◆206. 迷子 2/8 ― 残念ながら


 九月、大地だいちが遊びに来てくれる前。お茶会に三回出席した。


 結構な頻度で「悪霊退散!」と水をかぶってはいたが、黒羽くろはが好きな人と自由にできない件の円満解決に向け、恋人を作ろうと頑張っていた。


 恋人ができれば、『黒羽に好きな人と自由に思う存分、ラブラブ、イチャイチャしてもらおう作戦』――


「私のことは気にしないで。好きな人と幸せになって」と改めて伝える。私も好きな人を作る。私から黒羽と距離を置く。


――を、完遂できる。


 恋人ができたと報告し、その際、黒羽にもそういう人がいるのかをたずねて、お互いの恋愛話をして応援すれば、「幸せになって」と伝えることができる。肩の荷が下りた黒羽は、私に気を使う必要がなくなり、私が距離を置かずとも、自然に適度な距離に落ち着く。


 恋人ではなく、好きな人でも報告はできるが、好きな人より恋人のほうがいい。私が好きな人と恋人になるまで待つ、なんてなったら困るから。一気に解決するには、やはり恋人だ。


 ただ、この方法、『私に恋人ができるのか』というそもそも論を置いておいても、ものすごく大きな問題がある。


 時間、だ。


 黒羽が、次に帰省してくるのは十二月。そこに間に合わせるとなると、秋のお茶会――三ヶ月間で恋人を作らないとならない。しかも、毎日お茶会があるわけではない。あって、週に二回。


 恋人を作れば円満解決! と思いついたときは、まだ時間はある、と思っていたがあまりない。というか、全然ない。


 この期間で、誰かを好きになって、その人と恋人になるなんて、運命的な出会いでもないかぎり不可能。


 ……嘘をつくことを考えた。


 恋人がほしいわけではない。

 黒羽に、早く自由になってもらいたい。


 であれば、できるのを待たずに、できた、と嘘をついてしまえばいい。


 でも、嘘はダメだ。


 おめでとうございます! と、あっさり信じてもらえればいいが、追及されでもしたら……。


 私への興味は薄れている――気を使っている分だけとわかってはいる。でも、それでも、どうしても、「教えてください」「目を見てください」と言う、黒羽の顔が浮かんでくる。


 もしものとき、嘘をつき通す自信がない。それに、バレたとき、私が嘘をついたことを、黒羽がどう解釈するのか想像できない。


 ダメでもともと、やってみることにした。


 恋人になるまでの私の理想は、『知り合って、お互い好きになって、告白してもらう』だが、そうも言っていられないので、『好きになれそうな男の子と知り合いになって、告白してもらうか、告白する』を目標にする。


 具体的にはこうだ。


 なんとなく、いいかな? と思った男の子のそばに、それとなく寄る。どんな会話をしているのかを、こっそり聞かせてもらう。一回では不安なので、何回か。

 好感が持てたら話しかける。相手になんとか少しだけでも好感を持ってもらったら、恋人募集中とそれとなく伝え、告白してほしいオーラを出す。

 そして、告白してもらう。いざとなったら、自分から告白する。


 相手を選ばずに数を撃ったほうがいいのだろうが、それはしたくない。好感、は外せない。


 三回のお茶会で、二回以上確認できた男の子はいなかった……と思う。


 あやふやなのは、この子だったっけ? とわからなくなったから。あの子とあの子が同一人物なら、二回目の男の子は一人いた。


 あとは見つけられなかった。顔を忘れてしまってわからなくなった、ともいう。ジロジロ顔を見ていたわけではないので、仕方がない。


 四回目のお茶会の直前に、風邪をひいて寝込んだ。


 約二日間ベッドで苦しみ、普通に起き上がれるようになったあたりで、大地が遊びに来てくれた。


 それから約一週間後。

 風邪が治ると、慶次けいじがお見舞い兼、遊びに来てくれた。


 馬車から降りた慶次は、紫色と青色、オレンジ色と黄色のフラワーアレンジメントを持っていた。


 二つあることに気がついたとき、一つは私へのお見舞いの品、もう一つは一加いちかへのプレゼントかと思った。一加の好きな色――黄色が入っていたから。でも、二つとも私にだった。


 私の好きな色は、お見舞いには向かない。たぶん慶次はそれを知っていて、二つ用意してくれたのだと思う。


 一加にも渡せばアピールになるのに、と少し残念に思ったが、至近距離で楽しそうにお喋りする二人の、『会えただけでも十分』という雰囲気が微笑ましくて、花は必要ない、余計な心配をしたな、と思い直した。


 お見舞いの品はもう一つあった。小清水こしみず邸のほうにあるケーキ屋で、秋だけに販売される特別なモンブラン。

 腕の怪我のお見舞いだ。


 怪我をして一ヶ月後くらいに、お茶会で慶次に会ったが、怪我のことは言わなかった。


 怪我の理由をどう説明するか――どこまで本当のことを言うか迷い、『心配をかけるのも悪いし、もっと治ってからにしよう』と後回しにした。


 傷がふさがったころには、腕の傷は当たり前のものになっていて、後回しにしていたことをすっかり忘れてしまっていた。夏が近づき薄着になってきたお茶会で、「腕、怪我したの?」と、慶次に話を振られるまで。


