性質があるわ。ウィランテ大山脈にも何箇所かめぼしいところがある……そこを一つ一つしらみ潰しにしていくしかないわね」


 かなり地道な作業になるけど、まあ仕方ないよね。

 ――さて、頑張りますか。



 幸い、クルイーサの巣窟になっている洞窟はすぐに見つかった。

 二、三体のクルイーサが見張りとして立っていたら一目瞭然だよね?


「クルイーサ自体は青ランクの冒険者が適正の討伐対象よ。でも、クルイーサの王――アフタリチェー卜・クルイーサがいる場合、橙ランク適正の討伐依頼に一気に難易度が跳ね上がるわ」


 ちなみに、この辺りで一番強いイェスハウンドは赤ランク……冒険者の基準では一段階落ちるレベルの依頼ということになる。


「さて、行きましょうか」


 戦闘開始の嚆矢を放ったのはゼラさんだった。

 得意技の〝火炎槍フレイムランス〟を発動し、三つの炎の槍で次々とクルイーサを焼き尽くしていく。


「「「「「「「「チュウチュウ!! チュウチュウチュウチュウ」」」」」」」」


 騒ぎを聞きつけたクルイーサ達が一斉に洞窟の外に出てきた。その数、八体。

 【聖刃】を発動して槍の穂先に光を宿す。【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用してクルイーサ達を薙ぎ払う。

 一撃としてのダメージは【螺旋槍撃】と【閃光槍撃】のコンボに劣るけど、クルイーサの討伐自体は【薙ぎ払い】でも十分問題ないし、何よりこちらの方が一撃で多くの敵を倒せる。


 クルイーサ達の攻撃は基本的に爪による攻撃と【体当たり】。間合いが狭いから、槍のリーチを活かせば一切で傷を負うことなく倒すことができる。

 ゼラさんの方も遠距離タイプなので問題はないけど、心配なのは魔力切れ。

 魔法使いはMPが無くなると途端に戦えなくなる。スキルがない限り自然回復スピードは遅いので、自然回復に頼ることはできない。


 やっぱりボクが多くの敵を倒してゼラさんの負担を減らすのが得策だね。

 この洞窟の奥にはアフタリチェー卜・クルイーサがいるらしいからね。できるだけ消耗は避けたいところだ。


「……おかしいわね」


 洞窟を進んでいると、不意にゼラさんが呟いた。……どこかおかしいところでもあったかな?


「どうしましたか?」


「気のせいだと思うのだけど……クルイーサの数が異様に多い気がするのよ。クルイーサの巣窟といっても、本来ならこれほどの数は出てこない。アフタリチェー卜・クルイーサ一体が支配できるのはせいぜい百匹程度……もう百匹くらいは倒していると思うんだけど」


 確かに洞窟の通路と外を含めて既に二百匹くらいのクルイーサの死体の山が築かれている。

 ……なんだか嫌な予感がするなぁ。


 通路を進むと大広間に出た。

 目の前にいるのは巨大なネズミ。デプッとした肥えた身体が、豊かさを物語っている。

 片目は傷によって潰されていた。


「――まさか、ツァーリ・クルイーサなのか!」


 どういうこと? アフタリチェー卜・クルイーサじゃないの!?


