【志島恵視点】腐女子達は異世界でBLの文化を広めるようです。

「ねえ、梓ちゃんは進藤君と久嶋君だったらどっちが攻めでどっちが受けだと思う?」


 私達はその日の昼食でもいつもと変わらずBLの話に花を咲かせていたわ。

 メンバーは、腐女子仲間の薫さんと眞由美さんとBLにも理解がある梓ちゃん。女子高生三人に男子高生一人っていう一種のハーレムみたいな組み合わせだけど、梓ちゃんはそれこそ女装させればクラスの女子の心を折れるくらいの素養を秘めている。……勿論私達に梓ちゃんを女装させたいみたいな願望はないけどね。まあ、BLの一種として男の娘と男の組み合わせは考えたことがあるけど、あくまで種類の一つであってそれをメインにしている訳じゃない。

 まあ、梓ちゃんは自宅とかで女装してたりしそうだけど。……うん、あり得るな。


 だけど、その楽しい時間は唐突に幕を閉じた。

 なんの脈略も無く教室の床に現れた幾何学模様――それが私達の日常が終わりを告げる合図だったと思う。


「あ〜、異世界召喚だね。創作の世界では溢れかえっている現象だけど、遂に現実にも来たかぁ」


 私達と違ってオタク知識全般に通じているらしい梓ちゃんは、このジャンル――異世界モノに対しても造詣が深いのだろう。

 私達は同じオタクでもBL特化型だからね。こういうのについてはほとんど知識がない。


「う〜ん、私あんまりその手の作品は読まないからよく分からないけど、梓ちゃん異世界ものって読んだりするの?」


「まあ、一応オタクを名乗るのに必要な教養だから一通り目は通しているけどね。しかし、結構マンネリ化しているから、そろそろ新風を吹き込んだ方がいいジャンルかもしれないな。……例えば、異世界が転移してくるとか、銀河単位で召喚されるとか」


 銀河単位で召喚か。それなら確かに面白そうだ。……別の意味で。

 混沌な展開になること間違い無しだよ。まず種族の項目に〇〇星人とかが追加されそうだ。

 しかし、異世界召喚か。他の世界に行くのは確かに怖いけど、それだけじゃない。楽しみなことも同じくらいある。


「しかし、異世界かぁ。王子様とかいるのかなぁ? ワイルド系の異国の王子様とのカップリングってのも見てみたいわね」


「それ良いわね。想像するだけでドキがムネムネするわ」


 流石は同志、薫さんも同じことを考えていたみたい。

 私達は、中世ヨーロッパ風の異世界で王子様に見染められたいとか、そういう高望みはしない。私達はシンデレラストーリーがあり得るほど可愛くないし、そういうタイプじゃないから。

 私達はただ側で見て居られればそれでいい。美しき王子様やマッチョ、ロリ少年の絡みを見られればそれでいい……って、なんだかこっちの方が危険な気がするけど。まあ、異世界にBLを普及しちゃえば異常じゃなくて普通になるよね? よし、異世界をBLで埋め尽くすぞ!


『――絶対に諦めないッ! 俺は、必ず大学に入学し、浅野教授のゼミに入る!! 約束したんだ、そのために頑張ってきたんだ!! その思いを、浅野教授との約束を絶対に諦めてたまるものですかァァァァァァァァァ!!!!!!』


 私達は異世界に召喚されることを半ば当然のことのように受け入れていた。うん、もう異世界でしたいことまで決めちゃったよ。

 きっと他のみんなもこの状況に困惑するか諦めて覚悟を決めたかのどちらかだと思う(異世界に何かしらの希望を見出したのは少数の筈)。だけど、たった一人だけこの異世界召喚に抗おうとしていたクラスメイトがいた。


 そのクラスメイトは、変態性が原因でクラスメイト全員から距離を置かれているけど、本に対する造詣の深さはクラス随一。うん、オタク達よりオタクだよ。本人は絶対認めないだろうけど。

 そのため、織田君達や梓ちゃんも(勿論私達も)「彼の紹介に間違いはない!」と幾度となくオススメの本を紹介してもらっている。頼むたびに物凄く嫌そうな顔をしてたけど。人付き合いが苦手なのかな? というか、一年の中間テスト辺りから本情報を教えてもらいに来るオタクとか腐女子以外と話しているところ見たところない。能動的に話しかけようとしたことに至っては高校に入ってからあったっけ? レベルだ。……ほとんどぼっち。

