暫定候補十二人 case.4 生と死に憑りつかれた男

 その男は、常に死を求めていた。自分の死も、他人の死も。ありとあらゆるモノの死を求める、死に憑りつかれた異常者だった――例えそれが、本人の意図しないものであっても。


「今日も死ねなかったか……」


 カーテンの隙間から差し込む日の光以外の明かりが一切ない部屋で、男は呟いた。その右手首からは、赤い液体がしたたり落ちている。他にも、フローリングには得体のしれない錠剤が散乱し、赤黒いモノがこびりついた刃物が無造作に転がり、天井から吊るされたロープが音もなく揺れていた。


 そして、部屋の隅にはが転がっている。


 男はをチラリと見ると、深い溜息と共に立ち上がる。そして、右手の傷口を簡単に処置すると、に近付いていく。

 は、綺麗な金髪をしており、陶磁器のように滑らかで白い肌を持っていた。閉じられた瞼の奥には、深い海のような青色が収まっていることを男は知っている。

 しかし、は男によってめった刺しにされ、手足はバラバラに切断。血は全て抜かれ、臓器も綺麗に取り除かれている。先程触れた青色も、今はホルマリン漬けにされて台所に置かれた容器の中を漂っていた。他にも、血液や臓器などが詰め込まれたパックやホルマリン漬けの容器が台所に所狭しと並んでいる。ハッキリ言って、異常な光景だった。

 男の職業は、臓器の売人だった。彼は所謂、裏社会で動く人間であり、毎日のように人を殺し、解体し、パック詰めして売りさばくことで生計を立てていたのだ。だから、日常的に先程のようなが部屋の中に転がっている。しかし、部屋の中は強力な消臭剤を何個も置いている御蔭か、不快な臭いは一切しない。一般社会に知られると非常にマズいどころではない職業内容なので、この様な消臭剤を始めとする証拠隠滅の為の行動は、男にとって当たり前のことではあるのだが。あと、単純に男の住居なので臭いと生活に支障が出るというだけの話だ。


「……」


 解体し終わり、用済みになった死体を抱え、風呂場へと移動する。そこでいったん死体を降ろすと、浴槽を薬品で満たし、死体を放り込んだ。


「……さて、」


 ぷくぷくと、泡を発しながら死体が溶けていくのを確認すると、男は浴槽から出る。そして、ポケットに入れていたスマートフォンを起動させ、あるアプリをタップした。

 『育てて!世界征服』――通称、ソダセカ。今現在、世界中で流行しているアプリゲームである。


「……ああ、〈ストロベリー〉が子供を産んだのか」


 そう呟いて、男はスマフォを叩く。

 彼はどうして、このゲームにハマっていた。はじまりは、おすすめアプリの一番上に出てきたソダセカをインストールしたところだ。常に人を殺す日常を送っていた男は、それ以外はやる言ことがなく、割と暇である。その為、何か暇つぶしに、という軽い気持ちでゲームをインストールしたのだ。因みに、過去に何度もそうやってアプリゲームをインストールし、三日以内で飽きてアンインストールしている。

 しかし、ソダセカ違った。三日以上……いや、一年以上続いたのである。しかも、結構マメにやっている。もしかすると、常に人の命を奪う側にいる彼は、正反対の命を育むというゲーム内容が新鮮であり、救いだったのかもしれない。だって、彼は人の命を奪い過ぎて殆ど心を壊し、常に自ら死にたいと願うようになってしまったのだから。人の命を食い物にすることでしか生きられない自分はとんでもない悪人で、屑野郎で、罪人で――生きている価値がないと、思うようになってしまっていたから。だから、彼は常に睡眠薬を大量に服薬して眠るし、日課のようにリストカットを行い、暇があれば首を吊り、あらゆる自殺方法を試すようになっていた。数少ない友人から会うたびにカウンセリングを進められるレベルで顔色も言動も酷いらしい。目など、とっくの昔に死んでいる。

 そんな彼の目に僅かに光が宿るのが、ソダセカをプレイしている時。特に、魔物を育てている時。このゲームで、彼は何かを育てるという行為に快感を覚えるようになっていた。現実ですることはないが。


「〈スノードロップ〉が担当している農園は収穫時期か……ふむ、今回の出来は良さそうだ」


 彼は何が育っても喜ぶ。魔物が世話する農園の野菜でも、魔物の子供でも、軍隊でも、魔界でも。何でもあっても、無事に育ち、巣立ち、そして再び新たな命を生み出すことに何よりも歓喜していた。なんなら、聖母のような微笑みすら浮かべていた。それが、ゲームの中だと分かっていながら。現実世界では、絶対に自分では出来ないことだと、分かっていたから。


「しかし……そろそろ、後半のストーリーが解放されるな……となると、本格的に人間界を滅ぼすことになるのか」


 ぽそりと、これまで浮かべていた笑みを引っ込め、無表情に彼は呟く。


「嫌だなあ……」


 それは、このゲームを通しての彼の変化だった。かつて死を求めていた筈の男が、このゲームの中だけとはいえ、誰かの命を奪うことを拒むようになっていたのだ。

 現実世界で自分と他人の死を求める男は、ゆっくりとその異常性を壊され始めていた。

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