107. お茶会での注意事項 3/3 ― 今日で最後?


黒羽くろはさんは元気にしてる?」


「そうですね。手紙を読んだ限りでは、元気そうです」


 慶次けいじが手渡してくれたコップに口をつけた。ブドウジュースが喉を潤してくれた。


菖蒲あやめちゃんのこと、いっぱい心配してた?」


 慶次が私に慶一けいいちの話をしてくれるように、私は慶次に黒羽の話をしている。

 黒羽から手紙がたくさん届いて驚いたこと。その手紙もなんとか落ち着いたこと。当たり障りのない範囲で、手紙の内容も話していた。


「してました」


「食べすぎてお腹壊さないように、とか?」


「そういうことも書いてありましたけど。秋でお茶会の季節なので、お茶会のことが多いですね」


「ジュースを飲みすぎてお腹壊さないように?」


「も~、慶次様! ハズレではないですけど」


「やっぱり?」慶次はクスッと笑った。


「それもあるんですけど。黒羽は心配しすぎなんですよ。自分がモテて、そういうことがあったからって……。私にそんなことあるわけないのに」


「そういうことって?」


人気ひとけのないところに連れ込まれて、いろいろされるって。あ、別に黒羽がいろいろされたり、したわけじゃないですよ。黒羽は声をかけられただけらしいです。最初は、私に注意するための作り話かと思ってたんですけど。どうやら、本当にそんなことがあるらしくって。驚きましたけど、あれだけモテてたら、そんなことがあってもおかしくないのかなって」


 いつの間にか、そでに枯れ葉がついていた。手に取り、眺めてから下に落とした。


「まあ、そんなことがあったので、気をつけるようにって。話がしたいって誘われてもついていかないように。お菓子やジュースがあるって誘われてもついていかないように。二人っきりになろうとする人は信用しちゃダメ。二人っきりになっちゃダメ。何されるかわからないから、って言うんですよ。学園に行く前に散々言われて。手紙でまで。春のときは、黒羽がいないお茶会は初めてだったので、いろいろ言いたくなるのは、仕方がないのかなと思ったんですけど……」


 ドライフルーツを一つ、口に入れた。甘くない、少し酸っぱいドライフルーツだ。ジュースを口に含むと、先ほどより甘く感じた。


「友だち作らなくていいから、話しかけなくていいから、お父様の目の届くところにいるようにって。ある意味、お父様より口うるさいんです。そんなに心配しなくても、私は黒羽みたいにモテるわけじゃないし。声とかかけられたことないし。私に何かしようなんて人……」


 ふと慶次に目を向けると、うつむいていた。


「慶次様、どうかしましたか? 大丈夫ですか?」


 こちらを向いた慶次の顔は真っ赤だった。


「ご、ごめんね。菖蒲あやめちゃん」


「え?」


「僕……、そんなつもりはなかったんだけど。別に、何かしようとしたわけじゃないよ」


「へ? えっと……? あっ!!」


 今のこの状況が、黒羽に注意されていた状況に近いということに気がついた。


「け、慶次様のことじゃありませんよ! 知らない人にって話です。慶次様は私のことをよく知っていて、だからこの場所を使わせてくれただけですし。お菓子だって、二人でいるのだって、今日だけのことじゃなくて。お茶会ではいつもそうじゃないですか」


「そうだけど……」


「慶次様が変なことするなんて思ってないですよ。私たちは友だちじゃないですか」


「それは、それで、なんか……」慶次はボソボソと呟いた。


「なんか? なんですか?」


「う、ううん。なんでもない。菖蒲あやめちゃんが気にしてないならいいんだ」


「はい。気にしてません。それに、今日はこうしてゆっくりお喋りできて良かったです。今日が最後になるでしょうから」


「最後って、なんで!?」


 慶次は大きい声を出して、身を乗り出してきた。あまりの驚きように、私も驚いてしまった。少しだけ胸がドキドキしている。


「私が今季出席するお茶会は、今日が最後なんですよ」


「な、なんだ。そういう意味か……。僕もだよ」


「たぶん、春からは、慶次様と一緒にはいられないと思います」


「えっ!? ど、どうして!?」


 は~、と息をきながら身を引いた慶次だったが、私の言葉に再度驚き、身を乗り出してきた。


(言い方が意地悪だったな。いきなり、一緒にいられない、なんて言われたら驚くよね)


「ごめんなさい。変な意味じゃないんです。一緒にいたくないとか、そういうことではなくて。良いことですよ。春になって、お茶会がはじまればわかります」


「待てないよ……。気になるから、教えてほしいな」


 慶次は弱々しい声でそう言いながら、小首をかしげた。瞳が潤んでいるように見える。


(う……。鳴き声が、クゥーンって幻聴が……)


