153. 羨ましいやり取り 2/2(慶次)


 一護いちごさんは、ため息混じりに口を開いた。


「ショウ、あきらめよう。この革命返しがアリかナシか、多数決をとっても負けるから。ホントはどっちでもいいんでしょ? 今、都合が悪いだけで。ルールだけ決めて、次にいこう」


「一護、ひどいっ! あきらめろとか! ……あきらめろ? なんか、前にもこんな感じのことがあったような?」


 菖蒲あやめちゃんは首をかしげた。


「……ってことは?」しげるさんは、一護さんに顔を向け、呟くように聞いた。


「革命返し成立ってことで」


 一護さんは場にあるカードを横にけた。


「やるじゃねぇか! 慶次けいじ!」


 茂さんは、助かった、と僕の肩を叩いた。


「茂くん、慶次『様』だよ。それに言葉遣い!」


「い、いいよ、菖蒲ちゃん!」


「え?」菖蒲ちゃんは目を丸くした。


「呼び捨てでいいよ。敬語もやめてほしいな」


「で、でも……」


「菖蒲ちゃんだって、みんなと敬語で喋ってないでしょ?」


「そうですけど……」


「いいじゃねぇか。本人がいいって言ってんだから。様って言いづれぇから、助かる。俺のことは、茂、でいいから。茂さん、とか呼ばれんのきめぇし」


「茂くん! きめぇとかしつれ――」

「菖蒲ちゃん、大丈夫。ありがとう。茂、って呼ばせてもらうね」


「それじゃ、ワタシは、慶次くん、って呼ぶ」

「ボクは、慶次、で」


「ありがとう。一加いちかちゃん、一護」


 菖蒲ちゃんに顔を向けた。困ったような顔をしている。


「菖蒲ちゃん。僕、今日、うらやましかったんだ。みんな、仲が良くて。僕だけ、様って呼ばれて、敬語で、ちょっと寂しかったんだよ。モヤモヤしてたんだ。僕の家のことを考えたら、そんなこと言ってちゃいけないんだろうけど」


「慶次様……」


「僕たち、友だちだよね? もう何年も。だから、いいでしょ? 僕のお願い、聞いてほしいな」


 菖蒲ちゃんの目をジッと見つめた。


「う……。う、うん、わかったよ。慶次、くん?」


 菖蒲ちゃんは僕を上目遣いで見た。僕がうなずくと、表情をゆるめた。


(や、やったあ! 嬉しい。かわいい。様は様でいいけど、くん呼びもいい! 親しくなったって感じがする。これで、ゲームに集中できる)


 お試し三戦目の結果、本番一戦目の階級が決まった。僕は大富豪、菖蒲ちゃんは大貧民スタートだ。


「慶次くんの革命返しのせいで」


 ジトッとした目の菖蒲ちゃんと、手札を二枚交換した。



 パタ、パタ――。


 茂がリバーシの石をひっくり返している。


「慶次もアレか?」


「アレ?」


「ショウのことが、いいのか?」


「え? ええっ!?」


 菖蒲ちゃんと一加ちゃんと一護は、お菓子などを補充しに行っていていない。茂と二人きりだ。


(なっ、なんでっ!? ぼ、僕も? 『も』って!?)


 動揺していると、茂が「慶次の番だぞ」とあごをしゃくった。


 石を置き、挟んだ間の石をひっくり返した。


「そうなんだな。だよな。じゃなきゃ、遊びに来ねぇか。慶次もショウに甘そうだな。ここのやつら、みんな、そうなんだよ。黒羽くろはも、隼人はやとさんも、甘いしベッタリ。大地だいちさんは……、ちょっと違うかな?」


「そうなの?」


「ん~、でも、どうだろうな。まだ、ちょっとしか遊んだことねーし。そういや、おんぶとかしてたな。ベッタリ……なのか? 甘い……のか? う~ん、やっぱ、わかんねーな」


 茂は、盤面に目を向けたまま、喋っている。意識はリバーシに向いているらしく、どこか上の空だ。


「……茂も、菖蒲ちゃんがいいの?」


「まぁな。甘やかさねーけどな」


「いつから?」


「う~ん、最初から?」


「一目惚れってこと?」


「ひとめ……? ん? はあっ!? 一目惚れ!?」


 石をひっくり返していた茂の手が止まった。


「最初から好きって、そういうことだよね?」


「ちっ、ちげぇよ! そうじゃねーよ! 好きとか、んなこと、言ってねー……、よな? 言ってねーだろ! いいって、そりゃ、好きって意味だけど、そういう好きじゃねぇっ!」


