本を開いたあなたは「魔王」-6

 それからというもの、魔女は頑張った。


「じゃ、まずはこの木を枯らさないようにするところから……って、もう駄目だし」

「す、すいません……」


 まず、吸命の力の制御訓練。これは朝食の後から夕食の時間まで毎日行われた。とにかくこの力を制御しないと、かつてのように無意識な虐殺を行うことになってしまうので、魔女は必死に訓練を行った。もう、誰も殺したくはないから。

 最初は鉢植えの木を枯らさないところから始まり、徐々に大きさを小さくしていくことで制御方法を体に叩き込み、刷り込む。繰り返し、繰り返し、サクバからの解説・助言等々を聞きながら覚えていく。そうやって、ゆっくりと確実に、でもほんの少しだけ急ぎながら魔女は技術を吸収していった。その間にも、何十人、何百人という魔物が死に、宰相が三日に一度昏倒し、クレナイは七日寝込んだ。勿論、毎日会うサクバも二日に一回倒れていた。

 しかし、一月たった今では、サクバが十日に一度倒れる程度までに治まっているなど、徐々に被害が少なくなっている。これは、地道にであるが、確実に魔女が己の力を制御できるようになってきていた証拠だった。


「では、今日はこれを……」

「分かりました。調べておきます」


 次に、この「世界」についての勉強。これは、今までの「魔王」同様、クレナイが行っている。

 魔女自身はこの「世界」に来た後、説明を受けた(というか、読んだ)為、多少なりともこの「世界」ついて頭に入っている。しかし、それでもまだ知りたいこと、足りないことがあった。逆に、クレナイ側も魔女に知っておいてほしいことがあり……考えた末、魔女が知りたいことにクレナイが答える、という質問形式で勉強を行うことになった。具体的には、朝食の時間に魔女が質問事項をクレナイへ渡しておき、魔女がサクバとの訓練を行っている間にクレナイが質問事項の解答を調べ、夕食後に答える……と言った具合で行われる。時には、質問の答えと関連した資料をクレナイが用意したり、魔女が自分の知識を述べて、間違いがないか指摘してもらったりと補足や確認も行われている。また、勉強を始めて暫くした後は、何となく魔女の知識範囲を把握したクレナイの方が追加で全く新しい知識を教えたりもして、とにかく、以前の「魔王」達とは比べ物にならない程、充実した勉強時間が取られている。そのせいか、魔女の知識はこの「世界」に来た当初に比べて格段に増加していた。

 その他は、礼儀作法や運動だが……前者に関しては、少し教えると魔女がすぐに覚えた為、問題はなく、後者は「まずは吸命の力をどうにかしてから」という方針の下、今のところノータッチだ。しかし、このままいけば後一月後には初めても良いかもしれない、とクレナイと宰相、そしてサクバは思っていた。その為、現在クレナイがカルバスやゴベルと相談している最中だ。

 たまに不安に押しつぶされそうになったり、初日の「自分に向けられた感情」を思い出して寝付けなかったり、たまたま窓の外に積まれた自分が殺した魔物達の死体を見て死にたくなったりしたが、魔女はこの一月、頑張った。やり遂げた。でもそれは、ごく一部の魔物達――宰相やクレナイ、サクバ、料理人など――しか知らない。なぜならば、吸命の力の制御が完璧に出来るまで、一部の魔物を除いた者以外は城内への立ち入りが禁じられたからだ。そうでなければ、魔女に命を吸われ、死んでしまうから。そして、その誰もが魔女の頑張りや人柄を知らせようとは思わなかった。

 誰もが、魔女の力を分かっていた。毎日、死体の山が築き上げられていくから。

 誰もが、魔女の努力を分かっていた。日を追うごとに、死体の山が少なくなっていったから。

 誰もが、魔女の力を認めていた。その滅ぼしつくす力を目の当たりにしているから。

 だけど。


 誰もが、魔女のことを恐れていた。いつか、その力が自分達を滅ぼしつくすのではないのかと思ってしまったから。


「……我らに必要なのは『魔王』だ」

 ある時、誰かが言った。そこは奇しくも、現在侵入を禁止されている魔王城の一室だった。

「しかし、今の『魔王』は滅びの側面を持っている。あれはいずれ破壊神となるぞ」

「『魔王』としては相応しい力では?」

「しかし、今までに我らの同胞を何百と殺しつくしておるのだぞ」

「いつ、前の『魔王』のように我らを恐れ、その力を向けてくるか分からぬ……」

 その部屋は、小さな会議室だった。そこに、数人の魔物達が集まっている。

 彼らは、恐れていた。「魔王」である魔女の力を。死体の数こそ減っているものの、日々、同胞を無意識に殺していく魔女が、彼らにとっては心底恐ろしかった。いつ、その力が自分達へ向けられるのだろうかと。


 そして、その恐れは、流れを悪い方へと進ませる。


 それは、一部の魔物以外、この一月魔女と会っていないという事実が助長させていた。会わない為、魔女の人柄が分からない彼らにとって、彼女は最早、無差別に何もかもを滅ぼしつくす殺戮者同然となりつつあるからだ。

「……我らは繁栄こそを望んでおる。人間を滅ぼすには相応しいが、我らにも滅びのリスクがあるというのであれば、考えねばならん」

「しかし、宰相殿は……」

「だが、未だに力を制御できんのだぞ?いつ、我らが死んでもおかしくない」

「我らの一族はもう壊滅状態だ。これ以上待てんぞ」

 ざわざわ。ざわざわ。

 恐怖が、不安が、憎悪が、一つのどろりとした悪い空気になり、彼らを包み込む。誰もが、実態が分からない、ただ日々、その力を持って無意識に殺戮を行い、同胞を殺す魔女を恐れていた。憎んでいた。その誰もが、「魔王」として日々努力する、魔女の姿を知らない。

 誰かが言った。


「我らに必要なのは『魔王』だ。破壊神でも、殺戮者でもない」


 その声は――間の悪いことに、部屋の外たまたま通りかかったに耳に届いてしまった。

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