◆090. 双子 4/5 ― 苦手な理由
一週間、二人のそばで過ごした――。
二日間は熱が高く、うなされていた。
三日目には熱も下がり、楽になってきたようだったが、もう少し様子を見たほうがよいだろうと、引き続き私の部屋で過ごすことになった。
二人と特に話をしたりはせず、読書をしたりして過ごした。ゲーム機を蹴っ飛ばしてしまったことを思い出し、電源を入れてみた。起動しなかった。壊れてしまっていた。
リネン類の取り替えは、一加たちがお風呂に入っている間に、
五日目の夜、一加に声をかけられた。
「お嬢様。一緒にベッドで眠ってください」
「大丈夫です。気にしないでください」
一加たちがベッドを使用しているので、私はソファーで眠っていた。
「お願いですから」
「お願いします」
自分たちがベッドを占拠しているようで、気になるのかもしれない。二人と一緒にベッドで眠るより、ソファーで眠るほうが気楽だ。だから、私はこのままがよい。でも、それは言いづらい。仲が良かったら言えるが、そうではない。二人に見つめられ、断りきれなかった。
一加に一護のほうに詰めてもらい、ベッドの左側に横になった。三人で寝ても、ベッドには余裕があった。
「お嬢様は、ボクたちのこと何か聞きましたか?」
一加たちに背を向け目を
「孤児院にいたってことは。あと、大人が苦手だってことは、この前聞きました」
「それだけですか?」一加が聞いてきた。
「……他に……何かあるんですか?」
久しぶりのベッドだからか、この数日間の看病で疲れていたのか、同じベッドで眠れるか不安だったが、すぐに
一加の質問に質問で返しておきながら、返事を聞く前に眠ってしまった。
目が覚めると、一加にくっついて眠っていた。父と一緒に眠って朝起きると、だいたいくっついている。癖のようなものだ。寝相が悪いわけではない。
運良く一加は眠っていたので、起こさないように、そーっと離れてベッドから抜け出した。
六日目も同じように三人でベッドに入った。
「大人が苦手な理由を聞かないんですか?」
横を向いて目を
「えっと~、話してもらえるなら。でも、言いたくないなら、言わなくていいですよ」
父や
「聞いてください」
「ボクたちのこと……」
仰向けに寝直した。一加のほうを向くか迷ったが、一加が仰向けだったので私もそうした。
「ワタシたち、すごく大事に育てられたんです。両親に。でも、両親は、本当の親じゃありませんでした。二年くらい前に知りました。それで孤児院に入ったんです」
(大事にしてくれていると思っていた両親に裏切られて、大人は信用できなくなった。ってことなのかな?)
「本当にホッとしました」
「ホッとしたの!?」
天井を見ながら黙って聞いていようと思っていたのに、思わず一加に顔を向けて聞き返してしまった。
「一加は、大事にって言いましたけど。それはあの人たちの大事にで、お嬢様が思っているものとは違います」
「両親だった人たちは、ワタシたちがそっくりの双子だったから大事だったんです。掃除や料理が
「どんなに叩かれたり蹴られたりしても、すごく優しいときがあったから。ボクたちは、あの人たちに愛されてると思ってました」
「ワタシに
「ボクたちが、二年前、あの人たちが実の親じゃないと知ったときに、それを教えてくれた人たちが、あの人たちの愛情は間違っていると教えてくれました」
「本当の親じゃなくて悲しかったです。でも、もうあんなことされなくて済むと思うと、ホッとして。でも、同時にすごく怖くなって……」一加が大きく息を吸い込んだ。
「母親だった人は、父親だった人ほど暴力を振るわなかったので、女の人ならまだ平気なんですが。一加は男の人がダメで……」
数日前、一加が悲鳴を上げた理由がわかった。大人の男性に掴まれ、怒鳴られながら詰め寄られたことで、トラウマが刺激されてしまったのだろう。
(怖いって、そういうことか)
夢も怖かったのかもしれない。その頃の夢を見たのかもしれない。
「お父様たちは、大丈夫なんですか?」
「旦那様たちは、事情を知っていて、距離を取ってくれています。一加には、理恵さん、
