092. 〔87-91. 双子〕(一加)
ワタシの世界には
なのに、突然知らない男の人に怒鳴られた。わけがわからなかった。触らないでほしかった。怖かった。怖くて怖くて、気持ち悪くて仕方なかった。
急にお嬢様が現れた。声をかけられるまで、気づかなかった。男の人が離れてくれた。吐きそうになっていると、お嬢様がいつも持ち歩いている袋に吐くようにと、袋の中身を出して広げてくれた。吐いた。我慢できなかった。
とても怖い夢を見た。時間が巻き戻る夢。ここで過ごした日々も、施設にいた日々も、全部なくなって、あの暗い家で痛い思いをする夢。
叫んでいた。無理だった。だって、平和で優しい生活を知ってしまった。嫌だった。思い出すのも嫌だった。
一護にいくら、大丈夫だ、って言われても、大丈夫って思えなかった。ワタシが大丈夫じゃない。ワタシにはもう耐えられない。
「お水を飲みませんか?」
お嬢様の声がした。一護しかいないと思っていたので、驚いて涙が止まった。
お嬢様の声を聞いて、明るい部屋でお嬢様の顔を見て、ホッとした。ここはあの暗い家じゃない。湖月邸なんだって。
久しぶりに、一護と一緒に眠った。疲れた顔の一護を見て、泣いて騒いでごめんね、と思った。
呟くように話すお嬢様の声が、子守唄みたいだなって思った。物語を聞いているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
ワタシたちは同時に熱を出した。体調を崩すときはだいたい一緒だ。一護とともに部屋を移された。どこに行くのかと思ったら、お嬢様の部屋だった。
苦しかった。隣で一護も苦しそうだった。苦しくて、眠ると怖い夢を見て、お嬢様の声と手にホッとして、を繰り返した。そのうち、苦しいのが楽になってきて、眠っても怖い夢を見なくなった。
一護と一緒にお嬢様のベッドの上で過ごした。お嬢様は、食事やお風呂など、必要なとき以外は話しかけてこなかった。でも、みんなと、大人と顔を合わせないようにしてくれていた。
お嬢様がお風呂でいないときに、一護に聞いた。
「ねえ。お嬢様のこと、どう思う?」
「
「たぶん、一緒」
「やっぱり?」
「うん」
「そっか」
お嬢様の部屋に来てから、五日が経った。一緒にベッドで眠ってください、とお嬢様にお願いした。お嬢様はワタシたちにベッドを譲って、ソファーで眠っていた。
一護がお嬢様に、ワタシたちのことをどれくらい知っているのかを確認した。お嬢様は孤児院にいたことしか知らなかった。大人が怖いということも、今回の件で知ったとわかった。
それだけですか、と聞くと、他に何かあるんですか、と言って眠ってしまった。
「お嬢様ってワタシたちのこと、何も聞いてないんだね」
「そうだね」
「ワタシたちのこと知っても、優しくしてくれるかな?」
「たぶん」
「一緒に眠ってくれるかな?」
「たぶん」
「たぶんばっかり」
「わからないんだから、しょうがない。でも、
「だよね。それに、なんとなく……」
「そうだね。なんとなく」
「それじゃ、明日」
「うん。明日ね」
朝、目が覚めると、左側が温かかった。お嬢様がくっついていた。もっとこのままでいたかったのに、お嬢様は何も言わずにベッドからいなくなってしまった。
「大人が苦手な理由を聞かないんですか?」
お嬢様の返事は、言いたくないなら言わなくていい、だった。ワタシたちは聞いてほしかった。だから、ワタシたちの
「ここに来てから、良くなってきたって思ってたのに。こんなことになってしまって。すみません」と謝った。
「大丈夫ですよ。お父様たち、心配はしてたけど、困るとか、そういうことは言ってませんでしたから」
お嬢様は旦那様たちの様子を教えてくれたけど、ワタシたちが気にしているのは、お嬢様がどう思っているかだった。
看病は当たり前だと、迷惑だなんて思っていないと、お嬢様は言ってくれた。大人嫌いについては、克服しようじゃなくて、手伝えることがあるなら手伝うと言った。
ワタシたちが一番気にしていたことも、「汚くない」と否定してくれた。頬に触れ、涙を
お嬢様は、聞きたいことがあったらいつでも聞いて、と言って眠る体勢になった。でも、なかなか眠れないようだった。
朝、目が覚めると、また左側が温かかった。
「あったかい」
「なにが?」
独り言のつもりだったけど、一護が起きていた。
「お嬢様がくっついてるから」
「え~、いいな~。ボクもくっつきたい」
「しょうがないなあ。起きちゃったら寝たフリね」
「うん」
起き上がり、そっとお嬢様の毛布を
「これでいい?」
「うん。ありがとう」
「ワタシたち、そろそろ頑張ろうか」
「そうだね。あと一晩甘えてからね」
