白衣を着た偉そうなエルフと涙目になっているダークエルフの女性が目の前に居たら当然ダークエルフの方に加勢する筈だ。……文学研究の派閥的に。

 異世界生活十一日目 場所エルフの里 ティル・ナ・ノーグ邸


 リーファがオーベロンを連れて一旦応接間を出た。

 俺は白崎達から一斉にジト目を向けられる。……全く俺に非がないのに好感度が急暴落したり、一斉にジト目を向けられたり、色々とおかしい。俺はひとりぼっちで異世界を攻略するどっかのライノベの主人公みたいにジト目成分を嬉しがる性質はないから!

 ……確かに、第三者が見たら「白崎さん達可哀想。草子君の鬼畜!!」って言うかもしれない、というかほぼ確実に言うだろう。あっちは超絶美少女と容姿上位に入るであろう二人に加え、中身は残念だけど容姿だけは・・・“天使様”に匹敵する二人までいる。確実に美少女補正が掛かるな。美少女だから許そう的な……巫山戯んな! そんなもので黒を白と言いくるめられてたまるか!!


 そもそもの話、聖とは迷宮を出た後に分かれる予定だったのに何だかんだでここまで着いてきただけだ。

 リーファはエルフの里まで送り届ける約束をしただけで、彼女の言うBL布教の旅に出るとは一言も言っていない。

 白崎達はそもそも助ける時点で反対したし、助けたからそれでおしまいでいい筈なのに文句を言うから仕方なくエルフの里まで送り届ける約束をしただけだ。


 だから嫌なんだ。一度でも「仕方ないな」的な態度をとるとそれにつけ込んでくる。……というか、そもそも俺は白崎達のためを思って言っているのになんでそれが分からないんだ?

 地球に居た頃は俺を避けていた。変態! 気持ち悪い!! と陰口を叩かれていた。それが異世界に来て掌を返したように「草子君と一緒に居たい」なんて言う筈が無い。異世界に召喚されたらといってモテ期が到来するならば、モテない男達はみんな異世界に召喚されている筈だ。そんなものは物語の中にしかない幻想、まやかしに過ぎない。

 本当に嫌なのに、苦痛を伴ってまで一緒に行動する必要が果たしてあるのか? 命を助けてもらったから仕方なく一緒にいるということなら、速やかに俺のことなど捨ててパーティを離脱すればいい。実際、白崎達は俺とは違う、選ばれた者だ。主役に相応しいチートだ。バグったモブじゃない、正真正銘本物の勇者だ。そして、その力を十全ではないとはいえ揮えるようになった。そのためにできることは全てやった。

 至れり尽くせりだ、完璧だ。なんたって、凝り性完璧主義の俺が今できる全てを総動員して教えたんだ。アフターケアまで万全の筈だ。……もう、俺と一緒に居る旨味、無くね?


 リーファ達が帰ってきた。作戦会議? は終わったのだろうか? やることやったらとっととエルフの里出たいんですけど!! ……でも、その前に深緑図書館には行きたいな。


「草子殿、我が娘を救ってもらったお礼をしたい。しばらくこのエルフの里に滞在してみてはいかがだろうか? この里には深緑図書館というエルフの里の書物を数多く所蔵している図書館もある。きっと、草子殿も満足できる筈だ」


 リーファが白崎達にサムズアップしてる。……さては、お前の入れ知恵だな。

 くそ、俺が本の誘惑に勝てないことを利用しやがったな。悔しい、悔しいが、完敗です!! しばらく留まります。――図書館サイコー!!


「分かりました。お言葉に甘えてしばらく滞在させて頂きます。宿はこちらで取りますのでお気遣いなく。あっ、聖さん達の部屋の用意はお願い致します。その分の代金はこの金貨30枚で!!」


「いや、客人から金を取る訳にはいかないよ。それより、草子殿はこの家に泊まらなくていいのか? 本当にいいのか?」


「豪邸にいるとなんだかいたたまれなくなる庶民な性分でして。それに、図書館との往復だけなので一番近いベイリーフの宿に宿泊しようと思います」


『……既に【全マップ探査】で深緑図書館とそこから最短距離の宿を調べ上げたんだね。流石は、無駄なく追い詰める草子君』


 ……追い詰めるは余計だよ。俺、別に誰かを追い詰めようとしてないから。まあ、敵対したら逃げ道は徹底的に塞ぐタイプだけど。


「なら、せめて図書館の案内を任せさせてくれ。知り合いの図書館長に司書に案内をさせるよう頼んでおく」


「ありがとうございます。……本当はそこまでして頂かなくてもいいのですが、ありがたく受け取っておきます」



 ティル・ナ・ノーグ邸を出て図書館に向かう……と見せかけて、店が立ち並ぶ商業区へ。

 狙いは結局押し付けて半分になってしまった資金の調達と、紙の大量購入だ。……要するに半分は俺のせいだ。


 なんでも、エルフの里の特産品は果実酒と紙らしい。中でもエルフの里で生産されるレージェと呼ばれる植物を使ったレージェ紙は、マスタートレントと呼ばれる魔獣の幹を使用して作った最高級紙には一歩及ばないものの高級品として愛用している金持ちも多いそうだ。国によっては公式文書用の紙としても使われているらしい。