家庭教師の先生も女性だ。先生も事情を知っていそうだ。
「ボクたちはこんな感じだから……。援助の話をいただいたとき、断ったんです。でも、旦那様は何回も通ってきてくださって。ボクと一加を一緒に引き取るからって。大人に関わるようなことは、相談してから、できる限りボクたちに合わせてくれるって。もう、これ以上の条件はないんじゃないかと思って、決めました」
(お父様は、一加ちゃんと一護くんにいっぱい会いに行っていたんだ。話し合ってきてたんだ……)
悲鳴には驚いていたが、一加の状態に驚いている様子はなかった。無理に近づこうとも、詳しく話を聞こうともしなかった。こういう状況になってしまったとき、どう対応するかも話し合っておいたのかもしれない。
「ここに来てから、良くなってきたって思ってたのに。こんなことになってしまって。すみません」一加は涙声になっていた。
「大丈夫ですよ。お父様たち、心配はしてたけど、困るとか、そういうことは言ってませんでしたから」
一加たちは、トラウマを抱えつつも、心を決めてここに来た。今回のことで、見捨てられてしまったらどうしようと不安なのだろう。父はこのようなことで見捨てたりはしないが、一加たちが不安になってしまうのも仕方がないことだと思う。
「ボクたちのことで……、お嬢様にご迷惑をおかけしました。部屋も、看病も」
「部屋は私がお願いしたことですから。看病は、体調が悪い人がいたらするものですよ。気にしないでください」
小さいときに高熱を出して、いっぱい看病してもらった話をした。してもらったことを、同じようにしただけだと伝えた。
「他に、気になることはありますか?」
二人が、この家から追い出されるのではないかと、不安に思うようなことがあれば、取り除きたいと思った。
「お嬢様は……」一護が口を開いた。
「克服しようって言わないんですか?」
「克服?」
「大人が苦手な……、嫌いなこと」
「……私に手伝えることがあるなら、手伝わせてくださいね」
これだけしか言えなかった。克服しようと思って、克服できるものではないと思った。時間をかけるしかないのではないだろうか。または、何かきっかけが必要なのではないだろうか。
「他にはありますか?」
「ワタシたち――」今度は一加が口を開いた。
「――観賞されてたんです」
「カンショウ、ですか?」意味がパッと頭に浮かばなかった。
「観賞用だったんです。双子だから。似ている男女の双子だから。男の子と女の子の服を着たり、逆の服を着たり、二人とも男の子の服を着たり、女の子の服を着たり、何も着なかったり……」
(カンショウ用……、観賞用? 何も着なかったり?)
「ワタシたちって、汚いと思いますか?」
(汚い?)
「お風呂に入ってるし、汚いなんて思ってませんよ」
的外れなことを言った。動揺している。嫌な想像をしてしまった。一加の言葉を変な意味で
一加が体を起こし、こちらを向いた。
「お嬢様。ワタシたちって、汚いと思いますか?」
目を合わせて、もう一度問いかけられた。右手で、パジャマの胸元を握りしめている。
起き上がり、一加のほうを向いて座った。
「汚くないよ」
一加の目を見てそう言うと、一加の目からポロッと涙がこぼれた。ゆっくりと一加の顔に手を伸ばし、指で涙を
「汚くない」
頭をなでると、一加は
「一護くんも、汚くないからね」
体を斜めにし、一加の体に隠れていた一護の顔を見て、目を合わせて言った。
「……そろそろ眠りましょうか。他に聞きたいことがあったら、いつでも聞いてくださいね」
横になった一加に、毛布を掛け直した。
「それじゃ、おやすみなさい」
私も横になり、一加たちに背を向け眠る体勢になった。
(虐待じゃないか……)
怖い、痛い、汚い。一加と一護がうなされながら口にしていた言葉には、そういう意味があった。一加が悲鳴を上げた日、助けて、と泣いていた。
(辛かったんだ。今でも、うなされるくらい。……今も辛いんだ。気の利いたことを言えたら、もっと何か言えたら良かったのに)
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