「ツァーリ・クルイーサ……アフタリチェー卜・クルイーサの突然変異体だ。その戦闘力はアフタリチェー卜・クルイーサと比べても桁違い。そして何より……」


『ソウ、我ハ知能ヲ有スル選バレシ魔獣。ツァーリ・クルイーサトハ、人間若キ下等生物ガ付ケタ呼称ニ過ギヌ。優雅ニ、ザーヴァ、ト呼ビ給エ』


 知能を持つ魔獣……そんなのがいるなんて。

 まあ、ライトノベルには度々出てくるんだけどね。


 しかし、厄介だな。ここまでしっかりと自我を持っているということは、PvEというよりPvPに近い戦術を求められる。


『……シカシ、女二人デワザワザ赴イテクルトハ、ヨッポド俺様ニ可愛ガラレタイトイウコトダナ。安心シロ、死ヌマデ可愛ガッテヤル。俺様ノ欲望ノ捌ケ口トシテナ!』


 唯一、付け込める隙があるとすればこちらを見下していることか。

 ……しかし、女二人か。まあ、女なんだけど。……本来の性別に戻ったなって実感はあるけど……なんだろう。やっぱり男は好きになれない。特にこういうタイプは。


「〝降り注げ、光の剣〟――〝光斬雨ライトソードレイン〟」


 呪文を唱え、無数の光の剣を降らせる。


『〝煮エ滾ル溶岩マグマヨ。壁トナッテ我ニ迫ル脅威ヲ砕ケ〟――〝溶岩壁ラヴァ・ウォール〟』


 ツァーリ・クルイーサが呪文を唱えた瞬間、溶岩の壁が出現して光の剣を呑み込んだ。


『【光魔法】カ、随分珍シイ力ヲ持ッテイルヨウダガ、所詮ハ初級ダナ。シカシ、俺様ニ歯向カウトハ、少々オ仕置キガ必要カ?』


「……梓さん、無理だわ。相手は中級魔法が使える……つまり、スキルレベルが五十を超えているってことよ。勝ち目なんてないわ」


 ボクのスキルレベルでも五十には程遠い。勝ち目が薄いなんて分かっている。


「勝ち目なんて無いことは分かっています。でも、だからといってここで諦めるわけにはいきません。まだ、ゼラさんに恩を返せていませんから」


「…………梓さん」


『美シイ女ノ友情トイウコトカ。俺様、嫉妬シチャウヨ。……安心シロ、スグニ俺ノコトシカ見エナクナル。俺ガ好キデ好キデ仕方ナクナルサ。……ダガ、ソノ前ニオ仕置キダ。……〝異形ナルモノヨ、我ガ呼ビカケニ応ジヨ〟――〝召喚サモン・スライム〟』


 床に純白の輝きを放つ魔法陣が現れる。その中からヌメヌメとした不定形の生物が三体現れた。


「――まさか、【召喚魔法】まで」


 聞いたことがないスキルだけど、なんとなく効果は分かる。

 契約した存在を召喚する魔法だ。……だけど、作品によっては【時空魔法】の一種だったり、強力な魔法として扱われたりしているんだよね。この世界ではどうなんだろう?


 しかし、スライムか。一部のゲームだと雑魚敵として扱われたりしているけど、実際は斬撃や刺突が通用しなかったり、魔法に耐性を持っていたりする厄介な相手だ。

 特に服を溶かしたりする効果を持っていたりする……女性の敵だ。


『コノ程度デ驚イテモラッテハ困ル。確カニ、スライムデアッテモオマエラノ衣服ヲ溶カシ、陵辱スルコトナド容易イガ、ソレデハ芸ガナイ。〝三体ノスライムヲ生贄ニ捧ゲ、降臨セヨ! 山脈ニ棲マウ八本脚〟――〝儀式召喚セレモニーサモン・グランド・テンタクル〟』


 スライム三体の周囲に赤い魔法陣が現れ、光に飲まれた。

 魔法陣がひび割れ、中から八本の触手が姿を現わす。


「……まさか、儀式召喚まで!」


 聞いたことがないスキルしかない。だけど、大体想像はつく。

 何かを生贄に捧げることで上級存在を召喚した。

 それが、儀式召喚という単一のスキルで行われたのか、【召喚魔法】と【儀式魔法】という二つのスキルの複合で発動されたのかは分からないけど。


『グランド・テンタクル! アノ乙女達ノ服ヲ剥ゲ……アア、処女ハ残シテオケ。俺様ノモノダ』


 触手が迫る。……どうする、逃げる? いや、逃げられるとは思わない。

 あの触手の化け物に果たして勝てるのか? 分からないけど、やるしかない。


「ゼラさん、援護をお願いします!」


「まっ、待って! 梓さん!!」


 【聖刃】を発動して槍の穂先に光を宿す。【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用して触手を薙ぎ払おうとするが、二本しか切り落とせなかった。

 その二本もすぐさま再生される。


『残念ダッタナ。グランド・テンタクルニハ【無限再生】ノスキルガアル。殺スコトナド不可能!』


 厄介だ。触手自体はそこまで強くないけど、無限に再生されてしまってはいつまで経っても倒すことができない。

 そうなれば、こちらの体力が尽きた時か隙が生まれた瞬間にやられてしまう。


 今持っているスキルではグランド・テンタクルに勝てない。

 グランド・テンタクルを倒せなければツァーリ・クルイーサを倒すなんてもっと無理だ。


 ボクだけならまだいい……いや、触手プレイはお断りだけど。

 だけど、ゼラさんは、ゼラさんだけは必ず助けたい!


 こんなところで負けたくない。グランド・テンタクルの【無限再生】を突破できる力が欲しい!



