暫定候補十二人 case.2 知識欲の怪物

 その女は、普段は仕事に勤しむOLだった。それなりに仕事ができる彼女は、それなりに周囲から信頼されていたし、それなりに日々を謳歌していた。

 ただ、彼女には一つだけ、周囲の人間と異なるところがあった。


 それは――異常な知識欲である。


 まだ未就学児の頃、彼女は多くの質問をして両親を困らせた。どうして、昼間は明るいのか。どうして、夜は暗いのか。星は何処にあるのか。月は何処にあるのか。鳥はどうして飛ぶのか。魚はどうして水の中で生きているのか。自分は水の中では生きることが出来ないのか。自分はどうやって生まれてきたのか――などなど。

 両親はそんな娘に対し、最初は真摯に答えようと努力していたが……やがて、手に負えなくなり、その内面倒になり、辞書・辞典を買い与え、自分で調べなさいと言うようになった。そして、調べ方を教えてもらって以降、彼女が両親から得た知識はないと言っていい。その代わり、あらゆる本を買って欲しいとせがむようになった。パソコンの存在を知ってからは、パソコンが欲しいともねだった。彼女の両親は、娘がこれで満足するならと、出来る範囲で惜しむことなく買い与えた。両親も、知識を蓄えること自体は悪いことだとは思っていなかったのだ。その御蔭で、幼い彼女の知識欲は程よく満たされていた。

 学校に行きだすと、図書館という知識の宝庫と彼女は出会うことになる。友達とも遊んでいたが、彼女は放課後だけは、毎日のように図書館に入りびたり、閉館時間まで本を読んで、知識を吸収した。読み切れなかった本は借りて帰り、家に帰ってからも遅くまで知識を貪る。そんな日々を、大学卒業まで続けた。

 就職して、社会人になってからは仕事が忙しくて頻度は減ったものの、やはり貪欲に知識を求めた。この頃になると、当たり前のようにスマートフォンを持っていたので、通勤時間、休憩中、お風呂の中、寝る前など、様々な隙間時間を使ってスマフォから知識を吸収するようになった。休日は、図書館や博物館、スマフォで得た知識の現場へ赴くなどして知識を得る。長期休暇の時は、海外に行くことも珍しくない。

 彼女は知識のジャンルを問わない。ただ、自分が疑問に思っていることを放っておくことが出来なかった。許せなかった。気持ち悪かった。だから、腹ペコの人間が食事を求めるように、彼女は毎日知識を求めた。

 故に、彼女は博識だった。知識面だけで言えば、この世の誰にも負けないだろう。

 でも、まだ足りない。まだ足りない。まだ足りない――彼女はまだ、湧き上がる知識欲を満たすことが出来ない。


「……っと」


 ブブブ、と震えたスマートフォンを手に取り、通知を見て彼女は微笑む。内容は「魔物が生まれました」と言うシンプルなもの。

 彼女は今、『育てて!世界征服』――通称、ソダセカにハマっていた。理由は実に簡単。。始めたきっかけは、昨年リリースし、半年で絶大な人気を誇るソーシャルゲームの内容を知りたいと思ったこと。最初は数ヶ月で止めるつもりだったが、これがどうして、中々彼女に合っていたらしい。気が付けば、すっかり夢中になっていた――知識欲を満たすことよりも。だって、ゲームをしていれば、知識欲が自然と満たされるから。


「あ、回想が解放されてる……ふふ、これで魔界の秘密に一歩近づけるわね」


 彼女はそれなりに魔物を育て、それなりに魔界を復興させている中堅プレイヤーだ。但し、ストーリー、回想、魔物の情報が乗る〈住民票〉など、あらゆるゲーム内情報を開示させている。ストーリーを重視するプレイヤーは珍しくないが、回想、魔物の情報などなど、あらゆるゲーム内の情報を開示させることを目的としたプレイヤーは少ないだろう。これも、全ては彼女が知識に飢える怪物故のプレイスタイルだった。

 ソダセカはプレイ開始時点で開示される情報が少ない。そして、ストーリーが進むごとに解放される情報は膨大であるが、必ず別の謎を提示することで、プレイヤーの好奇心を刺激する。その刺激と開示情報のバランスが、彼女にとって非常に心地よかったらしい。また、まだストーリーが解放されなくても、他に回想、〈住民票〉が膨大に存在する。それらを片っ端から解放することでも、彼女の知識欲は十二分に満たされた。〈住民票〉に関しては、魔物を育てるのに時間がかかる為、すぐに情報が揃うことはないが、それがかえって彼女には良かったらしい。「あと〇日待てば欲しいものが手に入る。だから、今日は別のもので待とう」「育ち切るまであと〇分だから、我慢しよう」と欲求に程よいブレーキを掛けることになるし、待ち時間を経ることで、時間を掛けて家畜や野菜など育てるとうまみが増すのと同じ様に、彼女にとって情報から得られる満足度が上がるらしい。開示された情報だけで、その日満足してしまう程に。そうして、ゲーム側からの情報提供量とそこに至るまでの道のりに彼女はまんまと嵌ってしまい、今日までゲームを続けるに至ったというわけだ。

 彼女のプレイスタイルは非常にシンプルだ。ストーリーに必要な魔物を育てる。回想に必要な魔物を育てる。新実装の魔物は必ず手に入れる……この繰り返し。ゲーム内の情報開示の為、攻略サイトなども活用して、あらゆる条件を調べ、揃え、情報を得る。この過程すらも、彼女にとっては欲求を満たす一つの手段らしく、一切の手を抜くことはなかった。そして、結果的にそこそこ栄える魔界が完成した。しかし、彼女の目的はあくまで情報開示の面が強い為、魔王軍や魔界の政策の質などはあまり良くない。条件を達成し、欲しい情報が開示されれば、彼女としては満足だからだ。


「さあて。今回の回想は……」


 彼女は今日もゲームをプレイする。その知識欲を満たす為に。

 彼女がゲームを止める時。それは、きっと――このゲームの謎が全て解け、全ての情報が開示された時だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます