第3章 ① 本邸 11歳

11歳

◆087. 双子 1/5 ― 黒羽の後輩


 黒羽くろはが学園に入学して三ヶ月、私が十一歳になって一ヶ月が過ぎた。黒羽がいない生活にも少しずつ慣れてきた。



「お嬢様、どちらに行かれるんですか?」


 布の塊に声をかけられた。リネン類などをたくさん抱えた小夜さよだ。


「家の中のどこかです」


 どこに行くか詳細は教えない、と意地悪しているわけではない。決まっていないだけだ。それに小夜も、家の中なのか庭なのか、どちらにいるのかを把握しておきたいだけだ。


 私は手提げ袋を持って、家の中や庭を毎日のように散歩している。横四十センチ縦三十センチくらいの手提げ袋には、レジャーシート二枚とブランケットに日傘、本やゲーム機が入っている。レジャーシートが二枚あるのは、家の中と庭で使い分けているからだ。

 散歩をしながら適当に場所を決め、レジャーシートを広げて座り込み、読書やゲームをしている。


 たまに、時間を忘れて没頭してしまったり、眠ってしまうことがある。そんなとき、私が見当たらないと、家の中や庭を捜し回られたことがあった。

 この家には、普段あまり使用されてない場所が結構ある。そういう場所にいたりしたため見落とされた。

 客間のクローゼットで眠ってしまい、見つからないと大騒ぎになったこともあった。


 この三ヶ月で、何度か行方不明になったので、家の中にいるのか、庭にいるのかくらいは把握しておこうとなったらしい。手提げ袋を持っていると、行き先を尋ねられるようになった。


(今まではこんなことなかったんだけどな。なんでだろ? 客間のクローゼットは、わかりにくかったかもしれないけど。そんなところで眠ったのは初めてだったし)


 家の中を一通り散歩し、今日は廊下の突き当たりに陣取ることにした。窓から陽が射し込んでいて明るい。ここは使用していない部屋の前で、みんなが通ることは滅多にない。仕事の邪魔にはならない。


 室内用のレジャーシートを敷いて、座って壁に寄りかかり、袋から本を取り出した。


(好きなシリーズの最新作~! やっと読める!)


 超絶コミュ症の男性が謎を解明していくミステリー小説だ。あの手この手を使って、他人と接触せずに事件を解決していく。思わずツッコミを入れたくなるような、ありえない手段を使ったりもする。そこがまたおもしろい。


 胸をおどらせながら、待望の新刊を開いた――。



「……ま」

「……う様」


「お嬢様!」

「お嬢様!」


「は、はい!?」


 二つの声が立て続けに、私のことを呼んだ。本を読むことに集中していて、気づくのが遅れたようだ。大きい声で呼ばれ、驚いてしまった。本から顔を上げると、少し離れたところに、女の子と男の子が立っていた。


 二人は同じ顔をしている。黒い髪は、前も後ろも胸の下くらいまであり、真ん中で分けて耳の後ろ辺りで結んでいる。二人ともだ。背格好も似ていてる。

 双子だ。男女の双子だが、髪が長いので姉妹に見える。


 女の子は一加いちか、男の子は一護いちごという。一加が姉、一護が弟で、年齢は私と同じだ。

 二人は四月から湖月下こげつしたになった。黒羽の入学を見届けた父が帰ってきてから数日後、二人を迎え入れた。一緒に住むようになった。

 黒羽のように、使用人の手伝いをしながら、家庭教師から学ぶ生活をしている。


 同じ屋根の下、生活をともにするのだから、仲良くなろうと努力はした。私にしては頑張った。しかし、仲良くなれていない。話しかけても、会話が続かない。素っ気なくされる。姉弟でばかり話している。


