試練の説明を受けよう

 ***



 土人形ゴーレムの後に続きながら、俺はある事を思い出していた。


 ――以前、ウイングから聞いた話だ。


 六大魔法師は代替わりすると、隠遁する。そこは森の奥深くだったり、人が足を踏み入れない秘境だったり。そしてそこに、自分の力の結晶を遺す――と。


 しかし、ここはサンドランド王国の王都から、マナカーゴで数時間の距離だ。周辺には村々もある。


「団長、どうしてプリトゥは、こんな場所を終の棲家にしたんですかね」


 辺りを警戒しながら、隣を歩くウイングに、先程アーリアにしたのと同じ質問をぶつけてみる。


「それに、魔法師の迷宮って、こんな人里近くに出来るものなんですか?」


『自由の翼団』はプライマルウェポンの入手を目的としている。その団長であるウイングなら、他の『迷宮』の情報も知っているだろうと踏んだ。


「んー……」


 ウイングは一瞬考え込み、首を横に振る。


「……いんや、今まで魔法師の迷宮に関する情報を集めてたが、どこもおいそれと行けるような場所じゃあねえ。オレが昔行った場所とこも、徒歩でしか行けない山ン中だったしな」

「そうですか⋯⋯」

「言われれば妙だな。そもそも土の魔法師が、プライマルウェポンの特性を明かすってのも、前代未聞だ」

「血の繋がりのある人と、どんなに離れてても話が出来る……」


 それは今の俺にとって、喉から手が出るほど欲しい代物ではある。


「先代のプリトゥは、何でそんなものを造ったんでしょうか。そもそも六大魔法師は、どうしてプライマルウェポンを遺すんでしょうか」

「さあなあ⋯⋯」

「そんな便利なものを造れるなら、世に広めてしまえばいいのに。そうすればこの世界はもっと豊かになるんじゃ……」

「お前さんは本っ当に可愛くねーな。それじゃロマンがねーだろ、ロマンが」


 ブツブツと呟いていると、脳天にウイングの拳が落ちてくる。

 生憎だが、こちとら、人生にロマンを求められるほど余裕がある状況ではないのだ。


「お前たち、無駄話をしていないで辺りを警戒して頂戴。いつ何が起こるか……」


 と、先を行く依頼人アーリアに怒られてしまった。

 すると土人形ゴーレムが立ち止まり、アーリアに向き直った。


「ご安心ください。この迷宮には、罠や魔物と言った仕掛けは一切ありません。貴方たちは力を合わせ、土の試練を突破していただくのみです」

「その、試練の内容を聞いてもよくって?」

「それは着いてからご説明します。先にいらっしゃった方々もお待ちかねですよ」

「先にいらっしゃった……?」


 そう言えばさっき、『貴方達で、ちょうど六人です』と言っていたっけ。

 六人中、俺たちを除いた三人は、アーリアの兄が雇ったであろう冒険者だろう。

『土の試練』を開始するには六人必要という事だろうか。


「着きましたよ。さあさ、どうぞどうぞ中へ」


 やがて廊下の突き当たりに到着し、その先には小さな部屋があった。

 アーリアの前を歩き、部屋の中に入ると、予想していた通り三人の人物がいた。


 一人は、全身を鎧に包んだ偉丈夫。

 一人は、浅黒い肌の、ぶくぶくと肥えた男。

 そしてもう一人は、軽鎧の上からサーコートを着こみ、白金色の髪をシニヨンに纏めた女騎士で――って。


「……ウェンディ!?」

