124. 八十八夜の会 2/4 ― 嫌な気持ち (慶次)
「
「やだ。剣術をされてるに決まってるじゃない」
「その他にって意味でしょう?」
「私も知りたいですわ」
「ええ、私も。剣術の他にも何かされてるんですか?」
女の子たちは、左から順番に口を開いていった。最後の女の子が話し終わると、一斉に僕を見つめてきた。五人とも胸の前で指を組み、似たようなポーズをとっている。
(
兄様はこの春からお茶会に出席していない。お茶会を卒業してしまった。もう兄様を盾にして逃げることはできなくなってしまった。
女の子たちの質問に笑顔で答えながら、お菓子が並べられているテーブルのほうに目を向けた。
(いない……。うーん。ジュースでも飲んでるのかな?)
お茶会での
見つけて声をかけると、ちょっと目を見開いたあとに、にこっと微笑んでくれる。とてもいい笑顔を見せてくれる。その瞬間がたまらない。
兄様と一緒のときは、笑顔を一度引っ込めてしまう。兄様目当ての女の子が寄ってくる、寄ってこなくても注目される、と嫌そうな顔をする。顔だけではなく、行動でも示す。
わかりやすく、逃げようとするか、兄様を遠ざけようとする。兄様はそれを気にしない。気分で、ついて回ったり、居続けたりする。
それでも会えば必ずお喋りをする。楽しそうなときもある。結局のところ、二人は仲良しだと思う。
大好きな二人が仲良しで嬉しいけど、前に少しだけ嫌な気持ちになってしまったことがあった――。
去年の秋の終わりかけに、家の庭園でお茶会が開かれた。
思惑は成功して、二人きりになれた。でも、お菓子を取りに行って戻ってくると、なぜか兄様がいた。兄様の手を菖蒲ちゃんが握っていた。寄り添って楽しそうにしていた。
動揺していると、兄様は僕に言い聞かせるときの顔をした。「マメの
庭園に戻るように、と言われてしまうかと思った。兄様は戻れとは言わなかった。菖蒲ちゃんと二人でお茶会をサボることを、見逃すどころか協力すると言ってくれた。
庭園に戻るために立ち上がった兄様は、僕のほうに来て耳打ちをした。
「告白でもするつもりなの?」
心臓が飛び出るかと思った。告白なんてしない。告白なんてできない。あわててしまって、すぐに言い返せなかった。
「菖蒲ちゃんの好きなタイプって、好きになった人だって。かなり年上が好みとか、黒髪が好みとかではないみたいだね」
かなり年上は
「このクッキー、もらうよ」
兄様は、僕の持つトレイからクッキーを一枚取り、口に入れた。クッキーを食べながら、のどが渇くと呟いた兄様に、ボソッと疑いの言葉をかけた。ちょっと怒ったような、嫌な言い方をしてしまった。
「なに? 嘘なんて
嘘を吐いていると思ったわけではない。兄様はそんな嘘は吐かない。
嫉妬と不安から出た言葉だった。菖蒲ちゃんと楽しそうにしていた兄様に嫉妬してしまった。菖蒲ちゃんは兄様のことを好きなのではないかと不安になった。
兄様は、菖蒲ちゃんと自分はないと思っている。けど、僕からしてみれば、兄様が一番ある。兄様は、剣術もできて、勉強もできて、かっこよくて、優しくて、いずれ家を継ぐ。
兄様はなんとも思わなくても、菖蒲ちゃんは兄様のことを好きになるかもしれない。そうなっても、全然おかしくない。
黙っていると、兄様はとんでもないことを口にした。
「するなら、キスまでにしておきなよ。お父様に聞かれたら、この場所を伝えるんだから。もしかしたら、体調が悪いっていう
すぐさま、キスなんてしない、と言い返した。
兄様は、取り乱す僕を楽しそうにからかった。「あとで詳しく聞くから」と言うと、菖蒲ちゃんに顔を向け、声をかけた。去り際に、菖蒲ちゃんの好きなタイプを証明していった。
キスをしたくて二人きりになったわけではなかった。できればしたいけど、そんな仲ではない。ただ、少し前進したいとは考えていた。握手やゆびきり、手をつなぐ以外で、菖蒲ちゃんに触れてみたいと思っていた。触れる予定だった。
菖蒲ちゃんに手を握られている兄様を見て、先を越されてしまったと思った。それで余計に嫉妬してしまった。
どうしても気になって、菖蒲ちゃんに探りを入れた。兄様のことが気になるのか聞いた。嘘か本当かはわからないけど、兄様に対してそういう感情は持っていないと、はっきり言ってくれた。ホッと胸をなで下ろした。
あとは、菖蒲ちゃんとの時間を楽しんで、何か理由をつけて触れるだけ、と思っていた。
菖蒲ちゃんに黒羽さんの話を振った。菖蒲ちゃんは、黒羽さんは心配しすぎだ、とちょっと困ったような顔をした。お茶会ではこういう人に気をつけるようにと何回も言い聞かせられている、と教えてくれた。
顔から火が出るかと思った。まさに今の僕だと思った。僕の下心を見透かされているようで、恥ずかしくなった。「そんなつもりはなかったんだけど」と嘘を
菖蒲ちゃんは、僕が変なことするなんて思っていない、僕たちは友だちだから、と言ってくれた。
菖蒲ちゃんが気にしていなくて良かったけど、良くなかった。何かたくらんでいると思われることも嫌だったけど、僕とは何も起きないと思われていることも嫌だった。
複雑な気持ちでいると、菖蒲ちゃんが「今日が最後」と言い出した。恥ずかしさも複雑な気持ちも吹っ飛んだ。驚き過ぎて、それどころではなくなった。
最後、の意味を聞き出した。僕が兄様や黒羽さんみたいに女の子に囲まれるようになるから、今後はお茶会で一緒にいられないということだった。兄様たちみたいになるとは限らないと否定していると、菖蒲ちゃんは僕のことを、素敵でかっこよくて優しい、と褒めてくれた。嬉しすぎて、どうしようかと思った。顔には出さないようにした。
菖蒲ちゃんがお手洗いに行っている間に、深呼吸して気持ちをリセットした。
兄様の案を使わせてもらった。手のマメを見てもらった。菖蒲ちゃんに触れてもらえた。菖蒲ちゃんに触れることができた。
(――次は、頬とか髪に触れてみたいな……)
正面にいる真ん中の女の子に目を向けた。
(
「小清水様、わたくしの顔に何かついてますでしょうか?」
真ん中の女の子が小さく口を開いた。僕のことを下からジッと見つめ、パチパチと何度か瞬きを繰り返した。
「かわいいなと思っていただけですよ」
菖蒲ちゃんと比べていた、と言うのは良くないと思い、適当に答えた。適当だけど、かわいいと思っていたのは本当だ。女の子はみんなかわいいと思う。
(一番かわいくて、一緒にいたくて、触れたくなるのは、菖蒲ちゃんだけど)
女の子たちの後ろのほうにあるテーブルに目を向けた。菖蒲ちゃんの姿を見つけることはできなかった。
「小清水様。お話の途中ですけれど、私たち一度失礼しますわね」
右から二番目にいた女の子が、腰を落とすと、他の四人も同じように腰を落とし挨拶をした。端の子から順番に、僕の横を通り抜けていった。
お手洗いか、他の気になる人のところに向かったのだと思う。二人組と三人組の五人などではなく、五人組の女の子たちだったので、一気にいなくなった。
「はあ~」我慢していたため息を
(やっと菖蒲ちゃん捜しを再開で――)
「小清水様。ため息なんてひどいです」
後ろから声がした。驚いて振り返った。
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