ROUTE6:もう一人の王子様の襲来と勝負。
(元)我儘令嬢ロゼッタ[十歳] 場所フューリタン公爵家屋敷 自室
ノエリア様も度々屋敷を訪れるようになり、ジルフォンド様の接待とノエリア様との楽しいガールズトーク? (だいたいはロマンス小説の話)と時々シャートとの料理勝負の見届け、図書館通いのローテーションが私の日常となっております。
……うん、図書館通いの時間減ったよ。まあ、図書館に行ったら前みたいに素通りすることなくフィード様に挨拶して、二言三言言葉を交わすことも増えてきた。
いつか歴史トークできるようになったらいいなぁ。こっちの世界、歴史の話題で盛り上がれる友達がいないから。
「そういえば私、婚約しましたわ。お伝えするのが遅くなって、申し訳ございません」
そんなある日、いつも通りノエリア様と楽しくロマンス小説の話をしていると、思い出したとばかりにそう言った。
いや、別にそんなに謝らなくてもいいよ。そんな真っ先に伝える相手でもないだろうし……。
お相手はジルフォンド様の弟のヴァングレイ=エリファスかしら? 確か乙女ゲーム『The LOVE STORY of Primula』の攻略対象の一人だったわよね?
まあ、私の管轄ではないし破滅ルートはない筈だけど……無いわよね?
……ところで、婚約したのにその婚約者置き去りにしてかなりの頻度でフューリタン邸を訪れている訳だけど、本当に大丈夫なのかしら?
「……ところで、ノエリア様は私の家に来ている場合なのですか? いえ、来て欲しくないとかそういうことではなくて……来てくださるのはとても嬉しいのですけど、婚約者の方と過ごされなくていいのでしょうか? って思いまして」
「…………あっ。ロゼッタ様とのお話が楽しすぎてついつい婚約者のヴァングレイ様を放置してしまいましたわ」
……えっ、マジですか。
◆
「ロゼッタお嬢様、エリファス大公家のご子息がお嬢様に用事があるとご訪問されました」
「? ジルフォンド様ならいつも通り迎えればいいでしょう? 何を慌てて……」
……あっ、そっちか。
「いえ、それが違うんですよ、お嬢様。ヴァングレイ様がお越しになっているのです」
……マジですか。えっ、もしかして逆恨みで刺されるの? 婚約者を誘惑した罪とかで? 私、レズっ気は無いけど……。
油断していたわ。ロゼッタの破滅フラグはジルフォンド様とシャートだけだと思っていたけど、思わぬ伏兵がいたとは……どうしよう、私、不敬罪で首チョンパされるの!?
急いで応接間に行くとヴァングレイ様と思われる少年がソファーに踏ん反り返っていた。
「遅かったな。客人を待たせるとは、この家では客人は待たせるものだという教育でもしているのか? ふん、公爵令嬢といっても所詮はその程度か」
……腹立つ物言いだな。太々しい態度しか取れない貴方こそ、残念な貴族の象徴に思えるけど。
まあ、相手は十歳のお子様。対する私の精神年齢は十歳にプラス二十二歳……前世だけで成人を超えているいい大人だ。どっかの探偵ものでお馴染みの見た目は子供頭脳は大人という奴だ。……変な薬を飲まされたんじゃなくて、転生したんだけど。
まあ、顔がちょっとヒクついちゃったのはご愛嬌ということで……ダメ、かな?
「僭越ながらヴァングレイ様。アポイントメントという概念をご存知でしょうか?」
「……なんだ、それは?」
ちょっとイラっとしたので少し大人の常識というものを教えることにした。……まあ、同席しているラナメイド長も疑問符を浮かべているけど。
「事前に面会などの約束を取り付けておくことです。事前に約束をしておけば迎える準備もできますし、今回のように不快な気分にさせることにもなりません。……こちらにもこちらの都合があります。仮に私が留守にしていた場合にはどうなさるおつもりだったのですか? 一方的に押しかけておいて居なかったら怒鳴り散らすというのは少々傲慢が過ぎると思いますが」
するとヴァングレイ様は何がおかしいのか腹を抱えて笑い出し――。
「フフフ、アッハハハハハ! まさか、フューリタンの傲慢令嬢に傲慢と言われるとは思わなかった!」
「……そうですよね一年かそこらで人は変われませんよね傲慢なことを自覚し少しでも謙虚に生きようとしていたつもりですが周りから見たら何も変わっていなかったのでは意味がありませんよねロゼッタは所詮どこまでいってもロゼッタ根っからのダメな子はどこまでいってもダメな子です破滅真っしぐらです寧ろ破滅しちゃった方が世界のためになりますわよねならいっそ破滅しちゃいましょうかというかそれくらいなら爵位もなんでも捨てて冒険者にでもなんでもなりますからとっとと断罪して放り出して欲しいと――」
「……おっ、お嬢様。お気を確かに」
……いけないいけない。少し気分が動転していたみたいだわ。ありがとう、ラナメイド長。
「だっ、大丈夫か? ……その、すまなかった」
ヴァングレイ様は傲慢な態度を作っているだけで、本心は優しい方なのかもしれないわね。
「ごほん。ロゼッタ=フューリタン、今日はお前に話があって来た。ノエリア=フォートレスのことは知っているよな」
キター! 単刀直入にキター! マジで、マジで刺されるの、私!? 単刀直入だけに短刀でグッサリされるの!?