 ちなみに、材質は雁皮を用いた斐紙に近いようだ。ちなみに、あのBL本もこのレージェ紙を用いて作ったらしい……もっといいことに使えよ。


「いらっしゃい! おっ、見かけない顔だね。さては、外から来たね。うちはいい品物を沢山取り扱っているよ!!」


 美女のエルフ店員さんが出迎えてくれた。……まあ、美男美女じゃないエルフの方が多分珍しいけど。

 しかし、この空気感只者じゃないな。商人特有の匂いというか……あの行商人さんに比べたらひよっ子だけど、相当腕が立つ商人だな。……怖や怖や。


「その前に、売却したいものがあるんですが……【鑑定】って頼めますか?」


「アタシは【鑑定】スキルを持っているよ。というか、『持ってますか』じゃなくて『頼めますか』ってことは最初から私が【鑑定】持ちだったことを知っていたわよね?」


「……ご想像にお任せします」


 やっぱり商人は侮れない。強敵だ……明らかにニートが戦う相手じゃない。


 とりあえず皮の袋に手を突っ込んで目的のものを引っ張り出す。


「とんでもないものを出してきたわね。……いかにもって感じの甲冑だわ」


 取り出したのは伝説ファンタズマル・イメージ・の甲冑ザ・ライオンハート伝説ファンタズマル・イメージ・の聖剣ザ・フォトンティン伝説ファンタズマル・イメージ・の盾ザ・デザイアピースの三つ。


「では、早速【鑑定】を…………って、これは、まさか!! フレーバーテキスト的にも間違いないわ! かつて世界を混沌と渦中に陥れた史上最悪の魔王エルディーアを滅ぼした勇者カイツが身につけていた伝説の武器防具!! それなりの豪商に売れば単品で白金貨五千枚……つまり金剛金貨五十枚は下らないわよ!! それが、三点セット全て揃っているから単純計算で虹金貨一枚と金剛金貨五十枚……商人としては買いたいけど、うちにそれほどの金は無いわ」


 ……すみません老害さん。金剛金貨と虹金貨ってなんですか! 聞いてないんですけど!!

 話からして金剛金貨が一枚一億円で虹金貨が一枚百億円ってところか。とりあえず、ルーズリーフにメモしておこう。


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◆ 三、貨幣価値について(おまけ)

 いるかは分からないけど、おまけで貨幣価値の説明をするよ。


・銅貨 価値は一枚で一円。

・銀貨 価値は一枚で百円。

・金貨 価値は一枚で一万円。

・白金貨 価値は一枚で百万円。

・金剛金貨 価値は一枚で一億円。

・虹金貨 価値は一枚で百億円。

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 ……多分大量に出現していたから勇者カイツが身につけていた伝説の武器防具でないことは間違いないけど……これ、使えそうだな。

 勿論、特に指摘とかはしないよ。ちゃんと【鑑定】してもらったのにその【鑑定】に素人がケチつけるなんてできる訳がないからね。あははー。


「……ちなみに、どれくらいの額ならお支払い頂けますか?」


「白金貨十枚が限界だわ。それ以上だと店の経営に問題が出てきてしまうから」


 白金貨十枚……日本円に換算して一千万円か。十分じゃないかな? とりあえずは。別に豪遊しなければそんなに使わないだろうし。まだいっぱいある訳だし。


「でしたら、その白金貨十枚とお支払いできない分はこの店にあるレージェ紙全てということでお願いできませんか?」


「ええ、貴方がそれでいいなら良いわよ。……寧ろいいのかしら? もっと高く売れるのに」


 ……まあ、元手ゼロだから例え銅貨一枚でも儲けになる。側から見るとぼったくっているようにしか見えないな、俺。

 まあ、これで紙には困らないし、インクのきれないボールペンもあるから、写本については問題ないだろう。

 当面の生活資金も得ることができた。


 ということで、店を後にしていよいよ図書館へ。図書館には先回りしていたらしいリーファ達の姿があった。……せっかく一人で悠々自適に本漬け生活を送ろうと思っていたのに、本喰いに耐性のないこいつらに配慮したらエンジョイできねえじゃねえか!! もう知らん、こいつらは勝手に先回りして俺の行き先に来たんだ。こいつらに配慮する必要なんてない。我慢する必要なんて無いんだ!!