 確か勇気を出してBLを布教しようとしたことがあったんだけど、普通にさらりと流されたっけ。「すみません、俺本ヲ愛セバ皆救ワレル教の信者なんで。……あっ、放送協会の方でしたか? 受信料はちゃんとお支払いしている筈です」……って、宗教の勧誘と放送協会N〇Kと間違えられたけど、絶対アレ、ボケだよね? というか、本ヲ愛セバ皆救ワレル教って何! 絶対カルト宗教だよ。……まあ、冗談だと思うけど。そんな宗教名聞いたことないし。……まさか実在するの?


 そのクラスメイト――能因君が、椅子を持って幾度となく窓を殴った。だけど、召喚陣が出現したのと同時に張られたらしい結界に阻まれる。

 クラス随一のオタクである織田君達をして「あれは別次元だ」と言わしめる能因君ならば、その行為がいかに無駄なのかを理解していた筈だ。


 だが、能因君は止まらなかった。幾百度、いや幾千度椅子で窓を殴っただろうか? うん、疲れないのかな? 遂に決して壊れない結界にヒビが入り始める。

 能因君はその結界の綻びに向かって思いっきりタックルを喰らわせた。……能因君、地味に運動神経いいんだ。もしくは、火事場の馬鹿力? 歯の噛み合わせは……あっ、ちゃんと歯を食いしばってる。……って、こんな時になんで能因君の歯を観察しているんだろう、私。歯フェチとかじゃないわよ。


「あれ? これって、異世界もののテンプレが破られる歴史的瞬間に立ち会っているんじゃない? クラス召喚されたけど魔法陣に入らずに主人公だけが残ったり、屋根裏の点検用ハッチから脱出したってのはあったけど、幻想をぶち壊さずに気合と根性で異世界魔法を打ち破った奴は初めて見たよ。……まあ、それをしたのが能因君だと『ああアイツならやりかねない』って思っちゃうけどね」


「う〜ん、よく分からないけど、テンプレ展開は変えられないみたいだよ。ほら、魔法陣から光の触手みたいのが現れて窓の外に向かって勢いよく飛び出した」


 能因君を追いかける触手を見て、そんな会話を梓ちゃんと交わしたのを最後に、私の視界は真っ白に埋め尽くされた。

 その眩しさに思わず目を閉じてしまう。



 目を開けるとどこまでも真っ白な部屋が広がっていた。近くには薫さんと眞由美さんがいる。少し遠くには梓ちゃんもいる。よし、全員揃ってる。……えっ、他のクラスメイトは? って? 知らないよ、そんなの。特に仲良い子が居る訳でも共通の趣味がある訳でもないし。……一応織田君達だけは生存確認した方がいいか。同じ穴の狢であることには間違いないし。


「薫さんも眞由美さんも無事だったみたいね。移動した先で離れ離れになるっていう嫌な展開を予想したけど、そんなことにならなくて良かったよ」


 後々考えてみると、私のこの台詞がフラグになっていたのかもしれない。私って一級フラグ建築士だったのかも。……資格持ってないけど。


「本当に良かったよ。恵さんと眞由美さんがいればどんな世界でも希望を捨てずに生きられる」


「全く薫さんは大袈裟だな。でも私も恵さんや眞由美さんがいるから、これから行く未知の世界にもそれほど恐怖がないんだけどね」


 私も薫さんと眞由美さんが居なければ、一人だったら、私は笑えなかったと思う。BLを異世界に広める夢も頓挫していたと思う。

 って、なんだかGLみたいな雰囲気が出てきたな。断じて私達にそんな趣味はないよ! いや、百合好きの梓ちゃんの趣味を否定するつもりはないけどね。


「とりあえず、梓ちゃんと合流した方がいいと思うの」


「そうね、梓ちゃんならこれからどうすればいいか知っている筈だわ」


 薫さんと眞由美さんの同意もあり私達三人は梓ちゃんの居る方へと走った。


「ねえ、梓ちゃん。一応異世界もののテンプレについて教えてくれないかしら」


 色々飛ばし過ぎたかもしれない。まずは「大丈夫だった?」とか「飛ばされたのが一緒の場所で良かった」とか言うべきだったと言ってから思ったけどもう後の祭り。

 だけど、心優しい梓ちゃんは私の失礼な態度を気にする素振りも見せずに丁寧に異世界もののテンプレを教えてくれた。

 私達のクラスでは、というか学年? というか学校単位? では白崎さんが“天使様”とか“女神様”とか呼ばれているけど、私は梓ちゃんの方がその称号に相応しいと思う。可愛くって優しくて丁寧で、私達の趣味も理解してくれる――寧ろ、“天使”と言わずして何と形容すべきなのだろうか? ……聖女様とか? 女の子じゃないけど。


