冒険者ギルドに登録するよりも直接行商人に売りつけた方が儲かるようだ。冒険者になった方が損をする世界だね。冒険者という名前の甘美さに惑わされた結果、莫迦を見る世界だね。流石は異世界カオス。

 異世界生活十日目 場所アルルの町、冒険者ギルド


 ギルドマスターはテンプレ通りおっさんだった。……もう一つのテンプレ、ごっついおかまさんが現れるかと思ったけど、そっちじゃ無かったようだ。

 ……まあ、正直どっちでも良いけどね。この状況からとっとと解放してくれれば。


 部屋には他にも何人か見覚えのある顔があった。聖、リーファ、白崎、朝倉、北岡……ああ、忘れてたのこいつらか。いや、魔法撃つのに忙しくて忘れてたわ。……ちゃんと思い出したんで無罪放免ということでオネシャス。


「アルルの町の冒険者ギルドのギルドマスターをやっているディオルだ。……さて、早速だがここに呼び出されたことに心当たりは?」


「いえ、全く? えっと……冒険者ギルドに来て俺だけ冒険者登録ができないことが分かったから俺だけ手持ち無沙汰になって、とりあえずお金ないから商人に持っていた武器とか買い取ってもらい、その代わりに魔法薬と薬草と魔法書を購入して、その後は町の外の草原で魔法の試し撃ちをして、でMPは切れてないけど疲れたからアルルの村に戻ってきたら、門番さんは怯えているわ、受付のお姉さんは血相変えて走ってくるわ……うん、全く意味が分かりません」


「……その魔法の試し撃ちが問題じゃ。一体どこの世界に試し撃ちで天変地異起こす奴が居るんじゃ!?」


 ……いや、天変地異とか起こした記憶無いんデスケド。ただ〝極寒世界ニヴルヘイム〟と〝灼熱世界ムスペルスヘイム〟と〝霹靂領域セレスティアル・サンダー〟と〝流星雨メテオロス・レイン〟と〝超重力スーペル・グラヴィタ〟を使っただけで……あれ、これって天変地異? いや、ヨルムンガンドさんとか普通ににーとに対して使ってたけど……あれー?


「……えっと、俺普通にこのレベルの魔法撃たれましたよ。で、普通に相殺しましたよ」


『草子君……それ、もしかしなくてもヨルムンガンドのことよね! あれが普通じゃないってあんたが一番知っているでしょ! 普通はあれ撃たれたら速攻死ぬから』


「……聖さんも死なないよね?」


『あたしはもう死んでるから!』


 うむ、風向きが明らかに悪い。このままでは俺が天変地異を引き起こした魔王のような扱いをされてしまう……このまま、アルルの町を消滅させれば証拠隠滅できるんじゃね? まあ、これは最終手段としてとっておこう。俺は平和主義だから、あんまり争いはしたくないんでね。……できれば放っておいて欲しいです!


「……では、ギルドマスター……えっと、誰でしたっけ?」「ディオルじゃ!」「ディオルさんに質問です。貴方は……そうですね、〝極寒世界ニヴルヘイム〟を使えるようになったとします。しかし、これまで一度も使ったことはない。……このままではいざ戦闘となった時に使えません。普通は一度くらい試し撃ちをして、使えるか確認するでしょう?」


「……うむ」


「ただそれをしただけです。特にアルルの町には出さないように細心の注意を払いました。アルルの町に被害を出すかもしれない魔獣も全て駆除しました」


「それは、ありがと……って、それじゃあマズイ! ここを拠点に活動している冒険者達の仕事が無くなってしまうではないか!」


「いや、俺冒険者じゃないんで、冒険者の食い扶持とか知ったことじゃありませんよ。……哀れにもにーとの職を押し付けられた俺は冒険者になれなかった。……にーとだからしぶしぶ就職を決意することも無理だな……勇者じゃなく冒険者だけど。でも、安心して下さい。魔獣肉には使い道があるし、武器は行商人に売ればいいのでお金にも困りません。冒険者ギルドに討伐報酬として提出する魔獣の部位の代金など微々たるもの、うん、冒険者になるよりも行商人とお友達になった方が儲かるね」


 別に冒険者にならなければならない理由などない。冒険者ギルドは素材部位や魔獣の武器などを買い取ってくれるらしいが、勿論冒険者ギルドが儲かるように安く買取、高く行商人に売る。

 だが、直接行商人に売りつければ儲けは全て売った者のものだ。……冒険者になった方が損をする世界だね。冒険者という名前の甘美さに惑わされた結果、莫迦を見る世界だね。流石は異世界カオス。


