013. 童謡(黒羽/隼人/大地)
◇◇
お嬢様が童謡を歌いながら、廊下を歩いていた。僕に気づくと、一瞬歌うことをやめたが、すぐにまた歌い出した。
お嬢様は、部屋でよく歌を歌っている。部屋の窓が開いている状態で歌っているので、表庭にいたり、下の階の食堂の窓を開けていると聞こえてきたりする。
知っている歌もあれば、聞いたことないような歌を歌っていることもある。最初の頃は舌足らずで聞き取れなかった歌詞も、今ではちゃんと聞き取れるようになった。
お嬢様の数歩後ろをついて歩いた。たぶん、行き先は裏庭だ。
歌っている童謡が、輪唱できる歌だったので、続けて歌ってみた。お嬢様は、チラッと僕を見たが、また前を見てかまわず歌い続けた。
お嬢様が歌い終わり、数秒後、僕が歌い終わった。お嬢様は振り返り、にこっと微笑んだ。
(かわいい)
「ちょ、ちょっと、ほどほど!」
可愛らしかったので、思わず抱きついていた。お嬢様に嫌がられ、やむを得ず解放した。
「隼人のとこに行くけど、一緒に行く?」
「ええ」
僕たちは、玄関で靴に履き替えて、外に出た。お嬢様の隣を歩いていると、また歌い出したので、僕もお嬢様に続いた。
◇◇
裏庭で洗濯物を取り込んでいると歌が聞こえてきた。
(また歌ってますねえ)
お嬢様は、部屋でよく歌を歌っている。お嬢様の部屋と食堂の窓が開いていると、食堂にいても聞こえてくる。
知っている歌がほとんどだが、知らない歌を歌っているときもある。もし、あれが自作の歌なのだとしたら、お嬢様は作詞作曲の才能があるのかもしれない。
(ひとりじゃない?)
聞こえてきた歌に、お嬢様以外の声が混じっているような気がした。洗濯物を取り込む手をとめて、声がする方を見ていた。
建物の陰から、お嬢様と
「輪唱ですか?」
「うん、黒羽が続けて歌ってくれたの」
お嬢様はにこにこと嬉しそうな顔をしていた。
「隼人、手つだ……、ここで応援してるね」
洗濯物を見回し、自分が手伝えそうなものがないと判断したのだろう。手伝うと言いかけて、応援に切り替えた。
黒羽はなにも言わずに洗濯物を取り込んでいる。
お嬢様がまた歌い始めた。黒羽も歌い出した。私も黒羽のあとに続いた。お嬢様は楽しそうに、私たちを眺めていた。
◇◇
「何やってんだ、あいつら」
馬小屋から出て伸びをしていると、洗濯物を取り込んでいる
(また、歌ってんのか)
お嬢様は、部屋でよく歌を歌っている。部屋の窓が開いていても歌っているので、表庭の整備をしていると聞こえてきたりする。俺の知らない歌を歌っているときがある。あれは誰の歌なのだろうか。
隼人と黒羽は、俺に気づかなかった。お嬢様とは、目が合った。お嬢様は口を動かしながら、にこっと微笑んで、視線を隼人たちに戻した。
馬小屋に戻って作業を再開した俺は、微かに聞こえてきた童謡を口ずさんでいた。
その日の夜、湯船に浸かっているときに、なんとなくまた昼間の童謡を口ずさんだ。すると、お嬢様が続けて歌い出した。
「今度は大地も一緒にやる?」
「いや、いいよ」
「なんで? 四人でやろうよ!」
断っていると、頬を膨らませたお嬢様が別の童謡を歌い出した。
黙っていると、お嬢様は何度も出だしを繰り返した。仕方がないので、同じように歌った。繰り返すたびに、水鉄砲で攻撃した。途中から、歌いながらお湯のかけ合いになっていた。
「もう、ひどい!」
顔にかかったお湯を両手で払いながら、お嬢様はまた頬を膨らませた。
「ふぐぅ」
お嬢様の膨れた頬を片手で掴んで潰すと、変な声を出した。
「ぶはっ、なんだ今の。ほら、十数えろよ」
俺が笑うとお嬢様はジトッとした目で俺を睨んだ。そのままの顔で、「いーち、にーい、さーん……」と数えだした。それもまたおかしくて笑ってしまった。
「……きゅーう、じゅうっ!!」
バシャッ!
お嬢様は数え終わると同時に立ち上がり、俺に思いきりお湯をかけた。下からかけられたお湯が鼻に入った。
「うわっ、下からはやめろよ! 鼻に入っただろ」
「ふんっ」
お嬢様は、苦しがる俺を横目に鼻で笑った。「ざまあみろ」と言うと、湯船から出て、シャワーを浴び、脱衣室へと行ってしまった。
俺は少しの間、鼻から入ったお湯に苦しんでいた。
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