「ありがとう、梓ちゃん。やっぱり持つべき者は友だね。ところで梓ちゃんは、どうする? 良かったら私達と一緒にパーティを組まない?」


 梓ちゃんも一緒に来てくれたらもっと楽しくなるという確信があった。

 だけど梓ちゃんにも都合がある。無理強いはしたくない。だって、こういう友達ってのは無理強いするものじゃないから。一緒にいると楽しいから自然と集まって友達になるんだから。


「……う〜ん、まだ決められないな。織田君達とも相談してみたいし、ソロプレイも捨てがたいなって思ったり。もう少し考えてから答えを出してもいいかな?」


 そうだよね。梓ちゃんは私達だけじゃなくて織田君達とも仲が良い。

 それに誰かと行動することが全てじゃない。異世界上級者の梓ちゃんならソロプレイも平気そうだ。


「よく考えてから、決めてくれればいいよ」


「ありがとう。もし、志島さん達と一緒に行くことになったら、その時はよろしくね」


 だけど、梓ちゃんの選択肢は次の瞬間一つ消えることになった。

 織田君達を逃すまいとクラスの不良達が追いかけ、そこで争いが起きた。

 柴田さん達のグループは喚き続けている。正直、残された者達の空気は最悪の一言に尽きる。


「あの、皆さん。ボクもそろそろ行こうと思います。正直、こんな奴らのために・・・・・・・・・何かをしてあげたいとは露ほども思いませんから。志島さん達もこんな奴ら放っておいてスキルを選んだ方がいいですよ。早い者勝ちみたいですし」


 そんな中で動いたのは梓ちゃんだった。私達を気遣ってか、警告を残して扉を潜る。


「うん、確かに梓ちゃんという通りね。私も柴田さん達には呆れを通り越して哀れさを感じた。行きましょうか、薫ちゃん、眞由美さん」


 私はそう言い残し、薫さんと眞由美さんにアイコンタクトを送ってから、三人でタブレットの方へと移動した。それから一人ずつ順番に操作してスキルを選んでいく。


 私は各種言語スキルと八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマ、称号の【千の魔術を操る者】を選んだ。

 ……何故、言語スキルが残っていたんだろう? 真っ先に売れるべきものだと思うんだけど、梓ちゃんも織田君達も選ばなかったみたい。もしかして、言語スキルの有用性に気づかなかったとか? そんな……まさかね?


 とりあえず三人全員が選び終わったようだ。

 そのまま扉の方へと移動して、三人一緒に潜る。

 クラスメイトには視線を向けない。私達はもう彼らとは決別したんだ。


 さらば、同郷の者達。そして、こんにちは異世界のみなさん。

 さあ、異世界にBLを広めるわよ!



 異世界生活一日目 場所???の町


 気がつくと私達はどこかの町にいた。往来にはエルフ、ドワーフ、獣人など地球には居ない、ザ・ファンタジーな人々の姿も見受けられる。

 やはり、ここはファンタジーな異世界で間違い無いようだ。


 突然現れた私達に彼らは奇異な目を向けている。私達はファンタジー感満載の亜人種達に好奇な眼差しを向けている。……うん、異文化交流だ。西インド諸島に降り立ったコロンブスも原住民達にこのような視線を向けられて、向けたのだろうか? そういえば、コロンブスって最後までアメリカ大陸をインドだって思い込んでいたんだっけ? アメリカ大陸が真大陸だって発見したのはアメリゴ・ヴェスプッチだし……って今関係ない話か。私達が発見したのは新大陸じゃなくて、新世界だし。まあ、能動的に来たんじゃなくて受動的に飛ばされたんだけど。


 お互い奇異な目と好奇な眼差しを向けあっていても仕方ない。かといって、こっちからどうすることもできない。完全に膠着した。


「あら? 見かけない顔ね。それに可愛らしい異国の衣装。突然現れたみたいだけど、貴女達どこから来たの?」


 困っていると黒いローブを纏ったグラマラスで妖艶なお姉さんが声を掛けてきた。

 どうやら薫さんと眞由美さんはお姉さんの言っている言葉が理解できないらしい。うん、言語スキルを取ってて良かった。


「信じてもらえるかは分かりませんが……別の世界から来ました」


「もしかして、迷い人? でも不思議ね。迷い人って大体言葉が通じないって聞いてたけど」


 どうやらお姉さんは私達が別世界から来たことを信じてくれたようだ。……迷い人って単語はよく分からないけど、転移者の別名とかなのかな?


