012. 父とお風呂

『007. 親子の写真』あたりの話


 ピチャッ、ピチャッ


(これはできるな~)


 手を握り、お湯に浸け、握ってはゆるめるを繰り返した。親指と親指の隙間からお湯が上に向かって少し出る。

 指を組み、手の間にお湯をめ、押し出した。全然出ない。というよりも、かまえた時点でお湯が手の中に残っていないような気がする。


(うーん。やっぱり、手が小さいからかな?)


 父とお風呂に入っていた。先に湯船に浸かって、水鉄砲の練習をしていた。


 父が洗い終わったようだ。目を背けた。父は大地たちと違って前を隠さない。恥ずかしいから目を背けているわけではない。単に、父のは見たくない。親子だから平気という人もいるだろうが、私は親のは見たくない。


 バシャ


「ぶっは」


 背けていた顔にお湯がかかった。少し耳に入った。父から、水鉄砲で攻撃された。


「みみ~」


 耳に入ったと抗議をしたが、第二、第三の攻撃が飛んでくる。水鉄砲での反撃はできないので、腕をばた足のように動かして反撃した。


「うっ」


 父の顔に思いきりかけることに成功した。攻撃は止み、父の長い前髪が、顔を隠している。父が、垂れた前髪を片手で後ろに流した。


 父の顔の傷痕があらわになる。


 父の傷痕は顔だけではない。顔と同じような火傷の痕のようなものが、左肩にもある。その他にも大地だいちみたいな傷がたくさんある。古傷のようなものがたくさん。痣は大地の方が多いような気がする。


「なんだ?」


 ジッと見ていたので、父が不思議に思ったようだ。泳ぐように父に近づいた。


「いちゃい?」


 肩の傷痕に触れた。「痛くない」と父は、傷痕を触る私の手に触れた。


「気持ち悪くないのか?」


 父が少し悲しそうな顔をした。傷痕を気に病んでいるのか、娘に嫌がられていないか不安なのか、両方か。とりあえず、半分は気にする必要はないと伝えたい。


「へーき」


 父の顔の傷痕にキスをして、にっこりと微笑んだ。父の頬がゆるんだので、良かった、と思った次の瞬間、私は悲鳴を上げた。


「ぎゃあああ、はにゃしゅて、ふぁにゃしゅちぇ」


 父に抱きしめられた。抱きしめられるのはよい。もう何度も抱きしめられている。でも、裸のときはやめてほしい。

 お湯の中で全力で暴れた。父に力で敵うはずがない。しばらくしてから、解放された。


「お、おふりょではやみぇちぇ!」


 父にお湯をかけた。バシャバシャと何度もかけた。父は頭からずぶ濡れになり、また前髪で顔が隠れた。


 前髪をかきあげた父は、楽しそうに笑っていた。

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