175. 天使とお菓子の箱 1/4 ― 大地叔父様 (大地)
放牧場の柵に腕を乗せ、馬たちを眺めていると、遠くから声が聞こえてきた。
「
男の子が手を振りながら駆けてくる。その後ろから、ポニーテールの女の子二人と、その子たちと手をつないだ男が歩いてくるのが見えた。
男の子はそばまで来ると、
「ただいま。
(三十……いや、三十五歳になるまでは待ってほしい)
「うーん。大地さんはそう言うけど~」
「俺がいいって言ってるんだから、いいんだよ」
拳から手を離し、頭をグリグリとなでた。
「でも、
光汰が赤ちゃんの頃に
光汰を羽交い締めにし、持ち上げ、回る。次に、俺の腰に横向きに乗せ、グルグルしてやった。
(菖蒲にも、これができたらいいんだけどな)
腕にぶら下がってのグルグルは、背が伸びて足がつくようになり難しくなった。あとは、おんぶで回ってやるくらいしかできない。
光汰のように俺が抱えてもいいなら、まだやりようはある。小さな頃は俺が抱えてのグルグルもしていた。が、それはやめておきましょう、と少しずつ
光汰に、もっと、とせがまれた。腕にぶら下げてグルグルしていると、のんびりと歩いていた三人が近くまで来たので、回るのをやめて下ろした。
「おかえり、大地」
女の子たちと手をつないでいる男――上の兄貴の
実惟は輝春の手を離し、一歩前に出た。スカートの
「おかえりなさいませ。大地おじさま」
「おかえりなさいませ!」
愛惟もあわてて手を離し、姉の実惟をマネた。後ろに引いた足が、実惟と逆なことに気がつくと、あわてて直した。
「ただいま。邪魔してるよ。つーか、兄貴たちのほうこそ、おかえり。
輝春は
今日、輝春たちは遊びに出かけていた。家屋と放牧場は離れている。先に家の中に入ったのかもしれない。
「睦美は昨日から実家。たまには羽を伸ばしてもらわないと」
「ああ、そうなんだ。……
「レディーはあんなやばんなことはしませんの」
「やば……んと、しませんの!」
「おようふくがみだれるので、けっこうですの」
「けっこうですの!」
実惟がぷいっと顔を背けると、愛惟も同じように顔を背けた。
「……兄貴。この喋り方はどうしたんだ?」
前回会った時、おかえりなさい、だったのが、おかえりなさいませ、になったのは成長かと思い、気にならなかったが、『ですの』は気になる。
(こういう口調のやつはいるけど。周りにはいなかったよな?)
「今、お気に入りの本に出てくるお姫様がこんな感じで、マネしてるんだよ」
「あ~、本かあ。……お姫様方、お兄様は楽しんでおられましたよ。グルグル、楽しいですよ」
「おにいさまは十一さいにもなってお子さまなんですの」
「お子さまなんですの!」
「わたくしたちは大人でレディーですの」
「レディーですの!」
「……実惟と愛惟って、何歳だっけ?」
「七歳と五歳」
「だよな。でも、もう大人か。……ふっ」
菖浦は、
「どれ。……よっと」
実惟を抱き上げた。きゃっ、と小さな声を出した。
「レディーに何するんですの!」
「あはは、悪かったな。抱っこしたかったんだよ」
怒ったような顔をしている実惟の後頭部を、上から下へと、結んでいる髪ごしになでた。
(七歳か……。菖蒲とあの話をしたのは、これくらいの時か)
兄貴たちと、やりたいこと、なりたいもの、将来についての話をする。俺の頭に、その考えはなかった。兄貴たち二人とも、卒業と同時に騎士になった。迷っている素振りもなかった。相談するだけ無駄だと思っていたのかもしれない。
友人たちとも、そういう話をしようと思ったことはなかった。『
騎士にはならない、とは言えても、迷っている、とは言えなかった。
(……菖蒲の一言が気になったからって、こんな小さな子によくあんな話を振った――ん?)
つんつんと引っ張られた。
「ああ、わかった。順番な」
愛惟は
「大地おじさまがどうしてもって言うなら、やってもいいですの」
「そりゃ、どうも」
実惟を一旦下ろし、背中側から両腕を逆手で掴みグルグルさせていただく。実惟は「きゃー!」と楽しそうな声を上げた。愛惟のことも同じようにグルグルしてやる。愛惟を下ろすと、光汰が「もう一回」と体当たりしてきた。
俺がグルグルしている間、輝春は見ているだけだった。
兄貴もやってやれよ、と言ったことがある。毎日せがまれたら大変だろ、と真面目な顔で返された。三半規管が弱いから無理だ、とも言っていた。
そういうわけで、グルグルは俺だけがしてくれる特別なこと、ということになっている。
合計三巡、グルグルした。「気持ちが悪い」と呟くと、「たるんでる」と輝春に笑われた。ジッと
実惟と愛惟に手を引かれ、光汰に背中を押されながら、放牧場をあとにした。
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