一護と話していると、お嬢様が起きてしまった。寝たフリをした。お嬢様は、ゆっくりと起き上がりはじめた。目を開けると、一護と目が合った。
起き上がったお嬢様を引っ張って、ベッドに倒した。お嬢様は、寝相が悪くて真ん中にいると思っていた。転がしたことはバレていなかった。
明日から部屋に戻ると伝えた。
二度寝したいから元の場所に戻りたい、と頼まれた。せっかく真ん中にしたのに、戻すわけがない。一護が「ボクたち汚くないですよね?」と言うと、汚くないと力強く答えて、そのまま眠ってしまった。
「もう、寝ちゃった」
「あんまり眠れなかったのかもね」
「ワタシたちのことを話したから?」
「たぶん、気にしてくれたんじゃないかな」
「そっか」
「うん」
「眠るのがもったいないな」
「そうだね。いっぱいくっついておこう」
起床時間まで起きていようと思ったけど、くっついているところが温かくて、ウトウトしてしまった。ハッとして時計を見ると、起床時間まであと数分になっていた。一護を見ると眠っていた。起床時間までの数分間は、お嬢様の寝顔を見て過ごした。
お嬢様が復帰の件を旦那様に伝えてくれた。お礼を言ったあと、用意していた言葉を、一護がお嬢様に伝えた。
「ボクたち、お嬢様のために一生懸命頑張ります」
ワタシたちが、お父様お母様のために一生懸命頑張ります、と言うと、両親だった人たちは喜んだ。でも、お嬢様は喜んでくれなかった。
お嬢様のためじゃなくて、自分自身のために頑張れと言われた。
思っていた反応と違っていて、一護と顔を見合わせた。後ろを向いて相談した。
「喜んでない」
「そうだね、コレじゃダメみたい」
「それじゃ、アレをやってみる?」
「うん。アレしかないね」
お嬢様の横に移動して、腕を絡めて頬にキスをした。反対側では、一護が同じようにキスをした。
二人でお嬢様の顔を確認した。嬉しいって言ってくれてるけど、微妙だった。ワタシたちが
今後、もっと喜んでもらえるように研究することにして、今回はこれで良しとした。
いっぱいお嬢様にくっついて過ごした。気になっていた物語の本も読んでもらった。お喋りもいっぱいした。
夜は最初から真ん中に寝てもらうことにした。困った顔をしていたけど、悲しい顔をしたら簡単に折れてくれた。
ベッドでもお喋りした。お嬢様は眠たかったみたいで、横になるとすぐに眠ってしまった。
「ワタシ、思ったんだけど」
「なに?」
「お嬢様って、押しに弱いんじゃ」
「あ~、ボクもそう思った」
「だよね。そっか。フフ」
「なんか悪いこと考えてる?」
「悪いことじゃないよ。わかるでしょ?」
「嫌われてないうちはね」
「嫌われないもん」
「気をつけないとね」
枕や毛布などを抱えて、お嬢様の部屋から自分の部屋に戻った。お昼前に、一護と旦那様のところに向かった。旦那様は、ただただ心配してくれていた。今後どうしたいか、ワタシたちがどうしたいかを聞いてくれた。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です。今まで通り、お願いします」
「そうか。無理はしないように。何かあればすぐに言いなさい」
旦那様もお嬢様も、本当に優しい。ワタシに期待なんてしていないかもしれないけど、旦那様の期待に応えたい。一護と一緒に、旦那様とお嬢様のそばにいたいと思った。
お嬢様の少し後ろをついて歩いていた。
今日はもう仕事も終わって自由時間だ。一護はまだ終わっていない。
お嬢様は手に何も持っていない。部屋に戻るところかもしれない。
(部屋の前までついていって戻ろうかな。部屋の中までついていっちゃおうかな)
断られても、何回か頼めば中に入れてくれると思う。でも、嫌われてしまったら元も子もないなと、ちょっとだけ迷っていた。
「もう仕事は終わったんですか?」
「え? うん」
お嬢様が振り返って、話しかけてきた。お嬢様からこんな風に話しかけてもらうのは、すごく久しぶりだ。
「暇なら……。もし良かったらでいいんですけど。私の部屋で一緒に遊びませんか? 一緒にお茶でも飲みませんか?」
「う、うん!!」
嬉しくって、思わず腕に抱きついた。お嬢様は驚いていたけど、笑顔を向けてくれた。
一緒に、台所にお茶をもらいに行った。お嬢様の部屋でお喋りをした。そばに寄ってくっついても、
一護が仕事を終わらせて合流するまで、お嬢様と二人だけで遊んだ。一護以外と二人きりで遊んだのは、記憶の限り初めてだった。
一護と一緒も嬉しい、お嬢様と一緒も嬉しい、三人一緒だともっと嬉しいなと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます