暫定候補十二人 case.5 狂気の再現料理人

 その男は、料理人だった。イタリア料理、フランス料理、和食、洋食、中華……古今東西、あらゆる料理を網羅し、あらゆる食材を知り尽くした、料理界では右に出る者はいないとされる人物だった。

 彼は料理が好きだった。作ることも、食べることも。だから、その為には時間と労力を惜しまなかった。世界中のどこへでも……例え南極だろうが、秘境だろうが、海中だろうが、宇宙だろうが行ったし、あらゆる食材を口にしてきた。毒も薬も全て。そのせいで、死に掛けた回数はそろそろ三桁台に上るし、その副作用か、どんな料理でも口にすれば何の食材が使われているか、どのように味付けされているか、挙句の果てにはどのように作られているかまで分かるようになってしまっていた。一度食べたらどんな料理でもその材料から作り方まで暴いてしまうという奇怪な特技を手に入れた彼は、その料理好きがどんどん加速していき、その内……世間に隠れて、人道に反するようなモノまで食材として扱うようになり、物好きな人間達に振る舞うようにもなった。そうして、彼は表からも裏からも注目さ入れる天才料理人の称号を手に入れたのだ。

 そんな彼は、ある時、とある出版社から「作中に出てくる料理を再現したいから手伝ってほしい」と頼まれた。今までそのような仕事の依頼は受けたことがなかった彼は、新たな発見があるかもしれないと二つ返事で承諾した。そしてそれが、彼を新たな道へと引きずり込むことになる。

 その作品の世界観は、所謂ファンタジー。しかし、出てくる食材は現実のものを参考にして描写されており、主人公たちが食べる料理のレシピもきちんと載っている為、参考になった食材さえわかれば、再現可能となっていた。そして、そのレシピが読者に人気らしく、この際きちんと監修して一冊のレシピ本として出版しようということになったそうだ。その料理監修の一人として、男が呼ばれたという話だった。

 男は編集者、作家、イラストレーター、栄養士など、数人とチームを組み、今まで作品内で紹介されたレシピを忠実に再現した。何度も何度も、繰り返し試行錯誤しながら。料理自体は家庭料理と変わらないものが多く、元々再現しやすいレシピだったということもあり、スムーズに進んだが、空想世界の料理を現実世界で再現するというこの行為は、男に新たな快感をもたらした。

 誰もが食べることが出来ないと思っていた空想上の料理を再現し、現実でも味わえるようにする――この仕事以降、彼はこの行為にのめり込むことになる。

 最初は、ファンタジー作品内に出てくる料理ばかりを再現していた。しかしその内、ジャンルに囚われないようになっていく。また、料理のレシピも家庭でも作れるような難易度に設定されていたが、その内上がっていき、食材もを使いようになっていってしまった。再現度を求めるあまり、最近はすっかりまともになっていた倫理感が再び壊れていったのである。

 そんな彼は、普通の料理人として活躍しながら、今現在も再現料理を続けている。趣味として。時には、物好きな依頼人へのメニューの一つとして提供したりもしている。

 そして、今やっているのが――。


「ふむ……〈ゴロゴロヘビの石焼きビビルンバ〉か……つまり、蛇の肉を使ったビビンバということか……?」


 自室でノートに向かう彼は、スマートフォンの画面を見つめながらペンを回す。


「蛇は普通に買ってくる……いや、野生を……やっぱ買って来た方がいいか。後は普通のビビンバを……でも、蛇の肉だしな……」


 ブツブツと呟きながら、彼はノートに色々と書き込んでいく。

 彼が現在再現しようとしている料理が出てくるのは、スマートフォン向けゲーム「育てて!世界征服」――通称、ソダセカである。

 このゲームはプレイヤーが魔王となり、人間によって壊滅した魔界を復興させ、世界を征服するというのが主題のゲームだ。そして、その為に魔物達を育てていく、という内容になっている。

 しかし、男にとって魅力的だったのは、そこではなかった。男は料理人だ。料理に憑りつかれ、料理の為なら自分の手を汚すことも厭わない様な異常者だ。だからもちろん、男がそのゲームの中で重要視したのは、食事である。

 魔物を育てる際、魔王であるプレイヤーはあらゆる世話をしなければならない。睡眠、食事、排泄、風呂、などなど――殆ど、現実で人間がやっている子育てと同じである。だからこそ、このゲームは鬼畜育成ゲームなんて呼ばれているのだが。

 さて、育成の際に欠かせないのが食事である。この食事、レパートリーが数え切れないほど……軽く四桁超えるほどあるのだ。ただの果物や虫、生の肉というものから、先程男が口にしたどこか現実世界で見たことがある様な内容の料理まで存在する。しかも、かなりリアルで食欲をそそるイラストで表現されているのだ。プレイヤーの中では、「育成=飯テロ」という者も少なくはない。男は、そんな料理の再現に現在凝っているのだ。


「そういや、今度アプデが来るな……ふふ、どんな料理が増えるんだか」


 ノートに書き込みながら、男が笑みをこぼす。獰猛な肉食獣のように。

 男の言葉通り、ソダセカの料理の種類は、ゲームのアップデートごとに毎回増えていくのだ。そこの何か意味があるのかと勘繰るプレイヤーもいるが、男のとってはどうでも良かった。ただ、魅力的な料理が増え、再現の楽しみが増えた。それだけである。


「さあて。材料を調達しに行くか」


 ノートをパタンと閉じ、男が立ち上がる。

 果たして、今回の料理を作るのに、彼は何を犠牲にするのだろうか。

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