 自分の不注意で怪我をしたと説明した。裁ちばさみを片付けておかなかった自分の不注意。

 嘘ではないのに、いつの間にか戻ってきていた一加と一護いちごに、「そうじゃないでしょ」「ボクたちがいないからって」と怒られ、訂正させられた。


 慶次は、タイミングを逃したけどお見舞いの品を贈りたい、と希望を聞いてくれた。悪いと思い断ったが、「贈りたいんだよ」と一護に言われ、気になっていたモンブランをリクエストし、約束のゆびきりをした。


 秋になり、『モンブランの日』を決めた。でも、その日までに、熱は下がったが、鼻とのどが治らなかった。なので、日程をずらしてもらった。

 もちろん、うつさないためだ。ちゃんと味がわかるようになってからモンブランを食べたい、と思ったのは、ほんのちょっとだ。


 アレンジメントを私の部屋の机に飾り、食堂で昼食をとり、勉強部屋で遊び始めて、少し経ったとき。『友だちを作ることができるできない』の話になった。


 三回のお茶会で、好きになれそうな男の子探しがまったく進んでいなかった私は、慶次に「お友だち、紹介してくれない?」とお願いした。


 慶次の友だちを紹介してもらい、恋人になろうとして失敗して、慶次とも気まずくなるのは避けたい。慶次も、友だちに紹介する人は選びたいはず。

 そう思っていたから、紹介してと言わずにいた。


 でも、たまたま出た友だち作りの話に、『お願いするなら今だ!』と、思わず口にしていた。


 慶次よりも先に一加が反応した。


「のど渇いたっ! 一護、何か飲み物もらってきてよ! ショウと一緒に行ってきて」と、この話をさえぎり、私を連れて部屋を出るよう一護にうながした。


 止めてくれたのだと思う。

 お願いしたときの慶次の顔……。私のお願いにすごく困っていた。


 これまでに、紹介されてもいいくらいの距離まで、慶次が友だちと一緒にいるところに接近したこともあった。

 それでもそうならなかったのは、私が人見知りだから気を使ってくれたのだと思っていた。でも、本当は、私が紹介するのにはちょっと……な人だったから、なのかもしれない。

 悪いことをしてしまった。


 一護とジュースをもらいに行き、部屋に戻ったあと、紹介して、は取り下げた。


 その際、しげるに、


「まずは自分で話しかけろよ。何人か頑張ってみて、ダメだったら慶次に頼めよ。いっつも課題で俺に言うだろ。まずは自分で解けって」


と、注意された。


 本当にそうだな、と反省した。大地のおかげで吹っ切れて、気持ちが浮ついていたようだ。


「今季、頑張ってみようと思って、頑張ってたんだけど。うまくいかなくて、つい頼っちゃった。まだ三回しかお茶会出てないし。一回も話しかけてないし」


と、あらましを話し、


「もっと自分で頑張ってみる」


と、宣言した。


 すると、慶次にも、一加にも、一護にも驚かれた。頑張っていたことを。

 いつもと変わらない、ただお菓子を物色したり、食べているようにしか見えなかったらしい。


 私も驚いた。少しも気づかれていなかったことに。

 誰にも言わずに頑張っていたが、隠していたわけではない。聞かれたら、『好きになれそうな男の子探し』を、『友だちになれそうな人探し』に変えて話すつもりで行動していた。


 慶次にどんな人と友だちになりたいのかをたずねられ、「女の子だよね?」と確認されて、ドキッとしたと同時に、ハッとした。

 慶次にお願いすれば、男の子を紹介してもらえると思い込んでいた。女の子の可能性もあったのか、と。


 紹介してもらうことに、後ろ髪を引かれずに済んだ。慶次が紹介してくれるならきっといい人なんだろうな、と思っていたから。

 女の子でも大歓迎だが、今は男の子に集中したい。


 どう頑張っていたのかを説明すると、茂にバカにされたが、慶次との出会いの話になり、本当にいい出会いだったな、と改めて思うことができたので良しとする。



 吹っ切れて、風邪も治って、心も体も全快。

 心機一転、円満解決に向けて頑張るぞ!


 と、お茶会に臨んだが、そううまくはいかない。


 やはり無欲でないとダメなのか。

 ……無欲中でも、できなかったけど。


 友だち作りと言いつつ、こっそりと恋人を作ろうとしているからなのか。

 ……恋人ができたら、みんなに話すつもりだけど。


 なんというか、惜しくはあったと思う。


 私の目の前でハンカチを落とした男の子がいて、それをきっかけに話しかけたが、その子の目は一加に釘付け。


 話しかけられて、恋人になれそうかも? と思った子は、トイレから戻るといなくなっていた。


 最後から二回目の日。最後の日は、慶次と最初から最後まで一緒に楽しもうと約束していたので、実質最後の日。

 今日会えたら絶対に話しかけよう、最後だから連絡先も聞いてみよう、と思っていた子が三人いたのだが、一人も会えなかった。


 そんなこんなで、結局、恋人どころか、知り合いすらできずに、今季のお茶会は終わってしまった。

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