「私は言語スキルを会得してからこの世界に来たので。ですが、他の二人は――」


「二人のお嬢さんは私の言葉が通じていないなって感じだったけど、なるほど、言語スキルを会得していなかったってことね。不便でしょうから通じるようにしてみるわ」


 そう言い終わらないうちにお姉さんは杖を薫さんと眞由美さんに向けた。


「ねえ、なんか怖いんだけど。あのお姉さん、何って言ったの?」


「言葉を通じるようにしてくれるみたいだけど……」


「〝言の葉の加護を与えよ〟――〝翻訳トランスレーション〟」


 薫さんと眞由美さんを淡い光が包んだ。


「薫さん、眞由美さん。大丈夫?」


「特に身体に異常はないみたいだよ」


「うん、問題なさそうね。カオルさんとマユミさんで合っている?」


 どうやら、翻訳魔法が成功したらしい。二人もお姉さんの言葉が分かるようだ。


「色々とありがとうございます。――あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか? あっ、その前にまず私から名乗らないと失礼ですよね? 私は志島恵です。……えっと、志島が家名、恵が名前です。この二人は一薫さんと柊眞由美さん。二人も家名が前で名前が後ろです」


「私達の世界とは順序が逆みたいね。こちら流に合わせるならメグミ=シマ、カオル=ニノマエ、マユミ=ヒイラギという感じかしら? 名乗りが遅れたけど、私はミュラ=アンディルサント。職業は見ての通り魔法師で冒険者をやっているわ。――早速だけど、私と一緒に来てくれないかしら? 迷い人の報告を町にしないと、貴女達不法侵入の罪でしばらく軟禁されることになっちゃうから」


 もし、ミュラさんと会えなかったら軟禁されていたのかー。ミュラさんと出会えて良かったよ。


「分かりました。後、ご迷惑だとは思いますが、この世界のことについてお教え頂けないでしょうか?」


「それもそうね。私で良ければ教えるわ」


 ミュラさんと一緒に私達は町の門の方へと移動する。

 途中長身イケメンなエルフとすれ違った。思わず薫さんと眞由美さんと一緒に見惚れてしまう。


「あらあら、やっぱりどこの世界でも乙女は乙女か。貴女達もカッコ良かったり、美しい人と結ばれたいの?」


「いえいえ、私達にシンデレラなんて似合いませんよ。ただ、あのエルフさんとカップリングさせるなら、どのような殿方がいいかって妄想してしまっただけです」


「……えっ!」


 ミュラさんは素っ頓狂な声を上げ、長身イケメンエルフさんがビクっとした。もしかして、聞こえていたのかな?

 黄色い声を上げられていた長身イケメンエルフさんは逃げるようにその場を後にしてしまった。……残念。


「……もしかして、貴女達の世界ではそういうのが普通なの?」


「いえ、私達のような一部の人だけですよ。でも、私達はこのBL文化をこの世界に広げたいと思っています。ミュラさん、一緒に妄想しませんか?」


「えっ、遠慮しておくわ」


 ミュラさんは異世界のBL同志第一号にはなってくれないようだ。残念。

 でも、BL趣味は押しつけるものじゃない。潜在的にあるBL好きの性質がいつの間にか呼び起こされて、その趣味を持つ者同士が共有して初めてなるものだ。


 この世界は地球とは違う異世界。エルフもドワーフも獣人も、他にももっと様々な種族がいるのだろう。

 でも、例え見た目が違っても心は通じ合える。この世界にもBLを愛する可能性を持った乙女や男達がいる筈だ。

 そのBL好きを目覚めさせ、この世界をBLでいっぱいにしよう。そして、思う存分妄想しよう。


 でも妄想だけではつまらないし、折角の異世界だからこの世界のイケメンも満喫するけどね。

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