……よし、違うかもしれないし惚けてみよう。
「……ええ、存じ上げております。ノエリア様とは親しくさせて頂いておりますわ」
「俺がノエリアと婚約したことは勿論知っているよな。――単刀直入に言う、俺のノエリアを妄りに誘惑するな!」
……やばい。ガチな奴だった。こんなに当たって嬉しくないアタリってなかなか無いよ! アタリが出たらもう一本って、私二度殺されるのッ!! 私猫じゃないから命が複数ありませんし、例え九つ命があっても九回刺されるのは嫌です!!
そうだ。とりあえず、私にそのような趣味がないことを伝えよう。
「……私は至ってノーマルですわ。百合とかBLは千佳さんの管轄。――確かに私はノエリア様と友人のつもりでいますが、それ以上でもそれ以下でもありません」
「……あの、お嬢様。チカ様とはどなたでしょうか?」
そういえば千佳さんは私の前世の世界の人物――ラナメイド長が知るはずもないよね。
ここはしらばくれることにしよう。
「嘘だろ? 俺が色々なことに誘っても『ロゼッタ様とお約束がありまして』と毎度断られ、まともにデートにすら誘えない。それ以外の時は口を開けば『ロゼッタ、ロゼッタ』とお前のことばかり。――どう考えても友人以上の関係があるとしか思えない」
……えっ? そうなの、ノエリア様。
単純にヴァングレイ様のことを忘れていたんじゃなくて? まさか、レズっ気があるのは貴女の方なの!?
「……ロゼッタ=フューリタン、お前に勝負を申し込む。もし、お前が勝てば婚約を破棄しノエリアのことは綺麗さっぱり忘れよう。だが、もしお前が負けたら二度とノエリアには近づくな」
獰猛な笑みを浮かべながらヴァングレイ様がそう宣言した。
「……失礼ながら、このことは私達だけで判断するべきことではないかと。ノエリア様にも確認を取るべきことですわ」
ということで日を改めて、ノエリア様に確認を取った。
「……確かにロゼッタ様との楽しいお喋りに夢中でヴァングレイ様の誘いを断り続けた私に責任がありますわ。……申し訳ございません、ロゼッタ様。ご迷惑をおかけしてしまって」
「構いませんわ。……側から見れば婚約者から令嬢を強奪しようとしているようにしか見えませんし……ところで勝負の内容はどうなさいますか?」
勝負をすることが決まっているだけで、まだ具体的にどのような勝負をするかは決まっていない。
「ロゼッタ、勝負の内容はお前に任せる。挑んだのは俺の方だからな」
どうやら内容が私が決めていいようだ。――それなら。
「勝負の内容ですか。――
「チェス……なんだそれは?」
◆
チェス――欧米圏のみならず、全世界150か国以上で楽しまれているボードゲームだ。
古代インドの戦争ゲーム、チャトランガが起源であると言われているこのゲームは、二人零和有限確定完全情報ゲーム。
つまり、ゲームを行うプレーヤーが二人で、個々のプレーヤーの指す手の組み合わせに対する利得の合計が全て一定の数値になり、ゲームにおける各プレーヤーの可能な手の組み合わせの総数が有限であり、プレーヤーの着手以外にゲームに影響を与える偶然の要素が入り込まない、各プレイヤーが自分の手番において、これまでの各プレイヤーの行った意思決定について全ての情報を知ることができるゲームである。
私はゲームに公平さを求めた。最善手を打ち続けた場合、先手後手のどちらが有利かが未だに出ていない、かつ偶然の要素が入り込まないこのゲームは公平な勝負をするのにピッタリである。
「今渡した紙に駒の動かし方とルールは書いてありますわ。キングを取られたら負けですわよ」
「あっ、ああ。分かった」
ちなみにこの世界にチェスは存在しない。このチェスの駒とゲーム盤は木工師の方に頼んで作ってもらったものだ。
ちなみに、屋敷のメイド達は休憩の時間にやっているらしい。
「では、先手は白の駒の私から」
勝負を開始する。まずはキャスリングを目指して駒を動かしていく。
一方ヴァングレイ様は基本的に前進を選ぶ攻めに特化した戦い方をするようだ。……まあ、そんな感じはするよね。
ちなみに私はチェスが得意という訳ではない。さっきの知識も“全てがゲームで決まる”という異世界を舞台にした異世界ものを読んでいる千佳さんから教えてもらった伝聞知識に過ぎない。
まあ、昔から将棋とともに多少嗜んでいたって感じかな? どっちも起源はチャトランガだ。
さて……次はどう打とうか。
「ロゼッタお嬢様、ここはビショップを斜めに出した方がよろしいと思います」
「そっ、そうね。ありがとうイセル……」
なっ、なんでお前がいるんだ! 変態執事! 確か〝
「……なんで、貴方がいるの?」
