本を開いたあなたは「魔王」-4

「来たか」

 魔女が遠慮なく謁見の間の様子を見ていると、誰かが彼女達に声を掛けてきた。

「宰相」

「……っ。これはまた、強烈なのを連れてきたな」

 声の方を見ると、そこには青紫の肌と糸のような髭を持つ、とんがり帽子を被った魔物が立っていた。何だか立派な杖を持っている。

「ご紹介します。こちらは宰相。現在、魔王代理として魔物達を取りまとめている方です」

 アンが軽く紹介してくれる。軽く会釈して来る宰相と呼ばれた魔物に対し、魔女も慌てて返す。

「こちらは、今回新しく連れてきた『魔王』。説明に関しては一通り済ませました。暫くは補佐が必要でしょうが、今までよりかは期待できるかと」

 アンの言葉に、宰相はふむ、と髭を弄りだす。心なしか、顔色が悪い。どうしたのだろう、と魔女は内心首を傾げる。

「それは何よりだ。何よりなのだが……」

 ちらり、と宰相は魔女を見る。

「この様な者は初めてだな。今までは素質がよくとも、それ以外は人間そのものであったではないか」

「……ああ、そのことですか。確かに、今までの『魔王』とは違います。彼女は元いた『世界』では魔女と呼ばれた存在。かなり強力な魔力の持ち主であり、吸命の力を持っていたと聞いています」

「吸命……?!」

「あ、」

 何の断りもなく、魔女自身のことを話し始めたアンに、魔女は思わず声を上げる。その内容は、彼女としてはあまり言いたくない事実だったのだが、アンはそんな事関係ないとばかりに話を続ける。前の「世界」で「神様」以外と話したことがない魔女は、会話とはこんなものなのかと少し寒気を覚えた。

 すると、話を聞いた宰相を始め、段々と周囲の魔物達は驚愕の視線を魔女に向け始めた。おそらくは、アンと宰相の会話を聞いた結果なのだろう。畏怖と尊敬、その二つが入り混じった感情が魔女にまとわりつき、突き刺さり、彼女は思わず後退る。

「なんと……吸命か」

「その力と魔力により、数々の国と人を滅ぼした実力者。『魔王』としては適任かと思います」

「なるほど……ん?どうした?」

 魔女の変化に説明していたアンではなく、宰相の方が気付いたようだ。真っ青な顔をして本を抱きしめる魔女に、訝しげな視線を向けてくる。だが、その視線さえ、今の魔女にとっては恐ろしいものでしかない。

 そう、彼女は今、恐怖で頭が真っ白になっていた。

「わ、わた、」

 その場にいる全ての人物の視線が魔女に集中する。それが、魔女には怖くて怖くてたまらない。

 魔女は慣れていなかったのだ。出会った瞬間全ての滅ぼしつくす彼女は、まともに話すどころか、生きた人間……いや、生物と対峙したことがない。出会った瞬間命を吸い尽くし、貪りつくし、殺しつくし、そして自分の糧とする。だから、憎悪の感情を向けられる暇もない。そんな暇さえ、彼女の滅びは与えなかった。

 そんな彼女が、まともなコミュニケーション能力、それ以前に誰かからまともに感情を向けられる経験などあるはずもなく。

「う、ああ……」

 くるり、と背を向ける。

 気づけば、魔女は謁見の間から逃げ出していた。


                   ☆


「おい。あの女どうしたんだァ?」

 カルバスは眉をひそめる。周囲の魔物も、怪訝な顔をしているものばかりだ。

「急に出ていきやがって……」

「さあ?気分が悪かったのでしょうか」

 アンは訳が分からない、と言った風に首を振った。いつもよりも説明をしたはずなのだが、何が悪かったのだろうか、と内心溜息の嵐だ。

「……何にしても、今までの『魔王』よりかは期待できそうだな」

 宰相がふう、と息を吐く。

「そうかァ?急に出ていくような奴だぞォ?」

「初日だから、それは様子見だ。しかし、その他は今までに比べて申し分ない。あの吸命の力はどうにかせんといかんが……あのままでは、普通の魔物達は会うだけで死んでしまうぞ」

「あァ。俺達でもゴリゴリと命が削られていくのを感じたぜェ」

 宰相に同意するように、カルバスが頷く。彼らを含め、魔物達は魔女の吸命の影響で、顔色が漏れなく悪いものばかりだった。彼女がこの場にいる間、命を吸われ続けた結果だろう……本人は気付いていなかったようだが。

「……これは、教育係も慎重に選ばねばなるまい」

 取り敢えず、今日はこれで解散だ、と宰相が告げた。


                    ☆


(だ、駄目だ)

 走って走って走って。

 何とか魔王の寝室に戻ってきた魔女は、そのままベッドへ飛び込む。

(駄目だ)

 震える体を布団に潜り込ませる。枕で耳を塞ぐ。外界と遮断する為、部屋全体に結界を張る。とにかく、誰にも会いたくないという感情が彼女を支配する。

(あんなの、出来っこない)

 彼女は恐怖していた。

 「魔王」になることではない。ただ単に、誰かと対峙するということに恐怖を感じていたのだ。

 良くも悪くも、なんらかの感情を向けられるのを彼女は初めて経験した。彼女自身もそれを心待ちにしていたはずだった。


 だが、感じたのはただ恐怖そのものだった。


 今まで「神様」以外、誰とも関わりを持てなかった彼女にとって、大勢の感情を一気に受けるというのはそれだけ負担が大きいものだったのだ。

(こ、れが、)

 誰かと接するということなのか、と魔女は体を抱きしめる。

(こんなの、無理だ。駄目だ。あんなの怖いなんて、私、知らなかった!あんなに無遠慮で、無責任で、無神経で……気持ち悪い。気持ち悪いきもちわるいキモチワルイ!!!)

 いつの間にか、絶叫している。喉が張り裂けそうだ。それほどまでに、先程の体験は魔女にとって耐えがたいものだった。

 しかし。

(――だめ、だ)

 彼女は思い直す。

(こんなことじゃ駄目だ。こんなことをしてしまっては、あの「神様」の気持ちを無下にしてしまうことになる。それは、それだけは駄目……嫌だ!!)

 ガバリ、と勢いよく布団を跳ね飛ばす。

「私は『魔王』。こんなことで立ち止まっていてはいけない」

 自分に言い聞かせるように、声を上げた。全ては、あの優しい「神様」の気持ちに応える為。

 但し、その顔色は青白かった。

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