 私は積極的に話しかけるのをやめた。二人の会話に無理やり割って入ったり、話しかけられたくないところに話しかけたりして、嫌われたくなかった。

 必要なことは話すようにしているが、それ以外は話しかけられるのを待つことにした。


「どうかしましたか?」


「お嬢様に」

「お手紙です」


 一加が一護に目配せをすると、一護が手紙を差し出してきた。


「ありがとうございます」


「失礼しました」

「失礼しました」


 二人は軽くおじぎをすると振り返り、仕事に戻っていった。


 手紙は黒羽からだ。黒羽からの手紙も、もう何通目になるだろうか。


 一通目の手紙は、黒羽と父の乗った馬車が門を出てすぐに届いた。馬車と入れ違いで、ちょうど郵便屋が来た。

 届いた手紙の中に、黒羽から私宛ての手紙があり、みんなで顔を見合わせた。理恵りえと小夜は目を丸くしていた。悠子ゆうこは引いていた。てつ律穂りつほは笑っていた。

 出発直前に黒羽がニヤニヤした理由がわかったような気がした。


 それから一ヶ月間、毎日届いた。十通目までは、事前に用意しておいたと思われる手紙だった。これまでにあったことなどが、いっぱい書かれていた。十一通目からは、その日にあったことや、私が何をしているかの質問、心配事などが、便箋びんせん三枚くらいにしたためてあった。


 《手紙は、週一くらいで》と返信したところ、週一にはなったが、便箋の枚数が増えた。分厚い手紙が届くようになった。

 《一日の内容は一枚以内で》と返事を書いた。便箋の枚数は、五枚から七枚程度に落ち着いた。


 あまりの手紙の勢いに、あの別れを惜しんでいっぱい泣いた二週間弱はなんだったのかと、なんとも言えない気持ちになった。でも、手紙のおかげで、涙が出ることはあっても、寂しくて辛いと思うことはなかった。


 手紙といえば、四月末にとても珍しい手紙が届いた。大地だいちからの手紙だ。初めてもらった。封を開けると、写真が一枚だけ入っていた。裏面に《4/3 隠し撮り》と書かれていた。黒羽の寝顔の写真だった。黒羽からの手紙には、大地に会ったことは書かれていたが、寝顔の写真については触れられていなかった。本当に隠し撮りをした写真なんだなと思った。


 今、私の部屋には四枚の写真が飾られている。庭のはずれで律穂りつほに撮ってもらった、黒羽との写真。書斎でてつに撮ってもらった、父と黒羽との写真。大地が送ってくれた、黒羽の寝顔の写真。父がくれた、入学式の日の黒羽の写真だ。


(帰ってきたときに、寝顔の写真見せてあげよ。取り上げられちゃうかな? でも、黒羽だって私の寝顔、勝手に撮ってたし。おあいこだよね)


 レジャーシートなどを袋にしまった。手紙を読んで返事を書くために、自室へと戻った。




 学園が夏休みに入ると、黒羽が帰ってきた。大地と一緒に帰ってきた。


 寝顔の写真を見せてあげると、黒羽は大地のことをにらんだが、すぐに笑顔になった。写真は取り上げられなかった。逆に、持っていてください、と言われた。毎晩写真におやすみのキスをしてください、とお願いされた。もちろん、キスの件は断った。


 大地がいる間は、三人でいっぱいお喋りをした。こんなに話したのは久しぶりだった。大地と黒羽に、お嬢様ではなく名前で呼んでほしいとお願いした。二人はもう使用人ではない。特に大地は辞めてしばらく経つ。

 大地が帰ったあとは、可能な限り黒羽と一緒に過ごした。相変わらず、くっついてくるわ、頬にキスを繰り返してくるわで大変だったが、楽しかった。


 黒羽が学園に戻る前日になると、慣れたと思っていた黒羽のいない生活に戻ることが寂しくて涙が出た。そんな私の様子を見た黒羽は、なぜかニヤニヤし、私のことを構い倒した。久しぶりに、黒羽のひたいに右手をお見舞いし、頬を強めにつまんだ。

 そのおかげとは言いたくないが、学園に戻る黒羽のことを、泣くことなく笑顔で見送ることができた。



 黒羽がいる間、一加と一護とはいつも以上に話さなかった。元々、家庭教師の時間以外では、黒羽からの手紙を受け取るときと、髪を乾かしてもらうときくらいしか、二人と会話をする機会がなかった。そのときですら、会話をしないときもあった。

 黒羽からの手紙は、黒羽が帰ってきていたのでなかった。髪を乾かすのは、黒羽がやってくれていた。二人と一緒にいたのは、食事のときと家庭教師の時間くらいだった。


 黒羽が学園に戻り、いつもの生活に戻った。大地のことも黒羽のことも、一加と一護との会話で話題にのぼることはなかった。二人とは、必要なことだけ、用事があるときだけ話をする日々が続いた。

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