「ハイ、こんな所で会うなんて奇遇ね……ハァ……」


 そう言ってため息を吐いたのは、『自由の翼団』の戦闘担当、ウェンディ・クレイソンだった。

 俺の頭に手を置き、部屋を覗き込んだウイングの驚いた声が、頭上から降りかかる。


「なんだウェンディ、オメーなんでこんなとこにいるんだよ」

「あなたも来てたの⋯⋯仕事よ。パティちゃんとゼラは?」

「宿で留守番だ。んだよ、『大口の仕事』ってそういう事かよー」


 なんと、ジンダール王子に雇われたのはウェンディだったのだ。

 西大陸の片田舎まで『凄腕の美人剣士』として名が通ってたくらいだし、情報収集中に声をかけられたのかもしれない。


「シャーフとウイングはどうしてここに? ⋯⋯そちらの子は?」

「俺たちも仕事で⋯⋯この子は⋯⋯えーと⋯⋯」


 ウェンディの手は、俺の隣にいるアーリアを指していて、俺は答えに窮した。

 ここで馬鹿正直に答えるのはまずい。

 部屋にいる性別不詳の甲冑と、色黒の太った男は、ウェンディ同様にジンダール王子から雇われた冒険者だろう。

 王子の目的――『アーリアの妨害』を知らされているかは不明だが、もしかしたら、こちらの邪魔になるかもしれない。


「あー⋯⋯彼女は⋯⋯」


 一国の王女であるアーリアに直接危害は加えずとも、『六人で挑戦』が前提の迷宮だ。

 甲冑と色黒のどちらかでも協力を拒めば、それだけで迷宮の攻略は難しく――。


「アーリではないか。斯様かようなところに来てからに、聞き分けのない娘だな」


 ――と、俺が答えに窮していると、色黒の男が立ち上がり、そう言った。


「⋯⋯⋯⋯兄上」

「兄上って⋯⋯」


 アーリアは男をそう呼んだ。

 つまり、この色黒の太った男がジンダール王子――アーリアの腹違いの兄という事になる。


「はー、アレが王子サマって見た目かねぇ」


 ウイングが俺にだけ聞こえるように小さく呟いた。

 改めてジンダール王子を見る。高級そうな革の軽鎧に、銀の刺繍がされた青色のマントと、外装は煌びやかだ。


 しかし黒髪は脂っぽく、褐色の肌はにきびだらけだ。

 不健康に突き出た腹が革鎧を押し上げており、かなりきつそうである。

 どう見ても運動不足、不摂生が祟った体型だ。アーリアが『インドア派』と評していたが、さもありなん。


「⋯⋯兄上こそ、どうしてここに? いつもの様に後宮こうきゅうに引き籠っていたのではなくて?」

「ふん、しれた事。余の可愛い妹が危険な場所に行こうとしていると小耳に挟んだのでな、兄としては放っておくわけにはいくまい?」


 ⋯⋯『可愛い妹』?

 確かアーリアは『私と兄はお互い憎み合っている』と言っていたが、ここだけ切り取れば妹思いの兄だ。


「フン……」


 ジンダール王子の細く歪められた目は、まるで値踏みするようにアーリアの頭からつま先までをねめつけ、それを受けたアーリアは軽く身を震わせた。


「……ッ」

「色気のない格好だ。余の贈った装いには袖を通さず、そのような薄汚い服を……」


 余って言ったぞこの王子。一人称が『余』な人を初めて見た。

 そして今更ながらアーリアの格好は、フード付の外套に、その中は薄手の布の服だ。王族が着るには薄汚いというのは頷けるが、そもそも十三歳の女の子に色気を求めるのはいかがなものか。