 私の口から伝えるのではなく、身をもって実感してもらいたかったがやむを得ない。私が気になる言い方を、変な言い方をしてしまったのが悪い。


「慶次様。ダイエット成功して良かったですね」


 何回もかけている言葉を改めてかけた。


「う、うん? ありがとう」


「もう、握手を断られることはないと思いますよ。きっと逆です。したいって、思われますよ」


 慶次は、約三年前この場所で、女の子は僕とあまり話してくれない、僕とは握手してくれない、と言っていた。


「そうかな?」


「はい。女の子たちは、慶次様とお喋りしたいって思ってるはずです。今日も、庭園にいたら、こんな風に二人でお喋りできたかどうか」


「……あっ。そんなことないよ! 僕なんて!」


 慶次はハッとした表情をした。私が言わんとすることがわかったようだ。


 慶次の目を見て、首を横に振った。


「そんなことありますよ。きっと、慶一様や黒羽みたいになります。そうなったら、私は……」


「もしかして……」


「遠くから応援してますね!」にこっと微笑んだ。


「そういうことなの!?」


「慶次様。私がひとりぼっちにならないように、今まで一緒にいてくださって、毎回声をかけてくださって、本当に感謝しています。楽しかったです」


「まだ、どうなるかわからないよ」


「わかります。囲まれます」


「囲まれたとしても、兄様にいさまたちみたいになるとは……」


「なります」


「なんで、断言……」


「だって、慶次様は素敵でかっこいいですから。優しいですし」


 泣きそうな顔をしてあたふたしていた慶次の動きが、ピタッと止まった。


「僕なんて、なんて言わないでください。自信を持ってください。慶次様は慶一様のこと、かっこいいって褒めるじゃないですか。慶一様と慶次様は似ていますよ」


「……ありがとう。でも、僕は菖蒲あやめちゃんとお喋りするのが、それが楽しみで」


「私もです。だから、女の子が周りにいないときは、私ともお喋りしてほしいです」


「でも……、それじゃ、いっぱいお喋りできないよ」


「いっぱいは、お家で遊ぶときに。あ、そうだ。今度、久しぶりに家に遊びに来てください。湖月下こげつしたが二人増えたって話をしましたよね?」


「なかなか仲良くなれないって」


「はい。それが、とっても仲良くなれたんですよ! 紹介しますね」


「同い年の、女の子と男の子だよね? とっても仲良くなったの?」


「ええ。すごく!」


「そ、そうなんだ。紹介してほしいな」


「ただ私みたいに知らない人が苦手なところがあるので、もしかしたら一緒には遊べなくて……。紹介だけになってしまうかもしれません。そのときは、二人で遊びましょう?」


「うん」


 遊ぶ計画を立ててから、いつものように天気や本の話、他愛ない話をした。



(うわ~、やっぱり慶一様の周りはすごいな)


 トイレから秘密の場所に戻る途中、慶一が十人から二十人くらいの女の子に囲まれているのが目にまった。

 他にも囲まれている人はいる。女の子が男の子に囲まれていたりもする。大小さまざまな人の固まりがある。慶一の固まりは、その中でも大きいほうだ。黒羽の固まりは慶一よりも大きかった。二人が一緒にいると一番大きい固まりになっていた。


(黒羽のほうが相手にしてた女の子は多かったけど、慶一様のほうが疲れそうだな)


 黒羽は自分が華族かぞくではないことを女の子たちに伝えていた。だから、黒羽の周りにいた女の子たちは、純粋に見た目に寄ってきていたと思う。

 慶一は伯爵家の長男だ。しかも力のある良いほうの伯爵家だ。さらに代々騎士を目指す家は人気がある。恋人や結婚相手が騎士になる可能性が非常に高いからだ。慶一の見た目もあると思うが、それ以外の何かに期待している子もいると思う。それが悪いとは言わない。ただ、私は慶一の知り合いなので、慶一は大変そうだなと少し思っただけだ。


(でも、黒羽もお父様に迷惑かけないようにって気を使ってたし。どっちが大変とかないか……)


 庭園から秘密の場所までの本道に入ると、慶次が立ってこちらを見ていた。


「慶次様もお手洗いですか?」


「うん。そんなとこ。一緒に戻ろうと思って待ってたんだ」


「お待たせしてしまいましたか?」


「ううん。全然。落ち葉がいっぱいあって、滑るといけないから。はい、どうぞ」


 慶次が手の平を上にして、差し伸べてくれた。私がその手に触れると、慶次は優しく握りしめた。


 変な話だが、慶次と手をつなぐのは黒羽公認だ。つなぐの禁止とうるさかったが、慶次と出会ったときのこととダイエットの話をすると、ものすごく嫌そうな顔をしながら条件を出してきた。ひたいにキス一回とのことだったので、チュッとすると納得してくれた。あとから、手をつなぐのは三十秒以内などと細かいことを追加してきたが、計っていないのでわからない。


 慶次は、散歩をするようにゆっくりと私の手を引いて歩いた。


 切り株には新しいお茶が用意されていた。温かいミルクティーだった。お茶がなくなると、慶次が手を差し出してきた。


「僕のマメの位置も確認してくれる?」


 慶次の手の平にもマメのあとがいっぱいあった。まだ痛そうな痕だった。大丈夫か聞きながら、そっと触れた。ちょっと触るくらいでは痛くないらしい。


菖蒲あやめちゃんの手、見てもいい?」


 慶次はマメの痕も何もない私の手を、珍しいものを見るような目で眺めながら、壊れ物でも扱うかのように触れていた。

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