◆061. 恥ずかしい仕事 2/2


 流出制御訓練機をソファーの上に置いた。


「お嬢様?」


 深呼吸して、隼人はやとに顔を向けた。


「隼人の次のお仕事って、なんなのか聞いてもいい?」


「そういえば、言ってませんでしたね……。恥ずかしいんですけど……」


(恥ずかしい仕事?)


「先生です」


「学園の?」


「いえ、学習学校のです」


 この国は、学園への入学は義務のようになっているが、その他の教育に関しては特に定められていない。学園に入学するまでの間は、家庭教師を雇うか、学習学校に通うか、身近な人にみてもらいながら自習するかだ。


 学習学校は、主に十歳から十五歳の子どもが通う、塾のようなところだ。

 年齢別に教えているところもあれば、まぜこぜの学校もある。お金さえ払えば、何歳からでも受け入れてくれるところもある。


「ずっと学習学校の先生になりたかったの?」


「なりたいものは、特にありませんでした。なりたくなったんですよ」


「そうなの?」


 隼人はうなずいた。


「いつだったでしょうか。何年か前に、学生のとき将来について悩んでたって、話したことあると思うんですけど……。実は私、学生のときは、騎士を目指してたんですよ」


「騎士?」


「ええ。剣術部の人たち、ほとんどが目指していたので。私もって。でも、実力が足りなくて、なれるかどうかってところだったんです。迷いながらで、中途半端だったんですよね」


「隼人が中途半端?」


「ふふ。そうなんですよ。騎士の試験って、六月と十二月にあるんですけど。だいたいの学生が、六月に受けて、残りの時間で騎士団を探すんですよ。六月に合格できなかった人は、十二月にもう一度頑張るんです」


「なのに、私は……」隼人は視線を落とした。


「試験を受けることもせず……。突き進むこともできず、あきらめることもできず。迷ってばかりの中途半端だったんです。騎士のことだけではないんですけどね」


 隼人は遠くを見た。学生時代を思い返しているのかもしれない。


「このまま騎士を目指していいものかって悩んでたんですよ。そんなとき、大地だいちさんに誘われたんです。このお仕事に」


 私のほうを向くと、にこっと微笑んだ。


「この仕事も悩んだ?」


「それが……、悩まなかったんです。迷わなかったんですよね。すごく興味がいてしまって。旦那様の噂は知っていたので、会ってみたかったですし。絶対に騎士になると思っていた大地さんが、どうしてるのかも気になりましたし」


「大地は、絶対騎士になるって思ってたの?」


「強かったですからね。それに、騎士以外でやっていけるのかな? って思っていたところもあります。まあ、よく考えてみれば、大地さんは面倒見がいいですから。この仕事は向いてたんでしょうね」


 隼人は頬に手を添え、首を傾けた。と思ったら、ハッとした様子でこちらを向いた。


「ちゃんと、お仕事の内容にも気を引かれたんですよ!」


「ふふ。本当に?」


 隼人があわてたので、思わず笑ってしまった。隼人は、本当ですよ、と私の頭をなでた。


「それで、ここでお仕事をさせてもらって。みんなと過ごしているうちに、先生になりたいと思うようになったんです。お嬢様と黒羽くろはと過ごすうちに」


「そう……なんだね」


「教えるのが楽しくて。教えるために学ぶことが楽しくて。充実してるって気づいたんです。教えてもらえることも多いですし」


「私たちから?」


「ええ。お嬢様と黒羽から、いっぱい教えてもらいましたよ」


「そっか。隼人がやりたいこと見つけられて良かった。嬉しいよ!」


 隼人の目を見つめた。視界がにじんだ。隼人が、優しく微笑みながらうなずいた。


「嬉しいけど……、やっぱり寂しい。大地のときみたいに、いっぱい泣いちゃってもいい?」


「かまいませんよ。どんどん泣いてください」


 そういうと、サッとティッシュの箱を準備した。その行動に笑ってしまった。同時にまっていた涙がこぼれた。


 隼人が箱からティッシュを数枚取り、手渡してくれた。


「旦那様には感謝してもしきれませんね。大地さんの紹介とはいえ、雇っていただいて。お嬢様や黒羽に出会えたんですから」


「私も隼人に出会えて良かったよ。ううっ」


「今後どうしたいのか、やりたいことは見つかったのかと聞いてくださって。気にかけてくださって。学習学校の先生になりたいと伝えたら、先生の仕事まで見つけてきてくださったんですから」


「お父様が?」


「ええ。未経験の私にとって、とても条件の良いところを」


「そっか、うっ……、そうなんだね。良かったね」


 取ってもらったティッシュが、使えない状態になったので、箱に手を伸ばした。隼人が代わりに取ってくれた。


「抱っこしましょうか?」


「大丈夫」


「まあまあ、遠慮しないで」


 強引に抱っこされた。隼人のひざまたいで、向かい合わせに座らされた。


(この格好、ちょっと恥ずかしいんだよね。……恥ずかしいといえば)


「そういえば、なんでなんの仕事か聞いたとき、恥ずかしいって言ったの?」


「大きくなるにつれて、将来の夢とか、やりたいこととか話すのって、恥ずかしくなったりするものなんですよ」


「なるほど~。そういう意味か。恥ずかしいお仕事をするのかと思っちゃった」


「恥ずかしい仕事って、なんですか!?」


 両手で頭をグシャグシャッとされた。そのまま、ギュッと抱きしめられた。


「何かあったときに、こうして抱っこしてあげられないのは……。寂しいですね」


 再び涙があふれた。隼人の肩に顔をうずめて泣いた。


「隼人、うう、あんまり生徒に、かわいいって抱きついちゃダメだよ。嫌がられたり、親に怒られちゃうかもしれないからね」


「そ、そんなことしませんよ」


「そお? 隼人も黒羽と一緒で、すぐに抱きついてくるから」


「それは、お嬢様だからですよ……」


「すぐにひっぱたいたり、しめたりしちゃダメだよ。ううっ」


「そ、そんな……」


「大地や黒羽に、よくするでしょ?」


「大地さんと、黒羽だからですよ」


「本当?」


「本当ですよ」


「そっか。ううっ、ううう~」


 しばらく、隼人の首に抱きついて泣いていた。肩を涙で濡らしてしまった。隼人はずっと抱きしめてくれていた。


「何やってるんですか!」


 黒羽の不機嫌な声と足音が聞こえてきた。後方から声がしたので、そちらを向いた。黒羽は、私の泣き顔に気づくと立ち止まった。


「黒羽も一緒に泣きますか?」隼人が手招きをした。


「あ、仕事。忘れてました。やらないと」


 黒羽は回れ右をして立ち去ってしまった。


 この状態で、黒羽が引くことはまずない。たぶん、泣きたくないから退散したのだろう。大地のときも、泣くことを我慢していた。今もきっと我慢している。


「黒羽も泣きそうなんだね」


「そうですね。あとで抱っこしてあげましょうね」


 隼人とひたいを合わせて、ふふっ、と笑った。

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