036. 教育的指導 2/2(黒羽)
「気持ち悪い……」
僕は食堂の椅子に座り、テーブルに突っ伏していた。
「俺も……」
「のぼせましたね……」
台所から
お礼を言って、コップを手に取り、水を飲んだ。騒ぎながら長湯をしてしまい、三人とものぼせてしまっていた。
「大地のせいで、気持ち悪い……」
「なんで、俺のせいなんだよ」
「大地が言い出しっぺだから」
「そうですね。大地さんのせいです」
「お前らなあ」
言い合いはするものの、覇気はない。三人で、水を飲んではため息を
(そうだ、聞いておかないと)
「そういえば、僕がお嬢様に部屋を追い出された理由って、なんなんですか?」
「なんだ、いきなり」大地が残り少なくなっていたコップの水を、グイッと飲みほした。
「お風呂で隼人が言ってましたよね? 僕、よくわからなかったんですけど。説明してください」
「それは――」
「みんなで、何してるの?」
隼人の口が開いたところで、お嬢様の声が聞こえてきた。食堂の出入り口に立っていた。
「お嬢様のほうこそ、どうしたんですか? まだ、眠ってなかったんですね」隼人が立ち上がり、微笑んだ。
「のどが渇いちゃって」
「そうですか。今、お水を持ってきますね」
「うん。ありがとう」
お嬢様は中に入ってくると、僕の隣に座った。隼人がコップを差し出すと、「ありがとう」といって受け取り、コクコクと飲み始めた。
(かわいい)
お嬢様は半分ほど水を飲み、コップをテーブルに置いた。僕たちの顔を見て、首を傾げた。
「みんな、具合悪そうだね。大丈夫?」
(そうだ。警告しておかないと……)
「お嬢様。もう大地たちとは、お風呂に入らないほうがいいですよ」
「なんで?」
「大地と隼人は、おじょ……む~」
後ろから、口をふさがれた。隼人の手が、僕の口を押さえつけている。大地は立ち上がろうと、テーブルに手をついていた。
「む~! む~!」
「変なこと言わない!」耳元で
「む~! むぐぐぐ」隼人の手を外そうとしたが、全然動かない。
「お嬢様が早くお風呂に入れって言った理由を教えてあげますから」
小さいが力強い声だった。お風呂でのことを、お嬢様には絶対に聞かせたくないようだ。
僕の疑問に答えてくれるらしいし、お嬢様に警告するのはあとでもできる。少しだけ隼人のほうを向いて
「どうしたの?」お嬢様が
隼人の手から解放され、は~、と息を
「大地たちとお風呂に入ると、お湯をかけあってのぼせてしまうので。入らないほうがいいですよ」
今さら、何でもない、というのはおかしいと思い誤魔化した。
「
お嬢様は、途中から視線を上に向けた。何かを考え込んだらしく、語尾が小さくなっていった。
「お風呂でやり返すのは無理かな。もうそろそろ、お風呂はひとりで入るから」
「なんで?」大地が右手で頬杖をつきながら聞いた。
「だって、もう、八歳になるんだよ。いつまでも、一緒にお風呂入らないでしょ。むしろ、遅いよね? お父様は……もう少しいいかな」
「そっかあ?」
「隼人はまだいいんだよ。全部、自分でやらせてくれるし。あっち向いててって頼んだら見ないでいてくれるし」
お嬢様は、キッと大地を
「なのに、大地は! 自分でやるって言ってるのに、体洗ってくるし。見ないでって言ってるのに、見るし!」
「だ~~い~~ち~~~!」
そんなことをしているのか! と、こみ上げてくる怒りとともに、ゆっくりと大地のほうを向いた。いつの間にか、大地の後ろに隼人が立っていた。
「いてえ! や、やめろ!」
大地のこめかみ辺りを、隼人がゲンコツでグリグリと挟んだ。
「教育的指導ですよ。今日、何回目でしたっけね? もう、何かしら罰を与えたほうが良さそうですね」
「痛いって! 罰って、さっきから、タオルで叩いたりしてただろ!」
「足りませんね。旦那様に言いつけましょうかね」
「そ、それだけは、やめろ!」
