本を開いたあなたは「魔王」-5

 翌日。

「昨日は、お見苦しいところをお見せしました」

 魔女は、応接間にて宰相に頭を下げていた。そんな彼女の後ろには、給仕服を着た赤い角を持つ女性の魔物が控えている。今日目覚めて最初に出会った彼女に「宰相に会いたい」と頼んだ結果、こういう状況に至ったのだ。

「何を……」

「お恥ずかしい話、私は人付き合いを殆ど……いえ、全くと言っていいほどしたことがありません。それ故に、ああやって大勢の方々と対峙するのがどうもなれていなくて、あのように逃げてしまい……」

「ああ、そのことか」

 急に自分を訪ねて来て、頭を下げた魔女に初めこそ目を丸くしたが、宰相は理由が分かると納得がいったような顔になる。相変わらず、その顔色は悪そうだったが。

「驚きはしたが、ああいうことは珍しくはない。ワシら魔物とお主ら人間は容姿も力も、何もかもが違う。それ故に、ワシら魔物を目にした瞬間に怯え、逃げ出した『魔王』は少なくない」

「それは……」

「だがな、」

 宰相は、魔女の顔をしっかりと見て続ける。

「お主のように、きちんとこうやって謝罪してくれたのは初めてだ。それだけで、お主が以前までの『魔王』とは違うことが分かる」

 今度は期待できそうだ、と宰相はニヤリと笑った。

「暫くはそこにおるクレナイを付ける。分からぬことは何でも聞くが良い――期待しておるぞ」

 宰相の言葉に、魔女は再び頭を下げると、赤い角の女性――クレナイと共に応接間を後にした。


                    ☆


 魔王の寝室に戻ってくると、魔女はクレナイと向き合う。

「先程はありがとうございました。助かりました、本当に」

「いえ。これも仕事ですから」

 クレナイは感情を捨ててきたような声でそう答える。魔女はほんの少しそれが恐ろしかったが、それでもアンよりは全然マシだと思うことにした。

 そんなことは露ほども知らないクレナイは、言葉を紡ぐ。

「それよりも、これからの予定を申し上げても?」

「分かりました。私が我儘を言ったせいで、時間も押していると思いますし」

「そこまで気にすることはありません。あくまで予定ですので」

 それに、いくらでも待たせて大丈夫でしょう、とクレナイは少しだけ目を細める。

「まず貴女様には、早急に吸命の力を制御してもらいたいと思います」

「……!!」

 その言葉に、魔女は目を見開く。

(そうだ、忘れてた。私の力は、他人の命を吸い尽くす力……!!昨日、誰も死ななかったし、それ以上に色々あり過ぎて頭から抜けていた……!)

 顔を青くする魔女に気遣うそぶりも見せず、クレナイは続ける。

「貴女様の力は強力すぎます。『魔王』としては心強い力ではありますが……正直に申し上げますと、昨日お会いになった魔物達さえ、数人が耐え切れず、死亡しています。その他に、体調不良が多数。このまま他の魔物達に会うとなると、力ない者達は当然のこと、いずれ魔物達は全滅してしまうでしょう」

「……っ」

「ですから、力の制御をしてもらいます」

 ス、とクレナイが人差し指を立てる。

「力の、制御……?そんなことが」

「ええ。と言っても、わたくしが教えるのではありません……サクバ、こちらへ」

 クレナイが扉の方に声を掛けると、一人の女性が入ってきた。

 一言で言えば、美しく、艶めかしい女性だった。体型……特に豊満な胸を強調するような黒光りする革の服に身を包み(後で気付いたのだが、ある「世界」ではボンテージという衣装らしい)、蝙蝠のような翼を背中から生やした彼女は、なんとも魅惑的で蠱惑的な表情と雰囲気をしていた。直感的に、アンとは正反対だな、と魔女は感じた。しかし、彼女より危険には思わない。

 気を抜いてしまえば、同じ女性である魔女自身も彼女に飲み込まれ、彼女の美貌に溺れてしまいそうな気がするぐらい妖しげな気配を纏っているが。

「やっとね。待ちくたびれたわ」

「彼女はサクバ。貴女様と同じ、吸命系統の能力を持つ魔物です。これから毎日、彼女に力の制御を教わってください」

「よろしくね、『魔王』サマ」

 クレナイに紹介されたサクバという女性がぱちり、と綺麗なウインクする。それだけで、魔女がちょっとだけクラクラしてしまう。

「は、はい。よろしくお願いいたします……」

「……ふうん。なるほどねえ。あなた、相当苦労したんじゃない?」

 魔女がとりあえず挨拶をすると、ふんふん、と彼女を見回しながらいきなりサクバが問い掛けてきた。

「えっと……」

「あなたの力、かなり強力だわ。それじゃあ、並の人間や低級魔物は一瞬で死ぬわね。相当苦労したでしょ」

「……っ」

「図星って顔してるわね。ま、安心しなさいな。私はそうならない為にここに来たの。正直、この女の言う事なんて聞きたくないけど、宰相様のご命令だしねえ」

 ちらり、と妖しげな笑みをサクバがクレナイへ向けるが、彼女は知らん顔。どうやら、あまり仲良くないようだ、と魔女は勝手に想像する。

「とにかく、今日から一緒に頑張りましょ」

 あなたには、早く「魔王」になってもらわないと困るしね、とサクバがニヤリと笑った。

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