「さあさ、入り口に立っていないで中へどうぞ。これから試練のご説明をいたします」


 空気を読まない土人形ゴーレムに背中を押され、俺たちは部屋の中へと入れられる。

 部屋はかなり狭く、四方を石の壁で囲まれただけの簡素な造りだ。

 続いて土人形ゴーレムが扉枠に巨体を擦らせながら入室し、後ろ手に扉が閉じられた。


「アーリア、こっちへ」

「……ええ」


 俺は、なんとなくジンダール王子の視線に嫌なものを感じ、アーリアを壁際へ移動させ、その前に立つ。

 ウイングも壁際に移動し、石煉瓦の境目を指でなぞったり、つばで濡らした指を宙にかざしたりしている。


「……風がえ。完全な密室だな、こりゃ」


 正対の壁には、ウェンディを含むジンダール王子一行。そして土人形が、部屋の中央に立った。


「さて……では、土の試練についてご説明……する前に、この遺跡の成り立ちをお話ししましょう」


 と、ついに試練とやらが開始されるかと思いきや、土人形はそんな事をのたまった。それに異を唱えたのは、ジンダール王子だ。


「おい……余がどれほど待ったと思っている!? この様な薄暗い場所に閉じ込められ、既に半日近くは経っているのだぞ!?」

「これから試練に挑戦するのに必要な事なのですよ。異論があるのでしたら、そちらの扉から出て行っていただいて構いませんよ」


 土人形は無機質な声で、俺たちが入って来た扉と正対の壁にある扉を指差した。


「あっちも出口に通じているという事ですかね?」

「外から見た時は、そんな感じはしなかったがな……」


 ウイングと囁き合っていると、ジンダール王子は腹立たしげに床を踏みつける。


「チッ! 続けろ、この木偶の坊!」

「木偶ではなく土です。それでは他に異論のある方もいらっしゃらないようですので、続けます」


 そして、土人形は語る。


「この『オンボスの檻』は、魔法劣等プーアの方々を収容し、売買している場所でありました。

 いまは世界全域でその制度自体が廃止されておりますが、いわゆる奴隷というヤツですね。

 サンドランド、南大陸は資源に乏しく、遥か昔の主な資金源はこの奴隷売買だったと言われております。

 口減らしのために生まれた赤ん坊のマナリヤを剥ぎ、早くから奴隷として仕立てていたという話もあります」


 気分が悪くなるような話だった。


「今でこそ魔法劣等プーアの扱いはマシになっておりますが、少し前、それこそ数十年前までは、この檻も使われておりました。それが廃止されたのは、現王であるデゼルト陛下が、ある娘と恋に落ちたからなのです。


 その娘は貧民街で生まれ、魔法劣等プーアの出自にしては珍しく、土魔法に多大な適正がございました。ある日、貧民街を視察していたデゼルト陛下に見初められ、王宮へ招かれる事となったのです。玉の輿というヤツですね。


 しかし未だに魔法劣等プーアへの差別が根付くこの国では、それだけでなく貧民街の出自という事で、娘は快く思われませんでした。様々な誹りを受けましたが、それでも娘はめげる事なく、精一杯頑張ったのです。


 いつしか娘は子を身籠りました。デゼルト陛下には正妻である女王がおりましたが、妾の子であろうとも子は子。王位継承の権利はあると宣言したのです。


 さてさて、それを面白く思わなかったのが女王です。

 そんな折、貧民街で火事が起こりました。魔法師がすぐに水魔法で消火したものの、五人の死者が出てしまったのです。女王は――娘に放火の罪を被せました。


 その五人は、娘が貧民街に居た頃、仲良くしていた者たちでした。娘が王宮に召し上げられてからも付き合いはあり、陰ながら援助をしていました。女王はそれを逆手に取り『たかりが鬱陶しいから火を着けた』という事実をでっちあげたのです


 有無も言わせてもらえずに、着の身着のままで王宮を出た娘は、さる魔法師に出会います――」


 土人形ゴーレムはそこで一度言葉を切った。

 今の話は――もしかしなくても、アーリアの母の事だ。


「……ッ!」


 俺の外套の裾が、後ろから強く握りしめられる。


「ここで話は変わりますが、みなさまは如何にしてプライマルウェポンが生まれるかはご存知でしょうか。六大魔法師は世界のマナを調律する役割を自身のマナリヤに宿しておりますが、それに限界が来ると寿命を迎えます。その際、死の直前に願った事が、そのまま兵器として生まれ変わるのです。

 破壊衝動でしたら、強大な武器を。慈愛の心でしたら、堅牢な防具を。といった具合です。


 先代のプリトゥは、六大魔法師を継いだときには既に、精神も肉体も限界でした。すぐにマナリヤに限界が訪れ、急いで終の棲家としたのがこのオンボスの檻でございます。通常でしたら、もっと挑戦者の力を試す為の仕掛けなどを用意するところですが、時間がありませんでしたので、このような居抜き・・・の、簡素な造りになってしまいました。


 さて、六大魔法師を後代に任せ、死を待つのみとなった娘が願ったのは、


 ――――血を分けた娘に会いたい、と。


 そして同時に、自分を迫害した者への贖いを、と」


 土人形ゴーレムの胸に嵌められた魔晶が輝き、その身体が変化して行く。

 粘土をこねる様に、しかし音もなく、そして成形されたそれは、床に落ちる。


「……杯?」


 それは杯だった。直径一メートルはある巨大な杯は、底に嵌めこまれた黄色の魔晶がギラギラと、怪しげな光を放っている。


「これなるは聖者の血杯ブラッディグレイル。五つの命を以って贖えば、この兵器は完成する」


 土人形ゴーレム――いやプリトゥは、それきり語る事は無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る