大地が隼人の手を掴み、グリグリから逃れようとした。大地のほうが力があるので、隼人の手が大地の頭から離れ出した。すると、隼人はスッと手を引いた。大地がホッとして手を離すと、隼人の腕が大地の
「ぎ、ギブギブ! 俺が悪かった! 悪かったから!」
「反省してくださいよ。まったく、もう」隼人は大地の首をしめるのをやめ、席に戻った。
「ごほっごほっ、う~。隼人のはすぐ
「ふっ、あはははは」お嬢様が笑いだした。
「みんな、具合悪そうだなって思ったけど、元気だね」
「のぼせてただけだからな」大地は首に手をあてたまま、右に左にと首を回している。
「そっか、お湯かけあってたんだもんね。お風呂楽しかったんだね。…………ふあぁ」
お嬢様はアクビをして、目をこすり、眠そうな顔をした。コップに残っていた水を飲みほすと、コップを持ったまま立ち上がった。
「僕が一緒に片付けておきますよ」
「いいの?」
「ええ」
「ありがとう」
お嬢様が差し出してきたコップと一緒に手を握った。もう一方の手でコップを取り、テーブルに置いた。
握ったままの手を引きよせ、指先にキスをした。
お嬢様は、キョトンとしている。
「おやすみなさい」にこっと微笑み、手を離した。
お嬢様は、キスされた手を胸元によせた。もう一方の手で僕の触れた指先を包み、はにかんだような笑顔で「おやすみなさい」と言った。大地と隼人に顔を向け、もう一度「おやすみなさい」と言うと部屋へと戻っていった。
(かわいい)
テーブルに突っ伏して、今のお嬢様を思い返していた。
パシッ
「って!」
頭に衝撃を受けて、顔を上げると、隼人の手が空中にとまっていた。大地は頬杖をついて、こちらを見ていた。
「もう、何してるんですか」
「いたっ」隼人のとまっていた手が落ちてきて、頭にチョップをされた。
「別にいいじゃないですか。おやすみのキスくらい」頭を手でさすった。
「まあ、そのままでいてくれよ。あと、最低三年は」
「それも……、そうですね。あと三年はこれくらいで満足していてほしいですね」
大地と隼人は、うんうんと
「俺らも、寝るか~」
「そうですね。ああ、コップは私が片付けますから。お二人はどうぞ、先に行ってください」
隼人は立ち上がると、コップを四つ手に持った。
「悪いな。じゃ、おやすみ」
「隼人、ありがとう。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
隼人を食堂に残して、大地と僕は自室へと向かった。
ベッドに潜り込み考えた。最低三年とはどういう意味だろうか。三年後、僕は十五歳だ。学園生活を送っているはずだ。
(行きたくないな……)
お嬢様と離れなくない。ずっと一緒にいたい。悲しくなってきて、目尻から涙がこぼれた。
(違うこと考えよう……)
先ほどのお嬢様を思い浮かべた。キョトンとした顔も、はにかんだような笑顔も可愛らしかった。
「ふふ、かわいい」
お嬢様のことを考えると楽しくなってくる。明日はお嬢様とどんな一日を過ごせるだろうか。お嬢様のどんな表情が見られるだろうか。
想像しているうちに、眠りに落ちていた。
隼人から、お嬢様が僕を部屋から追い出した理由を説明してもらうはずだった。すっかり忘れてしまっていた。思い出して教えてもらったのは、次に追い出されたときだった。
「新聞と同じです。新しい本が手に入ると、それを眺めたくて仕方ないんですよ」
確かにいつもお嬢様は、眺めているのが楽しい、と言っている。お嬢様にとっては一人になりたい時間なのかと納得した。
(うーん。でも、そこをどうにか一緒に……)
ただそばにいさせてくれるだけで良いから、どうにか一緒にいることはできないだろうかと思いを巡らせた。
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