「お待ちしておりました、草子様ですね。この度図書館を案内させて頂く、セルジアと申します。以後お見知りおき下さい」


 美少年司書さんが出迎えた。リーファの目にハートが浮かんでいる。……あれだな。瞬時に脳内で俺とセルジアが絡んでいる光景を思い浮かべたな。どっちが受けでどっちが攻めかは知らないが、とりあえず。


「伸びろ如意棒……的な」


 皮の袋からエルダーワンドを取り出して、リーファの腹に向けて思いっきり伸ばしてやった。

 リーファは腹を抑えて悶絶しながら転がりまくっている。


「図書館の中ではお静かに、そして暴れるな。お父さんとお母さんに教わらなかったか? 常識だろ?」


「……草子君、流石に知ってても無理だと思うな。というか、腹に一撃って流石に酷いわよ!!」


「“天使様”、何か仰りました?」


 なんか無意識のうちに【威圧】を発動していたみたいだ。それか、元々の目つきのせいなのか? 白崎が半泣きになって崩れ落ちた。


『草子君、いくらなんでも酷いわよ』


「……どう考えてもBLのネタにした方が酷いだろ? “天使様”の方は完全に俺のミスだから謝罪するけど」


『……確かに、リーファさんは自業自得ね』


「……ぐすん。草子君がまた名前忘れてるよ。“天使様”としか呼んでくれないよ」


 どうやら聖は納得してくれたようだ。……白崎、なんで泣いてるんだよ。“天使様”って褒め言葉だろ? どう考えても。


 そして、困惑している方がもう一人。俺はセルジアに声を掛けた。


「とりあえず、案内して頂いてもよろしいでしょうか?」



「こちらは、図書館地下にあるホールです。小ホールが五つ、中ホールが三つ、大ホールが二つの全部で十個の部屋が用意されています。会議ごとに使われることが多いですが、他にも学術研究の発表の場として使われることもありますね。実際、本日も行われていますので試しに見学してみてはいかがでしょうか?」


「是非!!」


 俺は端くれとはいえ文学研究を志す者だ。国立大が運営する国文学会の会費も支払い、これまでに一度は参加して先輩方の発表を聞くことや他大学の教授の特別講義を受けている。

 浅野教授から「何か一つ研究をしてみないか」と言われ、「『堤中納言物語』の一篇『逢坂越えぬ権中納言』の作者小式部の正体」をテーマに実は既に研究を開始している。『六条斎院物語合』(天喜三年五月三日庚申九番)を中心に様々な文献を読み進めている途中だった。……異世界に召喚されなかったらもう少し研究してそれなりの形にはできたと思うけど。


 という感じで、俺の文学研究にかける情熱は少なくともそこらの高校生よりは高い筈だ。

 学術研究の四文字を聞けば、這ってでも行きたくなるのは当然だろう。……図書館といえば文学研究だろうという安易な考えだったが、後々考えてみるともし仮に数学研究とか物理研究とかだったら手も足も出なかったな。まあ、結果的に文学研究だったから良かったし、歴史研究なら多少はついていけたと思うけど。


「ちなみに、今日はどのような学術研究の発表が行われているのですか?」


「エルフを代表する小説『デルフィア英雄譚』という物語に関する学術研究発表ということになっていたと思います。――そうだ! そのまま聞いても分からないと思いますので、『デルフィア英雄譚』の本を持って来るように他の司書に頼んでみます」


 セルジアは近くにいた司書に声を掛けて本を取ってくるように依頼した。……うん、できる司書だな、この人は。出世すること間違いなしだろう。

 というか、図書館長直々に案内を任せられる時点で相当凄い人なのか。次期図書館長とかかな?


 地下に移動して廊下を進む。いくつも扉がある中で一番奥にある部屋の扉を開けた。

 中は半円のすり鉢状の講義室のようになっていて、何人かのエルフと少数だがダークエルフの姿もある。……てか、ダークエルフ居たんだ。


 中心部には白衣を着た見るからに偉そうなエルフと若い女性のダークエルフの姿がある。……形勢的にはダークエルフの方は不利な感じだな。腰を抜かして涙目になっているし。


「いいかッ! 『デルフィア英雄譚』は後にエルフの英雄となる忌み子デルフィアが困難を乗り越え、最後はエルフと敵対するダークエルフの王を殺し、デルフィアを捨てた親を見返す物語だ。それ以外の解釈は存在しないのだ!! 『デルフィア英雄譚』の代表的な研究者であるジェルフィギス氏をはじめとして全ての学者がそう結論づけている。同時代の学者達も全員が言っているのだから間違いない!! 〈作者の意図・・・・・〉は、デルフィアの成長を模範としてエルフの子供達に成長してもらいたいという願いと戦争の肯定、それ以外には存在しないと!! 何が『それ以外にも解釈の仕方があります』だ!! 研究の“け”の字も知らない小娘が偉そうに!!」


 なるほど、状況は分かった。あれだな、一九八五年(昭和六十年)に起きた「作品論」提唱者の三好行雄と「テクスト論」信者の小森陽一に端を発する『こゝろ』論争的な奴だな。……結構問題視されているんだよな。文学研究の新しい方法を模索するための実験場とされたことで、『こゝろ』は学者達のおもちゃにされたって。……まあ、否定はしないけど。でも、あの事件によって日本でのテクスト論が広がりを見せたのも確かだからな。


 さてと……加勢するとしますか。……あのエルフの研究者老害、マジで腹立つから。

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