086. 学園にて(黒羽)
座りなれない椅子に腰かけた。机の上で写真のファイルを開いた。
(ふふ。かわいい)
お嬢様がいろいろな表情をしている。頬を膨らませたり、そっぽを向いたり、笑ったりしている。僕も一緒に写っている。並んで立っていたり、ベンチや芝生に敷いたレジャーシートに座って寄り添ったりしている。
僕の部屋、お嬢様の部屋、家の中や庭、馬たちと
旦那様とお嬢様が、書斎で並んで写っている。旦那様と僕、旦那様とお嬢様と僕の三人でも撮った。
みんなで撮った写真も二枚ある。
お嬢様との初デートは、僕のせいで失敗してしまったと思った。悔しくて涙が出た。だが、結果的に良かった。成功していたら、撮れなかった写真がたくさんある。僕が落ち込んでいるだろうと、お嬢様が気を使ってくれたから撮れた写真がたくさんある。
それに、あのデートは失敗ではなく大成功だとお嬢様が言ってくれた。あれはデートだったと認めてくれた。僕の初デートの相手はお嬢様、お嬢様の初デートの相手は僕だ。
(お家デートをしてたってこともわかったし。写真もいっぱい撮れたし。やっぱり、お嬢様が言ったとおり、あのデートは大成功。ふふふ)
写真を一枚も入れていないページをめくった。
公園、本邸の次は、別邸での写真だ。
別邸の確認をしに行ったとき、お弁当を食べる前にたくさん写真を撮った。元僕の部屋、お嬢様の部屋、談話室に食堂に庭、周辺の景色も撮った。
ここに
ページをめくった。差し込んである写真にそっと触れた。
(ちょっとだけ口が開いてて、かわいい)
お嬢様の寝顔の写真だ。撮ったあと、テーブルの上にカメラと一緒に置いておいた。そのせいで、お嬢様に見つかってしまい、取り上げられそうになったが、死守した。
(写真を奪おうと一生懸命だったな……)
「かわいかったあ。は~、会いたい。抱きしめたい。キスしたい」
「おい」
「なに?」声のしたほうに体を向けた。
「手伝いにきた俺を放っておいたあげく、変なこと言い出すなよ」呆れたような顔をして、僕のことを見ている。
「大地だって、本見てるじゃないですか」
大地はベッドに腰かけ、僕へのプレゼントだと持ってきた本を
旦那様は学園に着くや否や、隼人の様子を見に行く、明日には戻ってくる、と僕と荷物を降ろして行ってしまった。
馬車を降りると、なぜか大地がいた。
大地は寮の僕の部屋まで、荷物を運ぶのを手伝ってくれた。家具などは備え付けなので、たいした荷物でもなかったが助かった。そのまま荷ほどきも手伝ってくれた。
一段落したので、写真を見ていた。
「ところで、なんで大地がいるんですか?」
「やっと、聞いてくれたか!」
「聞いてほしかったんですか?」
「当たり前だろ。せっかく、内緒にしておいてもらったのに、全然驚かないんだもんな」
「内緒って……」
(だから、旦那様は大地がいることも、隼人に会いに行くことも教えてくれなかったのか……。隼人のことは教えてくれても良かったと思うけど)
「黒羽の部屋の場所の確認と、報告をしに来たんだよ」
「確認と報告?」
「聞いて驚け」大地は本を閉じて横に置くと、ニヤリと笑った。
「俺、この四月から上級騎士になったんだよ」
「え!? 上級騎士!? コネ!?」
「なんでコネなんだよ!」
「コネじゃなかったら、なんなんですか!」
「実力に決まってんだろ! すっごく大変だったんだぞ! 一生分、頑張ったわ。まあ、使えるものは全部使ったからな。数パーセントはコネかもな」
「九十五パーセントの間違いなんじゃ」
「あのな。そんなわけないだろ」大地はため息を
「騎士になってから、二年しか経ってないですよね。そんな期間で、中級騎士から上級騎士になれるものなの?」
「そう思うだろ? 普通にやってたら、五年はかかっただろうな。最短でも二年って言われてて、実現するやつは滅多にいないんだぞ。その最短をやってのけたんだ。どうだ、俺のすごさがわかったか」
「それは、すごい」思わず感嘆の声が
大地なら、いつかは上級騎士になれるかもしれないと思っていた。でも、面倒などと言って、なろうともしないのではないかとも思っていた。
目指していたとは思わなかった。しかも、こんなに早くなるとは夢にも思わなかった。
大地は上級騎士になれることを前提として、なるまでの期間の話をしたが、なること自体がとてもすごいことだ。なりたくてもなれない人のほうが多い。
「黒羽の入学に間に合って良かったよ。時間があるときは、遊びに来てやるからな。ほら、カギよこせ」
「……え?」
「合カギだよ。カギ、三本もらっただろ? 俺用に一本多めに申請しておいてもらったんだよ。
「どういうこと?」
「わかんないのか? ……上級騎士について、どこまで理解してる?」
「なかなか、なれない。なれたら、すごい。城内勤務ができる」
「他には?」
首を横に振った。
「なんだ、意外と知らないんだな。この学園の敷地って、どういう扱いになってるか知ってるか?」
もう一度、首を横に振った。
「学園の敷地ってグルッと