 気がつくと槍を黒いモノが包み込んでいた。

 いや、槍だけじゃない。ボクの身体を黒いモヤみたいなものが包み込んでいる。

 ボクは本能的にこれがどういうものなのかを感じ取った。――死という概念そのもの。


 戦乙女ヴァルキューレとは絶世の女戦士を表す言葉ではない。

 『北欧神話』において、戦場で生きる者と死ぬ者を定める存在。天使のような一面を持つと同時に死神としての顔も持ち合わせている。


「ステータス」


-----------------------------------------------

NAME:一ノ瀬梓 AGE:16歳

LEVEL:20 NEXT:530EXP

HP:450/450

MP:490/490

STR:800

DEX:590

INT:13

CON:500

APP:100

POW:500

LUCK:10


JOB:戦乙女ヴァルキューレ


TITLE:【死出の案内を仕る戦乙女】


SKILL

【槍術】LEVEL:10

【無拍子】LEVEL:11

【無念無想】LEVEL:3

【刺突】LEVEL:10

【連続突き】LEVEL:10

【螺旋槍撃】LEVEL:10

【閃光槍撃】LEVEL:10

【貫通】LEVEL:10

【薙ぎ払い】LEVEL:9

【振りかざし】LEVEL:9

【聖刃】LEVEL:10

【死纏】LEVEL:9

【縮地】LEVEL:10

【光魔法】LEVEL:8

【苦痛耐性】LEVEL:1

【打撃耐性】LEVEL:1

【恐怖耐性】LEVEL:3

【騎乗】LEVEL:1

【乗馬】LEVEL:1

【自己治癒】LEVEL:1

【魔力治癒】LEVEL:1

【魔力操作】LEVEL:3

【魔力付与】LEVEL:3

【魔力制御】LEVEL:3

【気配察知】LEVEL:9

【魔力察知】LEVEL:9

【ミンティス語】LEVEL:13

【性転換】LEVEL:1

【魅了】LEVEL:2


ITEM

・聖槍ロンゴミアント

・星辰のマーメイドライン

・ヴァルキューレの胸当

・ヴァルキューレの兜

・ヴァルキューレの籠手

・ヴァルキューレの盾

・ヴァルキューレの靴

・補正|(する)下着

・学生服


NOTICE

・通知一件

→未使用のポイントが後1000あります。

-----------------------------------------------


 なるほど……この闇は【死纏】というのか。

 多分、スキルの効果は【即死】の下位互換。敵に触れなければならない代わりに、触れればその部分を即死させることができる。


死出の案内仕りヴァルハラまで送りましょう!」


 【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用して触手を薙ぎ払う。


『莫迦メ! ニ度モ同ジ手ガ通用スルトデモ思ッタカ!!』


 通用する訳がないよ。そんなことは百も承知だ。

 だから、同じ手は使わない。今度は確実に殺す。


 思った通りだ。グランド・テンタクルは【無限再生】を発動できない。


『何故、何故ダ!!』


「【再生】スキルは確かに凄いけど、死が確定してしまったら、その部分を【再生】することはできない。ボクの闇には死を確定させることができる力がある。まあ、武器で触れないと効果がないけどね」


 つまり、接触型の【即死】スキルということ。そして、このスキルにはもう一つ――殺した部分の死を定着させる効果がある。

 その部分に死が定着してしまっているから、もうその部分を修復することはできない。


 【連続突き】でグランド・テンタクルを突く。イメージは貫くというより削り取るイメージ。

 そのイメージ通り、グランド・テンタクルは等しく肉片になり、ニ度と再生することは無かった。


『――コノママデハマズイ。作戦変更ダ。全力デ倒シニ行カナケレバ、狩ラレルノハ俺様ニナル。上玉二人ヲ手ニ入レナクナルカモシレナイノハ残念ダガ仕方ナイ。〝不可視ノ地雷ヲ〟――〝不可視地雷インビジブル・マイン〟』


 魔法陣が床に複数現れ、眩く輝くと一瞬にして消えた。

 〝不可視地雷インビジブル・マイン〟……そのまま考えると不可視の地雷。スーパ●マイン的な感じの魔法かな?


 【魔力察知】のスキルを使うと一目で魔法陣の位置が分かった……ダメじゃん。


「〝不可視地雷インビジブル・マイン〟は【炎魔法】よ! 【炸裂魔法】ほどの威力はないけど、とにかく種類が多いのと厄介な付随効果があるから、【炸裂魔法】以上に凶悪よ!」


 ゼラさん、解説ありがとう。でも、攻略自体は既にできているんだよね。

 多分当たって爆発するタイプの魔法だから、避ければ問題ない。

 【縮地】を使って肉薄する。


『〝森羅万象ヲ分散シ、五素ヲ取リ出シ、顕現セヨ。劫火、暴風、冷気、雷撃、水流――』


 【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用して薙ぎ払った。……どうやら間に合ったみたいだ。

 しかし、最後の魔法、なんだったんだろう? 物凄いヤバそうな詠唱だったけど。


「ゼラさん、終わりましたよ」


 振り返ったボクを衝撃が襲った。……この感触は、抱きつかれたのか?


「……良かっ、た。梓さん、が……無事で……良かった、わ」


 なんで涙を流しているんだろう? 確かにゼラさんとは親しくさせてもらっていたけど、こんなに距離が近づいていたっけ?

 ……どうなんだろう?

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