「やっぱり、草子さん怒っていますね。ギルドを出る時の雰囲気でなんとなく嫌な予感はしていたんですけど、案の定でした」


「草子君ってどうでもいいことは忘れるけど、どうでも良くないこととか不快感を抱いたことだけは憶えて末代まで祟るタイプだから。……というか、この場合の末代はアナタになるタイプだから」


 リーファと“天使様”が小声でそんなことを話していた。……ちゃんと聞こえているよ。こっちには【聞き耳】と【読唇】があるからな……って言っている間に【聞き耳】が上位互換化して【地獄耳】になった。【聞き耳】より聞こえそうだ。


「聖さん達は冒険者登録できたんだよね?」


『勿論! ……ってまだ冒険者になったばかりだからランクは一番下の藍だけどね』


「なら、ここでの用事は終わった。目ぼしい宿は【全マップ探査】で見つけておいたから、そこに移動しようか」


「待て! まだ話は終わっとらん!!」


 いや、もう終わったでしょ。万事解決したじゃん。

 俺は冒険者になれない。だから別ルートで儲ける。それでお金には困らない。聖達と別れた後の旅費の準備もこれで完璧だ。


「……じゃあ、俺を冒険者にでもするの? 例えできるとしても今更無理だよ。なんのメリットも無いのに俺は人の下につきたくないし。寧ろデメリットしかないし」


「……お主を冒険者にすることはできん。これは決まりだ。もし、その前例を破れば他の冒険者から苦情を言われるからの。だが、特例としてお主を冒険者とは別枠で雇いた――」


「……あのさ、ちゃんと話し聞いてた。俺に首輪をつけて管理したいってことだろ? 俺モブなのに? そんな警戒する必要無いと思うけど? ……ってか、そんな分かりやすい罠に今時小学生も引っ掛からねえよ。冒険者より高い給金は出せない、自由は制限される、ギルドに管理される……それのどこに俺に対する旨味がある? 明らかに俺損だよ!」


 何故こんなモブ如きを辺境とはいえギルドのトップが警戒するのかはよく分からないけど、こんな見え見えの罠に引っ掛かると思う時点で底が知れる。


「……次にこんなつまらないことのために呼び出したら……この町吹っ飛ばすよ? じゃ、用事が済んだので帰ります。異論は認めん!」


 部屋の扉を力加減を間違えないように開けて外に出る、聖達もそれに続いた。



【ディオル視点】


 どうやら、儂はとんでもない者を敵に回してしまったようじゃ。

 彼の仲間だという少女達から、彼がどれほどの強さを持っているかを聞いていたが、それ以上に彼はとんでもなかった。


 MPをほとんど消費せずに一流の大魔導師アークウィザードがMPのほとんどを消費してやっと発動できる大魔法を発動する。

 その底なしのMPと天変地異すら引き起こせる魔法だけで最早異常で危険だが、仲間達によればそれすらも彼の片鱗に過ぎないらしい。


 我流ながら体術も一流、武器の扱いにも優れ、HPとMPを吸い取る術も使う。多くの知識を有し、それらを引き出して自分の戦術に組み込む力も持ち合わせている。

 しかし、職業がにーと……JOBを搔き消すあの職業に就いているのでは、冒険者の職業を取ることはできない。必然的に冒険者にはなれない。……にーとさえ、にーとさえなければ、彼は冒険者になれた。それで全て丸く収まった。


 前例を破れば他の冒険者に責められる。冒険者ギルドは冒険者が居るから成り立つのであって冒険者に嫌われたらそこで終わりだ。

 だからたった一人を優遇することはできない。それが彼を担当した受付嬢の判断であり、儂の判断だった。……そして、間違えた。


 冒険者全員を敵に回しても彼だけは敵に回してはならなかった。それほどまでに彼は強い。……そして、本人はそれを自覚していない。なんで自覚していないんだろう? あんなにあからさまなのに?


 儂にできるのは、彼を冒険者とは別枠で雇うことだった。だが、それでは冒険者よりも悪い環境で我慢してもらわなければならない。冒険者よりも優遇すれば、冒険者達から責められる。


 やはり、ここで契約した場合のデメリットを理解していた。そして、断った。

 「もし、次に勧誘したらこの町を滅ぼす」と恐ろしいほどの満面の笑みと、全く笑っていない冷たく恐ろしい目つきを添えて。


 後に、冒険者ギルドは彼に二つの異名を贈ることになる。


 冒険者ギルドにまつろわぬ孤高の旅人の意味を込めて【まつろわぬ孤高の旅人】と息をするように厄災を引き起こす、文字通りの厄災という意味を込めて【たった一人で殲滅大隊】と。

 あっ、【たった一人で殲滅大隊】の異名を贈ったのは儂じゃ。徹底的にやってくれよった奴にせめてもの意趣返しと思ったのじゃが……果たして、どれほど効果があったものか?

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