学園は、校舎などがある学園地区と、寮などがある居住地区で構成されている。学園地区はもちろんのこと、居住地区にも食堂や店がある。ひとつの町のようになっている。
「そうなんですね」
「この場所は、城内に近い扱いになってるんだよ。王族も通うしな」
「なるほど」
「騎士でも手続きが必要なの。でもな、騎士の中でも、城内や学園周辺の騎士団に所属してる上級騎士なら、学生と同じように出入りが簡単なんだよ。学園内での仕事もあるしな。で、俺の所属してる騎士団はそれに該当してるんだよ」
「ふーん」
「ふーんって! もっとあるだろ。安心したとか、心強いとか!」
「安心? さっきから、何が言いたいのか、よくわからないんですけど……」首を
「マジか……」
大地はガックリと肩を落とした。うなだれ、ため息を
「家を遠く離れての一人暮らし、不安だろ? 何かあったときに、誰かにそばにいてほしいだろ? 俺がいてやるから、安心しろって言ってんの。だから、カギよこせよ」
「大地が?」
「黒羽に何かあったときは、忠勝さんだけじゃなくて、俺にも連絡がくるようにしてあるから。忠勝さんは遠いから来るの大変だろ。俺なら近いしな」
「大地にも?」
「ま、そういうことだから。何もなくても、会いにくるけどな。あ~、腹減ったな。なんか食いにでも行くか! ついでに、寮の周りの確認もしちまおう。食堂もあるけど、自炊もするんだろ? 店とかどこにあるか、知っとかないとな」
大地は立ち上がると、出かける準備をしはじめた。
それ以外のほとんどの人たちが、初めての一人暮らしだ。僕のように遠くから来ている人もたくさんいる。それが普通だと、あまり考えないようにしていた。
(大地が……。それは、確かに心強いかも)
口元が
「旦那様が大地に頼んだの?」
「ん? いや、俺から忠勝さんに頼んだんだよ。俺に頼んだのはお……、俺がそうしたいって思ったんだよ。ほら、さっさと準備しろよ」
大地は少しだけ口ごもったが、ニッと笑うと僕を急かした。
二人で寮の周辺を散策した。遅めの昼食をとり、買い物をしてから、部屋へと戻った。支払いは全部大地がしてくれた。
大地と一緒に写真を眺めた。特別に見せてあげた。お嬢様とデートをしたことを伝えると、驚いていた。デートをしたことではなく、旦那様に許可をもらったことと、
大地は僕の部屋に泊まった。床で寝ていた。
旦那様が隼人のところから戻ってくるまで、学園地区の下見に行ったりなどして過ごした。
夕方、旦那様と合流した。旦那様から隼人の話を聞いたり、入学式までどう過ごすかの話をしながら、三人で夕食をとった。夕食を食べ終えると、明日は仕事だから、と大地は帰っていった。
旦那様は、学園内の宿泊施設に宿を取っていた。学生の家族などが会いにきたとき用に、寮の一部を改装し宿泊施設としている。そこに三泊する。僕も一緒に泊まれるように二人部屋を取ってくれていた。入学式の日の夜、
入学式までの二日間、旦那様と王都の観光をした。入学式が近いので、とても人が多く、歩くのが大変だった。お嬢様がいたら、迷子になりそうだなと思った。美味しそうなお菓子がたくさん売られていた。お嬢様が喜びそうだなと思った。ショーウインドウに服が飾られていた。お嬢様に着せてみたい服が何着もあった。大きな本屋や手芸店があった。お嬢様を連れてきてあげたいなと思った。
大地に教えてもらったレストランで、食事をとった。美味しくて、量も多い店だった。騎士っぽい人たちがたくさんいた。
四月七日。入学式当日の朝。出かける前に旦那様が僕の写真を三枚撮った。僕と旦那様と、お嬢様の分だと優しい顔をした。
夕食は旦那様が作ってくれた。食後に、入学おめでとう、と書かれた小さいケーキが出てきたときは、泣きそうになった。
旦那様と僕、どちらがベッドで眠るか、なかなか決まらなかった。結局、二人で床に寝た。ベッドから布団を下ろして横向きに敷き、上半身だけ布団に乗せて眠った。大地のときもこうすれば良かったと思いながら目を閉じた。
「黒羽。無理はしないように。体に気をつけて」
そう言いながら、旦那様が僕のことを軽く抱きしめてくれた。体を離すと、大きな手で頭を優しくなでてくれた。
旦那様は旅の荷物を持ち、僕は勉強の道具を持って玄関を出た。
「夏に帰ってくるのを楽しみにしている」
寮の前で握手をした。手を離すと、旦那様は振り返り、歩き出した。明日、湖月家に着く予定だ。旦那様に抱きつくお嬢様の姿が、それを嬉しそうな表情で抱きしめ返す旦那様の姿が目に浮かんだ。
胸元をギュッと掴んだ。服の下にある、ペンダントのトップを握りしめた。青色の丸い形をしたトップだ。旦那様とお嬢様からもらったお守りのキーホルダーを、いつでも身につけていられるように、触れられるように、ペンダントにした。
「ありがとうございます。頑張ります」
小さくなった旦那様の背中に向かって呟いた。振り返り、大きく一歩踏み出した。
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