「何故って、ここまで可愛いご令嬢様がいらしているのに私が黙っている訳ないでしょう?」
マズい! イセルガがノエリア様を
「……イセルガ、ノエリア様が怯えているでしょ。やめなさい……速やかにやめてここから出て行きなさい。出て行かないというのなら、分かっているわよね」
いつも通りを心掛け、笑顔を作る。だけど、多分不恰好な笑顔だ。私の心の底から並々ならぬ怒気が溢れて出てくる。
「ロゼッタお嬢様、どいて下さい。邪魔をするということでしたら、お嬢様相手でも容赦はしませんよ」
スキル発動――【透明化】だ。ならば、私は【反響定位】でお前を捉える。
「そこか! 〝魂を揺らせ、不可視の竜巻〟――〝
イセルガを捕捉した位置に向けて【精神魔法】の竜巻を放つ。
竜巻を受けたイセルガはグロッキー状態になって机の上にぶっ倒れた。……あっ、盤上がめちゃくちゃに。
「……お義姉様。ごめん、イセルガを取り逃がした」
巨大化したラビラビを連れたシャートが部屋に入るなり申し訳なさそうな表情で謝罪した。
……貴方のせいではないわよ。そもそもシャートとイセルガの相性は最悪なんだし。
「大丈夫よ。……シャート、イセルガを部屋まで運んで下さらないかしら? またここで邪魔されても面倒ですわ」
「……分かった」
念のために〝
ちなみにイセルガを運んだのはラビラビ――まあ、子供のシャートにイセルガを運ぶのは無理よね。私にも無理だわ。
「……ロゼッタ、あの執事は?」
怯えるノエリア様を庇っていたヴァングレイ様が抑揚のない声音で尋ねた。
まあ、怒るのも無理ないわよね。大切な
「イセルガ=ヴィルフィンド、私の執事ですわ。二年前に仕事が無く当てもなく彷徨っていたところ私が拾って屋敷に連れ込んだのですが、可愛い女の子を好き過ぎて食べてしまいたいと考えるほどの変態性を見抜けず、連れ込んだことを後悔している私の頭痛のタネです。……解雇するにもアレを野に放ったら野に放ったで被害が拡大しますし、とりあえず私が押さえるしかないと思っているのですが、なかなか上手くいかないのですよね」
私のせいでノエリア様を怯えさせてしまった。傷つけてしまった。
……もしかしたら、これはノエリア様と縁を切れという神の啓示的なものなのかもしれません。私自身は神を信じてはいませんが。
「……ノエリア様、今日限りで縁を切りましょう」
「…………ロゼッタ様?」
「嫌ですわよね。こんな危険な目にまで遭わされて。婚約者様との時間も奪い、危険な目にまで遭わせて。そんなものは友達でもなんでもありませんわ。……丁度いい機会です。私のことは忘れて下さい。友達なら私よりもいい方達が沢山できると思いますし、もう既にいらっしゃると思いますわ」
ノエリア様との時間は充実していた。この世界でできた友達は守りたいと心の底から思えるほど大切だった。
だけど、私はそんな友達を傷つけた。私が直接手を下していないとしても、詰めの甘さが招いたのなら、それは私の所為。
「…………ロゼッタ、まだ勝負は終わっていない」
「今更勝負をして何になりますか? 私にはノエリア様の友達を名乗れる資格がないことはこれではっきりしましたわ」
「いいから勝負しろ!! まだ勝負は終わっていない」
何故、ヴァングレイ様が怒るの? 私とノエリア様との関係が切れれば、一緒にいられるようになる。
このまま流れに身を任せればいいのに、何故逆らうの?
「……チェスは続行不可能だ。勝負のルールを変えたい」
「……なんで、そこまで勝負に拘るのですか?」
分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない。
一体、ヴァングレイ様はどうして勝負に拘るの? もう決着のついた、やる必要のない勝負を。
「俺は俺の手で勝ち取りたい。そのために勝負を仕掛けた。……なのに、よく分からんことで勝手に勝負を終わらせられて、そんなの納得できると思うか!?」
……はぁ。ヴァングレイ様は心底面倒な方だ。
……いえ、私も人のことをとやかくは言えないわね。
ノエリア様の気持ちも考えずに勝手に突き進んだ。ノエリア様の気持ちを考えるべきだと言い出したのは私なのに……。
「分かりました。再開しましょう。……それでルールはどうしますか?」
「……ノエリアに決めてもらいたい。ノエリアを友人から引き離すか否かを決めるゲームだ。それを選ぶ権利はノエリアにある」
ノエリア様は数分黙考した後、一つの勝負を提案した。
「一つ小説を書いてきて下さい。その良し悪しで勝敗を決しましょう」
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