「へっ!? あっ! ああ、人としてとか、友だちとしてとかの、そっち?」


「わ、わかんだろ!」


「わかる……かな? わからないよ。気に入ってる、とか言われたら、まだ……」


「わかれよ!」


 茂は、バチッ、と強めに石をひっくり返した。


「……春から、一加ちゃんと一護も、お茶会に出るんだってね」


「そうらしいな」


「茂にも招待状出す? ウチのなら、なんとかなるよ」


 茂は、チラッと僕を見て、すぐに盤面に視線を戻した。


「いらねぇよ。俺は華族かぞくでも、した付きでもねぇからな。めんどくせぇし。もらってもいかねーよ。んなとこ行く服もねーしな」


 余計なこと、失礼なことを言ってしまったかもしれない。謝るのも違う気がして、盤面を見つめながら、なんと返すべきか、考えを巡らせた。


「……うまそうなのは、こっそり持って帰ってきてもらうことになってっから。気ぃ使うなよ」


「お菓子は食べたいんだ」


「まぁな。……また、遊びに来いよ。つっても、俺んじゃねーけど。お茶会には出ねーし。慶次んとこ、伯爵様のお屋敷に行くのは、めんどくせぇから、もし、呼んでもらっても行かねーけど。慶次と遊ぶのはおもしれぇから、また遊ぼうぜ」


「あ、ありがとう! 僕も楽しいよ!」


 廊下から話し声が聞こえてきた。菖蒲ちゃんたちが戻ってきた。


「菖蒲ちゃん、どうしたの?」


 ムスッとしている。


「いつも、おやつをもらいに行くのは、ジャンケンで負けた人なの」


 一加ちゃんはそう言うと、口を結び口角を下げて、変な顔をした。


「だいたいショウが負けるんだよ」


 一護も同じような顔をした。


(笑いをこらえてる?)


「手が空いてた三人で行っただけなのに。とうとう泣きついたのか? って、てつさんが。ほかのみんなも……」


 菖蒲ちゃんは、頬を膨らませながら、おやつ勝負のことを詳しく教えてくれた。要するに、菖蒲ちゃんはジャンケンが弱いということだった。


(菖蒲ちゃんのジャンケンって、クセがあるからなあ。そのせい、かも? 教えてあげたほうがいいのかな? ……ん?)


 視線を感じ、周りに目を向けると、一加ちゃん、一護、茂が、僕のことをジッと見つめていた。


「も~、ジャンケンが弱いだけなのに! ゲーム全部弱いわけじゃないのに!」


 菖蒲ちゃんが、お菓子に顔を向け、手を伸ばした瞬間。一加ちゃんと一護は、人差し指を唇にあてた。茂は一回だけ顔を横に振った。


(あ~、みんな知ってるんだ。そっか、そうだよね。菖蒲ちゃんがいっぱい負けてるんだから)


「ジャンケンは運だよ」

「そうだよ。たまたま。しょうがないよ」


「負けてる分、いつか連勝するんじゃねーの」


 三人は菖蒲ちゃんのことを励ました。三人とも菖蒲ちゃんのジャンケンのクセを知っている。適当なことを言っているなと思った。


(百パーセント負けるクセってわけでもないし。勝負は非情だから……)


「菖蒲ちゃんは、ジャンケンの運を違うところで使ってるのかも?」


 僕も一緒になって、適当な言葉で菖蒲ちゃんのことを励ました。


 菖蒲ちゃんは適当だと気づいていた。「全然、心がこもってない」と、僕たちのことを不貞腐れた顔で見回し、お菓子を頬張った。



(あ~、今日は楽しかったな~! あんな風に騒ぐのって初めてかも!)


 ガタン。馬車が少し揺れた。


 今日の目的は、菖蒲ちゃんの新しい友だちがどんな人かを確認することと、その人と僕も友だちになることだった。

 ちゃんと達成できた。しかも、目的を忘れてしまうくらい楽しかった。


(『慶次くん』、か~……)


 僕を呼ぶ菖蒲ちゃんを思い浮かべた。


「ふふっ」


(本当は、呼び捨てしたいし、してほしいけど。それは、なんか恥ずかしい……。でも、いつか……)


「あや……め……」


 ポソッと呟いた。


「菖蒲……」


 はっきりと口にしてみた。


「…………な、な、なんてね! ちょっと、言ってみただけだから!」


 僕しかいない馬車の中、熱くなった顔を片手であおぎながら、誰にしているのかわからない言い訳を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る